『逃れられない』
「トドメだ」
俺は持っていた剣で、魔王の心臓を貫く。
致命傷だ。
だが――
「ククク」
死の縁にあるというのに、魔王は不敵に笑っていた。
「何がおかしい」
「我も魔王。 簡単には死なん……」
「まさか!」
「お前に呪いをかけた。
やがて『死の運命』が貴様の元にやってくるだろう」
「『死の運命』?」
「貴様は、『死の運命』からは逃れられない」
「どういう意味だ」
「……」
その言葉を最後に、魔王は何も話さなくなった。
どうやらこと切れたようだ。
折れは魔王から剣を引き抜き、街へと向かう
死の運命からは逃れられない。
帰りの道中、魔王の言葉がいつまでも、頭の中でこだましていた
◆
魔王城を後にして、街に帰還する。
目についた兵士に、俺が魔王を討伐したことを話すと、報告を聞いた兵士は、慌てて兵舎へ走っていた。
あとは、勝手にやってくれるだろう。
報告も済んだので、酒を飲むことにした。
テーブルに座り、注文した酒を待つ間、魔王の言葉を考える。
『死の運命』とは言っていたが、今のところ体には異常がない。
ただの嫌がらせなのか?
だがもし、『死の運命』とやらが本当だったら?
俺はその運命から逃れられるのだろうか?
そう思ったところで、背中に突然悪寒が走る。
『来る』
理屈ではなく、本能で感じる。
俺は気配のした、酒場の入り口を凝視する。
すると、入り口の扉は大きく開かれた。
そこにいたのは、姿こそ人間だが強い死の気配を纏った存在――まさに『死の運命』であった。
『死の気配』は、酒場の入り口から、まっすぐ俺を見る。
俺は視線を感じ、心の底から恐怖を感じる。
対峙して分かる。
アレには勝てない。
魔王より強いからではない。
単純に、俺を死に追いやるためだけの現象なのだ。
それ以外には何もできないがゆえに、俺からは太刀打ちできない。
そういうものだ。
短い間にらみ合って、ついに『死の運命』が口を開いた。
「勇者は貴様か」
『死の運命』は俺を睨みつける。
「人違いだ」
無駄だろうが否定してみる。
時間稼ぎにしかならないだろうが、逃げきれるだろうか?
頭の中で逃げる段取りを考えていたが、意外な乱入者によって中断される
「勇者はいるか?」
入って来たのは、街の兵士だった。
『死の運命』も意表を突かれたようで、黙って事態の推移を見ている。
「ああ、いるぞ。 なんの用だ」
俺は答えながらも、起死回生のアイディアを思いつく。
そうだ、この兵士たちに『死の運命』の相手をしてもらおう。
素晴らしい計画は、
しかし兵士によって崩される。
「勇者ケン、貴様を処刑する」
「は?」
酒場に兵士がなだれ込んでくる。
裏口からも、兵士が入ってきた。
どうやら逃がすつもりはないらしい。
「処刑? どういう意味だ」
「ふん、しらばっくれおって。
魔王を討伐したなど嘘であろう?」
「何?」
「魔王と結託し、王国を支配するつもりであろう。
だが、その野望は露に消えると知れ」
「なるほど、話は読めた」
どうやらここで俺を亡き者とし、魔王討伐の手柄を独り占め、といったところだろう。
いかにも小物が考えそうなことだ。
魔王に勝てない軍が、魔王に勝った勇者に勝てると、本気で思っているのだろうか?
だが、さすがに分が悪いと言わざるを得ない。
この酒場は机など障害物も多く、関係のない一般客も多い。
俺は勇者という立場上一般人には手を出せないが、向こうはここにいる人間の被害など気にしないだろう。
いざとなれば皆殺しにして、全て俺が殺したことにするくらいはしそうだ。
やりづらい事は間違いない。
そして有利な条件のもと、数で押し切る……
姑息だが、悪くない作戦だ。
さてどうするか……
頭の中で打開策を考える。
「大人しく殺されるなら、苦しませずに死なせてやる。
だが抵抗するときは――」
「ちょっと待て」
兵士の言葉に、待ったをかける者がいた。
『死の運命』である。
「そいつの命は俺がもらう。 部外者はすっこんでろ」
「何を言って……
さては勇者の仲間だな、一緒に殺して――」
リーダー格の男は最後まで言葉が言うことなく、吹っ飛ばされる。
「聞いてなかったか? 『俺が』勇者を殺す」
予想外の事態に、その場にいた全員が呆気にとられる。
そしてようやく事態の異常さに気づいた別の兵士が声を上げる。
「殺せ、皆殺――」
だがその兵士も、最後まで言葉を言うことなく吹き飛ばされる。
「埒が明かんな。
おい勇者、手を貸せ」
「何?」
「お前を殺すのには、こいつらが邪魔だ」
「……お前は、俺の死の望んでいるのではないか?」
俺の質問に『死の運命』は鼻で笑う。
「何を言っている。貴様を殺すのは俺だ」
「なるほど、シンプルでいい」
『死の運命』の言葉に思わず笑みがこぼれる。
「貴様ら、王国に楯突――」
俺の近くで吠える兵士を殴り飛ばす。
「いいだろう、お前の提案に乗る。全部後回しだ」
俺の返答に『死の運命』はニヤリとした。
「ではとっとと雑魚を片づけるとしよう」
「腕がなるぜ」
自分を殺そうって言う相手に、背中を預けることになるとは。
運命とは奇妙なものである。
そうして俺たちは、襲いかかってくる兵士たちをどんどん叩き伏せるのであった。
◆
「片付いたか」
「そうだな」
見渡す限り、兵士は全て寝転がっている。
一般人に怪我人がいるようにも見えない。
机やいすは壊されてしまったが、そこは軍に弁償してもらうことにしよう。
しかし、本題はここから。
本当は逃げ出したかったのだが、数が予想以上に多くそれどころではなかった。
今からでも全力で逃げるべきか?
だが、それの懸念は、ほかならぬ『死の運命』によって杞憂となる。
「ふむ、今日は興が乗らんな。 帰るとしよう」
「は?」
何言ってるんだコイツ。
俺を殺しに来たんじゃないのか?
『死の運命』は俺の心を見透かしたように言葉を続ける。
「今の貴様は万全ではあるまい。
魔王とこの雑魚どもの連戦。疲弊していることだろう」
「そうだが……
だから、なんだ?」
「貴様の力が回復したときにまた来る。
全力の貴様を倒さねば意味が無いからな」
『死の運命』は酒場の入り口に向かい、そして酒場の入り口まで進んだところで、こちらに振り返った。
「だが覚えておけ。 貴様は『死の運命』から逃れられないとな」
そうい言い残し酒場の外へ出ていった。
『死の運命』の気配も遠ざかっていく。
安堵のあまり、その場にへたり込む。
助かった、のか……
しかし、アイツはまた来ると言った。
普通に考えればそれまでの命……
だが俺は死ぬつもりはない。
たとえ卑怯と言われようと、ありとあらゆる手段を使って生き残ってやる。
逃れられぬ運命?
それがどうした?
「逃げて見せるよ。 運命に抗うのが人間だからな」
『また明日』
友人同士が使う、ありふれた別れの言葉。
私は律儀な人間なので、そういった挨拶は欠かさない。
よく遊ぶ友人の沙都子にも、別れる際にはいつも言っていた。
二日前までは……
それはなぜか?
もう友達じゃないからだ。
きっかけは昨日の事。
沙都子とテストの点数勝負をして無様に負けた私は、バンジージャンプをすることになったのだ。
罰ゲームがバンジージャンプなのはいい。
高いところがダメだけど、罰ゲームだから仕方がない。
だけど散々脅かした挙句、まだ決心していない私を高いところから突き落としたのだ。
高い場所で子鹿のように震える私を、悪魔の様に、突き落としたのだ。
「沙都子! いきなり突き落とすのはやり過ぎ! 謝ってよ!」
「何よ、百合子。 あなたがちんたらしてるから、背中を押してあげただけじゃない!」
「余計なお世話だっての! ほら、謝まって!」
「なんで、私が謝るのよ!」
「あーやーまーれー!」
「うーるーさーいー!」
「分からずや!」
「頑固者!」
「デブ!」
「チビ!」
そんな感じで口げんかがヒートアップし、長年にわたる友情は終わりを告げたのである。
◆
絶交したとはいえ、同じ学校の同じクラスメイト。
学校では普通に顔を合わす。
もちろん、会話は無い
だけど私も鬼じゃない。
謝ってくるなら、昨日の事は水に流してもいい。
沙都子は友達が少ないから、きっと仲直りしたいに違いないのだ。
だけど、いつまで待っても謝りに来ることはなかった。
私の事は、どうでもいいと言うのか!
薄情者め。
◆
学校が終わり、家路につく。
いつもは駆け足で帰る道を、今日だけはゆっくりと歩く。
HRの時に気づいたのだ。
もしかしたら、校内は人が多いから謝れまれなかったのでは、と。
だから私は気を利かせ、沙都子が簡単に追いつけるよう、ゆっくりと帰るのだ。
まるで仲直りしたいかのように聞こえるかもしれないが、それは違う。
これは私の沙都子に対する優しさなのだ。
決して私が仲直りしたいわけじゃない。
勇気が出ない沙都子のためを思ているだでなのだ。
そうしてゆっくーりと歩き、何事もなく家に着く。
……沙都子の頑固者め!
◆
私は、自分の部屋に入った瞬間、カバンを投げ捨てる。
なんで頑固者の沙都子の事で、こんなに悩まないといけないのか。
本当にイライラする。
荒ぶる心を落ち着かせようと、趣味のゲームの準備をする。
なんだけど、どうにも気分が乗らない。
自分の一部でもあるゲームがしたくないと思う日が来るとは……
それもこれもすべて沙都子のせいだ。
「沙都子のバカヤロー」
「聞き捨てならないわね」
私以外いないはずのはずの部屋で、沙都子の声が聞こえる。
イライラしすぎて幻聴が聞こえるようになったか!?
声のした方を見ると呆れた顔の沙都子がいた。
うわ、本当にいた……
なんでいるんだ?
「なんでここに……」
「それは私のセリフ。ここ私の部屋よ」
「えっ」
沙都子に言われて周りを見れば、勝手知ったる他人の部屋。
どうやら私は、無意識のうちに沙都子の部屋に来てしまったらしい
「普通に入ってきて、何をするつもりなのかと思えば……
あなた、ここに入り浸りすぎて、ここを自分の部屋だと思っているのかしら?」
「私物を置くくらいだしね」と沙都子は付け足す。
反論できない。
本当に自分の部屋だと思って寛ごうとしていたのだから……
自分の部屋だと思っていたら、沙都子の部屋だった。
何を言っているか、分からねーと思うが(コピペ略)
そして沙都子との間に気まずい空気が流れる。
私と沙都子は絶交したのだ。
だけど今の私を、事情を知らない人が見れば「友達の家に遊びに行ってゲームをしている」以外の何物でもない。
不服ながら、まさにその通りである。
とんだ道化だ。
だが絶交は絶交。
だから私のするべき行動は――
「だから私の部屋でゲームしないでよ」
知らない、知らない。
沙都子の言うことは聞こえない。
だって絶交してるんだもん。
「はあ」
沙都子が大きなため息をつく。
「私が私が大人になるしかないわね……
百合子、昨日はいきなり突き落として悪かったわ。
悪ふざけが過ぎた」
「ゴメンさない」と沙都子が頭を下げて謝ってくる。
まさか本当に謝られるとは思わなかったので、少し挙動不審になる。
深呼吸をして、謝らまられたら言おうと思っていたことを口にする。
「こっちこそゴメン。
ちょっと意地になってた」
私も沙都子に頭を下げる。
「また友達になってください」
私が手を差し出すと、沙都子は恥ずかしそうに私の手を握る。
これで仲直りだ。
「ああ、ついでにもう一つ、謝って欲しいことあるんだけど」
仲直りも済んだし、心置きなくゲームをしようと思ったところで、沙都子が口を開く。
「何さ、沙都子。 私は悪い事なんてしてな――」
「さっきカバン投げたでしょ」
カバン?
そういえば、投げたような投げなかったような……
「そのカバンがね、机に当たった衝撃で置いてあったコップが落ちたの」
と、沙都子は床を指さす。
恐る恐る床を見ると、そこには紅茶らしき液体と、粉々になったカップの破片が散らばっていた。
「謝まって、もらえるわよね」
「ごめんない。わざとじゃないんです」
「それは知ってるけど……
無意識に物を壊すなんて、もはや才能ね
その才覚を活かして、将来の仕事に解体業者はどう?
きっと頼りにされると思うわ」
相変わらずのキレキレの毒舌で、私をいじめる。
いや、壊した私が悪いんだけどさ。
「えっと弁償を――」
「別にいいわ」
「えっ」
「それで昨日の事、チャラって事で」
私の恐怖体験が、コップと同価値かあ……
安いのか高いのか分からん。
お金無いから助かるけどさ。
「私の用事は済んだことだし、出ていってもらおうかしら」
「ちょっと待って、許してもらった流れだよね」
「これから家族で外にディナーに行くの」
ああ、そういう事ね。
それにしても、話の振り方に悪意を感じる。
ぜんぜん許してないじゃんか。
「大丈夫だよ。 ゲームして留守番するから」
「ダメに決まっているでしょう。
なんで家の主がいないのに、他人が留守番するのよ。
ほら、早く帰り支度しなさい」
「えー、来たばっかりなのに――
あ、背中を押すのはやめて。
ちょっとトラウマなの」
そうして私はむりやりカバンを持たされ、玄関まで送られる。
「じゃあ、寄り道しちゃだめよ。 まっすぐ帰るのよ」
「お母さんみたいな事、言わないでよ」
「以前、本当に迷子になって、助けを求めたのは誰かしら」
「まっすぐ帰ります」
「百合子」
「まだ何かあるの」
「また明日」
言われたことが分からず一瞬固まるも、すぐに再起動する。
私は沙都子から、別れの挨拶を言われたのだ。
そういえば、沙都子から言われたのは初めてかもしれない。
そして、昨日言ってないことも思い出し、気持ちを込めて別れの挨拶を言う。
「また明日」
二日分の別れと、二日分の再会を願って。
「助手よ、透明眼鏡がついに完成したぞ」
「……おめでとうございます」
「ついに男の夢が叶うんだぞ、もっと嬉しそうにせんか」
ここはとある研究所。
ハカセはその脂ぎった手で、俺の手を取り喜びを表現する。
だが博士とは対照的に、俺の心は深く沈んでいた。
博士の手が、ぬめぬめしていたからだけではない。
「なかなか面白かったぞ。
たまには他人のリクエストを聞いてみるのも悪くない」
「ソウデスカ」
「助手よ、貴様のリクエストを聞いて、作ってやったのだぞ。
なんだその腑抜けた顔は!」
確かに俺は、博士に透明眼鏡を作って欲しいと言った。
だが、俺が欲しかったものはそれじゃない。
俺が欲しかったもの、それは『服が』透明になる眼鏡だ。
それなのに、なんで――
「これはノーベル賞者だよ、助手よ。
自分を透明にする眼鏡なんて作れるのは儂くらいだ」
なんで『自分』が透明になる眼鏡なんだよ。
服じゃなくて、自分が透明になってどうする。
くそ、さすがに直接言うのをためらい、オブラートに包んだのが間違いだったか。
「助手よ、不満か?」
「はあ、思っていたのと違いまして……
どの辺りが男の夢なのでしょうか?」
「何?」
博士の目が険しくなる。
「貴様、それでも男か!」
「昨今の社会情勢にあたり、その発言は差別に当たる恐れが――」
「うるさいわ」
つばが飛ぶほど、怒鳴られる。
「でもこういうのはちゃんと言っておかないと」
「ち、貴様は減らず口ばかり叩く」
博士は、これ見よがしにおおきなため息をつく。
もったいぶりやがって、偉そうに……
「では改めて、博士の言う男の夢とは何でしょうか?」
「男の夢――それは光学迷彩。
ロマンだろうが」
「そっちかあ」
確かに、光学迷彩は、男の夢といえば夢だろうが……
でも俺が叶えたい夢とは、違うんだよなあ。
「それでは助手よ。動作テストしてくれ」
「テストしてないのですか?」
「爆発でもしたら危険だろう?」
「……いやです」
「貴様は我がままばっかりだな。
仕方がない、自分でやる」
博士は心底不満そうに眼鏡を装着する。
爆発しては大変なので、博士から距離を取り、すぐに逃げられるようにドアの近くに立つ。
「貴様というやつは……
まあいい、それでは、スイッチオン!」
博士の掛け声とともに、博士の姿は透明に――ならなかった。
「失敗だ」
博士はショックのあまりうなだれる。
「博士、元気を出してください」
「……助手よ、励ますふりをするな。
顔に『ざまあみろ』と書いてあるぞ」
おっとばれちゃった。
「それにしても、何も起こらないとはね……
何も成果が無いとなれば、予算がさらに少なくなるな」
「それは大変ですね」
「他人事ではないぞ、助手よ。
お前の給料もそこから出ているんだぞ」
「うわ、勘弁して下さ―― あれ?」
「どうした?」
俺はふと違和感を感じる。
何かがおかしい。
違和感の正体、それは――
「博士、なんか清潔になってません?」
「何?」
博士は自分の白衣を見て唸る。
「ううむ、確かに白衣が綺麗になったような気がする……」
そう、博士は白衣を洗わない主義なのでいつも汚いのだが、なぜか今は綺麗になっている。
しかも、博士の脂ぎった手は、サラサラだ。
さらに驚くべきことに、博士のうるさい顔がどこか爽やかだ。
これは、まさか!
「博士、分かりました」
「何、この現象の正体は何だね?」
「透明眼鏡の効果です。
原理は分かりませんが、使った人間を透明にするんじゃなくて、透明感のある人間にするんです」
「そうなのかい?」
なんとなく、博士の言動も爽やかだ。
「しかし、なんの役にも立たない。
透明ではなく透明感などと……
やはり失敗だ」
「いえ、博士、それは違います」
博士は、いい匂いと共に俺に振り向く。
本当にどうなっているんだ?
「透明感を欲しがる人はたくさんいます。
なんせモテますからね」
「君の言うことには、少しも透明感が無いね。
分かりやすくていいけども。
いいだろう、これを売ることにしよう」
そうして、透明眼鏡ならぬ、透明感眼鏡は発売された。
全国の売り場で売り切れが続出した。
未曽有の大ヒットであり、発明者の博士には、莫大なお金が入った。
「くははは。 金が使いきれんほどあるぞ」
「博士、金を貸してほしいって人が……」
「いいだろう。 儂を楽しませろ」
「取材の依頼です」
「いいだろう。儂の偉大さを存分にアピールすると良い」
「博士、俺の功績もありますよね」
「助手もついてこい。 我々の業績を世界に伝えるのだ」
何も透明にしないと思われた透明眼鏡。
だがそれは、最低限の体面を透明にし、二人の人間性の汚さを世の中に知らしめたのであった。
『理想のあなた』
―将来大人になった時、あなたはどんな大人になりたいと思いますか?
―10年後を想像して、理想のあなたを書きましょう
ここは、とある小学校。
生活の授業で、『理想のあなた』というお題で、作文が出されました。
クラスの子どもたちは、思い思いの未来の自分を書きます。
頼りがいのある大人、料理のうまい大人、力持ちの大人、力の強い大人、クールな大人、いろんな言葉が話せる大人、かめかめ波を撃てる大人などなど。
非常にバラエティに富んでいました。
そのクラスに一人、ひねくれた小学生がいました。
名前を、鈴木 太郎といいます。
太郎は悩みました。
というのも、太郎は神様の生まれ変わり……
目標は『たくさんの人から信仰を集める偉大な神様』です。
普段いい加減な彼ですが、それだけは譲れません。
ですが、馬鹿正直に書いてしまっては、先生から呼び出しを受けるのは確実……
なんとか誤魔化すことを考えて、考えて、考えて……
『そうだ、今マイブームで見ているスーパー戦隊の主人公の事を書けばいいんだ』と思いつきます。
これならば先生に眉を顰《ひそ》められても、怒られることは無いでしょう。
なぜなら、漫画や小説の主人公やヒーローに憧れるのは、決して不自然ではないからです。
書くべきことが決まれば話は早い。
太郎はどんどん書き込んでいきます。
『どんなときにも挫けず』、『強い敵を前にしても怯まない』。
『みんなから頼りにされ』、『仲間と力を合わせて戦う』。
『どんな危機に直面しても潜り抜け』、『絶体絶命でも諦めない』。
ヒーローの主人公を思い浮かべながら、原稿用紙を埋めていきます。
『モテたい』と書きたかったのですが、やめました。
なんとなく、いろんな人に怒られそうな気がしたからです。
そして、ある程度書き終わった、その時でした。
「タロちゃん、タロちゃん」
そう言って声をかけてくる女の子がいました。
隣の席の女の子、名前を佐々木 雫といいます。
雫は、見た目がギャルだけど、それ以外は優等生の女の子です。
太郎はこの女の子が苦手でした。
太郎にとって、彼女のスキンシップは過剰なのです。
太郎は、異性に免疫がありませんでした。
「ねえ、なんて書いた?
書いた紙、見せあいっこしよ」
雫が、太郎に要件を伝えます。
そこで太郎は気づきました。
『この紙を見せるのは、実は恥ずかしい事では?』と……
というのも、確かに嘘を書いたとはいえ『もし自分が人間ならば、こういう大人になりたい』と思って書いたのです。
自分の奥底にある部分を見られるようで、見せたくなくなりました。
無難なキャラの事を書けば良かったと後悔しますが、そんな時間はありません。
「見せない」
太郎は、とっさに腕で紙を隠します。
「ふーん、そういうことするんだ」
雫は不機嫌そうな顔で、太郎を睨みます。
しかし、それも一瞬の事、雫はイタズラを思いついた顔をします。
そして雫が何かを言おうとしたとき、太郎の後ろに目線を向けます。
「あ……」
それだけ言って、雫の目線は太郎の背中の向こうのまま。
何かあるのか気になった太郎は振り返りますが――
「隙あり」
太郎が油断した隙に、雫は目にも止まらない速さで、太郎の原稿用紙をひったくります。
太郎は急いで視線を戻しますが、雫はすでに太郎の原稿用紙を読んでいました。
「ふーん、タロちゃんって、こういう大人になりたいんだ。
でも、これってスーパー戦隊、だっけ…… でいたよね?」
「悪いかよ」
「いいんじゃない? 応援するよ」
雫は、満足した顔で、太郎に原稿用紙を渡します。
太郎は、バカにされなくて安堵しました。
「じゃあ、これ」
「なにこれ」
「私の『理想のあなた』。 見せあいっこするって言ったでしょ」
「それは、お前が勝手に言っただけだろ」
「読まないの?」
「……読む」
正直あまり興味はありませんでしたが、自分だけ読まれたのは不公平だと思い、読むことにしました。
太郎は神様ですが、年相応に子供っぽいところがあるのです。
受け取った雫の原稿用紙に目を通します。
『どんなときにも挫けず』、『強い敵を前にしても怯まない』。
『みんなから頼りにされ』、『仲間と力を合わせて戦う』。
『どんな危機に直面しても潜り抜け』、『絶体絶命でも諦めない』。
太郎は読んだ内容を、自分の中で咀嚼し、じっくりと考えた上で感想を言います。
「雫って、プリキュアに憧れているの?」
「悪い?」
「いいんじゃないか? 応援するよ」
それが太郎の素直な気持ちでした。
ヒーロー、いいじゃないか!
太郎は親近感を覚え、気分が上がります。
太郎は、趣味ではないが、ヒーローとして尊敬しているのです。
「タロちゃん、私たちはヒーローを目指すよ」
「うっしゃ、やるぜ」
妙に昂った二人は、周りの視線も気にせず盛り上がるのでした。
そして、会話を聞いていた他のクラスメイト達は、二人のことを『子供だな』、と見つめていました。
クラスメイトたちは、すでにプリキュアやヒーローを卒業していたからです。
彼らにとって、二人は未だにヒーローを夢見る子供でした。
もう大人なんだから、現実を見てないと馬鹿にする子供もいました。
ですが、そんな小さな大人たちを、先生は『子供だな』を眺めていました。
なぜなら二人も他の子たちも、言葉こそ違えど似たようなものだからです。
警察官だったり、料理人だったり、消防士だったり……
どれも、みんなから頼られるヒーローです。
いつの時代も、『理想のあなた』はヒーローなんだな……
かつて『教師というヒーロー』を目指した先生は、子供たちをほほえましく眺めるのでした。
『突然の別れ』
こんばんは。
私、須藤霧子。
どこにでもいる、一期一会な女子高生!
そんな私には秘密がある。
それは私は転生者であると言う事。
とある事がきっかけで、ここがゲームの世界だと気づいたの。
オタクの夢であるゲーム転生をして、私大勝利――
という訳にもいかなかったりする……
だってこのゲーム、バグゲーとしても有名で、ゲーマーの間では知らない人間はいないわ。
今朝だって遅刻しそうだったから、壁すり抜けバグを利用してなんとか間に合わせたりね。
意味が分からない?
そうね、私もよく分からないわ。
けど、このゲーム。
バグさえ乗り越えれば、千年に一つの名作と言われるほど面白いの(私調べ)
それで生前の私のは何度もプレイしたから、なんでも知っている。
イベントも起こるバグも全部。
攻略サイトも隅から隅まで見た。
このゲームで知らないことは無い――
と思っていたんだけど、今日事件が起きて…
◆
「えー、突然だが、鈴木が転校することになった。
みんなと勉強するのは、今日で最後になる」
朝のホームルームで、突然の知らせクラスメイトがざわめく。
鈴木が転校するだって!?
あまりに突然すぎてクラスメイトにとって青天の霹靂。
ゲームを知り尽くした私にとっても同様だ。
だってそうでしょう。
その鈴木とやら、誰も知らないのである。
私も、知らない。
鈴木が不登校とかそういうわけではない。
このクラスに鈴木なんて奴はいなんだから。
どうやら新手のバグみたいだ。
バグ報告掲示板でも、そんなの聞いたことない。
まだ誰も知らないバグがあるとは、このゲームは奥が深いな。
「鈴木、別れの挨拶しろ。
前に出てこい」
呼ばれたが、誰も反応しない。
そりゃそうだ。
だって鈴木なんて生徒、いないんだもの。
だから誰も出てくるはずがないんだけど、誰も名乗り出ない状況に教師はいらだち始めた。
「鈴木、何をボケっとしている。
早く出てこい」
教師は眉間にしわを寄せながら一点を見つめる。
その目線の先にいるのは――
私?
「えっと、私?」
「そうだ。お前意外に誰がいる?」
「私、須藤です」
「そうだな。 早く出てこい」
「はあ……」
めんどくさいと思いつつ、私は教室の前に出る。
クラスメイト達が、私を見ながら「あいつ、鈴木だったのか」とひそひそしている。
だから私は鈴木じゃねえ、須藤だ。
「ほら鈴木、別れの挨拶をしろ」
「私、須藤です」
「いいからお前、挨拶しろ。
お前転校するんだろ」
「しませんけど」
おかしい。
転校する予定なんてないのに、なんで転校するのか。
流石の私も、クラスメイトとの突然の別れに、動揺を隠せない。
「えーっと、クラスメイトの皆。
なんか今日転校するらしい「鈴木」です――先生、かぶせないでください」
この教師、どうあっても私を鈴木に仕立て上げたいらしい。
「えっと、皆とは入学してから一か月しか、一緒にいませんでしたが、たくさんの楽しい思い出が……あったかな?
もう少しみんなと仲良くしていれば良かったと思いました
皆との突然の別れには驚きましたが、これからも――」
「じゃあ、挨拶すんだな。 教室出ていいぞ」
「終わってません」
お別れの挨拶すらさせないのかよ、この教師。
というか、今日の授業受けさせない気か。
「ほら皆も、今日でお別れのすど――鈴木に別れの拍手」
「ちょっと待ってください。
今、須藤って言いましたよね」
「いいや?」
ムカつく顔でとぼける教師。
殴りてえ。
クラスメイトも何が何やら分からない様子で、拍手し始める。
やめろ、拍手しなくていい。
それにしても、この教師、なんでここまで私を転校させたいのか……
私の抗議の目に気づいたのか、教師が一言。
「校長には逆らえなくてな。悪く思うなよ」
校長が諸悪の根源かよ。
ここの校長、質の悪いバグを連発するんだよね……
しかも設定でも、自分の気分次第でバンバン生徒を停学や退学させる、教師の風上にも置けないやつだ。
つまり今回は、私もあいつの気分で転校させられると、そういうことか!
私がいろいろ考えている間に、教師に背中を押され、追い出されるように教室を出る。
なし崩しだったが、これでこのクラスとはさよならか。
一か月という短い間とはいえ、お別れとなると感慨深いものがあるな。
こんなことになるなら、もっとクラスメイトと仲良くすれば良かったよ。
後悔ばかり押し寄せる。
でも別れがあれば出会いもある。
私は教室を出た足で、そのまま踵を返し、何食わぬ顔で教室に入る。
「転校してきた須藤です。よろしくお願いします」
私は、さくっと挨拶し、自分の席に座る。
「そろったな、じゃあ授業を始める」
担任の教師はも、何事も無かったかのように授業を始める。
この世界では、このくらいの事は、日常茶飯事なのだ。
だから、どんなトラブルに巻き込まれようと、自分の場所は自分で作らなければいけない。
この世界では、ふてぶてしくなければやっていけないのだ。
PS
翌日、学校の校長が行方不明になった。
それを受けて、先生方は大騒ぎをしている――ふりをしていた。
校長は、教師陣からも嫌われていたらしい。
おそらく、形だけ捜索をして打ち切るだろう
どこに行ったかというと、私がバグを駆使し、校庭のそばにある悪趣味な銅像になったのだ。
これからは、教師らしく生徒たちを見守ってくれるだろう。
これで変なバグとはさようなら――できることを願うばかりである。