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『あじさい』


「愛で包んであげる、アジサーイピンク」
「冷静沈着は海のごとし、アジサーイブルー」
「神秘の輝き、アジサーイパープル」
「無垢と純潔、アジサーイホワイト」
「自然を大事に、アジサーイグリーン」

「「「「「5人合わせて」」」」」

「「「「「あじさい戦隊 ハイドランジアカラーズ」」」」」


 出張から帰ってきて、リビングに入ると、そんな名乗り口上が聞こえてきた。
 息子が見ている特撮のものだった。
 玄関でのお出迎えが無かったので、どうしたものかと思えばコレに夢中らしい。
 思わず苦笑する。

 とはいえ怒るつもりはない。
 自分にもそういう時期はあった。
 何が言いたいかと言うと――子は親に似るって事。

「ただいま」
 息子に聞こえるように言うと、正樹がこちらを見る。
「おかえり」
 挨拶を返すとすぐにテレビの方に視線を戻す。
 父親よりもヒーローが大事らしい。
 本当に父親似である。

「なあ、正樹。
 父さん分かんないことあるんだけど、教えてくれる?」
 正樹の隣に座って聞く。
 出張に行く前までは、ずっと正樹と一緒に見ていたのだが、。
 だが帰るまでに、新しいものが始まったようで何も分からない。

「いいよー」
 お、好感触。
 断られるかもと思ったが、教えてくれるようだ。
 さすが俺の息子、すごく優しい。
 よし、正樹と話しを合わせるためにも情報収集だ。

「コレ、なんていう名前なの?」
「ハイドランジアカラーズ」
「ハイドランジアカラーズ?」
 あまり耳慣れない日本語に、思わず聞き返す。
「うん、アジサイの力を借りて戦うの」
「へー」
 そういえば、英語でアジサイのことをハイドランジアと言ってたな。
 アジサイの力を借りるというのは全く理解できないが、ヒーローってそんなものか。
 深くは考えまい。

 ともあれ名前は分かった。
 他に気になったことを聞いてみる。

「レッド見ないけど、どうしたの?」
「レッドはいない」
「いないの!?」
 まさかの事実に驚く。
 レッドがクビに!?
 凄い時代になったものだ。

「じゃあリーダーは誰?」
「アジサイピンク」
「ああ、なるほど」
 赤がいないから何事かと思ったが、赤っぽいピンクがリーダーをするらしい。
 思ったより冒険はしてないようだ。
 きっと俺みたいなやつが騒ぐから、徐々に行くつもりだろう。
 制作側も大変だな。

「これはアジサイブルー」
 物思いにふけっていると、正樹が次を指差す。
 なるほどアジサイと言えば、ピンクと青だ。
 となると次は――
「これがアジサイパープル」
「なるほどパープル」
 紫は珍しい気がするけど、アジサイモチーフだから必要なのだろう。

「パープルは、ピンクとブルーの子供。
 未来から来たの」
「え?」
 まさかの情報をブチ込んできた息子。
 それってネタバレってやつじゃ……
 いや、言うまい。
 不用意に質問した自分が悪いのだ。

「レッドどブルーは、普段けんかばっかりだけど、実は二人とも好きなの」
「ふーん」
 息子のネタばれは留まるところを知らない。
 ありがちっちゃありがちだけど、それを知らずに見たかったなあ。

「これがアジサイホワイト」
「白いのもいるのか……
 珍し――待てよ、通勤途中でもソコソコ見たことあるな。
 意外とメジャーな色か?」
 どうやら俺はアジサイの事を何も知らないようだ。

「それでもう一色が……」
「アジサイグリーン」
「グリーン?
 緑のアジサイって、病気じゃなかったか?
 ニュースで見たぞ」
「最近、病気じゃない緑色のアジサイあるんだよ」
「へー」
 時代の変化ってすごいな
 ランドセルみたいに、アジサイの色も増えているらしい。
 そのうち黄色でも出てくるのだろうか?

「それでね、みんなパワーアップする」
「そうなんだ」
「ヴィンテージってやつ」
 ヴィンテージ?
 うっすらとだが、聞いた覚えがる。
 たしかアジサイが好きな、妻から聞いたのだったか……
 うろ覚えだが、咲いてる間に色が変わるってやつのはず。
 思ったより設定が凝っているらしい。

 ふと見れば、正樹の手元にはいろんな色の人形がある。
 5色どころか、10体……いや20体以上あるぞ。
 まさか色が変わった後のやつ全部あるのか。

 正樹はいい子だが、ヒーローの人形がそろってないと不機嫌になる。
 ねだるのは人形だけだからまだいいけど、高価なロボットや変身グッズをねだられた日には……
 そんな日が来ないことを祈ろう。

 ◆

 その後、俺は息子の怒涛のネタバレをくらいつつも、なんとか一話を見終える。
 情報量の多さに、どっと疲れが来る
 正樹はというと、騒ぐだけ騒いで寝てしまった。
 よほど楽しかったらしい。

 さて、正樹が寝たことで、俺の手が空いた。
 出張から帰って来たばかりとは言え、家事を妻ばかりに任せるわけにはいかない。
 少し手伝いに行こう。
 そこに丁度良く、洗濯物済みの服が入ったカゴを、妻が持っているのが見えた
 俺は正樹を起こさないように立ち上がり、妻に近づく。

「洗濯物干すよ」
 俺がカゴを受け取ろうと手を差し伸べると、妻が焦ったような表情をする。
 そんなに変なこと言ったか?

「いいわよ、あなた疲れてるでしょ」
「でもお前もずっと一人で正樹の面倒を見ていただろ。
 俺は新幹線で寝ていただけだから、元気あるんだ。
 洗濯物を干すくらいならするよ」
「大丈夫よ、あなたは正樹の面倒を見てくれていれば、それでいいから……」
 洗濯カゴを渡すことを、頑なに拒む妻。

 ここまで強情な妻を初めて見たが、何かあるのだろうか?
 例えば隠し事とか……
 そこで俺はピンときた。

 俺は、洗妻を尻目に、ベランダに一足先に向かう。
 そこにあったのは……

「すげ、アジサイがたくさん」
 ベランダには所狭しと並んだアジサイがあった。
 コレ10鉢くらいない?
 こんだけ買えばお金もかかったに違いない。
 俺は後ろを振り返ると、妻が膝をついてうな垂れていた。
 
「正樹と一緒に番組見てたら、アジサイが欲しくなって……」
 そういえば妻はアジサイが好きで、欲しくなると我慢できないタイプだったな。
 そして正樹も、ハイドランジアカラーズの人形を集めていた。
 何が言いたいかと言うと――子は親に似るって事だ

 本当ならば、余計な出費に怒るべきなのだろう。
 だが、俺にそんな気は無かった。
 そんな気が失せた、というのが正しいか。

 俺はもう一度ベランダを見る。
 ベランダには、たくさんのアジサイが綺麗に咲き誇っていた。

6/14/2024, 4:10:13 PM