G14

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 鏡の前に立って、髪型をチェック。
 次は、腹から声を出すことを意識して「あー」と発声。
 うん、いい調子だ。
 これなら大丈夫だろう。
 大事な場面で声が裏返ったりしたら、大変だからね。

 私は鏡の前でポーズを取る。
 自分はインテリでミステリアスな女。
 イメージを守るための努力は欠かせない。
 失敗は許されないのだ。
 大きく息を吸って、決められたセリフを言う。

「えー、好きな色ですか?
 そうですね、『色即是空』、かな」
 よどみなく言えた。
 完璧だ。
 これでみんなの心を鷲掴みに――

「私の部屋で何やってるの、百合子……
 おかしくなったの?」
 だが後ろから冷たい言葉が投げつけられる。
 そんな人の心が無い言葉を吐く奴は誰だ!

 振り向けば、友人の沙都子――この部屋の主――が、私の事を困惑して見つめていた。
 家に遊びに来たはいいが肝心の沙都子がいなかったので、勝手に上がって一人で遊んでいただけなんだけど……
 それにしても沙都子の困惑顔、面白いな。
 少しからかってやろう。

「もう一度聞くわ、百合子……
 あなた、何をしているの」
「アイドルのインタビューの練習」
「アイドル?
 あなたスカウトでもされた?」
「されてないよ」
「じゃあ、アイドルになりたのかしら」
「全然」
「……じゃあ、演劇部の練習とか?」
「私は運動部一筋だよ」
 私の言葉に、沙都子の面白い顔が、さらに面白くなっていく。

「前々からおかしいとは思っていたけど、暑さでさらにおかしくなったようね。
 でも安心して、いい医者を紹介するわ」
 「きっとよくなるわ」と優しい笑顔で私を諭す沙都子。
 あれ?
 もしかして本気で心配されてる?
 ふざけただけなのに、本当に医者を呼ばれそうだから、私ははっきりと否定する。

「待って、沙都子。
 私は正気だよ」
「正気じゃない人はみんなそう言うのよ……」
「だから大丈夫だってば!
 私の目を見て!」
 私が顔をずいっと近づけると、意を汲んだ沙都子は私の目をじっと見る

「……本当ね。
 いつものふざけた目だわ」
「誤解が解けて良かったよ」
 『それはそれで失礼じゃない?』と思いつつも、私はそれ以上言わなかった。
 冗談か本気か分からないボケをやった私が悪いのだ。
 人を笑わせるって難しい。

「それで?
 なんで突然役に立たないインタビューの練習をし始めたの?」
「最近やってる、ソシャゲのアイドルゲームが面白くってね」
「そう……」
 沙都子は呆れたような顔をした。

「ところで色即是空の意味を知っているの?」
「ククク、分からん」
「分からないのに使ったの?」
「……一応調べたんだけど、難しすぎる
 『この世界は実体が無く、全ては無である』みたいな意味想像していたのに、詳しく調べたら、因果とか煩悩とか執着とか悟りとか出てきて、私の理解の範疇を超えた……
 これ多分、仏教の極意とかそういう物だよ
 軽率に使っちゃいけないやつだ」
「そういうあなたは軽率に使ったじゃないの……」
 沙都子は大きくため息をつく。
 ゴメンね、面白いこと言えなくて。

「まあいいわ。
 それで、オチは何?」
「無いよ」
「無いの!?
 オチがあるから、この話題振ったんでしょ?」
「勢いで何か出てくるかなって思ってたけど、ダメだった」
 いやー、いつもはうまくいくんだけどね。
 ほんと、何もないところからポロっと、実体というか、何かか出てくるんだけどね……
 こういう事もあるさ。
 こうして、私と沙都子の中身の無いやり取りは終わりを告げ――
 

「ダメよ、なにか面白いこと言いなさい」
「ええー」
 告げなかった。
 沙都子が許してくれなかった。
 やっぱ難しい言葉は軽率に使うもんじゃない。

「無理だって。
 なにも出てくないもん」
「はあ、仕方ないわね。
 さっきのアイドルごっこ、もう一度やりなさい。
 つまんなかったら罰ゲームね」
「暴君だー」

 私は、『色即是空』という存在しないアイドルグループの物真似をやらされた。
 まったく中身のない物真似だったが、沙都子は大層ご満悦なのであった。



 というか沙都子の命令の根拠も無いよね。
 なんでそんなのに従ってるんだろう、私……
 もしかして私には自分というものが無い……?
 私即是空。

6/22/2024, 5:59:06 PM