『また明日』
友人同士が使う、ありふれた別れの言葉。
私は律儀な人間なので、そういった挨拶は欠かさない。
よく遊ぶ友人の沙都子にも、別れる際にはいつも言っていた。
二日前までは……
それはなぜか?
もう友達じゃないからだ。
きっかけは昨日の事。
沙都子とテストの点数勝負をして無様に負けた私は、バンジージャンプをすることになったのだ。
罰ゲームがバンジージャンプなのはいい。
高いところがダメだけど、罰ゲームだから仕方がない。
だけど散々脅かした挙句、まだ決心していない私を高いところから突き落としたのだ。
高い場所で子鹿のように震える私を、悪魔の様に、突き落としたのだ。
「沙都子! いきなり突き落とすのはやり過ぎ! 謝ってよ!」
「何よ、百合子。 あなたがちんたらしてるから、背中を押してあげただけじゃない!」
「余計なお世話だっての! ほら、謝まって!」
「なんで、私が謝るのよ!」
「あーやーまーれー!」
「うーるーさーいー!」
「分からずや!」
「頑固者!」
「デブ!」
「チビ!」
そんな感じで口げんかがヒートアップし、長年にわたる友情は終わりを告げたのである。
◆
絶交したとはいえ、同じ学校の同じクラスメイト。
学校では普通に顔を合わす。
もちろん、会話は無い
だけど私も鬼じゃない。
謝ってくるなら、昨日の事は水に流してもいい。
沙都子は友達が少ないから、きっと仲直りしたいに違いないのだ。
だけど、いつまで待っても謝りに来ることはなかった。
私の事は、どうでもいいと言うのか!
薄情者め。
◆
学校が終わり、家路につく。
いつもは駆け足で帰る道を、今日だけはゆっくりと歩く。
HRの時に気づいたのだ。
もしかしたら、校内は人が多いから謝れまれなかったのでは、と。
だから私は気を利かせ、沙都子が簡単に追いつけるよう、ゆっくりと帰るのだ。
まるで仲直りしたいかのように聞こえるかもしれないが、それは違う。
これは私の沙都子に対する優しさなのだ。
決して私が仲直りしたいわけじゃない。
勇気が出ない沙都子のためを思ているだでなのだ。
そうしてゆっくーりと歩き、何事もなく家に着く。
……沙都子の頑固者め!
◆
私は、自分の部屋に入った瞬間、カバンを投げ捨てる。
なんで頑固者の沙都子の事で、こんなに悩まないといけないのか。
本当にイライラする。
荒ぶる心を落ち着かせようと、趣味のゲームの準備をする。
なんだけど、どうにも気分が乗らない。
自分の一部でもあるゲームがしたくないと思う日が来るとは……
それもこれもすべて沙都子のせいだ。
「沙都子のバカヤロー」
「聞き捨てならないわね」
私以外いないはずのはずの部屋で、沙都子の声が聞こえる。
イライラしすぎて幻聴が聞こえるようになったか!?
声のした方を見ると呆れた顔の沙都子がいた。
うわ、本当にいた……
なんでいるんだ?
「なんでここに……」
「それは私のセリフ。ここ私の部屋よ」
「えっ」
沙都子に言われて周りを見れば、勝手知ったる他人の部屋。
どうやら私は、無意識のうちに沙都子の部屋に来てしまったらしい
「普通に入ってきて、何をするつもりなのかと思えば……
あなた、ここに入り浸りすぎて、ここを自分の部屋だと思っているのかしら?」
「私物を置くくらいだしね」と沙都子は付け足す。
反論できない。
本当に自分の部屋だと思って寛ごうとしていたのだから……
自分の部屋だと思っていたら、沙都子の部屋だった。
何を言っているか、分からねーと思うが(コピペ略)
そして沙都子との間に気まずい空気が流れる。
私と沙都子は絶交したのだ。
だけど今の私を、事情を知らない人が見れば「友達の家に遊びに行ってゲームをしている」以外の何物でもない。
不服ながら、まさにその通りである。
とんだ道化だ。
だが絶交は絶交。
だから私のするべき行動は――
「だから私の部屋でゲームしないでよ」
知らない、知らない。
沙都子の言うことは聞こえない。
だって絶交してるんだもん。
「はあ」
沙都子が大きなため息をつく。
「私が私が大人になるしかないわね……
百合子、昨日はいきなり突き落として悪かったわ。
悪ふざけが過ぎた」
「ゴメンさない」と沙都子が頭を下げて謝ってくる。
まさか本当に謝られるとは思わなかったので、少し挙動不審になる。
深呼吸をして、謝らまられたら言おうと思っていたことを口にする。
「こっちこそゴメン。
ちょっと意地になってた」
私も沙都子に頭を下げる。
「また友達になってください」
私が手を差し出すと、沙都子は恥ずかしそうに私の手を握る。
これで仲直りだ。
「ああ、ついでにもう一つ、謝って欲しいことあるんだけど」
仲直りも済んだし、心置きなくゲームをしようと思ったところで、沙都子が口を開く。
「何さ、沙都子。 私は悪い事なんてしてな――」
「さっきカバン投げたでしょ」
カバン?
そういえば、投げたような投げなかったような……
「そのカバンがね、机に当たった衝撃で置いてあったコップが落ちたの」
と、沙都子は床を指さす。
恐る恐る床を見ると、そこには紅茶らしき液体と、粉々になったカップの破片が散らばっていた。
「謝まって、もらえるわよね」
「ごめんない。わざとじゃないんです」
「それは知ってるけど……
無意識に物を壊すなんて、もはや才能ね
その才覚を活かして、将来の仕事に解体業者はどう?
きっと頼りにされると思うわ」
相変わらずのキレキレの毒舌で、私をいじめる。
いや、壊した私が悪いんだけどさ。
「えっと弁償を――」
「別にいいわ」
「えっ」
「それで昨日の事、チャラって事で」
私の恐怖体験が、コップと同価値かあ……
安いのか高いのか分からん。
お金無いから助かるけどさ。
「私の用事は済んだことだし、出ていってもらおうかしら」
「ちょっと待って、許してもらった流れだよね」
「これから家族で外にディナーに行くの」
ああ、そういう事ね。
それにしても、話の振り方に悪意を感じる。
ぜんぜん許してないじゃんか。
「大丈夫だよ。 ゲームして留守番するから」
「ダメに決まっているでしょう。
なんで家の主がいないのに、他人が留守番するのよ。
ほら、早く帰り支度しなさい」
「えー、来たばっかりなのに――
あ、背中を押すのはやめて。
ちょっとトラウマなの」
そうして私はむりやりカバンを持たされ、玄関まで送られる。
「じゃあ、寄り道しちゃだめよ。 まっすぐ帰るのよ」
「お母さんみたいな事、言わないでよ」
「以前、本当に迷子になって、助けを求めたのは誰かしら」
「まっすぐ帰ります」
「百合子」
「まだ何かあるの」
「また明日」
言われたことが分からず一瞬固まるも、すぐに再起動する。
私は沙都子から、別れの挨拶を言われたのだ。
そういえば、沙都子から言われたのは初めてかもしれない。
そして、昨日言ってないことも思い出し、気持ちを込めて別れの挨拶を言う。
「また明日」
二日分の別れと、二日分の再会を願って。
5/23/2024, 1:44:40 PM