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 突如世界に、ゾンビが溢れかえった。
 まるでゲームのような、世界の終わりの光景――
 しかし周辺に溢れかえる破壊と混乱の跡が、それをゲームでないと証明している。

 そんな中、廃墟の中を走る一人少女がいた。
 少女の名前は、月岡 恵。
 月岡はかつて、ゾンビの脅威とは無縁の安全なコミュニティにいた。
 だが彼女はある目的のため、そのコミュニティを抜け出したのである。
 だが現実は甘くなかった。
 たちどころにゾンビたちに見つかり、追いかけられてしまう。

 だが幸いにしてゾンビの足は遅く、軽く走る程度で簡単に撒くことが出来る。
 しかし不幸なことにゾンビは数が多く、撒けども撒けどもどんどん周囲のゾンビが加わり、休むことなどできなかった。
 少女の体力はもはや限界であった。

 そして月岡は運動が得意ではない。
 少女の足が少しずつ重くなっていく。
 始めは楽観視していた彼女も、途切れないゾンビに危険に感じ始める。
 だが時すでに遅く、月岡にゾンビから逃げ切る体力も作戦もなかった。
 予定調和の様に、月岡とゾンビの距離が縮まっていく。

 月岡はすぐ後ろにゾンビの気配を感じる。
 (もうだめか……)
 月岡が覚悟した瞬間、後ろで何かが衝突する音がする。

 月岡が驚いて後ろを振り向けば、ゾンビを撥ね飛ばした一台の黒い軽自動車があった。
 その車はこの悪夢のような状況とは不釣り合いなほどきれいに磨き上げている。
 唯一へこんでいる場所は真新しく、ゾンビを撥ね飛ばした跡なのは明白だった。
 月岡は何が起こっているか分からずに呆然とする。

 月岡が唖然としていると、車の助手席の扉が勢いよく開かれ、運転席に座っていた男が叫ぶ
「早く乗って!」
「あなたは……」
「早く!」
 月岡の頭に『誘拐』の二文字が浮かぶ。
 こんな世界の終わりのような世界で、何の見返りもない人助けなどあり得ない
 だがこのままいてもゾンビに追いつかれるのは目に見えている……
 ならば、一縷の望みをかけて、出たとこ勝負しかない。
 月岡は意を決し車に乗り込む。

「飛ばすぞ、捕まってろ」
 車は急発進し、ゾンビの群れからどんどん離れていく。
 ミラー越しに遠ざかるゾンビを見た月岡は、座席に深く沈み安堵のため息を吐く。
 正体の分からない運転手には、警戒を緩めることはなかった

「ありがとうございます」
 月岡は運転手の男に礼を言う。
 助けた理由がどうであれ、命を救われたのは事実だからだ。
 しかし確かに危機は脱したが、完全に危険は去ったわけではない。
 自分を助けた男が何を要求して来るか……
 月岡は、場合によっては走行中の車から飛び降りる事を決意する。
 しかし帰ってきた言葉は、予想外の物であった。

「間に合って良かったよ。
 それで悪いんだけどシートベルト締めてくれる?」
「え?」
「シートベルトをしていないと、事故をした時が大変だからね」
 月岡は耳を疑う。
 そんな呑気な事を言っている場合なのだろうかと月岡は疑問に思いつつも、しかし正論ではあるのでおとなしくシートベルトをする。

「水あるけど飲む?
 まだ開けてないから、安心してね」
「はあ」
 まるで平穏な世界のようなやり取りに、月岡は調子が狂いそうになる。 
 緊張感のない男に警戒を強めつつも、水の入ったペットボトルを受け取る。
 未開封であることを確認し、水を一気に飲み干すと乾いた月岡の体に水が染みわたる
 走り通しで体が水分を求めていたからだ。

「落ち着いた?」
「ええ」
「まさか世界の終わりに君と会えるなんてね」
「え?」
「あれ、覚えてない?
 大学の同期の木村だよ」
 驚いて男の顔を見れば、たしかに元同期の木村だった。
 さっきからやけに親しげだと思っていたが、まさか知り合いだったとは……

「えっと、ごめんなさい」
「気にしてないよ、それどころじゃなかっただろうし」
 運転席の男――木村は全く意に介さないかのように笑う。
 月岡も知り合いに会え、本当の意味で安堵する。

「無事だったんですね」
「うん、自動車講習で学んだ『かもしれない運転』のおかげさ」
「なんですか、それ?」
「『ゾンビが大量発生するかもしれない』と備えていたおかげで、余裕を持って対処出来た。
 ちゃんと講習を受けていて良かったよ」
「そう……なんですか……」
 月岡は、木村の言っていることが少しも理解できなかったが、ひとまず頷く。

「とりあえず俺がいるコミュニティに案内するよ。
 他の人間をかくまう余裕もある」
「ありがとうございます」
「それで、なんであんな所にいたんだ?
 俺が調査のために出ていたから良かったものの……
 はぐれたのか?」
「いえ、目的があって出てきたの」
「目的?」
 月岡は自分の目的を言うべきか迷ったが、助けられた手前、話すべきだと判断する。

「大切な人を探して――きゃ」
 車が急にブレーキをかける。
 その急制動に体が前に投げ出されそうになるが、シートベルトのおかげで難を逃れる。
 月岡は何事かと木村を見ると、彼は凄い汗をかいていた。

「大丈夫?」
「ゴメンね、犬が出てきたのかと思って……
 でも気のせいだったよ」
「はあ」
 木村は、何事もなかったように車を再発進させる。
 だがその顔は何か思いつめたような表情だった。
「あの本当に大丈夫なの?
 顔色が悪いよ」
「大丈夫大丈夫」
 明らかにやせ我慢であったが、月岡はそれ以上聞かないことにした。
 言いたくないのなら言うべきではないのだ

「それで大切な人というは?」
「はい、大切な――弟を探しているの」
「弟?」
 木村は不思議そうな声を上げる
「恋人じゃなくて?」
「えっ」
 木村の言葉に、月岡は考えるも、腑に落ちたといった表情を浮かべる。

「ああ、一緒にいるところを見たことがあるのね。 
 あれ弟なの。
 中学生なのに甘えん坊でね。
 体ばっかり大きくなって、全然姉ばなれしないの」
「そうなんだ」
 木村はどこか安心したような声で相槌を打つ。
 月岡は知る由もなかったが、木村は彼女の事を異性として意識していたのだ。

「親も早くに亡くしてね……
 『世界の終わりでも一緒にいよう』って言い合ったのに、はぐれちゃうなんて……
 早く見つけないと」
「なるほど……
 なら、とりあえず俺のいるコミュニティに来なよ。
 たくさん人がいるし、誰か知ってるかも」
「そうね……
 そこに行ってから考えることにするわ」
「じゃあそこに向かうとしよう」
 そうして二人は木村のいるコミュニティに車で行くことになった。

 月岡は弟のために、木村は彼女にアピールするために。
 それぞれの思惑が交錯する中、世界の終わりを走り抜けるのだった。

6/8/2024, 3:50:43 PM