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『理想のあなた』

―将来大人になった時、あなたはどんな大人になりたいと思いますか?
―10年後を想像して、理想のあなたを書きましょう
 
 
 ここは、とある小学校。
 生活の授業で、『理想のあなた』というお題で、作文が出されました。
 クラスの子どもたちは、思い思いの未来の自分を書きます。

 頼りがいのある大人、料理のうまい大人、力持ちの大人、力の強い大人、クールな大人、いろんな言葉が話せる大人、かめかめ波を撃てる大人などなど。
 非常にバラエティに富んでいました。

 そのクラスに一人、ひねくれた小学生がいました。
 名前を、鈴木 太郎といいます。
 太郎は悩みました。

 というのも、太郎は神様の生まれ変わり……
 目標は『たくさんの人から信仰を集める偉大な神様』です。
 普段いい加減な彼ですが、それだけは譲れません。

 ですが、馬鹿正直に書いてしまっては、先生から呼び出しを受けるのは確実……
 なんとか誤魔化すことを考えて、考えて、考えて……
 『そうだ、今マイブームで見ているスーパー戦隊の主人公の事を書けばいいんだ』と思いつきます。

 これならば先生に眉を顰《ひそ》められても、怒られることは無いでしょう。
 なぜなら、漫画や小説の主人公やヒーローに憧れるのは、決して不自然ではないからです。
 書くべきことが決まれば話は早い。
 太郎はどんどん書き込んでいきます。

 『どんなときにも挫けず』、『強い敵を前にしても怯まない』。
 『みんなから頼りにされ』、『仲間と力を合わせて戦う』。
 『どんな危機に直面しても潜り抜け』、『絶体絶命でも諦めない』。

 ヒーローの主人公を思い浮かべながら、原稿用紙を埋めていきます。
 『モテたい』と書きたかったのですが、やめました。
 なんとなく、いろんな人に怒られそうな気がしたからです。
 そして、ある程度書き終わった、その時でした。

「タロちゃん、タロちゃん」
 そう言って声をかけてくる女の子がいました。
 隣の席の女の子、名前を佐々木 雫といいます。
 雫は、見た目がギャルだけど、それ以外は優等生の女の子です。
 太郎はこの女の子が苦手でした。
 太郎にとって、彼女のスキンシップは過剰なのです。
 太郎は、異性に免疫がありませんでした。

「ねえ、なんて書いた?
 書いた紙、見せあいっこしよ」
 雫が、太郎に要件を伝えます。
 そこで太郎は気づきました。
 『この紙を見せるのは、実は恥ずかしい事では?』と……
 というのも、確かに嘘を書いたとはいえ『もし自分が人間ならば、こういう大人になりたい』と思って書いたのです。
 自分の奥底にある部分を見られるようで、見せたくなくなりました。
 無難なキャラの事を書けば良かったと後悔しますが、そんな時間はありません。

「見せない」
 太郎は、とっさに腕で紙を隠します。
「ふーん、そういうことするんだ」
 雫は不機嫌そうな顔で、太郎を睨みます。
 しかし、それも一瞬の事、雫はイタズラを思いついた顔をします。
 そして雫が何かを言おうとしたとき、太郎の後ろに目線を向けます。

「あ……」
 それだけ言って、雫の目線は太郎の背中の向こうのまま。
 何かあるのか気になった太郎は振り返りますが――
「隙あり」
 太郎が油断した隙に、雫は目にも止まらない速さで、太郎の原稿用紙をひったくります。
 太郎は急いで視線を戻しますが、雫はすでに太郎の原稿用紙を読んでいました。

「ふーん、タロちゃんって、こういう大人になりたいんだ。
 でも、これってスーパー戦隊、だっけ…… でいたよね?」
「悪いかよ」
「いいんじゃない? 応援するよ」
 雫は、満足した顔で、太郎に原稿用紙を渡します。
 太郎は、バカにされなくて安堵しました。

「じゃあ、これ」
「なにこれ」
「私の『理想のあなた』。 見せあいっこするって言ったでしょ」
「それは、お前が勝手に言っただけだろ」
「読まないの?」
「……読む」

 正直あまり興味はありませんでしたが、自分だけ読まれたのは不公平だと思い、読むことにしました。
 太郎は神様ですが、年相応に子供っぽいところがあるのです。
 受け取った雫の原稿用紙に目を通します。

 『どんなときにも挫けず』、『強い敵を前にしても怯まない』。
 『みんなから頼りにされ』、『仲間と力を合わせて戦う』。
 『どんな危機に直面しても潜り抜け』、『絶体絶命でも諦めない』。

 太郎は読んだ内容を、自分の中で咀嚼し、じっくりと考えた上で感想を言います。
「雫って、プリキュアに憧れているの?」
「悪い?」
「いいんじゃないか? 応援するよ」
 それが太郎の素直な気持ちでした。
 ヒーロー、いいじゃないか!
 太郎は親近感を覚え、気分が上がります。
 太郎は、趣味ではないが、ヒーローとして尊敬しているのです。

「タロちゃん、私たちはヒーローを目指すよ」
「うっしゃ、やるぜ」
 妙に昂った二人は、周りの視線も気にせず盛り上がるのでした。

 そして、会話を聞いていた他のクラスメイト達は、二人のことを『子供だな』、と見つめていました。
 クラスメイトたちは、すでにプリキュアやヒーローを卒業していたからです。
 彼らにとって、二人は未だにヒーローを夢見る子供でした。
 もう大人なんだから、現実を見てないと馬鹿にする子供もいました。

 ですが、そんな小さな大人たちを、先生は『子供だな』を眺めていました。
 なぜなら二人も他の子たちも、言葉こそ違えど似たようなものだからです。
 警察官だったり、料理人だったり、消防士だったり……
 どれも、みんなから頼られるヒーローです。

 いつの時代も、『理想のあなた』はヒーローなんだな……
 かつて『教師というヒーロー』を目指した先生は、子供たちをほほえましく眺めるのでした。

5/21/2024, 1:42:43 PM