『梅雨』
今週の月曜日の事である。
友人の百合子が、私の部屋に遊びに来たのだが、この日は様子がおかしかった。
いつも『小学生か?』というくらい元気いっぱいの百合子なのだが、妙にしおらしい。
遊びに来たときは、いつも自分の部屋の様にくつろぎ始めるというのに、今日は部屋に入るなり窓際に座り、外を見ながら奇妙な歌を歌い始めたのである。
「ハッピーバースデー 梅ー雨ー。
ハッピーバースデー 梅ー雨ー。
ハッピーバースデー ディア わーたしー。
ハッピーバースデー 梅ー雨ー」
前からおかしい奴だと思っていたが、いよいよおかしくなったらしい。
確かに梅雨の時期だが、この辺りはまだ雨の気配はない。
今も雨どころか曇り一つない快晴だというのに、梅雨の歌を歌う百合子……
やはり様子がおかしい――いや、通常運転か?
いつもこのくらいの奇行はするし……
判断に迷うものの、歌いたいなら歌わせておくことにする。
百合子には物を壊す悪癖があるので、大人しくするならそれに越したことは無い
私には関係ない事だ。
「沙都子」
歌っていた百合子が、急にこちらを向いて私の名前を呼ぶ。
こっちを見ないで欲しい。
どうせ、碌なことにならない。
「なんでこんな歌を歌っているか聞きたい?」
「興味ないわ……」
私は心底興味がないという意思表示に、近くにあった漫画を手に取る。
「しかたないな。そんなに知りたいなら教えてあげよう」
だが私の返事を無視し、百合子が語り始めた。
やっぱりこうなるのか……
「これはね、誕生日と梅雨の歌なんだ」
そのままだった。
わざわざ言うほどの事か?
「私の誕生日に毎年雨が降るから、小さい頃やさぐれて作った」
「えっ」
『なんとなく作った』と言うと思ったら、予想に反した理由が出てきて少し驚く。
心底興味のない状態から、砂粒一つくらい興味が出てくる。
「あなた、誕生日いつだっけ?」
「来週の土曜日。
六月一日」
「なるほど、たしかに梅雨の時期。
たしかに雨になる日は多いでしょうね」
「『多い』じゃななんだよ。
毎年、誕生日には必ず雨が降る」
「毎年?
気のせいでしょ」
「ううん、私が生まれてから毎年。
家にあるアルバムで確認したから間違いない。
ウチは誕生日に写真撮るんだけど、毎年雨が降ってる」
「親にも言質取ったよ」と寂しそうな顔で笑う百合子。
どうにも雲行きが怪しくなってきた。
百合子だけなら気のせいで言い切れるが、まさか物的証拠があるとは……
もし百合子の言った事が事実なら、とても興味深いことだ。
砂粒ほどの興味が風船のように膨らんでいく。
まんまと百合子の話に乗ってしまったことに少しだけ腹立たしいが、それよりも好奇心がを勝った。
「なにか、神様の怒りでも買った?
例えばご神体壊したとか」
「ちょっと待って。
沙都子は私の事、何だと思っているの?」
「破壊神の生まれ変わり」
「ひどい!」
叫んで泣きまねをする百合子。
「でもさ、それは無いと思うよ。
生まれた日から雨降っていたからね」
「じゃあ先祖代々の呪い?」
「雨女体質なのは私だけ」
「うーん、他に分ってることないの?」
「霊能力者とかに見てもらったけど、何も異常なし。
ただただ不思議と言われた」
「なるほど」
気になるがこれ以上、情報が出てこないようだ。
ただ自称霊能力者も多い。
こんど、私のコネで信頼できる霊能力者を探しておこう。
「でもそれって落ち込むような事なの?
確かに気は滅入るかもしれないけれど、不利益があるわけではないでしょう」
「誕生日パーティ開いても誰も来ない」
「……悲惨ね」
百合子のような騒ぐこと大好き人間にとっては、耐えられまい。
「開き直って梅雨系JKユーチューバーで売り出したらどうかと思っているんだけど、どうかな?」
「やめなさい。 すぐに飽きられるだけよ」
「なるほど、梅雨だけに露と消えると……」
「誰がうまい事言えと……
というか、結構余裕ね」
「さすがに15歳に、いや16になるのか……
そこまで来ると諦めの境地に達するんだよね」
「諦めの悪いあなたがそこまで……」
意外と傷は根深いらしい。
「でも安心しなさいな。
今年は私が行ってあげる」
「別にいいよ」
「……あなたね、誕生日会に来て欲しいから話題を振ったんじゃないの?」
「そうは言うけど、土砂降りになることが多いんだよね。
そんなわけだから、期待しない」
「私を見くびってもらっては困るわね。
誕生日は土曜日っていったわね?」
持っていたスマホで天気予報を見る。
「なんだ、その日なら晴れじゃない。
行ってあげるわ」
「ま、期待せずに待ってるよ」
その日はそれで終わり、すぐに百合子は帰った。
もう一度天気予報を確認したが、このとき確かに晴れの予報だった。
次の日に天気予報を見ると、曇りになっていた。
この時点では「そういう事もあるか」と思っていたのだが甘かった。
百合子の誕生日が近づくにつれ、天気は悪化の一途をたどり、そして雨マークがつき、ついに前日に警報が出るまでに至った。
◆
そして現在、土曜日。
百合子の誕生日当日。
「これは駄目そうね」
私は外の様子を見ながら呟く。
「まさかこんなに降るとは……」
外は轟音を立てて雨が降っている。
緊急の用事があっても、外出をためらう雨の強さだ。
なるほど、百合子が『期待しない』というだけの事はある。
「さすがにこれは予想外ね。
最悪を想定していて良かったわ。
ね、百合子」
「うん」
隣で窓の外を見ている百合子が頷く。
私は、土曜日に雨が降ると分かった瞬間から、私の家に泊まらせた。
何が起こってもいいように木曜日から泊まらせていたのだが、金曜日に学校が休校になるほど強い雨だったので正解だった。
あらかじめ百合子の親にも伺いを立てたが、あっさり了承された。
向こうも思うところはあったらしい。
もちろん私が向こうに泊まるという選択肢もあった。
だが私の屋敷のほうが大きく、使ってない部屋があるということで、そこを誕生日会の会場にしたのだ。
「どう?
人生初の誕生日」
私は百合子のために飾り付けた部屋を見渡す。
「がんばって飾り付けたわ」
「別に初めてじゃないよ。
家族とならしたことあるし」
「友達とは?」
「初めてです」
「なら楽しみなさい」
「うん」
百合子は一週間ぶりの満面の笑みを浮かべる。
やはり百合子は、こうでないといけない
「あなたのためにケーキも用意したわ。
どんどん食べなさい」
「沙都子、張りきっているねえ」
「私も意外だったわ」
私も自分の誕生日でも、ここまで張り切ったことは無い。
きっと、新鮮だったからだ。
私も、友人の誕生日会に出るのが初めてだから。
だから私は百合子を喜んでもらうため趣向を凝らした。
まずは最初のサプライズを味わって頂こう。
「早速だけど、見せたいものがあるわ」
「なんだろ……
あっ、誕生日プレゼントだね」
「外れ、あなたの小さい頃のアルバムよ」
「…………へ?」
私は、本棚に入れてった百合子のアルバムを取り出す。
「こっちに泊まらせれるって、あなたの両親に言ったら持ってきてくれたの」
「何してくれてんの、両親!」
「あら、あなたにも天使のような時期があったのね」
「見るなああああ」
誕生日会では、百合子もいつも以上に元気にはしゃいでいた。
私が繰り出すサプライズに口でこそ文句を言っていたが、喜んでいたのはバレバレだった。
最後にプレゼントで欲しいと言っていたゲームをあげた時、泣かれるとは思わなかった。
二人だけの誕生日パーティ。
初めての友人のお誕生日会。
私たちは、外の雨の音をかき消すくらい騒いだのであった。
6/2/2024, 1:22:43 PM