公園の池いる鯉にエサを投げる。
何度目かもわからない恋の終わりには、いつもここに来てエサをやっているのだ。
悩みなんてなさそうな鯉を見ていると、なんとなく安心してしまう。
彼らは彼らなりに悩みがあるのだろうけども、やっぱりこうしてエサを貰う様子を見る限りは、悩みなんてありそうには見えない。
「はあ」
彼には一目ぼれだった。
たまたま道をすれ違った、名前すら知らない他人……
一方的にこちらが認識しているだけの片思い。
声をかける勇気もなくうじうじしていたら、いつの間にか彼に恋人が出来ていた。
彼が女性と仲良さそうに腕を組んでいる姿を見た時は、持っていたカバンを落としてしまった。
そのカバンを拾ってくれた彼との会話が、最初で最後の会話。
始まる前に終わる恋物語。
私の恋はいつもこんな感じだ。
友人に言わせれば、鯉に恋――いや恋に恋するしているだけだそうだ。
いっそ鯉に恋すればすべては解決するのだろうか。
でも私泳げないんだよなあ……
と、脳内漫才をやっても気分が晴れない。
いつもなら気分が変わるのだけど……
しかたない、追いエサをしよう。
池の近くに餌の無人販売所があるのだ。
だが珍しい事に、無人販売所でエサを買っている人がいた。
驚いて固まっていると、向こうがこちらに気づく。
顔を見れば、私好みのイケメンだった。
一瞬で心が奪われる。
一目ぼれだった。
「こんにちは」
わお、声もイケメン。
ますます、私好みだ。
「貴女も鯉にエサをあげてたんですね?」
「はい」
「僕も鯉にエサをあげていいですか?」
「どうぞ」
せっかくイケメンが声をかけてくれたと言うのに、ろくに返事もできない……
自分の口下手が憎い。
そんな私の葛藤も知らず、彼は池の鯉にエサをやり始めた。
私は他に何もせず、ぼんやりしたまま彼の横顔を見る。
鯉にエサをやるのも様になるイケメン。
あまりのイケメンぶりに輝いて見える。
が、その横顔はどこかアンニュイだ。
私の目線に気づいたのか、イケメンがこちらに振り返る。
「やはり分かりますか?」
「え?」
「実は、ついさっき恋人に振られまして……」
なんだって。
こんなイケメンを振るなんて、相手は何考えているんだ。
「僕、よく振られるんですよね……
気迫が無いからって……
それで振られたときは、いつもここにきて鯉にエサをやるんです」
寂しそうに笑う彼。
そんな彼を見て、私の口から勝手に言葉が出てくる。
「同じです」
「え?」
「私もさきほど失恋しまして、ここに鯉にエサをやりに来たんです」
「そう、だったんですか」
こうして男性と話すのは何年ぶりだろうか……
もしかしたら私の恋は、今度こそ進展するかもしれない。
「その、奇遇ですね」
「はい、奇遇です」
「……」
「……」
だが会話はそこで途切れる。
当然だ。
彼とは初対面で、なにも共通の話題が無いのだから。
そして会話の無いまま別れて、ずっとそのまま。
二度と会うこともなく、私の恋は終わりを迎えるだろう。
さよなら、私の恋物語……
「あの」
「はい?」
油断していたので、声を掛けられて変な声を出す。
まさか、私の邪な心を読んだか?
「一緒に鯉にエサをやりませんか?」
彼の、私に向けられた言葉に意表を突かれる。
まさか、デートに誘われたのか?
もちろんOK――いや、すぐに受け入れても軽い女だとみられるのでは……
私が答えに悩んで何も言わない事を、聞こえなかったと勘違いした彼は、もう一度言葉を紡ぐ。
「同じ失恋したもの同士、一緒に鯉にエサをやりましょう」
まっすぐ私をみる彼。
もう尻軽だと思われてもいい。
ここで言わないと、何も始まらないのだ。
「喜んで」
こうして私たちは、二人並んで池の鯉にエサをやる事になった。
相変わらず会話は無いけど、ここまでやったんだ。
連絡先くらいは聞いてみせよう。
この恋、きっと成就してみせる。
何度目かもわからない私の恋物語は、ようやく本当の意味で始まる。
切っ掛けを作った池の鯉には感謝しないけないな。
そう思って鯉を見るが、相変わらず何も考えていない顔をして、エサに食らいついているのだった。
闇夜の中に動く赤い影。
その影を捉えようとして成功した人間はいない。
影の正体は果たして何者か?
赤い影、それはサンタクロースである。
サンタは、クリスマスしか働かないと思われているが、大いなる誤解である。
クリスマスの日以外は、子供たちの事を調べているのだ。
そして、クリスマスの日に何をプレゼントするか決めるためである。
彼は赤服のスパイである。
そして、今日の調査のターゲットは、竹内 純也。
10歳、小学4年生。
事前調査によると、彼はゲーム機を望んでいる。
だがサンタは悩んでいた
彼にゲーム機を与えていいものかと……
というのも、彼は最近真夜中にどこかに出かけているのである。
夜中に親に黙って、一人で出歩く。
言い逃れの無い『悪い事』である。
サンタは良い子にプレゼントを配る。
しかし、彼はどうだ。
誰が見ても悪い子だろう。
しかし、とも思う。
家から出る純也の目には、何か決意のようなものが宿っていた。
サンタは判断を一旦保留とし、後を付けて真相を確かめることにした。
純也は、灯りも持たず、人目を避けるよう暗い道を選んで進んでいく。
だが進む道に迷いが無い事から、目的地は決まっているようだ。
月明かりだけのくらい夜道、サンタは足音を立てず、純也のすぐ後ろを歩いていた。
何かあってもすぐに助けられるようにである。
しばらく歩いてたどり着いたのは、周りを柵で囲まれた空き地。
看板には大きく『立ち入り禁止』と書いてある。
月の弱い灯りだけでも読むことができたが、純也は看板には気にも留めず、広場の中に入っていく。
サンタも周りを確認し、誰も見ていないことを確認してから後に続く。
広場の奥の方の物置小屋の後ろに純也は入っていく。
サンタは気づかれないように、後ろから覗く。
そこでサンタは見た。
純也が子猫に食べ物を与えているのを……
その猫は衰弱していた。
どうやら、生まれつき足が悪い子猫のため、こうして世話をしているようだ。
夜中なのは、入ってはいけない場所に入るところを見られないためであろう。
サンタは、純也が悪い子ではないことを知り安心する
しかし、夜中出歩くのは悪い事であり、危険でもある。
サンタはどうすべきなのか悩んだ。
そうこうするうちに、子猫は食べ物を食べて、眠ってしまった。
それを見た純也は、空き地から出て、来た道を戻っていく。
サンタも来た時と同じように、純也を見守りながら後ろを歩く。
無事に家に入るのを確認し、サンタは考える。
純也は弱っている猫に食べ物を与えるという、とてもいいことをしている。
しかし純也は再び夜中に出歩くだろう。
それは悪い事だし、何より危険だ。
二度と夜に出歩かないようにするにはどうしたらいいだろうか?
それに、この行為が猫にとって良い事かも疑問であり、いつまでも続ける事も不可能であもあろう。
サンタは悩み抜いた末、ある決断を下す。
彼に必要なものは、ゲーム機ではない、と。
◆
翌日、夕方。
純也は通っている塾から帰ってきた
「ただいま」
「純也、おかえりなさい」
「お腹減ったから、何かたべるも――あ!」
純也は家の中で帰るや否や、驚きの声を上げる。
当然だ。
自分が毎晩食べ物を与えていた猫が、家でくつろいでいたのだから。
「お母さん、この猫どうしたの?」
「お昼に知り合いが来てね。
『弱ってる猫を拾ったんだけど、家じゃ飼えないからもらってくれませんか?』、ってうちに来たの……
あんた猫飼いたいって言ってたでしょ」
「うん」
「ちゃんと世話しなさいよ」
「分かった。約束する」
純也は心の底から喜ぶ。
「ところで……」
母親の声が一段と低くなる。
「聞いたわよ、あなた夜中に出歩いたんだって?」
「ごめんなさい!」
◆
遠くから家の様子を見ていたサンタは、この結果に満足した。
これならば、純也は夜中に出歩くこともないだろう。
そして彼のクリスマスプレゼントも決まった。
猫のおやつや、おもちゃを持っていくことにしよう。
彼に必要なのは、ゲーム機では無い。
猫と触れ合う時間なのだ
サンタは、手帳を取り出し『竹内 純也』のページに、『猫グッズ』と書く。
これで調査完了である。
彼らの様子を眺めている間に、日は暮れて周りは暗くなっていた。
サンタはちょうどいいと、次の調査を始めることにする。
夜はサンタの時間なのだ。
次の調査予定の子供のページを開く。
住所をしっかりと確かめて、子供の家に向かう。
次の子供は何をプレゼントすれば喜ぶだろうか?
そんなことを考えながら、サンタは夜の闇に消えていくのだった。
ご紹介に預かりました、高枝です。
新郎とは幼馴染というやつで、小中高とすべて一緒のクラスでした。
そんなわけで、彼には運命を感じていて『彼と将来結婚するのでは?』と思っていたのですが、まさか別の相手を見つけるとは……
彼と結婚する羽目にならず、心の底から安堵しております。
とまあ自己紹介はここまでにしまして、
お二方、ご結婚おめでとうございます。
今日という日が来たことを、心から祝福いたします。
二人の未来にたくさんの困難が待ち受けているでしょう。
ですが、きっと力合わせて乗り越えられると信じています。
しかし油断してはいけません。
愛さえあれば何でもできる
それは事実ではありません。
もちろん愛とはすばらしい物です。
愛があれば大抵のことは出来るでしょう……
ですが、愛があってもどうしようもない事があるのです。
それは『高い木の剪定』。
身長より高い場所にある枝の剪定は、どんなに二人に愛が強くても不可能です。
意地になって、愛の力と称してオンブをしても駄目です。
上の人間がバランスを崩して、二人とも怪我するのがオチ……
たとえ愛があっても無理なものは無理なのです。
こう言うと、二人の未来には希望がないと思われるでしょう。
ですがご安心ください。
そんなお二人にある物を用意いたしました。
コチラ、『高枝切りはさみ』。
これを使えば、ちょっと上の方の枝の剪定ももちろんの事、伸ばすことで高さ5m先の枝も着ることが出来るんです。
コレを使えば高いところの枝もらくらく剪定。
アルミで作られているので、女性でも軽々使えます。
この枝切りはさみ、私が改造してたもので取っ手がとても長いので、夫婦二人で握って剪定することが出来ます。
是非、夫婦仲良く庭のお手入れをしていただければと思います。
今回、この特別製の『高枝切りはさみカスタム』、ずばり1万円でご用意しました
のですが、今回お二人が結婚という、実にめでたい場所ということで……
価格1万円がなんと――
驚かないでくださいね
なんと、お二人に無料でプレゼントいたします
ですが――これだけではありません。
今回だけに限り、もう一本プレゼント。
これでお庭の高い木を選定し放題です。
さあ二人とも。
この高枝切りはさみを差し上げますので、お持ちになって下さい。
はい、それでは皆様、ご覧ください
この二人は高枝切はさみを手に入れたことで、何でもできるようになりました。
もう一度言いましょう。
愛があれば何でもできるか?
いいえ、できません。
しかし、二人の愛と高枝切りはさみがあれば、何でもできます
高枝切りはさみを持ったお二人は、文字通り敵なし。
さあ皆さん、お二人の幸ある旅立ちにに盛大な拍手をお願いします。
◆
新郎、新婦が座る高砂《たかさご》席にて。
「高枝さんって面白い人ね、いつもあんな感じ?」
「うん、見ての通り『高枝切りはさみ』愛のとても強い人。 メーカーにも努めてる」
「へえ」
「ちなみに本名は鈴木。 好きすぎて、『高枝』に名前を変えた」
「マジで」
「あと、高枝切りはさみを高みに導きたいとか言って、東大入ったのは同級生の間で伝説だな。
ほかにもいろいろ逸話がある」
「頭のいい馬鹿かあ……」
「でもすごい奴だよ。 『愛があれば何でもできる』っていうのを証明したんだからね」
『後悔』
『後悔先に立たず』
そのことわざの通り、過去のやらかしにどれだけ後悔しても、今の状況には何の意味もない。
それを分かっていても、こう思わずにはいられない。
なぜあんな事をしたのかと……
私は、目に後悔の涙をためて遠くの景色を見遣る。
正面に広がるのは、感動を覚えるほど美しい夕焼けに染まった町。
しかし視線を下に向ければ、はるか下に川が見え、あまりの高さに身がすくむ。
そして高いところにいるので風が強く、吹き飛ばされそうで恐怖を覚える。
なぜこんな事になったのだろう。
なぜ私は、こんなところにいるのだろう
なぜ私は、バンジージャンプをしなければいけないのだろう。
いや分かっている。
これは罰ゲーム。
勝負を持ち掛け、破り去った敗者のみじめな末路なのだ。
しかも全て私が調子に乗ったのが悪いのだから始末に負えない。
負けたら何でも言うことを聞くという条件で、テストの点数勝負をしたのだ。
私より数段頭のいい奴にである。
徹夜で少々気が大きくなっていたとはいえ、なぜそんな事をしたのか……
さすがに言い訳のしようもない。
普段は反省なんてしない自分だが、こればっかりは心に刻み、再発防止に努めたい。
「顔色が悪いわね……
ねえ、百合子。大丈夫?」
後から私の体調を気遣ってくれる声がする。
声の主は、親友の沙都子だ。
バンジージャンプにビビっている私を、優しく気遣ってくれる良き友人である。
そして、罰ゲームを実行させるため、私をここまで連れてきた大悪人でもある。
コイツに……
コイツにさえ勝負を挑まなければ、こんな事には……
「……大丈夫じゃない、って言ったら家に帰してくれる?」
「そうね、もしそうなら待機している医療班の診察の後、体調を万全にしてここから突き落とすわ」
「……鬼」
なんの慰めにもならない答えを返す沙都子。
くそう、調子に乗りやがって。
「それにしても知らなかったわ。
百合子、あなた高いところ駄目なの?」
「……うん、絶叫系とかもダメ」
「そうだったのね……
てっきりバカと何とやらは高いところが好きって聞くから」
「誤魔化せてないんだけど」
今日もキレッキレの沙都子である。
何か言い返したいところだが、さすがに怖すぎてそれどころではない。
そして思うことは一つだけ。
「ねえ、沙都子。
私、生きて帰れるかな」
「安心しなさい。
流石に罰ゲームで、生き死にに関わることはさせないわよ」
「でも、紐がちぎれたりでもしたら……」
「あなたの体重で切れないギリギリの強度を確保しているわ」
「それなら大丈……なぜにギリギリ?」
「一言で言えば、嫌がらせかしら」
「悪魔か」
まあいい。
沙都子がそういうのなら、切れて死ぬことは無いだろう。
さっさと終わらせて、さっさと帰る。
こんな場所に一秒でもいたくない。
目を瞑っていれば、いつの間にか終わってるだろう。
女は度胸。
今すぐ飛び降りて――
あ。
「ねえ、沙都子。最後に一ついいかな?」
「何かしら?」
「その体重っていつの体重のこと?」
「連休後に身体測定あったでしょ。
あれを基にしているわ」
「そ、そっか」
「何かあった?」
「何でもないよ」
まずい。
その体重はマズイ。
私は体重を計る時、少しズルをした。
体重計に乗ったとき、誰も見ていないことをいいことに、近くにあった机に少し体を預けて、軽く見せかけたのだ。
だいたい10㎏ぐらい軽くなってるはず。
そして今私に結ばれているのは、嘘の体重でギリギリに計算されたロープ。
想定より重たい体重。
だめだ。
悲惨な末路しか待ってない。
なぜあの時私は、何の役にも立たない見栄のために体重を偽装したのか……
だけど後悔はあと。
今言えば間に合うはず。
「あの、やっぱり言わなければいけないことが――」
「えい♡」
「うああああああ」
覚悟する暇もなく突き落とされ、川に向かって落下していく。
ああ、私はここで死ぬのか。
一発、沙都子を殴っておけばよかったな。
だけど、『後悔先に立たず』。
私の人生は後悔ばっかりだったな。
私はゆっくり目を閉じて死を待つ。
おかしい。
いつまで待っても私の意識ははっきりしたまま。
もしや、ここは天国か?
ゆっくりと目を開けると、すぐそばに川の水面が見える。
そしてヒモが切れてない。
私は振り子のように、ぶらぶらと揺れている。
そこで私は気づく。
体重ギリギリのヒモなんて嘘だと……
さすがにそんなもの用意するのは、嫌がらせにしては度が過ぎているし、なにより手間だ。
それに用意したところで、『なんか怖い』以上の効果がないし、事故の可能性もある。
それを思えば、普通の丈夫なヒモを使い、ちょっと脅かすだけで十分なのだ。
私はまんまと沙都子の思惑に乗ってしまったらしい。
おのれ、沙都子。
私を騙したな。
怒りに震えながら上を見上げれば、沙都子らしき小さな人影が手を振っているのが見える。
ここからでは分からないが、きっと満面の笑みを浮かべていることだろう。
殴りてえ。
めっちゃ殴りてえ。
だが殴ったら私は後悔するだけだろう。
でもそれでいい。
やらない後悔より、やる後悔。
待ってろ、沙都子。
思いっきりぶん殴ってやるからな。
『風に身を任せて』
チリンチリン。
窓から入って来た風に身を任せ、ゆらゆら揺れる風鈴が涼しげな音を奏でる。
この風鈴は昨日までなかったものだ。
最近暑いので、私が吊るしたのである。
この風鈴は、『風鈴の違いが分かる私』が、たくさんある風鈴の中から、一つを選んだ特別なものである。
一つだけを選ぶのは心苦しかったのだが、全てを買うだけの財力は私には無い。
窓の外を眺めていると、すっと黒い影が横切った。
ツバメだ。
ああやって風を切って飛ぶ姿は非常にカッコいい。
日本人に愛されるのも納得のカッコよさだ。
そして私はあのツバメが羨ましい。
嫌な事ばかりあるこの現代社会。
ツバメだったら鳥になって遠いどこかへ飛んでいけるからだ。
でもゲームできなくなるのは嫌だな。
てことはゲームを持って、遠くに飛び去るのが最適解か……
◆
「ねえ、百合子。
黄昏ているところ悪いけど、少しいい?」
取り留めのない事を考えていると、後ろから声を掛けられる。
親友の沙都子だ。
だけど、今日の沙都子は妙に大人しい。
何かあったのだろうか?
「どうしたの?沙都子?」
「あの風鈴、何なのかと思って……」
沙都子が、揺れている風鈴に目線を投げる。
何かと思えば風鈴の事か
「ああ、アレの事?
アレは百均で買ったの、可愛いでしょ」
「うん、まあ。 可愛いのは同意するわ。 けどね」
沙都子は、ためを作って言い放つ
「ここ、私の部屋なんだけど」
「おや?」
沙都子は疲れているのだろうか?
不思議な事をいうもんだ
「何言ってるの沙都子。
私、この部屋にほぼ毎日遊びに来ているんだよ。
つまり実質、私の部屋」
「面白い冗談を言うのね、百合子」
沙都子が微笑む。
だが素人には分からないだろうが、これは営業スマイルである。
私の渾身のギャグは受けなかったらしい。
「それで百合子、なんで私の部屋につけたの?」
追及する価値なしと判断したのか、さっさと話題を切り替える沙都子。
自分のギャグが蔑ろにされた不満はありつつも、沙都子の質問に答える。
「自分の部屋につけようと思ったんだけどさ、家族に反対されたの」
「へえ、ご家族はなんて?」
「『マジうるさい』『さすがに夏には早い』『近所迷惑』『また百合子がバカなことしてる』『何考えているか分からない』。
ひどくない?」
「ごく真っ当な意見だわ」
「ひどい」
まさか信じていた沙都子にまで裏切られるとは。
……まあ、実は私も同じ事思ったけどさ。
「そういう訳で、飾るのだけなのがもったいないと思って……」
「だからと言って、私の部屋に? 駄目よ」
「えー、だったらほかの部屋に飾っていい?
部屋、いっぱいあるでしょ」
そう、沙都子の家は大金持ちで豪邸に住んでいる。
私が使っていい部屋が一つくらいあるはずだ。
「百合子、この家にはあなたのための部屋は無いの」
無かった。
現実は非情である。
結構期待してたんだけどな。
本当に残念だ。
私が落ち込んでいると、沙都子は大きくため息をつく。
お、部屋をくれる流れか?
「分かったわよ、そのまま吊るしてなさい」
「……部屋くれないんだ」
「何か言った?」
「いえ、沙都子は風流がわかるな、って言ったの」
まあ、いいや。
何度も遊びに来れば、部屋がもらえそうなチャンスが来るだろう。
◆
「そうだ、もう一つ話したいことがあったのよ」
沙都子は思い出した、といった風に手を叩いてこちらを見る。
聞きたくないなあ。
「……何?」
「今日のテストの勝負の事」
ビクリと体が震える。
「その反応、しっかり覚えているようね」
「ナンノコトカナー」
私は誤魔化そうとするけど、沙都子はニヤリと笑うだけだった。
「何言ってるの。
点数勝負しようって言ったのあなたでしょう」
都合よく忘れたないかな、と思っていたけ駄目だったみたい。
現実は非情である(本日二回目)。
今朝の話だ。
私は今日のテストを一睡もせず、勉強して臨んだ。
つまり徹夜。
そして登校したとき、妙に気分がハイってヤツになり、沙都子に点数勝負を仕掛けた。
ルールは簡単、点数が高い方の言うことをを何でも聞く。
「一応私、止めたわよ」
私が何も言わないので、沙都子のほうが話を続ける。
「あの時の百合子、普通じゃなかったから……
でも約束は約束。ちゃんと守ってもらうからね」
「分かってる」
もう勝ったつもりで嬉しそうにはしゃぐ沙都子。
当然だ。
私は赤点常習犯で、沙都子はトップ争いしているくらい勉強が出来る。
勝てる要素がない。
なんで勝負挑んだんだ、過去の私。
徹夜明けのナチュラルハイって、恐いね
ほんと、睡眠大事。
「ああ、明日のテストの採点結果が楽しみだわ」
「それは良かったね」
「ああ、罰ゲームを何にするか、迷うわね。
百合子、あなたに選ばせてあげるわ。
スカイダイビング、バンジージャンプ、どっちがいい?」
さすが金持ちだ。
罰ゲームに使う金が違う。
「もう少し、庶民的な罰ゲームにしません?」
「いまから百合子の絶叫が楽しみだわ」
「聞いちゃいないし」
明日は明日の風が吹くって言うけれど、明日は暴風に違いない。
私は鳥にはなれないけれど、その暴風に身を任せて遠くに行けないだろうか?
私は、風鈴の音を遠くに聞きながら、現実逃避することしか出来ないのであった。
……明日風邪をひいたことにして休もうかな