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『終わりなき旅』

 気が付くと、目の前で焚き火がパチパチと燃え盛っていた。
 ふと空を見上げると、星一つ出ておらず、光源は目の前の焚き火しかない。
 そこで自分がさっきまで何をしていたのか思い出せないことに気づく。
 頭にカスミがかかったように、頭が回らない。
 いったいここはどこで、俺は何をしていた?
 
「バン、やっと起きたのか……」
 誰もいないと勝手に思っていたので、声を掛けられたことに驚く。
 声の主は、パーティのリーダーのセーネンだった。
 セーネンは呆れたように、俺を見ている。
 何が起こっているのか分からないのはマズイ。
 セーネンに聞いてみよう。

「セーネン、ここはどこだ? 俺は何をしてた?」
「お前、相変わらず寝起きが悪いな」
 セーネンは苦笑する。
 『寝起きが悪い』……
 ということは、俺は寝ていたのか。
 そんな事実にも気づかないほど、俺の頭は寝ぼけているようだ。
 
「今日は特にひどいな。
 ほら、自分の名前を言えるか?」
 セーネンに背中を思い切り叩かれる。
 その衝撃で、少しだけ意識がはっきりする。

「名前は……バン」
「そうだ。
 それで今からすることは分かるか?」
 ぼんやりと周囲を見渡す。
 目の前の焚火を囲むように、パーティのメンバー、フーラとサラが毛布をかぶって寝ている。
 
「そうか、見張りの交代か」
「やっと思い出したか」
 そうだった。
 俺たちは次のダンジョンに向かう途中の道中で野宿をしたのだ。
 目的のダンジョンのある場所が、とても遠い場所にあるのでこうして野宿することになった。

「何か異常あったか?」
「ああ、とびきりなやつがある。
 フーラの寝言が酷い」
「いつものことだろ」
 俺たちは、他の二人を起こさないように笑う。
 そんな中、フーラは「もうかりまっか?」と寝言を言っていた。
 相変わらず何の夢を見ているんだか……

「まあそんなわけで、異常はない。
 引継ぎは特になし」
「分かった」
「じゃあ、後は任せるぞ。
 それとも、もう少し待った方がいいか?」
 『お前は寝ぼけているからな』と言外に含む言い方をする。
「大丈夫だ、セーネン。
 見張りを変わろう」
「ああ、モンスターが来ないようしっかり見張ってくれよ」
 そう言ってセーネンは毛布にくるまり、横になる。
 そしてすぐに寝息を立て始めた。
 よっぽど眠かったらしい。

 セーネンが寝たことを確認してから、周囲の気配を探る。
 俺たちの周囲は何も存在しないかのように静かだ。
 モンスターどころか、野生動物の気配すら感じられない。
 念入りに張った結界の効果は上々のようだ。

 一旦気配を探るのをやめ、寝ている仲間たちを見回す。
 眺めていると懐かしい思いがこみ上げる。
 セーネン、セラ、フーラ、俺。
 数多のダンジョンを踏破した最強のパーティ。
 また会えるとは思いもしなかった。



 ……懐かしい?
 懐かしいってなんだ?
 俺たちはパーティを組み、毎日顔を合わせている。
 懐かしいと思う道理が無い。
 なぜ懐かしいと思ったのだろう……
 変な夢でも見たのだろうか?

 不思議な感覚に動揺しているとと、セラと目が合う
「起こしたか?」
「バンのせいじゃない。
 フーラがうるさいのよ」
「なるほど」
 タイミングを見計らったかのように、フーラが「聖域なき改革」と寝言を言う。
 フーラの寝言、発音がはっきりしているから無駄に気になるんだよな。
 そして脈絡ないからタチが悪い。

 フーラの寝言に苦しめられた過去を思いだしていると、セラは毛布にくるまったまま、体を起こす。
「寝てていいんだぞ」
「完全に目が覚めたから、話に付き合ってほしい」
「そうか」
 セラはごそごそと芋虫の様に動き、俺の横に座る。

「私たち、遠くまで来たね」
「そうだな」
「私たちどこまで行けると思う?」
「それはもちろん世界中にあるダンジョンを制覇、だろ」
「そうだね」
 セラはクククと、無邪気に笑う。

「でも世界は広からねえ。
 私たちが死ぬ前に回り切れるかな?」
「うーん、今までの倍、いや三倍の速さで行かないと、間に合わないな」
「三倍は無理だね。
 三倍で動くと、フーラも三倍寝る」
「そうなると起きてる時間が無くなるな」
「間違いないね」
 二人で笑っていると、フーラが「俺を寝かせてくれ!」と叫ぶ。
 あいつ、夢の中でも寝てんのか。

「あ、でも最近の研究じゃあ、ダンジョンは結構ポンポン生まれているらしいよ」
「ああ、聞いたことある。
 ダンジョンが増えるとなると、旅が終わらないな」
「終わりなき旅、ってやつだね」
「なんで言い換えた」
「気分」
「気分かよ」
 まあ、気分で言いたいこともあるか……
 だが――

「でも終わっちゃったね」
「ああ」
 だが、この旅は終わりを告げた。
 3人の死によって。
 これから行くダンジョンの奥深くで、俺たちは喧嘩して仲たがいし、ダンジョンの奥に俺を置き去りした。
 俺はなんとか無事に帰れたが、三人は帰れなかった。
 俺は運がよかったのだ。

 だから、これは夢だ。
 でなければ、3人がここにいるはずがない。

「バンはこれからも旅を続けるの?」
「ああ、もう少し止んだら出るつもりだ」
「がんばってね」
「ああ、夢でもそう言ってもらえると嬉しい」

 置き去りにされたが、俺はこいつらの事が嫌いじゃない。
 なんだかんだ、付き合いの長いパーティメンバーだ。
 喧嘩だって何回もしたことがある。
 そしていつも仲直りした。
 今回もそうだと思っていた。
 でも、その機会は永遠に失われた……

「お前たちはどうするんだ?」
 ここは夢の中。
 意味のない質問と分かっても、聞かずにはいられなかった。。

「旅をするわ」
 サラは何の感情もなく答える。
「どこに行くんだ?」
「どこにも行かない。
 文字通り、終わらない旅をするの」
「そうか」
 意味不明な答えだが、不思議と納得できた。
 夢だからかもしれない。

「もう時間だね」
「ああ」
 空が明るくなってきた。
 俺は夢から覚める時間だ。

「久しぶりに会えてうれしかったよ」
「こっちもね」
「さよなら」
「さよなら」
 その言葉を境に急速に覚醒していく。

 もう彼らに会うこともあるまい。
 だけど不思議と寂しくは無かった。
 夢の中で会話出来ただけでも俺は満足だ。
 

 ◆

 目を覚ますと見慣れた自室の天井。
 気が付くと目に涙がたまっていた。
 今でも夢の中の喪失感が残っている。
 自分は夢をあまり覚えている方ではないが、今日の夢は鮮明に覚えていた。

「あの三人の夢を見るとはね」
 はあ、とため息をつく。
 俺は一人呟く。
 なぜ突然、あいつらの夢を見たのか……
 理由ははっきりしている。
 昨日、あの三人から手紙をもらったためだ。 

 そう、奴らは生きていた。
 てっきり死んだものかと思っていたので、本気でびっくりである。
 向こうも俺が死んだものと思っていたらしく、いままで連絡してこなかったらしい

 手紙にはいろいろ書かれていた。
 喧嘩についての謝罪、俺を置いていった後に致命傷を負ったこと、そのとき幸運にも強力な回復術士が通りかかり助けてもらったこと……
 三人とも冒険者を辞め、故郷に帰ったということも書かれていた。
 実は俺も、あの件がトラウマになり冒険者を辞め、今は故郷にいる
 揃いも揃ってリタイアするとは、さすがに笑うしかない

 だが、近いうちに俺は冒険者に復帰する。
 冒険者業からなられたことや、故郷の村で静養したことで、トラウマが和らいだのだ。
 その時の冒険先はどこにしようか迷っていたのだが、ちょうど良かった。
 三人に会いに行こう。

 会ってどうするかまでは考えてない。
 殴り飛ばすかもしれないし、泣きながら謝罪するかもしれない。
 一緒に冒険しようと誘うかもしれない。
 なにも言わず、酒を飲み交わすだけかもしれない。
 その時にならないと分からない。
 でも冒険ってのはそう言うもんだ。

 では準備をするとしよう。
 俺の旅がここから始まる。

5/31/2024, 6:08:47 PM