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『あいまいな空』


「有毒ガスで境界があいまいな空。
 ゴミが堆積して澱んだ海。
 なんか気味の悪い形の雲。
 ここは地獄の海水浴場。
 存分に堪能するがいい」

 目の前で、鬼がつばを飛ばしながら叫ぶ。
 地獄に落ちて、最初に聞いた言葉がこれである。
 現実世界もたいがい悪夢みたいなものだったが、まさか地獄でも悪夢を見る羽目になろうとは……
 現実は思いどおりにいかないな。

「なんだ新入り。
 しけたツラしてんな」
「悪いことしてないのに、地獄に落ちましたからね。
 落ち込みますよ」
「そんな訳無いだろ。
 地獄に落ちるのは悪人だけだ。
 お前は、詐欺師だと聞いたが……」
「違いますよ。
 悪どい商売で金を稼いだ悪代官から、貧しい人にお金を返しただけですよ」
「必要悪と言うつもりか。
 だが犯罪は犯罪だ。
 きっちり罪を償ってもらう……
 後ろを見ろ」
 鬼に言われて後ろを向く。
 そこにあるには、さっき紹介されたゴミだらけの砂浜だった。

「お前の仕事は、この砂浜の掃除だ」
 見渡す限りの、ゴミ、ゴミ、ゴミ。
 どれほど時間がかかるのか……

「コレを一週間でキレイにしてもらう」
「ハア!?」
 何を言っているんだ、コイツ。

「無理だ。
 流石に一週間は短すぎる」
「口答えするな。
 貴様は罪人だ
 やれと言ったらやれ」
 鬼は聞く耳を持たないようだ。
 ならば切り口を変えよう。

「一つだけ聞かせてくれ。
 なんで一週間なんだ」
「聞いてどうする?」
「どう考えても無理だ。
 だから掃除をする理由を聞いて、必要な分だけ掃除する」
「手を抜くつもりか」
「それくらいでないと一週間で終わらんぞ。
 それとも終わらなくてもいいのか」
 俺の言葉に、鬼は腕を組んで考える。

「いいだろう、教えてやる。
 実は我々の上司が急に海水浴に行きたいと言い出してな。
 それで急遽掃除する事になった。
 もし綺麗にできなければ、何を言われるか……
 言われるだけならまだ……」
「……地獄でも、クソみたいな上司がいるんだな」
「あえてコメントしないでおこう」
 鬼に少し同情してしまう。

「それで、海水浴をする予定の場所なんだが――」
「言わなくていい」
「お前が教えろと言ったのだぞ」
「それよりもいいこと考えた」
 俺の言葉に、鬼が警戒を露わにする。

「俺に詐欺をかける気か?」
「いいや。
 あんたは悪人ではないだろう?」
「その口ぶり……
 まさか上司を?」
「その『まさか』さ。
 あんたの言い分を信じるなら、その上司嫌われているだろう?」
「しかし、それは……」
「上司を嫌っている他の同僚を紹介してくれ。
 何、悪いようにはしないさ」

 ◆

「ひー、なんで儂がこんな目に」
「いいから働け」
 かつての鬼たちの上司は、今砂浜の掃除をしていた。
 この掃除は、もと上司が自発にやっているわけでは勿論ない。

 鬼たちは地獄の円滑な運営のために存在している。
 それを私物化していたことが閻魔大王にばれ、罰として掃除が命じられたのである。
 勿論俺がチクった。

 上司に不満を持つ鬼から話を聞き、証拠を集め、閻魔大王に上申したのだ。
 中にはなかなか口を割らない鬼や、ビビって逆に報告しようとしたヤツがいるが、そこは俺ももと詐欺師。
 口で宥め透かし、情報を引き出した。
 この程度朝飯前である。

 俺は不正を暴いた功績が認められ、鬼たちを従えるリーダーに抜擢された。
 にんげんとしては前代未聞の人事である。
 そして任務が与えられた。
 この砂浜を、閻魔大王が使えるように――ではなく、鬼たちが自由に使えるようにだ。

「閻魔大王がいいヤツでよかったぜ」
 もし悪いヤツなら、閻魔相手に詐欺をしなければいけなかったからな。
 さすがにアレを騙しきる自信はない。
 閻魔大王に嘘をついたら、舌を抜かれるからな。

「おい、もっとキビキビ動け」
 俺はサボって休もうとした元上司の鬼に怒号を飛ばす。
 アイツすぐサボりやがる。

 だが他の鬼たちは優秀だ。
 砂浜の掃除はすぐ終わるだろう。
 問題は……

「空、どうすっかなあ」
 見上げれば、毒ガスとやらであいまいになった空。
 アレを何とかするには毒ガスの出元を探らないといけないのだが、どこにあるのか見当がつかない。
 俺は、頭を働かせ考えに考えて、ひとつの結論を出す。

「ま、なるようになるさ」
 どうせ時間はたっぷりある。
 ゆっくり考えよう。

 俺はあいまいに笑って誤魔化すのだった。
 
 

6/15/2024, 3:12:39 PM