『逃れられない』
「トドメだ」
俺は持っていた剣で、魔王の心臓を貫く。
致命傷だ。
だが――
「ククク」
死の縁にあるというのに、魔王は不敵に笑っていた。
「何がおかしい」
「我も魔王。 簡単には死なん……」
「まさか!」
「お前に呪いをかけた。
やがて『死の運命』が貴様の元にやってくるだろう」
「『死の運命』?」
「貴様は、『死の運命』からは逃れられない」
「どういう意味だ」
「……」
その言葉を最後に、魔王は何も話さなくなった。
どうやらこと切れたようだ。
折れは魔王から剣を引き抜き、街へと向かう
死の運命からは逃れられない。
帰りの道中、魔王の言葉がいつまでも、頭の中でこだましていた
◆
魔王城を後にして、街に帰還する。
目についた兵士に、俺が魔王を討伐したことを話すと、報告を聞いた兵士は、慌てて兵舎へ走っていた。
あとは、勝手にやってくれるだろう。
報告も済んだので、酒を飲むことにした。
テーブルに座り、注文した酒を待つ間、魔王の言葉を考える。
『死の運命』とは言っていたが、今のところ体には異常がない。
ただの嫌がらせなのか?
だがもし、『死の運命』とやらが本当だったら?
俺はその運命から逃れられるのだろうか?
そう思ったところで、背中に突然悪寒が走る。
『来る』
理屈ではなく、本能で感じる。
俺は気配のした、酒場の入り口を凝視する。
すると、入り口の扉は大きく開かれた。
そこにいたのは、姿こそ人間だが強い死の気配を纏った存在――まさに『死の運命』であった。
『死の気配』は、酒場の入り口から、まっすぐ俺を見る。
俺は視線を感じ、心の底から恐怖を感じる。
対峙して分かる。
アレには勝てない。
魔王より強いからではない。
単純に、俺を死に追いやるためだけの現象なのだ。
それ以外には何もできないがゆえに、俺からは太刀打ちできない。
そういうものだ。
短い間にらみ合って、ついに『死の運命』が口を開いた。
「勇者は貴様か」
『死の運命』は俺を睨みつける。
「人違いだ」
無駄だろうが否定してみる。
時間稼ぎにしかならないだろうが、逃げきれるだろうか?
頭の中で逃げる段取りを考えていたが、意外な乱入者によって中断される
「勇者はいるか?」
入って来たのは、街の兵士だった。
『死の運命』も意表を突かれたようで、黙って事態の推移を見ている。
「ああ、いるぞ。 なんの用だ」
俺は答えながらも、起死回生のアイディアを思いつく。
そうだ、この兵士たちに『死の運命』の相手をしてもらおう。
素晴らしい計画は、
しかし兵士によって崩される。
「勇者ケン、貴様を処刑する」
「は?」
酒場に兵士がなだれ込んでくる。
裏口からも、兵士が入ってきた。
どうやら逃がすつもりはないらしい。
「処刑? どういう意味だ」
「ふん、しらばっくれおって。
魔王を討伐したなど嘘であろう?」
「何?」
「魔王と結託し、王国を支配するつもりであろう。
だが、その野望は露に消えると知れ」
「なるほど、話は読めた」
どうやらここで俺を亡き者とし、魔王討伐の手柄を独り占め、といったところだろう。
いかにも小物が考えそうなことだ。
魔王に勝てない軍が、魔王に勝った勇者に勝てると、本気で思っているのだろうか?
だが、さすがに分が悪いと言わざるを得ない。
この酒場は机など障害物も多く、関係のない一般客も多い。
俺は勇者という立場上一般人には手を出せないが、向こうはここにいる人間の被害など気にしないだろう。
いざとなれば皆殺しにして、全て俺が殺したことにするくらいはしそうだ。
やりづらい事は間違いない。
そして有利な条件のもと、数で押し切る……
姑息だが、悪くない作戦だ。
さてどうするか……
頭の中で打開策を考える。
「大人しく殺されるなら、苦しませずに死なせてやる。
だが抵抗するときは――」
「ちょっと待て」
兵士の言葉に、待ったをかける者がいた。
『死の運命』である。
「そいつの命は俺がもらう。 部外者はすっこんでろ」
「何を言って……
さては勇者の仲間だな、一緒に殺して――」
リーダー格の男は最後まで言葉が言うことなく、吹っ飛ばされる。
「聞いてなかったか? 『俺が』勇者を殺す」
予想外の事態に、その場にいた全員が呆気にとられる。
そしてようやく事態の異常さに気づいた別の兵士が声を上げる。
「殺せ、皆殺――」
だがその兵士も、最後まで言葉を言うことなく吹き飛ばされる。
「埒が明かんな。
おい勇者、手を貸せ」
「何?」
「お前を殺すのには、こいつらが邪魔だ」
「……お前は、俺の死の望んでいるのではないか?」
俺の質問に『死の運命』は鼻で笑う。
「何を言っている。貴様を殺すのは俺だ」
「なるほど、シンプルでいい」
『死の運命』の言葉に思わず笑みがこぼれる。
「貴様ら、王国に楯突――」
俺の近くで吠える兵士を殴り飛ばす。
「いいだろう、お前の提案に乗る。全部後回しだ」
俺の返答に『死の運命』はニヤリとした。
「ではとっとと雑魚を片づけるとしよう」
「腕がなるぜ」
自分を殺そうって言う相手に、背中を預けることになるとは。
運命とは奇妙なものである。
そうして俺たちは、襲いかかってくる兵士たちをどんどん叩き伏せるのであった。
◆
「片付いたか」
「そうだな」
見渡す限り、兵士は全て寝転がっている。
一般人に怪我人がいるようにも見えない。
机やいすは壊されてしまったが、そこは軍に弁償してもらうことにしよう。
しかし、本題はここから。
本当は逃げ出したかったのだが、数が予想以上に多くそれどころではなかった。
今からでも全力で逃げるべきか?
だが、それの懸念は、ほかならぬ『死の運命』によって杞憂となる。
「ふむ、今日は興が乗らんな。 帰るとしよう」
「は?」
何言ってるんだコイツ。
俺を殺しに来たんじゃないのか?
『死の運命』は俺の心を見透かしたように言葉を続ける。
「今の貴様は万全ではあるまい。
魔王とこの雑魚どもの連戦。疲弊していることだろう」
「そうだが……
だから、なんだ?」
「貴様の力が回復したときにまた来る。
全力の貴様を倒さねば意味が無いからな」
『死の運命』は酒場の入り口に向かい、そして酒場の入り口まで進んだところで、こちらに振り返った。
「だが覚えておけ。 貴様は『死の運命』から逃れられないとな」
そうい言い残し酒場の外へ出ていった。
『死の運命』の気配も遠ざかっていく。
安堵のあまり、その場にへたり込む。
助かった、のか……
しかし、アイツはまた来ると言った。
普通に考えればそれまでの命……
だが俺は死ぬつもりはない。
たとえ卑怯と言われようと、ありとあらゆる手段を使って生き残ってやる。
逃れられぬ運命?
それがどうした?
「逃げて見せるよ。 運命に抗うのが人間だからな」
5/24/2024, 5:14:07 PM