1年前
一年前、我は魔族の王――魔王として勇者と対峙し、打ち破った。
これで我の世界征服を邪魔するものはいなくなった。
あの時は、勇者の事など思い出すことは二度と無いと思っていた。
しかしなぜだろうか?
だが今になって、勇者のことを思い出すようになった。
最近では勇者の事で頭がいっぱいだった。
数年前、勇者は突如現れた。
出身は謎、経歴も不明。
詳しく知るものは誰もおらず、何もかもが正体不明。
ただ一つ分かるのは、人間にしてはあり得ない魔力と戦闘力を持っていたという事。
奴は現れると同時に、魔族に支配されていた土地を次々と解放していった。
事態を重く見た我は、事件の早期の解決を図るため、信頼できる幹部を送った。
しかし悉くが返り討ちに会い、勇者は少しずつ魔王城に近づいてくる。
そして運命の日、長年に渡る因縁の相手と出会う。
目を合わせた瞬間、殺い合いが始まる。
激しい戦いだったが、最後は我が勝った。
その瞬間の事をよく覚えている。
世界が再び我の物になった、その瞬間を。
我は手始めに、報復として数個人間の村を滅ぼした。
最高の気分だった。
このまま人間を滅ぼそうと考えた。
だが村を襲っている時、ふと気づいた。
自分は、もういない勇者の到着を待ちわびていている事を……
そして勇者の到来が、これ以上なく楽しみであった事を……
それに気づいた時、世界を滅ぼすのをやめた。
我は勇者と戦いたいのであって、世界を滅ぼすことには、何の興味も無いからだ。
そして部下たちもやる気を失っていた。
邪魔な勇者がいなくなり、心配の種は消えたものの、これからどうしたらいいか分からなくなったのだ。
急に目標を失った部下たちは、精神的に不安定になった。
中には引退した者や、目標を失った事に絶望し命を絶ったりしたものもいた
戦いを忘れられないものは、辻斬りのような事をして、治安が悪化の一途をたどった。
人間もそうだ。
勇者は死んだ事で自暴自棄になり、治安が悪化。
クーデターや、反乱などで国は荒れ、今や国として残っている物は半分に満たない。
もうすぐ滅ぶだろうと言っても、否定するやつはいないだろう
あの時、人間が軍を動員すれば、何かが変わったかもしれない……
だがそうはならなかった。
人間の偉い奴は、自分の保身だけを考え、民を見捨てた。
そして民も死ぬよりましだと、盗賊に身を落とし、より弱いものに対して略奪するようにもなった
勇者は命をかけたというのに、これが奴の守りたかった人間だったのか……
やめておこう、虚しいだけだ
今になって、我は勇者の偉大さを理解した。
勇者は、本当に世界を救う存在だったのだ。
人間だけでなく魔族すら救っていたとは、1年前の我は夢にも思わなかった
だが、このままではいけない。
このままでは魔族も人間も滅んでしまうかもしれない。
その最悪の未来を回避するため、ある計画を実行に移そうとした。
計画を行動に移そうとしたまさにその時、あるものが我を訪れた。
「誰だ」
「私でございます。魔王様」
「なんだ、爺やか驚かすな」
爺やは、我が子供のころからの教育係だ。
しかしこんな時に我の元を訪れるとは、間の悪い……
「もう出立なさるのですか?」
「……気づいていたのか」
特に驚きはしなかった。
爺やなら何もかもお見通しな気がしたのだ。
「その通りだ。
我は勇者として人間に味方をし、世界を救う」
世界に勇者がいないのであれば、我が勇者になれば良い。
たとえ残酷な未来が待っていようとも……
「長年、魔王様の面倒を見ておりましたから分かります。
それにお父様も同じ事を考えていらっしゃいました」
「そうか、道理で……
あの勇者が、なぜあんなにも気になるのか分かったよ」
「魔王様のお父上は、そうすることで世界が良くなると信じられていました。
ですが――」
「そうだな、父は失敗した」
父が夢見た平和は実現することはなかった。
もしかしたら、自分が今からしようとしていることは意味の無いことかもしれない。
「だが、我は世界の統治者として、このまま世界が滅ぶのを見過ごすことは出来ない。
たとえ成功の精算が低くてもやるしかないのだ。」
「そうですな。
いってらっしゃいませ、魔王様。
ご子息の事は私にお任せください。」
「よろしく頼む。
一年前と同じことにならないように気をつけよう」
失敗するかもしれない。
だがそんな事は関係ない。
息子が安心して暮らせるよう世界を救って見せようではないか。
世界に平和もたらす事を、自分の心に誓うのであった。
6/17/2024, 1:30:56 PM