『梅雨』
今週の月曜日の事である。
友人の百合子が、私の部屋に遊びに来たのだが、この日は様子がおかしかった。
いつも『小学生か?』というくらい元気いっぱいの百合子なのだが、妙にしおらしい。
遊びに来たときは、いつも自分の部屋の様にくつろぎ始めるというのに、今日は部屋に入るなり窓際に座り、外を見ながら奇妙な歌を歌い始めたのである。
「ハッピーバースデー 梅ー雨ー。
ハッピーバースデー 梅ー雨ー。
ハッピーバースデー ディア わーたしー。
ハッピーバースデー 梅ー雨ー」
前からおかしい奴だと思っていたが、いよいよおかしくなったらしい。
確かに梅雨の時期だが、この辺りはまだ雨の気配はない。
今も雨どころか曇り一つない快晴だというのに、梅雨の歌を歌う百合子……
やはり様子がおかしい――いや、通常運転か?
いつもこのくらいの奇行はするし……
判断に迷うものの、歌いたいなら歌わせておくことにする。
百合子には物を壊す悪癖があるので、大人しくするならそれに越したことは無い
私には関係ない事だ。
「沙都子」
歌っていた百合子が、急にこちらを向いて私の名前を呼ぶ。
こっちを見ないで欲しい。
どうせ、碌なことにならない。
「なんでこんな歌を歌っているか聞きたい?」
「興味ないわ……」
私は心底興味がないという意思表示に、近くにあった漫画を手に取る。
「しかたないな。そんなに知りたいなら教えてあげよう」
だが私の返事を無視し、百合子が語り始めた。
やっぱりこうなるのか……
「これはね、誕生日と梅雨の歌なんだ」
そのままだった。
わざわざ言うほどの事か?
「私の誕生日に毎年雨が降るから、小さい頃やさぐれて作った」
「えっ」
『なんとなく作った』と言うと思ったら、予想に反した理由が出てきて少し驚く。
心底興味のない状態から、砂粒一つくらい興味が出てくる。
「あなた、誕生日いつだっけ?」
「来週の土曜日。
六月一日」
「なるほど、たしかに梅雨の時期。
たしかに雨になる日は多いでしょうね」
「『多い』じゃななんだよ。
毎年、誕生日には必ず雨が降る」
「毎年?
気のせいでしょ」
「ううん、私が生まれてから毎年。
家にあるアルバムで確認したから間違いない。
ウチは誕生日に写真撮るんだけど、毎年雨が降ってる」
「親にも言質取ったよ」と寂しそうな顔で笑う百合子。
どうにも雲行きが怪しくなってきた。
百合子だけなら気のせいで言い切れるが、まさか物的証拠があるとは……
もし百合子の言った事が事実なら、とても興味深いことだ。
砂粒ほどの興味が風船のように膨らんでいく。
まんまと百合子の話に乗ってしまったことに少しだけ腹立たしいが、それよりも好奇心がを勝った。
「なにか、神様の怒りでも買った?
例えばご神体壊したとか」
「ちょっと待って。
沙都子は私の事、何だと思っているの?」
「破壊神の生まれ変わり」
「ひどい!」
叫んで泣きまねをする百合子。
「でもさ、それは無いと思うよ。
生まれた日から雨降っていたからね」
「じゃあ先祖代々の呪い?」
「雨女体質なのは私だけ」
「うーん、他に分ってることないの?」
「霊能力者とかに見てもらったけど、何も異常なし。
ただただ不思議と言われた」
「なるほど」
気になるがこれ以上、情報が出てこないようだ。
ただ自称霊能力者も多い。
こんど、私のコネで信頼できる霊能力者を探しておこう。
「でもそれって落ち込むような事なの?
確かに気は滅入るかもしれないけれど、不利益があるわけではないでしょう」
「誕生日パーティ開いても誰も来ない」
「……悲惨ね」
百合子のような騒ぐこと大好き人間にとっては、耐えられまい。
「開き直って梅雨系JKユーチューバーで売り出したらどうかと思っているんだけど、どうかな?」
「やめなさい。 すぐに飽きられるだけよ」
「なるほど、梅雨だけに露と消えると……」
「誰がうまい事言えと……
というか、結構余裕ね」
「さすがに15歳に、いや16になるのか……
そこまで来ると諦めの境地に達するんだよね」
「諦めの悪いあなたがそこまで……」
意外と傷は根深いらしい。
「でも安心しなさいな。
今年は私が行ってあげる」
「別にいいよ」
「……あなたね、誕生日会に来て欲しいから話題を振ったんじゃないの?」
「そうは言うけど、土砂降りになることが多いんだよね。
そんなわけだから、期待しない」
「私を見くびってもらっては困るわね。
誕生日は土曜日っていったわね?」
持っていたスマホで天気予報を見る。
「なんだ、その日なら晴れじゃない。
行ってあげるわ」
「ま、期待せずに待ってるよ」
その日はそれで終わり、すぐに百合子は帰った。
もう一度天気予報を確認したが、このとき確かに晴れの予報だった。
次の日に天気予報を見ると、曇りになっていた。
この時点では「そういう事もあるか」と思っていたのだが甘かった。
百合子の誕生日が近づくにつれ、天気は悪化の一途をたどり、そして雨マークがつき、ついに前日に警報が出るまでに至った。
◆
そして現在、土曜日。
百合子の誕生日当日。
「これは駄目そうね」
私は外の様子を見ながら呟く。
「まさかこんなに降るとは……」
外は轟音を立てて雨が降っている。
緊急の用事があっても、外出をためらう雨の強さだ。
なるほど、百合子が『期待しない』というだけの事はある。
「さすがにこれは予想外ね。
最悪を想定していて良かったわ。
ね、百合子」
「うん」
隣で窓の外を見ている百合子が頷く。
私は、土曜日に雨が降ると分かった瞬間から、私の家に泊まらせた。
何が起こってもいいように木曜日から泊まらせていたのだが、金曜日に学校が休校になるほど強い雨だったので正解だった。
あらかじめ百合子の親にも伺いを立てたが、あっさり了承された。
向こうも思うところはあったらしい。
もちろん私が向こうに泊まるという選択肢もあった。
だが私の屋敷のほうが大きく、使ってない部屋があるということで、そこを誕生日会の会場にしたのだ。
「どう?
人生初の誕生日」
私は百合子のために飾り付けた部屋を見渡す。
「がんばって飾り付けたわ」
「別に初めてじゃないよ。
家族とならしたことあるし」
「友達とは?」
「初めてです」
「なら楽しみなさい」
「うん」
百合子は一週間ぶりの満面の笑みを浮かべる。
やはり百合子は、こうでないといけない
「あなたのためにケーキも用意したわ。
どんどん食べなさい」
「沙都子、張りきっているねえ」
「私も意外だったわ」
私も自分の誕生日でも、ここまで張り切ったことは無い。
きっと、新鮮だったからだ。
私も、友人の誕生日会に出るのが初めてだから。
だから私は百合子を喜んでもらうため趣向を凝らした。
まずは最初のサプライズを味わって頂こう。
「早速だけど、見せたいものがあるわ」
「なんだろ……
あっ、誕生日プレゼントだね」
「外れ、あなたの小さい頃のアルバムよ」
「…………へ?」
私は、本棚に入れてった百合子のアルバムを取り出す。
「こっちに泊まらせれるって、あなたの両親に言ったら持ってきてくれたの」
「何してくれてんの、両親!」
「あら、あなたにも天使のような時期があったのね」
「見るなああああ」
誕生日会では、百合子もいつも以上に元気にはしゃいでいた。
私が繰り出すサプライズに口でこそ文句を言っていたが、喜んでいたのはバレバレだった。
最後にプレゼントで欲しいと言っていたゲームをあげた時、泣かれるとは思わなかった。
二人だけの誕生日パーティ。
初めての友人のお誕生日会。
私たちは、外の雨の音をかき消すくらい騒いだのであった。
『無垢』
「見ろよ、生まれるぞ」
目の前の卵が小さく揺れ始める。
その揺れは次第に大きくなり、やがて殻にヒビが出来始め、殻が少しずつ剥がれていく。
そしてその中から、うろこに覆われたトカゲの体を持ち、背中には小さな翼が生えた生物が出てくる。
ドラゴン――の子供である。
「おおー、ちっちゃい! 可愛い!」
ドラゴンの誕生を、俺の隣で見ていたクレアが感嘆の声を上げる。
普段の聖人じみた態度から想像も出来ないほどはしゃいでいでいるクレアを灰めてみた。
世間から聖女として崇められる彼女だが、人間らしい部分もあるという事か。
少しだけ人間らしいところを見れて、安堵する。
「見てください、バン様。
この可愛らしい瞳、小さい手、
くう、可愛すぎます」
クレアが、目のまえの子供のドラゴンを前にして、子供のような笑顔を見せる。
この小さなドラゴンの目では、クレアは
正直、ここまでテンションが高くなるとは少しだけ嬉しくもあり、そして少しだけ腹が立つ。
このドラゴンの卵、実は俺がダンジョンの奥で拾ったもので、そしてクレアはそのことに最後まで反対していた。
拾ってから毎日小言を言われる日々。
なのにこの有様はどうだ?
「あ、歩きましたよ。 すごい、えらい」
ここまで掌返し、そうそう見れるものではない。
「チビ太、こっちですよ」
「え?」
「名前ですよ。
ほら、チビ太。
あなたの名前はチビ太ですよ」
「……違う名前にしよう」
「なぜですか!」
クレアがすごい剣幕で迫ってくる。
なんでここまで入れ込んでるんだ。
お前、さっきまで興味なさそうにしてただろ?
「こいつはドラゴンだ。 すぐに大きくなるからチビ太は駄目だろ」
「あ、確かに……
いい名前だと思ったのですが……」
「てことで俺が名前を考えているから――」
「龍太、こっちにいらっしゃい」
俺の言葉にかぶせるように、クレアが次なる命名案を出してくる。
「ほら、龍太、龍太、龍太」
あいつ、なんども繰り返して刷り込もうとしてやがる。
どうしても自分で名前を付けたいらしい。
まあいいさ。
名前はそこまで重要じゃない。
命名権はくれてやる。
だが、教育方針は俺が決める。
俺はこいつをトレーニングさせる。
そして世界一強いドラゴンに育てるのだ。
今、冒険者たちの仲で、ひそかに広がっているドラゴンバトルというものがある。
育てたドラゴンを互いに戦わせ、優劣を決める熱いスポーツ。
俺たちはそこで王になる。
そして勝つためには、幼いころからのトレーニングが欠かせない。
幸いにしてこのドラゴンは健康状態が良い。
この調子ならば、今日からでもトレーニングを……
ドラゴン、もとい龍太を見ていると、視界の端でクレアが俺の顔を覗き込んでいることに気づく。
「どうした?」
「どうしたではありません」
クレアは龍太を、俺の視線から庇うように移動する。
「なにか、邪なことを考えていませんか?」
「邪な事?
馬鹿を言え」
「では何を考えていたか、言葉に出来ますか」
クレアが俺の目をまっすぐ見る。
俺が嘘をつこうものなら、糾弾するつもりなのだろう。
だが俺は嘘をつくつもりはない。
邪なことなど一切ないからだ。
「そいつに戦いを教えて――」
「天罰!」
「ぐは!」
クレアがすぐ側にあった分厚い本で俺を殴る。
クレアのバカ力と本の重量の相乗効果によって、俺に少なくないダメージが入る。
つまりめっちゃ痛い。
「いって、何も本気で殴ることは無いだろうが」
「いいえ、こんなかわいい龍太を、悪い道に引き込もうとする人は天罰が下って当然です」
「どこが悪い道だ。
ドラゴンは戦ってなんぼだろうが!
逆に、他の道があるのか?」
俺は痛む頭をさすりながら、クレアを睨む。
「この子には戦いに無縁の生を送ってもらいます。
平穏に暮らして、家族を作り、やがて私に孫の顔を見せてもらうのです」
「さすがに人間と一緒にするな
ドラゴンは闘争本能が強いから、戦わないと逆にストレスになる」
「詳しいですね」
「当たり前だ。
ドラゴンバトルのために、色々調べたからな」
「ドラゴンバトル……
そういえば、そんなことも言ってましたね」
そう言うと、クレアは目をつむる
クレアが何か考えるときの癖だ。
しばらくのあと、結論が出たのかゆっくりと目を開ける。
「あなたの言い分は分かりました。
闘争本能を発散させるのが、この子のためになるならそうしましょう。
ですが――」
クレアは目を大きく見開く。
「ドラゴンバトルとやらには、絶対に参加させません!
龍太は、私と一緒に愛と平和を世界に伝えるのです」
「ドラゴンが仰せつかるような使命じゃないだろ
与えるのは恐怖だ」
「なんてこと言うんですか!
こんなに可愛いのに!」
「いやいやいや、今の時点で人殺せるくらいには強いからな」
生後一日でも、なんの訓練も受けていない一般人が手も足も出ないほど強い。
そんな危険生物の前で言い争いが出来るのは、俺たちがレベルの高い冒険者だからであり、いざとなれば抑え込む自信があるからだ。
決して、普通の人と俺たちを同列にしてはいけない。
「だからこいつは戦いに身に置いた方が幸せ――」
「させません!」
二度目の分厚い本によるチョップが繰り出される。
そのチョップは、一回目と同じ軌道を描き、そして同じ場所に命中する。
「やめろ、とりあえず暴力に訴えるな。
お前聖女だろうが!」
「我が子のためなら悪魔にもなります」
「手に負えねえ」
コイツは駄目だ。
普通の説得では聞き入れまい。
それにこれ以上は俺の体が持たん。
次やられたら、病院送りだ。
「分かった、こうしよう。
龍太のことは龍太でに決めさせる」
「いいでしょう」
クレアは少し離れたところに龍太を置く。
「よし、龍太。俺のほうに来い。
世界一強いドラゴンを目指そう」
「龍太、こっちですよ。
あなたも平和に過ごせるほうがいいですよね」
龍太は不思議そうに、俺たちを見比べる。
正直どこまで理解しているか分からない。
だがあのまま言い合っても俺が負けるだけ。
しかしこういう勝負ならば、俺でも半々で勝てる。
こい龍太。
一緒に世界を目指そう。
俺の想いが通じたのか、龍太は俺の方を見る。
やったか?
だが見たのは一瞬だけだった。
非情なことに龍太はクレアに向かい、クレアの足にじゃれつく。
やはり母性か……
「これ決まりましたね」
クレアは勝ち誇った顔で俺を見る。
「龍太、私はあなたの事を信じていましたよ」
クレアは、龍太を抱き上げる。
「愛と平和を世界に伝えましょうね」
無理だと思うけどなあ。
だけど勝負に負けた以上、俺に口出しする権利は無い。
とはいえ、ストレス発散のバトルは許可が下りている。
その間だけ、ドラゴントレーナーの気分を味わおう。
それくらいは許してくれるはずだ。
「ほら、高い高い」
俺が打ちひしがれている間も、クレアは龍太と遊んでいた。
眩しくてほほえましい光景。
こういうのもいいな、と柄にもなく思う。
これが子を持つって事か……
それに気づくと無性に龍太と遊びたくなってきた。
とりあえず高い高いしたい。
後で変わってもらおう。
俺の夢は破れたが、こういうのも楽しいだろう。
意外とイクメンパパ路線も悪くなさそうだ。
『終わりなき旅』
気が付くと、目の前で焚き火がパチパチと燃え盛っていた。
ふと空を見上げると、星一つ出ておらず、光源は目の前の焚き火しかない。
そこで自分がさっきまで何をしていたのか思い出せないことに気づく。
頭にカスミがかかったように、頭が回らない。
いったいここはどこで、俺は何をしていた?
「バン、やっと起きたのか……」
誰もいないと勝手に思っていたので、声を掛けられたことに驚く。
声の主は、パーティのリーダーのセーネンだった。
セーネンは呆れたように、俺を見ている。
何が起こっているのか分からないのはマズイ。
セーネンに聞いてみよう。
「セーネン、ここはどこだ? 俺は何をしてた?」
「お前、相変わらず寝起きが悪いな」
セーネンは苦笑する。
『寝起きが悪い』……
ということは、俺は寝ていたのか。
そんな事実にも気づかないほど、俺の頭は寝ぼけているようだ。
「今日は特にひどいな。
ほら、自分の名前を言えるか?」
セーネンに背中を思い切り叩かれる。
その衝撃で、少しだけ意識がはっきりする。
「名前は……バン」
「そうだ。
それで今からすることは分かるか?」
ぼんやりと周囲を見渡す。
目の前の焚火を囲むように、パーティのメンバー、フーラとサラが毛布をかぶって寝ている。
「そうか、見張りの交代か」
「やっと思い出したか」
そうだった。
俺たちは次のダンジョンに向かう途中の道中で野宿をしたのだ。
目的のダンジョンのある場所が、とても遠い場所にあるのでこうして野宿することになった。
「何か異常あったか?」
「ああ、とびきりなやつがある。
フーラの寝言が酷い」
「いつものことだろ」
俺たちは、他の二人を起こさないように笑う。
そんな中、フーラは「もうかりまっか?」と寝言を言っていた。
相変わらず何の夢を見ているんだか……
「まあそんなわけで、異常はない。
引継ぎは特になし」
「分かった」
「じゃあ、後は任せるぞ。
それとも、もう少し待った方がいいか?」
『お前は寝ぼけているからな』と言外に含む言い方をする。
「大丈夫だ、セーネン。
見張りを変わろう」
「ああ、モンスターが来ないようしっかり見張ってくれよ」
そう言ってセーネンは毛布にくるまり、横になる。
そしてすぐに寝息を立て始めた。
よっぽど眠かったらしい。
セーネンが寝たことを確認してから、周囲の気配を探る。
俺たちの周囲は何も存在しないかのように静かだ。
モンスターどころか、野生動物の気配すら感じられない。
念入りに張った結界の効果は上々のようだ。
一旦気配を探るのをやめ、寝ている仲間たちを見回す。
眺めていると懐かしい思いがこみ上げる。
セーネン、セラ、フーラ、俺。
数多のダンジョンを踏破した最強のパーティ。
また会えるとは思いもしなかった。
……懐かしい?
懐かしいってなんだ?
俺たちはパーティを組み、毎日顔を合わせている。
懐かしいと思う道理が無い。
なぜ懐かしいと思ったのだろう……
変な夢でも見たのだろうか?
不思議な感覚に動揺しているとと、セラと目が合う
「起こしたか?」
「バンのせいじゃない。
フーラがうるさいのよ」
「なるほど」
タイミングを見計らったかのように、フーラが「聖域なき改革」と寝言を言う。
フーラの寝言、発音がはっきりしているから無駄に気になるんだよな。
そして脈絡ないからタチが悪い。
フーラの寝言に苦しめられた過去を思いだしていると、セラは毛布にくるまったまま、体を起こす。
「寝てていいんだぞ」
「完全に目が覚めたから、話に付き合ってほしい」
「そうか」
セラはごそごそと芋虫の様に動き、俺の横に座る。
「私たち、遠くまで来たね」
「そうだな」
「私たちどこまで行けると思う?」
「それはもちろん世界中にあるダンジョンを制覇、だろ」
「そうだね」
セラはクククと、無邪気に笑う。
「でも世界は広からねえ。
私たちが死ぬ前に回り切れるかな?」
「うーん、今までの倍、いや三倍の速さで行かないと、間に合わないな」
「三倍は無理だね。
三倍で動くと、フーラも三倍寝る」
「そうなると起きてる時間が無くなるな」
「間違いないね」
二人で笑っていると、フーラが「俺を寝かせてくれ!」と叫ぶ。
あいつ、夢の中でも寝てんのか。
「あ、でも最近の研究じゃあ、ダンジョンは結構ポンポン生まれているらしいよ」
「ああ、聞いたことある。
ダンジョンが増えるとなると、旅が終わらないな」
「終わりなき旅、ってやつだね」
「なんで言い換えた」
「気分」
「気分かよ」
まあ、気分で言いたいこともあるか……
だが――
「でも終わっちゃったね」
「ああ」
だが、この旅は終わりを告げた。
3人の死によって。
これから行くダンジョンの奥深くで、俺たちは喧嘩して仲たがいし、ダンジョンの奥に俺を置き去りした。
俺はなんとか無事に帰れたが、三人は帰れなかった。
俺は運がよかったのだ。
だから、これは夢だ。
でなければ、3人がここにいるはずがない。
「バンはこれからも旅を続けるの?」
「ああ、もう少し止んだら出るつもりだ」
「がんばってね」
「ああ、夢でもそう言ってもらえると嬉しい」
置き去りにされたが、俺はこいつらの事が嫌いじゃない。
なんだかんだ、付き合いの長いパーティメンバーだ。
喧嘩だって何回もしたことがある。
そしていつも仲直りした。
今回もそうだと思っていた。
でも、その機会は永遠に失われた……
「お前たちはどうするんだ?」
ここは夢の中。
意味のない質問と分かっても、聞かずにはいられなかった。。
「旅をするわ」
サラは何の感情もなく答える。
「どこに行くんだ?」
「どこにも行かない。
文字通り、終わらない旅をするの」
「そうか」
意味不明な答えだが、不思議と納得できた。
夢だからかもしれない。
「もう時間だね」
「ああ」
空が明るくなってきた。
俺は夢から覚める時間だ。
「久しぶりに会えてうれしかったよ」
「こっちもね」
「さよなら」
「さよなら」
その言葉を境に急速に覚醒していく。
もう彼らに会うこともあるまい。
だけど不思議と寂しくは無かった。
夢の中で会話出来ただけでも俺は満足だ。
◆
目を覚ますと見慣れた自室の天井。
気が付くと目に涙がたまっていた。
今でも夢の中の喪失感が残っている。
自分は夢をあまり覚えている方ではないが、今日の夢は鮮明に覚えていた。
「あの三人の夢を見るとはね」
はあ、とため息をつく。
俺は一人呟く。
なぜ突然、あいつらの夢を見たのか……
理由ははっきりしている。
昨日、あの三人から手紙をもらったためだ。
そう、奴らは生きていた。
てっきり死んだものかと思っていたので、本気でびっくりである。
向こうも俺が死んだものと思っていたらしく、いままで連絡してこなかったらしい
手紙にはいろいろ書かれていた。
喧嘩についての謝罪、俺を置いていった後に致命傷を負ったこと、そのとき幸運にも強力な回復術士が通りかかり助けてもらったこと……
三人とも冒険者を辞め、故郷に帰ったということも書かれていた。
実は俺も、あの件がトラウマになり冒険者を辞め、今は故郷にいる
揃いも揃ってリタイアするとは、さすがに笑うしかない
だが、近いうちに俺は冒険者に復帰する。
冒険者業からなられたことや、故郷の村で静養したことで、トラウマが和らいだのだ。
その時の冒険先はどこにしようか迷っていたのだが、ちょうど良かった。
三人に会いに行こう。
会ってどうするかまでは考えてない。
殴り飛ばすかもしれないし、泣きながら謝罪するかもしれない。
一緒に冒険しようと誘うかもしれない。
なにも言わず、酒を飲み交わすだけかもしれない。
その時にならないと分からない。
でも冒険ってのはそう言うもんだ。
では準備をするとしよう。
俺の旅がここから始まる。
「ごめんね」
女サムライはその言葉とともに、持っていた刀を振りかぶる。
だがオオカミ男の方はその様子が見えているにもかかわらず。抵抗することもなかった。
激しい戦闘の末、もう戦う気力が無いのだ。
そしてそのまま男は切り捨てられ、その場に倒れ込む。
女サムライは、オオカミ男に一瞥して刀を収める。
『1P win』
ファンファーレとともに、画面いっぱいにデカデカと浮き上がる文字。
5回勝負、3勝。
女侍の圧勝であった。
◆
「くっそー、全然勝てねー」
「修行が足りないね」
大きな液晶テレビの前で、並んで対戦ゲームに興じる二人。
女サムライを操るのは雅子、無様に負けてしまったオオカミ男を操るのが倫太郎である。
二人は重大な決定を下すため、対戦ゲームで勝敗をプレイしていたのだが――
「いつになったら結婚もできるのかしら……
私に勝ったらプロポーズするって話、楽しみにしているんだけど……」
「そう言う割には手を抜かないよな」
「勝負には手を抜かないがモットーです」
「さいですか」
「もう一回やる?」
雅子はキラキラした目で、倫太郎を見る。
だが倫太郎は、嫌そうな顔をする。
「やらね」
「えー、私の婚期が伸びる」
「これ以上やっても、無理だな。
勝てるイメージできん」
倫太郎は、後ろに倒れ大の字になる。
それを見た雅子は、倫太郎の上に覆いかぶさる。
「じゃあ、諦めて結婚しよ」
「男が女より弱いのはだめだ」
「今もうそんな時代じゃないし、だいたいこれゲームだし」
「カッコ悪いじゃん」
「カッコ悪くてもいいじゃん」
「……プライドが」
「プライドで幸せになれる?」
「くっ」
倫太郎は、正論を言われ押し黙るが、雅子は口激を止めない。
「私たち、付き合ってもう3年だよ。
結婚しようよ」
「うーん、でもなあ」
「両親にもあいさつしたでしょ。
あとは倫太郎がOK出すだけ」
「でもタイミングってものが……」
「意気地なし!
こうなったら私にも考えがある!」
「お、おい」
雅子は立ち上がって部屋の扉に向かう。
「どこ行くんだ?」
「ちょっと野暮用。
明日には帰るから」
「おい!」
雅子は倫太郎の制止も聞かず、外に出ていく。
「どうしたんだよ、雅子」
雅子の突然の行動に、戸惑いを隠せない倫太郎であった。
◆
翌日。
「――て、起きて、倫太郎」
「ううん」
倫太郎が寝室のベットで寝ていると、自分を呼ぶ声で目覚めた。
頭が朦朧としたまま体を起こして、声のする方に頭を向けると、そこには雅子がいた。
「おはよう」
「おはよう」
「じゃあ、顔洗ったらリビングまで来てね。
話があるの……」
「……ああ」
倫太郎は、寝ぼけ頭のまま洗面所で顔を洗い、その足でリビングに行く。
そしてリビングに入った瞬間、雅子の姿を見て、倫太郎は眠気が吹き飛ぶ。
雅子が花嫁姿だったのだ。
「雅子、その格好は」
「私結婚することにしたの」
「え?結婚?」
理太郎は、昨日雅子と結婚について話した事を思い出す。
だが――
「でもそれは俺が勝った時に……」
「うん、そうだね。
で倫太郎を待っていたら、いつまで経っても結婚出来ない……
だからね、今日結婚することにしたの」
「ええ?」
なにも分からず混乱する倫太郎。
話のつながりがよく分からないが、ただ一つ分かるのは、雅子が自分に愛想を尽かし、他の誰かと結婚しようとしている事実。
その残酷な現実に、目の前が真っ白になりそうになるが、なんとか意識を留める。
「待ってくれ。次こそは――」
「時間切れなの」
雅子の凍るような声。
絶対零度の言葉は、質問は受け付けないという意思が込められていた。
その気迫に倫太郎は追及することを諦める。
もう彼女を引き留めることが出来ない。
彼女との関係は終わったのだ。
「分かった。
でも最後に、これだけは教えてくれ」
相手は誰なんだ」
「……相手はね」
雅子がゆっくりと口を開く。
その言葉を一つも聞き漏らさないように集中する。
ゴクリとツバを飲み、倫太郎は覚悟を決めて、雅子の目を見る。
雅子が口を開く。
「あなたよ」
その言葉と同時に、唐突に倫太郎は後ろから腕を掴まれる。
「え、何? なんなの?」
倫太郎は突然の事態に身の危険を感じ、脱出しようと試みる。
「ごめんね」
だが聞き覚えのある声が聞こえ、先ほどの恐怖とは違う焦りの感情が体を支配する。
後をみると、そこにいたのは倫太郎の両親であった。
「なんで……?」
倫太郎は口を開けたままぽかんとする。
「これは、あなたのためなの……
こうでもしないと、あなた結婚しないでしょう」
倫太郎の母が諭す
「いい加減にしろ、倫太郎。
覚悟を決めるんだ」
倫太郎の父が叱咤する
「コレどういう事なの」
倫太郎本人は説明を求める。
「どうって結婚式をするのよ。
貴方と、私の」
倫太郎の恋人、雅子は「分かるでしょう」と倫太郎に笑いかける。
「そんなこといきなり言われても!」
「大丈夫、諸々の準備はこっちでやっといたから」
「そういうことじゃなく!」
「では雅子さん、後の事はこちらで」
「お願いします。
お義父さん、お義母さん、また後で会いましょう」
そして両親に引きずられ、部屋の外へ連れていかれる倫太郎。
その間にも倫太郎は「勝ってプロポーズするんだ」「もう一度チャンスを」と喚いていた。
雅子は、その様子を手を振りながら見送る。
「あ」
倫太郎の両親がドアノブに手を掛けた時、雅子は思い出したかのように声を上げる。
「ちょっと待ってください」
雅子は倫太郎に近づきそっと耳打ちをした。
「騙してごめんね、大好きだよ」
「メアリー、ほら捕まえてみろ」
「走ると危ないですよ、クリス坊ちゃん」
私の名前はメアリー。
クリス坊ちゃんの屋敷に仕えるのメイドです。
今日も坊ちゃんは、私たち二人以外いない庭で走りまわります。
坊ちゃんは私の事をいたく気に入っているようで、遊び相手にいつも私を指名します。
私の事を姉と思っているのでしょうか?
とても光栄なことなのですが、遊び盛りの坊ちゃんの相手は大変です。
今日も私は汗を拭きながら、坊ちゃんの後を追います。
それにても、こんな暑い日差しの下だというのに、坊ちゃんの元気は衰えることを知りません。
この年頃の子供は、どこにそんなエネルギーをもっているのでしょうか?
衣替えをしたからでしょうか。
前から『動きにくい』と言ってましたから、半袖になったのが嬉しいのかもしれません。
坊ちゃんが嬉しいと、私も嬉しくなります。
なので一緒に喜びたいのですが、
ですが、最近私に悩みが出来てしまいました。
どうも私、最近坊ちゃんの事が好きになってしまったようなのです。
もちろん異性として。
身分の違う、年下の男の子に、です。
こんなこと誰にも相談なんてできません。
もし主人にばれようものなら、きっと屋敷から追い出されてしまうでしょう。
私はずっとこの秘密を抱えて生きるのでしょう。
ですが、いつまで内緒に出来るでしょうか……
今だって、坊ちゃんの半袖から延びる白い腕が、とても妖艶に見えて仕方がありません。
そして、あの腕にかぶりつきたい衝動に駆られます。
煩悩を祓うべく頭を振るも、その欲求かが消えません。
私、これからどうすれば――
「メアリー?
どうかした?」
呼びかけられて、ハッとします。
どうやら考え事に夢中になりすぎたようです。
すぐそばには、心配そうに私を覗き込む坊ちゃんの顔がありました。
坊ちゃんに心配をかけないよう、にこりと笑いかけます。
「大丈夫です。
ご心配をおかけしました」
「本当に?
悩みあるの?
もしかして他の使用人に苛められた?」
坊ちゃんは真剣な表情で私を見つめてきます。
まっすぐな瞳に見つめて、私の心臓はドキリと高鳴り、頭もカーっと熱くなります。
まっすぐ立っているのも辛いですが、坊ちゃんに悟られないよう笑顔を保ちます。
「誰?
僕のメアリーをいじめたのは誰なの?」
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。
いじめられていませんから
ただ、その、疲れただけです」
「本当に?」
「はい」
私はなんとか誤魔化そうと試みます。
さすがに「坊ちゃんに見とれてました」なんて言えません。
あえて言うことで仲を深めるというテクニックがある、と友人から聞いたことがありますが、私にそんな度胸はありません。
「分かった……
でもいじめられたらすぐ言うんだよ」
「はい」
坊ちゃんはまだ不審げに私を見ていますが、これ以上追求しないようです。
助かりましたが、無用な心配をさせてしまったようで少し心苦しいですね……
「あのさ、メアリー。
それとは別件で聞きたいことがあるんだけど……」
「はい、何でしょうか?」
「服変えないの?」
「変えないの、とは?」
「メアリーだけじゃないんだけどさ……
使用人の服って、長袖だし、生地も厚そうだし、蒸れて暑くならないのかなって」
「確かに暑いのですが、着替えられません。
これは奥様の意向です」
「お母さまの?」
「はい」
私は一瞬理由を言うことを迷いましたが、話すことにしました。
「使用人たるもの、肌の露出をして異性を誘惑するのはいかがなものか、という事です」
「……ああ、お父様は女癖悪いもんな」
「コメントは差し控えます」
さすがに旦那様を悪く言うのは憚られたのでぼかしましたが、坊ちゃんにはそれで伝わったようです。
「うーん。
でもさ、やっぱり見てて辛そうなんだよね。
よし、僕がお母さまを説得するよ」
「いえ、そこまでしていただくわけには……」
「いいんだ。
僕がしたいからするんだ。
それとも、嫌?」
上目使いで聞いてくるクリス坊ちゃん。
その目線はずるいです。
「分かりましたが、程ほどに……
奥様も辛いのです」
「大丈夫、考えがあるんだ」
◆
数日後。
「ほらメアリー、新しい服だ」
「本当に説得をされたのですか……」
坊ちゃんの行動力に驚かされます。
私は無理だと思っていたのですが、まさか奥様を説得されるとは……
「お母さまに、きちんと懸念事項を伝えたのだ。
今の時期、あの服では使用人が倒れてしまう。
使用人が倒れてしまっては元も子もないとな
お母さまは言えば分かってもらえる方なのだ」
「なるほど」
確かに言い分は正しい。
でも、それだけで説得できるのでしょうか?
問題の根幹は旦那様ですからね……
「お父様のほうは、全部男の使用人が世話することで解決した。
お父様の方からも近づかないようにと、お母さまが厳命されている」
「な、なるほど……」
私が言いにくそうにするのを察したのか、坊ちゃんは聞く前に教えてくれます。
話が早すぎるクリス坊ちゃんに感心しつつ、旦那様から迫られる可能性がなくなったことにも安堵します。
あの人の、なめるような視線が苦手なんですよね。
改めて頂いたメイド服を眺めます。
メイド服は前の物よりも全体的に薄くなっており、とても涼し気に感じられました。
これを着れば、たとえ暑い日でも楽に仕事が出来そうです。
一通り眺めた後、坊ちゃんに視線を戻すと、ワクワクしたような顔で私を見ていました。
「あの、坊ちゃま?」
「じゃあ、着替えてくれ」
「ここで、ですか?」
「そうだ。
もしかして部屋に戻る気か。
ダメだ、俺と遊ぶ時間が少なくなるだろ」
「……でしたら、後ろを向いていただけますか?」
「うん? 何の意味があるんだ?」
「向いてください」
「なんで?」
「いいから!」
「お、おう」
何が何だか分からないまま、不承不承後ろを向くクリス坊ちゃん。
女性の体に興味があるのかとも思いましたが、どうやら違うようです。
時折大人な表情を見せる坊ちゃまですが、まだまだ子供のようです。
私は、坊ちゃんが後ろを向いたことを確認して、新しいメイド服に着替えます。
実際に着てみると、生地が薄いためか、体が軽くなった気がし、ゆとりをもって作られたのか、動きやすくもなってました。
袖も半袖となっており、坊ちゃんの気持ちが少し分かりました。
気のせいか、あれほど重たかった頭も少し楽になった気がします。
「着ました」
私の言葉で、坊ちゃんは私に向き直ります。
「うん、これで動きやすくなったな。
じゃあ、遊びに行くぞ」
新しい服をきた私に何か一言無いのか?
そう思いつつも、私は坊ちゃまの後ろをついていきます。
そういえば坊ちゃんを見ても、前ほどドキドキしなくなりました。
坊ちゃんの白い腕を見ても、もうなんとも――いえ、まだ少しエロく見えますが、前ほどではありません。
ひょっとして、暑さにやれてていたのでしょうか?
なんにせよ、これで不意の衝動で坊ちゃんを襲わなくて済みます。
いろんな意味で助かりました。
「メアリー、どうした?
まだ調子悪いのか?」
坊ちゃんが心配そうな声をかけてきます。
前回はさらに心配されましたが、今日は心配させません。
私は、坊ちゃんに不敵に笑い返します。
「ご安心ください。
今の私は万全なので、全力を出せますよ」
「そうこなくっちゃ」
走り出した坊ちゃんを追いかけます。
坊ちゃんと遊ぶ間、私は決意します。
私はこの子の姉でいよう、と。
そうすれば、私の恋心はいつか消えるはず。
その思いを胸に、私は弟と遊びに興じるのでした。