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『狭い部屋』

 私は一人、灯りはろうそく一本の狭い部屋で、静かに目を閉じていた。
 私はこれから竜神様の生贄になる。
 私を食べていただくことを条件に、雨を降らせてもらうのだ。

 最近村では雨が降らない
 日照り続きで、作物が育たないのだ。
 生きるための水すら無くなりかけたころ、竜神様のお告げがあった。
 『若い娘を生贄に差し出せ、そうすれば雨を降らせてみせる』と……
 もう後がない村人たちは会議をし、そして私が生贄に選ばれた。

 理由は知らないが察しはつく。
 どうせ私の化粧がどうとか、服を着崩しているとかだろう。
 ていのいい厄介払いだ。

 とはいえ今の状況に不満は無い。
 私が犠牲になることで、みんなが救われるのだから……
 怖くないといえば嘘になる。
 家族を残すのも心残りだ。
 だがそれ以上に、村のみんなのためになれる事が誇らしかった。

 そんなことを考えていると、ふと何かの気配を感じた。
 (龍神様でしょうか?)
 ゆっくりと目を開けると、そこにいたのは体中に飾りをジャラジャラ付けた、なんというか軽薄そうな青年がいた。
 状況から言って、この青年が竜神様だろう。
 ……だが信じられない。
 聞いていた姿と違うのもあるが、目の前の青年はとても軽薄そうで、竜神様とはとても思えなかった。
 どうするべきか悩んでいると、青年がこちらに気づき、私の目をじっと見る
「えっと、あんたが村の生贄って事でいいすかね?」
「そうです……」
 見た目も軽薄だが、言葉も軽薄だった。

「えっと竜神様ですよね」
 すると前の前の彼は、バツの悪そうに顔をしかめる。
 何やら言い辛そうな雰囲気だったが、青年は口を開く。
「すいませんっす。
 実はその、自分、竜神様?の代理できてまして」
「代理!?」
 代理?
 なんで代理?

「あの、竜神様はどうなされたのですか?」
 聞くと、やはり苦虫を噛み潰したような顔。
 軽そうな人?が軽々しく口を開けないような事とはいったい……
「大変言いにくいんすけど、その……詐欺で捕まりました」
「詐欺?」
「簡単に言えば、出来もしないことを出来るように吹聴し、不当に利益を得ようとしたのです」
「まさかそれって……」
 嫌な考えがよぎります。
 嘘であって欲しい。
 だが現実は残酷だった。

「おそらく考えられている通りっす。
 竜神と名乗った者は雨を降らせれる事なんて出来ないのに、生贄を要求したんす」
「そんな」
 嫌な予感が的中してしまった。
 最悪の展開だった。

「なんてこと……
 雨が降らない。
 みんなが飢えてしまう」
 私が床にがっくりと崩れ落ちると、青年はポンと私の肩に手を置く。
「降るんで大丈夫っす」
「……はい?」
 ん? この人なんて言った。

「それはあなたが降らせてくれるって言うこと?」
「違うっす。 
 明日普通に雨が降るっす」
 考えが追い付かない。
「何もしなくても降るんすよ、雨。
 多分すけど、ただの自然現象を自分の手柄にして、さらに信仰を集めるつもりだったんすね。
 偶然を自分の手柄にする。
 詐欺の手口っすね」
 何を言っているかさっぱりわからない……
 とりあえず、どうしても聞きたい事だけ聞くことにする。
「つまり……雨が降るんですよね」
「そうっす。
 これは本当は言っちゃいけないんすけど、100年は困らないだけの雨が毎年降るっす。
 これ不祥事のお詫びって事で」
「はあ、とにかく雨が降るのならこちらは問題ありません」
 雨が降るなら何でもいい。
 何でもいいんだ。

「それで、これからどうしますか?」
「うっす。ここから出て村の皆さんに説明するっす。
 それが仕事っす」
 どうやら青年が

 私は青年の頭から足の先まで眺める。
 全身奇妙な飾りをつけ、見たことないほどカラフルである。
 正直、この人?が神様だと言っても誰も信じないだろう。
 私も半信半疑なので、多分間違いあるまい。
 それっぽさなら、竜神様のほうが信用できたのだけど……
 それも詐欺師の手口か?

「申し上げにくいのですが、そのお姿ではみんな信じないと思います」
「う、仲間のみんなにもそう言われるっす」
 言われるんだら、ちゃんとした服装をしなさい。
 そう言いたくなるのを堪え、私は一つの提案をする。

「私に言い考えがあります。
 私にお任せいただければ、万事うまくやってみせます」


 ◆


 私が部屋を出ると、それに気づいたみんなが駆け寄ってくる。
「おい、何してる。
 龍神様がお怒りになるぞ」
「大丈夫です。
 龍神様が先程来られ、私にお告げをされていきました」
 ざわめく村人たち。
 私はそれを意図的に無視し、言葉を続ける。

「龍神様はおっしゃいました。
 村のために身を捧げる私の献身に、心を打たれたと……
 よって生贄の要求は撤回、雨は明日にでも降らすと言われました。 
 そして百年は豊富な雨を約束していただきました」
 「おお」と歓声が上がる。
 これで村のみんなは安心するだろう。
 疑っている人もいるだろうが、明日になればすべてわかる。

 本当は竜神様は言ってないのだが、あの軽薄そうな青年が言うよりはずっと信憑性があるだろう。
 私は本当の事を言ってないが、問題ない。
 雨は降るのだから……多分。

「それともう一つ」
 嘘ついでに、もう一つ嘘をつく。
「化粧や服の着崩しは、積極的にすべきとも言っていました。
 他にも、無くすべき風習があると、仰せつかってます。
 そして私を巫女にして、改革を主導せよと。
 竜神様は自由な精神をお望みです」

 完全な嘘だが、絶対にばれない自信がある。
 嘘だと疑う人もいるかもしれないが、何もできまい。
 なぜなら、狭い部屋で神と何を話したかなど、私以外に誰も知らないのだから。

6/5/2024, 12:41:45 PM