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「ごめんね」
 女サムライはその言葉とともに、持っていた刀を振りかぶる。
 だがオオカミ男の方はその様子が見えているにもかかわらず。抵抗することもなかった。
 激しい戦闘の末、もう戦う気力が無いのだ。
 そしてそのまま男は切り捨てられ、その場に倒れ込む。

 女サムライは、オオカミ男に一瞥して刀を収める。

『1P win』

 ファンファーレとともに、画面いっぱいにデカデカと浮き上がる文字。
 5回勝負、3勝。
 女侍の圧勝であった。

 ◆

「くっそー、全然勝てねー」
「修行が足りないね」

 大きな液晶テレビの前で、並んで対戦ゲームに興じる二人。
 女サムライを操るのは雅子、無様に負けてしまったオオカミ男を操るのが倫太郎である。
 二人は重大な決定を下すため、対戦ゲームで勝敗をプレイしていたのだが――

「いつになったら結婚もできるのかしら……
 私に勝ったらプロポーズするって話、楽しみにしているんだけど……」
「そう言う割には手を抜かないよな」
「勝負には手を抜かないがモットーです」
「さいですか」
「もう一回やる?」
 雅子はキラキラした目で、倫太郎を見る。
 だが倫太郎は、嫌そうな顔をする。

「やらね」
「えー、私の婚期が伸びる」
「これ以上やっても、無理だな。
 勝てるイメージできん」
 倫太郎は、後ろに倒れ大の字になる。
 それを見た雅子は、倫太郎の上に覆いかぶさる。

「じゃあ、諦めて結婚しよ」
「男が女より弱いのはだめだ」
「今もうそんな時代じゃないし、だいたいこれゲームだし」
「カッコ悪いじゃん」
「カッコ悪くてもいいじゃん」
「……プライドが」
「プライドで幸せになれる?」
「くっ」
 倫太郎は、正論を言われ押し黙るが、雅子は口激を止めない。

「私たち、付き合ってもう3年だよ。
 結婚しようよ」
「うーん、でもなあ」
「両親にもあいさつしたでしょ。
 あとは倫太郎がOK出すだけ」
「でもタイミングってものが……」
「意気地なし!
 こうなったら私にも考えがある!」
「お、おい」
 雅子は立ち上がって部屋の扉に向かう。

「どこ行くんだ?」
「ちょっと野暮用。
 明日には帰るから」
「おい!」
 雅子は倫太郎の制止も聞かず、外に出ていく。

「どうしたんだよ、雅子」
 雅子の突然の行動に、戸惑いを隠せない倫太郎であった。




 翌日。

「――て、起きて、倫太郎」
「ううん」
 倫太郎が寝室のベットで寝ていると、自分を呼ぶ声で目覚めた。
 頭が朦朧としたまま体を起こして、声のする方に頭を向けると、そこには雅子がいた。

「おはよう」
「おはよう」
「じゃあ、顔洗ったらリビングまで来てね。
 話があるの……」
「……ああ」
 
 倫太郎は、寝ぼけ頭のまま洗面所で顔を洗い、その足でリビングに行く。
 そしてリビングに入った瞬間、雅子の姿を見て、倫太郎は眠気が吹き飛ぶ。
 雅子が花嫁姿だったのだ。

「雅子、その格好は」
「私結婚することにしたの」
「え?結婚?」
 理太郎は、昨日雅子と結婚について話した事を思い出す。
 だが――

「でもそれは俺が勝った時に……」
「うん、そうだね。
 で倫太郎を待っていたら、いつまで経っても結婚出来ない……
 だからね、今日結婚することにしたの」
「ええ?」
 なにも分からず混乱する倫太郎。
 話のつながりがよく分からないが、ただ一つ分かるのは、雅子が自分に愛想を尽かし、他の誰かと結婚しようとしている事実。
 その残酷な現実に、目の前が真っ白になりそうになるが、なんとか意識を留める。

「待ってくれ。次こそは――」
「時間切れなの」
 雅子の凍るような声。
 絶対零度の言葉は、質問は受け付けないという意思が込められていた。
 その気迫に倫太郎は追及することを諦める。
 もう彼女を引き留めることが出来ない。
 彼女との関係は終わったのだ。

「分かった。
 でも最後に、これだけは教えてくれ」
 相手は誰なんだ」
「……相手はね」
 雅子がゆっくりと口を開く。
 その言葉を一つも聞き漏らさないように集中する。
 ゴクリとツバを飲み、倫太郎は覚悟を決めて、雅子の目を見る。
 雅子が口を開く。

「あなたよ」
 その言葉と同時に、唐突に倫太郎は後ろから腕を掴まれる。
「え、何? なんなの?」
 倫太郎は突然の事態に身の危険を感じ、脱出しようと試みる。
「ごめんね」
 だが聞き覚えのある声が聞こえ、先ほどの恐怖とは違う焦りの感情が体を支配する。
 後をみると、そこにいたのは倫太郎の両親であった。
「なんで……?」
 倫太郎は口を開けたままぽかんとする。

「これは、あなたのためなの……
 こうでもしないと、あなた結婚しないでしょう」
 倫太郎の母が諭す
「いい加減にしろ、倫太郎。 
 覚悟を決めるんだ」
 倫太郎の父が叱咤する
「コレどういう事なの」
 倫太郎本人は説明を求める。

「どうって結婚式をするのよ。
 貴方と、私の」
 倫太郎の恋人、雅子は「分かるでしょう」と倫太郎に笑いかける。

「そんなこといきなり言われても!」
「大丈夫、諸々の準備はこっちでやっといたから」
「そういうことじゃなく!」
「では雅子さん、後の事はこちらで」
「お願いします。
 お義父さん、お義母さん、また後で会いましょう」

 そして両親に引きずられ、部屋の外へ連れていかれる倫太郎。
 その間にも倫太郎は「勝ってプロポーズするんだ」「もう一度チャンスを」と喚いていた。
 雅子は、その様子を手を振りながら見送る。
「あ」
 倫太郎の両親がドアノブに手を掛けた時、雅子は思い出したかのように声を上げる。
「ちょっと待ってください」
 雅子は倫太郎に近づきそっと耳打ちをした。

「騙してごめんね、大好きだよ」

5/30/2024, 1:21:02 PM