『風に身を任せて』
チリンチリン。
窓から入って来た風に身を任せ、ゆらゆら揺れる風鈴が涼しげな音を奏でる。
この風鈴は昨日までなかったものだ。
最近暑いので、私が吊るしたのである。
この風鈴は、『風鈴の違いが分かる私』が、たくさんある風鈴の中から、一つを選んだ特別なものである。
一つだけを選ぶのは心苦しかったのだが、全てを買うだけの財力は私には無い。
窓の外を眺めていると、すっと黒い影が横切った。
ツバメだ。
ああやって風を切って飛ぶ姿は非常にカッコいい。
日本人に愛されるのも納得のカッコよさだ。
そして私はあのツバメが羨ましい。
嫌な事ばかりあるこの現代社会。
ツバメだったら鳥になって遠いどこかへ飛んでいけるからだ。
でもゲームできなくなるのは嫌だな。
てことはゲームを持って、遠くに飛び去るのが最適解か……
◆
「ねえ、百合子。
黄昏ているところ悪いけど、少しいい?」
取り留めのない事を考えていると、後ろから声を掛けられる。
親友の沙都子だ。
だけど、今日の沙都子は妙に大人しい。
何かあったのだろうか?
「どうしたの?沙都子?」
「あの風鈴、何なのかと思って……」
沙都子が、揺れている風鈴に目線を投げる。
何かと思えば風鈴の事か
「ああ、アレの事?
アレは百均で買ったの、可愛いでしょ」
「うん、まあ。 可愛いのは同意するわ。 けどね」
沙都子は、ためを作って言い放つ
「ここ、私の部屋なんだけど」
「おや?」
沙都子は疲れているのだろうか?
不思議な事をいうもんだ
「何言ってるの沙都子。
私、この部屋にほぼ毎日遊びに来ているんだよ。
つまり実質、私の部屋」
「面白い冗談を言うのね、百合子」
沙都子が微笑む。
だが素人には分からないだろうが、これは営業スマイルである。
私の渾身のギャグは受けなかったらしい。
「それで百合子、なんで私の部屋につけたの?」
追及する価値なしと判断したのか、さっさと話題を切り替える沙都子。
自分のギャグが蔑ろにされた不満はありつつも、沙都子の質問に答える。
「自分の部屋につけようと思ったんだけどさ、家族に反対されたの」
「へえ、ご家族はなんて?」
「『マジうるさい』『さすがに夏には早い』『近所迷惑』『また百合子がバカなことしてる』『何考えているか分からない』。
ひどくない?」
「ごく真っ当な意見だわ」
「ひどい」
まさか信じていた沙都子にまで裏切られるとは。
……まあ、実は私も同じ事思ったけどさ。
「そういう訳で、飾るのだけなのがもったいないと思って……」
「だからと言って、私の部屋に? 駄目よ」
「えー、だったらほかの部屋に飾っていい?
部屋、いっぱいあるでしょ」
そう、沙都子の家は大金持ちで豪邸に住んでいる。
私が使っていい部屋が一つくらいあるはずだ。
「百合子、この家にはあなたのための部屋は無いの」
無かった。
現実は非情である。
結構期待してたんだけどな。
本当に残念だ。
私が落ち込んでいると、沙都子は大きくため息をつく。
お、部屋をくれる流れか?
「分かったわよ、そのまま吊るしてなさい」
「……部屋くれないんだ」
「何か言った?」
「いえ、沙都子は風流がわかるな、って言ったの」
まあ、いいや。
何度も遊びに来れば、部屋がもらえそうなチャンスが来るだろう。
◆
「そうだ、もう一つ話したいことがあったのよ」
沙都子は思い出した、といった風に手を叩いてこちらを見る。
聞きたくないなあ。
「……何?」
「今日のテストの勝負の事」
ビクリと体が震える。
「その反応、しっかり覚えているようね」
「ナンノコトカナー」
私は誤魔化そうとするけど、沙都子はニヤリと笑うだけだった。
「何言ってるの。
点数勝負しようって言ったのあなたでしょう」
都合よく忘れたないかな、と思っていたけ駄目だったみたい。
現実は非情である(本日二回目)。
今朝の話だ。
私は今日のテストを一睡もせず、勉強して臨んだ。
つまり徹夜。
そして登校したとき、妙に気分がハイってヤツになり、沙都子に点数勝負を仕掛けた。
ルールは簡単、点数が高い方の言うことをを何でも聞く。
「一応私、止めたわよ」
私が何も言わないので、沙都子のほうが話を続ける。
「あの時の百合子、普通じゃなかったから……
でも約束は約束。ちゃんと守ってもらうからね」
「分かってる」
もう勝ったつもりで嬉しそうにはしゃぐ沙都子。
当然だ。
私は赤点常習犯で、沙都子はトップ争いしているくらい勉強が出来る。
勝てる要素がない。
なんで勝負挑んだんだ、過去の私。
徹夜明けのナチュラルハイって、恐いね
ほんと、睡眠大事。
「ああ、明日のテストの採点結果が楽しみだわ」
「それは良かったね」
「ああ、罰ゲームを何にするか、迷うわね。
百合子、あなたに選ばせてあげるわ。
スカイダイビング、バンジージャンプ、どっちがいい?」
さすが金持ちだ。
罰ゲームに使う金が違う。
「もう少し、庶民的な罰ゲームにしません?」
「いまから百合子の絶叫が楽しみだわ」
「聞いちゃいないし」
明日は明日の風が吹くって言うけれど、明日は暴風に違いない。
私は鳥にはなれないけれど、その暴風に身を任せて遠くに行けないだろうか?
私は、風鈴の音を遠くに聞きながら、現実逃避することしか出来ないのであった。
……明日風邪をひいたことにして休もうかな
5/15/2024, 12:29:54 PM