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6/16/2024, 1:02:29 PM

『好きな本』




「好きな本を選んで、感想文を書きましょう。
 読む本は、なんでも構いません」
 ここはとある小学校。
 子どもたちに宿題が出されました。
 読書感想文です。

 ですが、この年頃の子どもたちは、本を読むより外で遊ぶのが大好き。
 遊ぶ時間が減ってしまう読書に、子どもたちは不満の表情を浮かべます。
 その子供たちの中に、一際嫌そうな顔をした子供がいました。
 『鈴木 太郎』という少年です。

 ですが嫌そうな顔をしているものの、太郎は読書が大好きな読書少年です。
 時間さえあれば、いつも本を読んでいます。
 そして太郎は感想文を書くことも得意。
 通販サイトに、レビューを書いたことは一度や二度ではありません。

 ですが彼は、心底不快そうな顔をしていたのでした。
 いったいなぜでしょうか?

 それは、太郎が好きな本というのは、主にラノベ、ライト文芸と呼ばれるもの。
 学校の感想文で、ラノベの感想を書くというのは、推奨されていないどころか、嫌がられます。
 かつて太郎は、自らの経験を生かし、張り切って感想文を書いたことがあります。
 ですが結果は散々でした。
 正面から嫌味を言われたこともあります。

 読むのも書くのも好きな太郎でしたが、学校の読書感想文だけは嫌いでした
 『何でもいい』は、得てしてなんでもは良くないのです。

 そんなこともあってか、太郎は感想文をでっち上げるようになりました。
 正直に書いても評価されない、不条理があることを学んだのです。
 彼は、他の子供より少しだけ大人なのです。
 
 休憩時間になってから、太郎は『今回はどうやって乗り切ろうか』と考えていました。
 その時です。
 一方的に太郎の事を気に入っている、『佐々木 雫』という女の子が近づいてきました。
 雫は太郎に親しげに声をかけます。

「ねえタロちゃん、何の感想文書くの?
 いつも読んでるやつ?」
「適当にネットで落ちているやつを書く。
 あ、でもAIが話題になっているから、今回それにしてみるかな……」
 太郎の答えに、雫の目が見開かれます。

「タロちゃん、そういうの良くない、良くないよ!」
 雫は感情を露わにして、抗議の声をあげます。
 ですが太郎の表情は曇ったまま、眉一つ動かしませんでした。

「そうは言うけどさ、俺が読むのはラノベだぞ。
 大人は嫌がるんだ」
「それは……」
 雫は言葉に詰まってしまいました。
 雫は、ラノベの事を詳しくは知りませんが、大人からどのように思われているかは知っていました。

「怒られるくらいなら、適当にでっち上げる。
 その方がお互い幸せなのさ」
「タロちゃん……」
「雫こそ、何を書くんだ?
 その本の感想探すから、教えてくれ」
「ダメだって言ってるでしょ!」

 ◆

 この2人のやり取りを、聞いていた人間がいました。
 読書感想文を宿題に出した張本人、担任の『香取 翔子』です。
 翔子は、教室にある教員用の椅子に座り、憂鬱な気持ちで二人の様子を眺めていました。

 翔子は、本は読みますがラノベを読むことはありません。
 しかし、そんな彼女も、ラノベがどういう扱いなのかは知っています。
 太郎の言う通り、『ラノベは本ではない』と思っている教師が多いことは事実。
 なので、ちゃんと感想文を書いて欲しいという気持ちがある一方で、太郎の書きたくないという気持ちも分かってしまいました。

 ですか、翔子は文字通りの意味で『好きな本』を読んで、感想文を書いて欲しかったのです。
 それが翔子の偽らざる本心なのですが、口で言っても太郎の心には届くことはないでしょう。
 クラスを受け持ったばかりで、まだ信頼関係が構築されていないからです。

 翔子は悩みました。
 どうやったら好きな本を読んで、感想文を書いてくれるのか……
 授業の準備もそこそこに、打開策を考えているとチャイムが鳴りました。
 次の授業が始まります。

 翔子は覚悟を決め、教壇の前に立ちます。
「授業を始める前に一つ、みんなに伝えたいことがあります。
 さっき言った読書感想文のことです」
 子供たちは動揺します。
 一体何を言われるのか、まるで分からないからです。

「感想文ですが、先生も書きます」
 子供たちから「えっ」「どういうこと?」と声が上がります。
 宿題というものは子供がするもの。
 決して大人がするものではありません。
 子供たちは、翔子は何が言いたいのか分かりませんでした。
 そして翔子は、騒めく教室でも聞こえるよう、はっきりと大きな声で宣言しました。

「そして先生の読む本は、銀魂です」
 子どもたちは息を呑みます。
 それは漫画で、しかもギャグ漫画……
 およそ読書感想文には向かないと思われる本でした。
 子供たちは、今聞いたことが信じられず動揺し始めます。

 もちろん翔子の作戦です。
 権力の象徴である教師が、漫画で感想文を書く……
 教師が率先して例を示すことで、子供たちに自由な選択肢を与えることができると踏んだのです。

「先生は銀魂が好きです。
 学生時代、ずっと読んでました。
 好きすぎて、自作の小説も書いたことがあります。
 ですがここでは、これ以上は語りません。
 感想文で書いきたいと思います」
 翔子は、しっかり間を取って次の言葉を言います。

「先生は好きな本を読んで、感想文を書きます。
 みんなも、好きな本を読んで感想文を書いてください。
 みんなの感想文を楽しみにしています」

 クラスの子供たちは驚きつつも、ホッとしたような顔をした顔もちらほらありました。
 『好きな本を選べない』と悩んでいた子供は、太郎だけではなかったのです。

 そして翔子の言葉を聞いた太郎は思いました。
 『困ったな、選べないぞ』と……
 太郎の頭の中にたくさんの好きな本が浮かんでは消えます。
 太郎は、好きな本がたくさんあるのです。

「困ったなあ、本当に困った」
 太郎は誰にも聞こえない声で小さく呟きます。
 ですが言葉とは裏腹に、太郎の顔は輝いていました。
 普段の彼からは想像ができないほど、太郎はやる気に満ち溢れていたのでした。

6/15/2024, 3:12:39 PM

『あいまいな空』


「有毒ガスで境界があいまいな空。
 ゴミが堆積して澱んだ海。
 なんか気味の悪い形の雲。
 ここは地獄の海水浴場。
 存分に堪能するがいい」

 目の前で、鬼がつばを飛ばしながら叫ぶ。
 地獄に落ちて、最初に聞いた言葉がこれである。
 現実世界もたいがい悪夢みたいなものだったが、まさか地獄でも悪夢を見る羽目になろうとは……
 現実は思いどおりにいかないな。

「なんだ新入り。
 しけたツラしてんな」
「悪いことしてないのに、地獄に落ちましたからね。
 落ち込みますよ」
「そんな訳無いだろ。
 地獄に落ちるのは悪人だけだ。
 お前は、詐欺師だと聞いたが……」
「違いますよ。
 悪どい商売で金を稼いだ悪代官から、貧しい人にお金を返しただけですよ」
「必要悪と言うつもりか。
 だが犯罪は犯罪だ。
 きっちり罪を償ってもらう……
 後ろを見ろ」
 鬼に言われて後ろを向く。
 そこにあるには、さっき紹介されたゴミだらけの砂浜だった。

「お前の仕事は、この砂浜の掃除だ」
 見渡す限りの、ゴミ、ゴミ、ゴミ。
 どれほど時間がかかるのか……

「コレを一週間でキレイにしてもらう」
「ハア!?」
 何を言っているんだ、コイツ。

「無理だ。
 流石に一週間は短すぎる」
「口答えするな。
 貴様は罪人だ
 やれと言ったらやれ」
 鬼は聞く耳を持たないようだ。
 ならば切り口を変えよう。

「一つだけ聞かせてくれ。
 なんで一週間なんだ」
「聞いてどうする?」
「どう考えても無理だ。
 だから掃除をする理由を聞いて、必要な分だけ掃除する」
「手を抜くつもりか」
「それくらいでないと一週間で終わらんぞ。
 それとも終わらなくてもいいのか」
 俺の言葉に、鬼は腕を組んで考える。

「いいだろう、教えてやる。
 実は我々の上司が急に海水浴に行きたいと言い出してな。
 それで急遽掃除する事になった。
 もし綺麗にできなければ、何を言われるか……
 言われるだけならまだ……」
「……地獄でも、クソみたいな上司がいるんだな」
「あえてコメントしないでおこう」
 鬼に少し同情してしまう。

「それで、海水浴をする予定の場所なんだが――」
「言わなくていい」
「お前が教えろと言ったのだぞ」
「それよりもいいこと考えた」
 俺の言葉に、鬼が警戒を露わにする。

「俺に詐欺をかける気か?」
「いいや。
 あんたは悪人ではないだろう?」
「その口ぶり……
 まさか上司を?」
「その『まさか』さ。
 あんたの言い分を信じるなら、その上司嫌われているだろう?」
「しかし、それは……」
「上司を嫌っている他の同僚を紹介してくれ。
 何、悪いようにはしないさ」

 ◆

「ひー、なんで儂がこんな目に」
「いいから働け」
 かつての鬼たちの上司は、今砂浜の掃除をしていた。
 この掃除は、もと上司が自発にやっているわけでは勿論ない。

 鬼たちは地獄の円滑な運営のために存在している。
 それを私物化していたことが閻魔大王にばれ、罰として掃除が命じられたのである。
 勿論俺がチクった。

 上司に不満を持つ鬼から話を聞き、証拠を集め、閻魔大王に上申したのだ。
 中にはなかなか口を割らない鬼や、ビビって逆に報告しようとしたヤツがいるが、そこは俺ももと詐欺師。
 口で宥め透かし、情報を引き出した。
 この程度朝飯前である。

 俺は不正を暴いた功績が認められ、鬼たちを従えるリーダーに抜擢された。
 にんげんとしては前代未聞の人事である。
 そして任務が与えられた。
 この砂浜を、閻魔大王が使えるように――ではなく、鬼たちが自由に使えるようにだ。

「閻魔大王がいいヤツでよかったぜ」
 もし悪いヤツなら、閻魔相手に詐欺をしなければいけなかったからな。
 さすがにアレを騙しきる自信はない。
 閻魔大王に嘘をついたら、舌を抜かれるからな。

「おい、もっとキビキビ動け」
 俺はサボって休もうとした元上司の鬼に怒号を飛ばす。
 アイツすぐサボりやがる。

 だが他の鬼たちは優秀だ。
 砂浜の掃除はすぐ終わるだろう。
 問題は……

「空、どうすっかなあ」
 見上げれば、毒ガスとやらであいまいになった空。
 アレを何とかするには毒ガスの出元を探らないといけないのだが、どこにあるのか見当がつかない。
 俺は、頭を働かせ考えに考えて、ひとつの結論を出す。

「ま、なるようになるさ」
 どうせ時間はたっぷりある。
 ゆっくり考えよう。

 俺はあいまいに笑って誤魔化すのだった。
 
 

6/14/2024, 4:10:13 PM

『あじさい』


「愛で包んであげる、アジサーイピンク」
「冷静沈着は海のごとし、アジサーイブルー」
「神秘の輝き、アジサーイパープル」
「無垢と純潔、アジサーイホワイト」
「自然を大事に、アジサーイグリーン」

「「「「「5人合わせて」」」」」

「「「「「あじさい戦隊 ハイドランジアカラーズ」」」」」


 出張から帰ってきて、リビングに入ると、そんな名乗り口上が聞こえてきた。
 息子が見ている特撮のものだった。
 玄関でのお出迎えが無かったので、どうしたものかと思えばコレに夢中らしい。
 思わず苦笑する。

 とはいえ怒るつもりはない。
 自分にもそういう時期はあった。
 何が言いたいかと言うと――子は親に似るって事。

「ただいま」
 息子に聞こえるように言うと、正樹がこちらを見る。
「おかえり」
 挨拶を返すとすぐにテレビの方に視線を戻す。
 父親よりもヒーローが大事らしい。
 本当に父親似である。

「なあ、正樹。
 父さん分かんないことあるんだけど、教えてくれる?」
 正樹の隣に座って聞く。
 出張に行く前までは、ずっと正樹と一緒に見ていたのだが、。
 だが帰るまでに、新しいものが始まったようで何も分からない。

「いいよー」
 お、好感触。
 断られるかもと思ったが、教えてくれるようだ。
 さすが俺の息子、すごく優しい。
 よし、正樹と話しを合わせるためにも情報収集だ。

「コレ、なんていう名前なの?」
「ハイドランジアカラーズ」
「ハイドランジアカラーズ?」
 あまり耳慣れない日本語に、思わず聞き返す。
「うん、アジサイの力を借りて戦うの」
「へー」
 そういえば、英語でアジサイのことをハイドランジアと言ってたな。
 アジサイの力を借りるというのは全く理解できないが、ヒーローってそんなものか。
 深くは考えまい。

 ともあれ名前は分かった。
 他に気になったことを聞いてみる。

「レッド見ないけど、どうしたの?」
「レッドはいない」
「いないの!?」
 まさかの事実に驚く。
 レッドがクビに!?
 凄い時代になったものだ。

「じゃあリーダーは誰?」
「アジサイピンク」
「ああ、なるほど」
 赤がいないから何事かと思ったが、赤っぽいピンクがリーダーをするらしい。
 思ったより冒険はしてないようだ。
 きっと俺みたいなやつが騒ぐから、徐々に行くつもりだろう。
 制作側も大変だな。

「これはアジサイブルー」
 物思いにふけっていると、正樹が次を指差す。
 なるほどアジサイと言えば、ピンクと青だ。
 となると次は――
「これがアジサイパープル」
「なるほどパープル」
 紫は珍しい気がするけど、アジサイモチーフだから必要なのだろう。

「パープルは、ピンクとブルーの子供。
 未来から来たの」
「え?」
 まさかの情報をブチ込んできた息子。
 それってネタバレってやつじゃ……
 いや、言うまい。
 不用意に質問した自分が悪いのだ。

「レッドどブルーは、普段けんかばっかりだけど、実は二人とも好きなの」
「ふーん」
 息子のネタばれは留まるところを知らない。
 ありがちっちゃありがちだけど、それを知らずに見たかったなあ。

「これがアジサイホワイト」
「白いのもいるのか……
 珍し――待てよ、通勤途中でもソコソコ見たことあるな。
 意外とメジャーな色か?」
 どうやら俺はアジサイの事を何も知らないようだ。

「それでもう一色が……」
「アジサイグリーン」
「グリーン?
 緑のアジサイって、病気じゃなかったか?
 ニュースで見たぞ」
「最近、病気じゃない緑色のアジサイあるんだよ」
「へー」
 時代の変化ってすごいな
 ランドセルみたいに、アジサイの色も増えているらしい。
 そのうち黄色でも出てくるのだろうか?

「それでね、みんなパワーアップする」
「そうなんだ」
「ヴィンテージってやつ」
 ヴィンテージ?
 うっすらとだが、聞いた覚えがる。
 たしかアジサイが好きな、妻から聞いたのだったか……
 うろ覚えだが、咲いてる間に色が変わるってやつのはず。
 思ったより設定が凝っているらしい。

 ふと見れば、正樹の手元にはいろんな色の人形がある。
 5色どころか、10体……いや20体以上あるぞ。
 まさか色が変わった後のやつ全部あるのか。

 正樹はいい子だが、ヒーローの人形がそろってないと不機嫌になる。
 ねだるのは人形だけだからまだいいけど、高価なロボットや変身グッズをねだられた日には……
 そんな日が来ないことを祈ろう。

 ◆

 その後、俺は息子の怒涛のネタバレをくらいつつも、なんとか一話を見終える。
 情報量の多さに、どっと疲れが来る
 正樹はというと、騒ぐだけ騒いで寝てしまった。
 よほど楽しかったらしい。

 さて、正樹が寝たことで、俺の手が空いた。
 出張から帰って来たばかりとは言え、家事を妻ばかりに任せるわけにはいかない。
 少し手伝いに行こう。
 そこに丁度良く、洗濯物済みの服が入ったカゴを、妻が持っているのが見えた
 俺は正樹を起こさないように立ち上がり、妻に近づく。

「洗濯物干すよ」
 俺がカゴを受け取ろうと手を差し伸べると、妻が焦ったような表情をする。
 そんなに変なこと言ったか?

「いいわよ、あなた疲れてるでしょ」
「でもお前もずっと一人で正樹の面倒を見ていただろ。
 俺は新幹線で寝ていただけだから、元気あるんだ。
 洗濯物を干すくらいならするよ」
「大丈夫よ、あなたは正樹の面倒を見てくれていれば、それでいいから……」
 洗濯カゴを渡すことを、頑なに拒む妻。

 ここまで強情な妻を初めて見たが、何かあるのだろうか?
 例えば隠し事とか……
 そこで俺はピンときた。

 俺は、洗妻を尻目に、ベランダに一足先に向かう。
 そこにあったのは……

「すげ、アジサイがたくさん」
 ベランダには所狭しと並んだアジサイがあった。
 コレ10鉢くらいない?
 こんだけ買えばお金もかかったに違いない。
 俺は後ろを振り返ると、妻が膝をついてうな垂れていた。
 
「正樹と一緒に番組見てたら、アジサイが欲しくなって……」
 そういえば妻はアジサイが好きで、欲しくなると我慢できないタイプだったな。
 そして正樹も、ハイドランジアカラーズの人形を集めていた。
 何が言いたいかと言うと――子は親に似るって事だ

 本当ならば、余計な出費に怒るべきなのだろう。
 だが、俺にそんな気は無かった。
 そんな気が失せた、というのが正しいか。

 俺はもう一度ベランダを見る。
 ベランダには、たくさんのアジサイが綺麗に咲き誇っていた。

6/13/2024, 1:32:23 PM

 あるのどかな村に、デカ太郎という少年がいました。
 愛する両親に、『心はデッカく、器もデッカく』と願いを込めてつけられました。
 しかしこのデカ太郎という少年、心は大きかったものの、体はとても小さかったため、近所の子供たちに苛められていました。
 毎日泣いて帰ってくるデカ太郎を心配し、母はこんなことを言いました。

「好き嫌いしているから大きくなれないの。
 これからは何でも食べるのよ」
 デカ太郎は母の言葉を信じ、せっせと好き嫌いせずいろんなものを食べていました。

 デカ太郎は、好き嫌いせずどんどん食べていきます。
 すると、体もどんどん大きくなりまた
 ついには、太郎は自分をいじめていた子供たちよりも大きくなりました。 
 これで、いじめられることは無くなりました。
 そしてデカ太郎はそれからも好き嫌いせず食べ、それからも大きくなり、村一番の大男よりも大きくなってしまいました。

 しかしこのころから村人は、デカ太郎の事を怖がりました。
 デカ太郎は、大きくなり過ぎたのです。
 母親も、自分の息子が怖がられていることに胸を痛め、引っ越しを考えるくらいでした。

 その時です。
 そこに怪物が現れたのは……
 村の人々は怪物を追い出そうと立ち向かいましたが、全員コテンパンにやられてしまいました。
 
 その事を知ったデカ太郎は、みんなの事を守ろうと、怪物に果敢に立ち向かいます。
 怖がられているとはいえ、ここは自分が生まれた村。
 デカ太郎は、この村の事が大好きだったのです。

 デカ太郎は、怪物に戦いを挑みます。
 怪物はとても強く、デカ太郎は苦戦しましたが、なんとか怪物を追い出すことが出来ました。
 村に平和が訪れたのです。

 そして村の人々は、デカ太郎の勇敢な姿を見て、自分の愚かさを反省し、デカ太郎に謝罪をしました


 こうしてデカ太郎は、本当の意味で村に打ち解け、村でずっと幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。

 ◆


 とある小学校の昼休憩の教室。
 待望の昼休憩を喜ぶ他の生徒の騒ぎの中、大人しめな太郎と、見た目がギャルの雫が、向かい合って椅子に座ってました。
 一方の太郎は、手に追っているノートを嫌そうに読み、それを雫が真剣な表情でみています。
 しばらくしたのち、ようやく読み終わったのか、太郎はノートから顔を上げます。
 それから太郎は天井を仰いだ後、目線を下ろし雫の方を見ます。

「読んだけど…… これ何?」
 太郎は疑問を口にします。
 それは当然の疑問でした。
 なぜなら雫は、給食の後昼休憩が始まるや否や、太郎にノートを渡し、有無を言わせず読ませたのです。
 本当は嫌でしたが、雫の真剣な表情に気圧され、太郎は頷いてしまいました。

「私ね、保育士になりたいの。
 だからこうして絵本を書いてるの……」
 雫は非常に真剣な表情で言いました。
 雫は見た目こそギャルであるものの、夢に向かって努力をする頑張り屋さんなのです。

「そうじゃくて――」
 ですが、太郎は反論します
 そのことは、太郎も知っています。
 知りたくも無いのに聞かされました。
 でも、太郎には関係のない話なのです。
 太郎は雫の夢を応援すると言った、殊勝な感性も持ち合わせていません。
 ただただ迷惑でした。

「なんでこれを、俺に読ませたの?」
 太郎は、雫の目をまっすぐ見ながら言い放ちます。
 『保育士になりたい』という夢を太郎は否定するつもりはありません。
 しかし、それがなぜ自分に読ませる事に繋がるのか、全く理解できないのです。

 太郎の質問に、雫は大きく頷き答えます。
「こんどボランティアに行こうと思うんだけど、その時この絵本を基にして劇をしようと思ってるの」
「はあ!?」
 太郎は思わず、声を荒げます。
 これから言われることが容易に想像できたからです。

「だからタロちゃん、手伝ってネ」
「なんで俺が」
「ちゃんと読んでよ。
 この絵本の主人公は『デカ太郎』、そして君の名前は『太郎』。
 タロちゃんが演じる以外にないと思わない?」
「思わない」
「悪いヤツやっつけに行くの好きでしょ」

 そこで太郎は言葉を失いました。
 図星だったからです。
 太郎はラノベやアニメといったサブカルが大好きです。
 主人公が悪い奴を倒すのは大好物です。
 ですが――

「でも俺には関係ない」
「実はタロちゃんをモデルにしたの。
 関係者よ」
「勝手に巻き込むな!」
「ダメだよ、そんな事じゃ。
 仕事を好き嫌いしていると、BIGにはなれないわよ」
「別にいい」
「そうでもないわ。
 タロちゃん、小説家になりたいんでしょ?」

 太郎は首を傾げます。
 たしかに太郎は『小説家になれたらいいなあ』ということを、雫に言わされたことがあります。
 ですが、なぜその事が繋がるのか、全く分かりませんでした。

「どういう事?」
 太郎は、雫に尋ねます。
 すると雫はにんまりと笑いました。
 まるで獲物が罠にかかったのを見たかのような、獰猛な笑みです。

「私ね、タロちゃんが小説家になるの、いいと思うの。
 応援してる。
 でもね、本をたくさん読んで小説を書くのもいいけど、実際に体験することも大事だと思うの……
 今回はお芝居だけど実際に体験するのは、小説を書くことにとてもいいことでしょ?
 悪い奴を倒す正義の味方、なかなか体験することはできないわ」
『男の子ってこういうのが好きでしょ?』
 そう言わんばかりの笑顔です。
 それを聞いた太郎は、少し悩みます。

 たしかに雫の言う通り、こういった体験が小説を書くことにプラスになるかもしれません。
 けれども、劇に出るのは恥ずかしい。
 太郎は目立つことが嫌いなのです。

 小説家になるための勉強と割り切るか、それとも恥ずかしいから断るか……
 太郎の心は揺れていました
 雫は、太郎の心の動きを雫見抜き、確実に仕留めるため、次の行動に移ります。

「それとも――」
 雫は、太郎の目を見ながら、心に沁み込むように、ゆっくり言葉を紡ぎます。
「――劇に出るのが怖い?」
 それを聞いた太郎は目を大きく見開きました。

「なら別に出なくても――」
「やってやらあ」
「じゃあ決まりね」
 太郎は勢いで了承しました。
 男の子は、なによりもバカにされるのが嫌いなのです。

 太郎は『しまった』と後悔しますが、後の祭り……
 ですが、今更無かったことにもできず、太郎はがっくりと肩を落とします。
 太郎は、まんまと雫の罠にはまってしまったのでした。

 そして雫は協力者を得られたことに喜びます。
 その一方で太郎は、雫の事を少しだけ怖いと感じました。
 男の子の『好き』と『嫌い』を熟知し、自分の目的のために男を手玉に取る……

 『雫は魔性の女になる』と確信する太郎なのでした。

6/12/2024, 1:17:52 PM

 お、見ない顔だな。
 新入りか?
 ようこそ、この街へ。 
 この街には何でもある。
 存分に堪能するといい!

 え?
 ここはどこかって?
 自分はトラックにはねられたはず?

 そうだな。
 あんたの思っている通り、ここはあの世だ……
 おいおい、まるでこの世の終わりみたいなツラしてんな。
 ま、無理もないか。
 俺たち死んでいるんだもんな。

 でも落ち込むことはないぜ。
 ここはいい場所だ。
 さっきも言ったが、この街には何でもある。
 食べ物、娯楽、住居……
 暇つぶしには事欠かない。
 何もせず怠惰にいてもいい。
 天国ってやつだ。
 ここで遊んでいれば、お前の知っている奴らもここに来るさ。

 ああ、そういえば……
 あんた、怪談話は好きか?
 そっちも、よりどりみどりだぜ
 もっとも、実在が不明な都市伝説だがな。
 でも本当である必要はない。
 怪談って言うのはな、恐ければそれでいいんだ。
 そうだろ?

 けれどな、一つだけ本物の都市伝説があるんだ。
 それはいわゆる『開かずの扉』と呼ばれるもの。
 聞きたいか?

 そんなに嫌そうな顔するなよ。
 そんな顔されたら教えたくなっちまう。
 ほら、お前さんの後ろにあるやつ。
 それが『開かずの扉』だよ。

 くあっはっは。
 お前、バッタみたいに飛びのいたな。
 いいもん見させてもらったわ。
 怒んなって、いい事教えてやっから。

 その扉なんだが――
 待て待て、怖い方の話じゃない。
 お前にも関係のある話だ。

 その扉を通るとな、現実世界に行ける――つまり生まれ変わるんだ。
 すげえだろ。

 不思議そうな顔してんな。
 なんで『開かず』なのかって顔だ。
 うん、当然の疑問だ。

 だって誰も開けたことないんだよ、ソレ。
 ここが楽しすぎるからな。
 辛い現実世界に戻りたいとは、誰も思わないんだよ。

 開けたことないのに、何で行き先が分かるのかって。
 そうだな……
 ここにしばらくいると、その扉から現実世界の気配がするんだ。
 そしてこう思う。
 『ここを通れば生まれ変わるんだな』と……
 
 だから、なんて言うかな、生まれ変わりたいなら開けてもいい。
 誰も止めはしないさ。
 ああ、今開けても無駄だ。
 こっちに来てすぐに開けた奴はいるんだが、そん時は何もなかった。
 多分、準備が出来てないんだろう。
 それで準備が出来たら、現実世界の気配がする――と、俺は考えている。
 本当かは知らないぜ。
 そんな気がするってだけだから。
 
 それまでは、ここで大人しく遊ぶんだな。
 遊んでりゃあっという間さ。
 そのうち現実世界の気配がするよ。
 開けるのはそれからだ
 ……その時に生まれ変わる気があるならな。

 俺の知る限り、この扉を開けて向こうに行ったやつはいない。
 知り合いにも、見た奴はいない。
 これからも誰かが開けるとも思わない。
 俺も開けるつもりはないし、お前が開けると思ってない。
 つまり、何が言いたいかって言うと……

 だから『開かずの扉』なんだ

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