『相合傘』
水たまりを踏むと、「パシャリ」と小気味いい音がする
普段は何でもない音だが今日はやけに楽しい。
水たまりを踏むのはこんなに楽しい事だったのか。
童謡の「あめふり」に出てくる子供の気持ちが今ならわかる。
確かにこれは楽しい。
こんなに楽しいのは、きっと彼が隣にいるからだろう。
顔を見上げると拓哉の顔が見える。
私の大切な恋人。
いつもぶっきらぼうだけど、本当は優しいのだ。
今だって、傘を忘れた私を自分の傘に入れて、相合傘してくれる。
楽しくならなきゃ嘘だ。
「咲夜……
お前、本当に好きだな……」
ご機嫌な私を見て、拓哉は呆れたように呟く。
私には、それを言われたらいつも言い返す言葉がある
「うん、私は卓也の事好きだよ」
「そうじゃなくって」
「もしかして照れてる?」
「うっせ、毎度毎度言いやがって……
お前恥ずかしくないのかよ」
「何回でも言うよ、拓哉の事好きだからね」
「……うっせ」
拓哉の顔が真っ赤だ。
かわいい。
「さっきの話の続きだけどさ」
強引に話を変える拓哉。
よっぽど恥ずかしかったみたい。
これ以上からかって嫌われたくないので、私は話題に乗っかる。
「お前、いつまで傘忘れたふりする気?」
「えっ」
拓哉の言葉に衝撃を受ける。
ま、まさか拓哉と相合傘するために、もって来た傘を隠したのバレた!?
「いや、『まさかバレてた』みたいな顔すんな。
お前傘忘れたの何回目だよ。
いい加減気づく」
「うるさいなあ。
言いじゃん別に」
「別に責めてはねえよ。
ただお前相合傘が好きなんだなって思っただけ」
む、拓哉にしては鋭いと思ったが、にも分かっってなかった
私が好きなのは拓哉であって、相合傘じゃない。
なんども言っているのに、拓哉は全然分かってくれない
こうなったら……
私は、思いっきり拓哉の体に密着する。
「引っ付き過ぎじゃね。
歩きにくい」
案の定、拓哉は文句を言い始めた。
でも計算内、論破してやる。
「離れてたら雨でぬれるでしょ?
私が風邪をひいてもいいって言うの?」
「そうは言ってないだろ。
とにかく少し離れろ」
「いいじゃん、雨だよ?
あらゆるカップルがくっついても良い、大イベントだよ」
「そんな大層なイベントじゃないから!」
「この時期にカップルは相合傘をするのは義務です。
おとなしく引っ付かれてください」
「話を聞け――あ」
「何かあった?」
「いや、雨あがってると思って」
周りを見渡すと、すでに雨は上がり、遠くの方が明るくなっていた。
拓哉と言い争いをしているうちに、雨がやんでしまったようだ……
これでは拓哉とイチャイチャできない。
いや、まだだ……まだ手はあるはず……
だが、私が遠くの景色に気を取られている隙に、拓哉が傘を畳んでしまった。
「待ってよ、なんで傘畳むの!?
相合傘出来ないじゃん」
「いやいや、雨降ってないなら、傘を差す必要ないだろ?」
私の抗議を無視し、拓哉は前を歩いていく。
拓哉は何も分かってない。
確かに私たちは恋人同士。
いつでもイチャイチャ出来る……
けど今日という日に、イチャイチャするタイミングは今しかないんだよ!
こうなったら拓哉には期待できない……
天よ、もう一度雨を!
私にもう一度、拓哉に引っ付いてもいい理由を!
だが私の願いもむなしく、空の雲は徐々に姿を消していき、一気に夏晴れの空になった。
「うわ、いきなり晴れてきたな。
俺、日焼けしやすいんだよなあ……」
なんだって?
『日焼けしやすい』?
これはチャンスだ。
天は私を見捨ててなかった。
「拓哉、これをお持って」
「なんだよ、咲夜……これ日傘か?」
「うん、日傘。
でも一つしかないので、これで相合傘をしましょう。
お互い日焼けしてはいけないからね」
6/20/2024, 1:16:37 PM