最近の頭皮は軟弱で困る。
俺は風呂の排水溝にたまった髪の毛を見てそう思う。
せっかく育毛剤入りのシャンプーを買ってやったと言うのに何たるざまだ。
それだけじゃ頑張れないというから、マッサージも毎日やっているというのに……
ネットでも調べ、ありとあらゆる育毛法を試したが、全く効果が出ない。
二次元のキャラクター頭を見ろ。
例外を除いて誰もがフサフサだ。
中にはドンドン髪が伸びるやつもいる。
それに比べて、現実の頭皮はすぐ音を上げる。
お前にもああなれとは言わないから、百分の一でも真似できないのか……
くそっ、分かってる。
これが現実逃避だということに。
二次元は二次元。
『こうなったらいいなという想像』であって、『こうなれる現実』じゃない。
鏡には自分の薄い頭が映っている。
現実と理想の差に絶望し、大きなため息をついた、まさにその時だった。
「困っているようじゃな」
「誰だ!」
一人しかいないはずの浴室から、別人の声がする。
声のしたほうを見れば、頭には潤いに満ちあふれた髪を持った老人が立っていた。
あきらかに高齢にも関わらず、髪には天使の輪が光っている。
「我は髪の神。髪に困っている者たちを助けるのが使命じゃ」
なんだって。髪は、じゃなかった神は自分を見捨てていなかったらしい。
「お願いします。髪をフサフサにしてください」
「叶えてしんぜよう」
髪の神の持っている杖が光り輝くと、自分の頭が急に重くなる。
一瞬恐怖に駆られるが、すぐに安堵に変わる。
目の前の鏡を見れば、自分の頭がフサフサになっていたからだ。
これならハゲと馬鹿にされることは無い。
「これでどうじゃ?」
髪の神が笑いながら、
「ありがとうございます」
心の底からの礼を述べる。
「ほっほっほ。わしは切っ掛けを与えただけじゃ。未来もそうなのかはお前さん次第じゃ」
「分かっています」
「では髪を大切にな」
そう言って髪の神は去っていった。
そしてウキウキしながらもう一度鏡を見れば、そこには豊かな髪の毛が無かった。
そう無かった。
そうさ、現実逃避だよ。
神様なんて存在なんかしない。
こんなの風呂に入る度にする妄想さ。
俺は憂鬱な気分のまま、浴室をでる。
脱衣所で体を拭いていると、目に入るのは洗面台の横の棚に並べられたコレクション。
「今日は冒険して、赤のやつにしよう」
そして赤色のウイッグを手に取りって頭にかぶり、洗面台の鏡でポーズをとる。
「悪くねえな」
初めて気づいたが、俺は赤い髪の色が似合うらしい。
俺は満足してから脱衣所を出る。
現実逃避で始めたウイッグのコレクション。
始めは現実逃避で始めたものだが、今ではその日の気分でかぶって楽しんでいる。
もはや趣味の領域を超えて生きがいですらある。
友人には最初こそ驚かれたが、今では「髪切った?」くらいの気軽さでいじられる。
まさかハゲの事を前向きにとらえられることができる日が来ようとは!
まさに人生塞翁が馬。
ハゲも案外悪くない。
今日は友人の香織と二人で、執事喫茶に来ていた。
香織が演劇部の劇で、『お嬢様の役をやることになったが、うまく演じれない』と相談を受けたのだ。
そこで私はお嬢様の練習にちょうどいいと思い、行きつけの執事喫茶に連れてきた。
ここでお嬢様として振舞うことで、役への理解を深めてもらおうという算段だ。
扉を開けると涼し気な鈴の声が鳴り響き、店員もといイケメンの執事がやってきた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。こちらです」
執事の案内でテーブル席に座る。
「ありがとう。いつものやつ、二人分よろしく」
「かしこまりました」
そう言うと、執事は恭《うやうや》しく礼をして去っていく。
ちなみに『いつもの』と言っても、私がいつも注文する料理が運ばれてくるわけではない。
『いつもの』と言うのは符牒であり、オシャレな日替わり定食が出てくるだけだ。
ようはただの雰囲気作りである。
私たちのやり取りをみて、香織がうっとりしながらため息をつく。
「紗良ちゃん、堂々としているね。本当にお嬢様みたい」
「あら香織さん、何を言ってますの?
ここではあなたもお嬢様よ。お嬢様らしく振舞いなさい」
「無理だよ。恥ずかしいもん」
香りが弱気になっている。
無理もない、誰だって初めては緊張する。
ここはひとつ、先輩お嬢様として後進の育成をするとしよう。
「しかたありませんね。私が力を貸しましょう」
「紗良ちゃん、ありがとう」
「感謝はいりませんわ。これもノブレス・オブリージュですから」
「のぶれ……何?」
「ノブレス・オブリージュ。簡単に言えば貴族の義務というものですわ」
「へー」
香織は分かったのか分かってないのか、よく分からない顔でうなずく。
「では香織さん、これを見なさい」
「……紗良ちゃん。これはいくら何でも……」
私が取り出したのは、紐を括り付けた五円玉、すなわち五秒で作れる簡単催眠術道具である。
ここに来ることが決まったとき、香織が絶対にぐずると思ったので用意したのだ。
プロがやるならともかく、素人のやる物である
効果があるわけがないし、あっては困る。
だが私の狙いはそこではない。
「勘違いなさらないで。私が催眠術をかけるのではないの。
あなたが催眠術にかかるの」
「それはどういう……」
「始めるわ」
私は香織の顔の前に五円玉を垂らし、ゆっくりと揺らす。
「君は今、お嬢様よ。お嬢様らしく振舞いなさい」
「私はお嬢様。お嬢様らしく振舞う」
「もう一度、君は今、お嬢様よ――」
そのようなやり取りを繰り返す。
次第に香織の顔つきが変わる。
私の催眠術をかかったわけじゃない。
香織が自分に自己暗示をかけているのだ。
香織も部活とはいえ役者の卵。
役に入るのはお手の物だろう。
そろそろいいだろうと五円玉を下ろす。
「どうかしら、香織さん。気分はいかが?」
「すみません、紗良さん。少しだけ気分が楽になりましたわ」
さすが香織、もう役になり切っている。
ここからは台本は無いアドリブになるが、問題ないだろう。
習うより慣れろだ。
「フフフ、香織さんの催眠術、お上手なのね。私も教えてもらおうかしら」
「あら、誰を催眠術にかけるのかしら。そう言えば前のお茶会で、クラスメイトの野田くんが素敵と――」
「ちょっと待って、紗良ちゃん。それは反則!」
「だめですよ、香織さん。お嬢様たるものこの程度で取り乱しては……」
そんなやり取りをしていると、執事がお盆にサンドイッチを乗せてやってくる。
『いつもの』が来たらしい。
「お嬢様、どうぞ」
執事がテーブルの上に優雅にサンドイッチを置いていく様子に見とれてしまう。
いつ見ても綺麗なものだ。
これを見るためにここにきていると言ってもいい。
この人、私の専属になってくれないかなあ。
「では何かありましたらお呼びください」
そう言って執事は去っていた。
目の前に置かれたサンドイッチを食べようとすると、香織がこちらを見ていることに気が付いた。
「何かありましたか?香織さん」
「不躾でしたね。ごめんなさい、紗良さん。
少し気になったことがありまして……」
「気になったこと?」
さっきのやり取りで何か変なところでもあっただろうか?
「ええ、紗良さん。もしかして、先程の執事の事が――」
「ストーーーーップ」
「ダメですよ。香織さん。取り乱してはほかの方に迷惑になりますから」
どうやらさっきの仕返しのつもりらしい。
この話を深堀されたらヤバい。
話を変えよう。
「フフ、フフフ。あああの、香織さん。話を変えません事?」
「そうですね。では、ここが行きつけの理由を詳しく教えてもらってもよろしくて?」
「ノーコメント」
お嬢様を始めてまだ五分程度しか経っていないというのに、私を手玉に取るほどの余裕があるとは。
香織の中にとんでもないお嬢様のポテンシャルを感じる。
その後も香織から散々いじられ、私はお嬢様として無様な姿をさらすことになった。
それはともかく、今回の執事喫茶の経験が生きたらしく、劇では香織演じるお嬢様は大変評判がよかった。
そして香織はよほど気に入ったのか、その後もよく私を誘って執事喫茶に訪れた。
そのたびに香織は私をからかい、執事喫茶で私が積み上げてきたクールなイメージが崩れ去ることになったのだった。
このドSお嬢様め。
いつか見返してやるからな。
私のお嬢様道はまだ始まったばかりだ。
俺は五条英雄
私立探偵をやってる。
といっても漫画によくあるような『殺人事件の犯人を言い当てる』なんてことはしない。
もちろん『やれ』と言われれば出来る自信はあるが、この平和な日本では出番が無いらしい。
複雑な気持ちだが、ここは素直に日本が平和であることを喜ぼうじゃないか。
では探偵はどんなことをしているかと言うと、浮気調査やペットの捜索、あとは草刈りなど。
いわゆるなんでも屋ってやつだ。
そして今日の仕事はペット探し。
近所の子供が飼っている猫が脱走したらしい。
もちろん子供とはいえ、依頼料はしっかりもらってる。
もらわないと、明日食べるものが無い。
ちなみにこの猫、俺の知る限り脱走を十回以上している。
なかなかにガッツのある猫で、出来るならスカウトしたいと思っている。
だがウチには既に手のかかる大きい猫がいる。
残念ながらそいつの世話で手一杯さ。
おっとお喋りが過ぎたな。
そろそろ仕事に行くとしよう。
事務所から外を見ると、空はあいにくの曇りだった。
こちらまで気がめいっていまいそうなほど、物憂げな空だった。
こういうのは良くない。
空模様と仕事は関係が無いが、空につられてこちらも塞ぎ込んでしまっては、成功する仕事も失敗してしまう。
こういう時はコーヒーを飲むに限る。
舌が火傷しそうなほど、熱いコーヒーがいい。
気づけば助手が横に立っているではないか。
彼女に淹れてもらうことにしよう
「君、コーヒーを入れてくれたまえ。熱い奴だ」
俺は助手に完結明瞭に指示するが、助手は動こうとはしなかった。
それどころか呆れたような顔をしている。
「あの、先生。コーヒー飲んでないで、早く仕事行きましょう。そして依頼料もらって給料下さい」
「君は俺の助手になって何年目だ?こういうのは雰囲気から入るものだ」
「アンニュイな雰囲気を出すのが?」
「アンニュイじゃない。ハードボイルド!」
「はいはい、分かりましたから。今晩、固ゆで玉子作ってあげますから。さあ行きますよ」
「何も分かってない。いいか、今日と言う今日は――」
「ほら猫を待ち伏せするときに聞きますから、先に行きますね」
そう言って助手は事務所を飛び出していく。
まったく、まるで猫みたいなやつだ。
あいつは、いつの間にかやって来て、当たり前のように居付いた。
しかも毎日事務所に来るわけではなく、猫の様に気が向いたときだけ。
役に立たないから金を食うだけなのだが、俺のハードボイルドの話をよく聞いてくれるから、追い出せずにいる。
いつ話しても面白そうに聞いてくれる助手は、いつしか俺の理想とするハードボイルドな探偵像の助手になってもらうのも悪くないと思い始めた。
金は大事だが、金より大事なことはあるのだ。
そして本日、捕まえた猫を抱えながらハードボイルドについて語ると、ようやく理解しもらえたことは喜ばしいことである。
これからのハードボイルド人生に潤いが出る事であろう。
ハードボイルドな探偵には、ハードボイルドな助手が必要だ。
これからもハードボイルドに磨きをかけていきたいものである。
と思っていたら、夕飯は本当に固ゆで玉子が出た。
やっぱり分かってなかった。
俺の理想のハードボイルドはまだ遠いようだった。
僕はクレイ、錬金術師見習いである。
いつか王宮付きの錬金術師を夢見て頑張っているが、道は遠く険しい。
憧れの錬金術士を目指して、毎日部屋で勉強している。
今日も日が暮れ夜が更けても勉強していたが、ある場所で躓く。
どれだけ考えても分からないので、一旦区切りつけつけることにした。
背伸びをしていると、後ろから声をかけられた。
「クレイ、勉強終わったか?」
「まだだよ。ちょっと休憩さ」
僕は振り返らずに答える。
「そんなに根を詰めても効率悪いだろ。少し話そうぜ」
「時間は少しも無駄にできない」
「でも行き詰ってるだろ。気分転換も大切さ」
お見通しか。
そう思いながら、椅子を反対に向けて声の主に正対する。
「お、その気になったか」
そう言って声の主は嬉しそうに、『フラスコ』の中で笑う。
彼はホムンクルス、錬金術で作られた小人である。
そしてフラスコから出たら死んでしまう、儚い存在。
ホムンクルスは文献でしか確認されていない伝説の存在。
だれもが試すが成功したことがないので、不可能だと思われていた。
だがある日、錬金術の練習をしていたところ、たまたま出来てしまった。
フラスコの中に生まれた小さな命、それがコイツ。
しかし、このホムンクルスはなぜかお喋りであり、こうして勉強の邪魔をされることもしばしばである。
「フラスコからは出られないからな。暇で暇でしょうがない」
「やっぱり君の暇つぶしか」
「そう言うなって。暇すぎて国を滅ぼそうかと思っていたくらいだ」
相変わらずホムンクルスは適当なことを言う。
まあいつもの事なので、スルーすることにした。
「で、何話すの?」
「コイバナしようぜ。お前、花屋のアリスの事好きだろ」
「ぶはっ」
ホムンクルスの言葉に思わず咳き込む。
「何で知ってる!?」
「暇なときに調べた」
「嘘つけ。フラスコから出られないくせに」
「俺、やろうと思えば幽体離脱できるんだよね」
「出来るわけないだろ」
するとホムンクルスは、急に吹けもしない口笛を吹き始めた。
明らかに自分で遊んでいるのが分かって腹が立つ。
「で、いつ告白するの?」
「しない」
「宮廷錬金術師になってからってか? でも、ツバ付けとかないと他のやつにとられるぜ」
「しない」
「じゃあ、こうしよう。俺がお前とアリス以外の人間全部殺して二人きりにしてやるから、そこで告白しろ。な?」
「しない!ていうか、そんな状況になったら告白どころじゃないから!」
「これも駄目か。じゃあ――」
「話を続けるな!逆にお前の好きな奴は誰だよ」
「えー、言わなきゃダメ?」
「うるせえ。俺ばっか言われるのは不公平だ」
俺が言い返すと、ホムンクルスは少し考えて俺の顔をまじまじみた。
「俺が好きなのは、クレイ、お前だ」
「は?」
何言ってんのコイツ。
「もちろん、恋愛感情じゃねえぞ。友人として、だ」
「……勘違いするわけないだろ」
ちょっと勘違いしたのは内緒。
「俺は子孫を残すっていう欲求が無いからな。恋愛感情自体がない」
なるほど、言われてみればそうだった。
こいつは普通の生き物とは違う方法で生まれた。
だからなのかも知れない。
「お前なら、宮廷錬金術師になれるさ」
ぼんやり考えていると、ホムンクルスが急に話を変えてきた。
「急になんだよ。また嘘か?」
「本当さ」
ホムンクルスの真面目な声のトーンに驚く
「なんせ、俺を作ったくらいだ。お前は天才だよ」
「偶然だよ」
「偶然でも他のやつには出来ないことが出来たんだ。お前には才能がある」
ホムンクルスの言葉がどこか真に迫っていて、返答に詰まる。
「そして俺に丈夫な体を作ってくれ」
「丈夫な体?」
「言っただろ、暇なんだよ。自由に外を歩ける体が欲しい。そのためなら豚だっておだてて見せるさ」
「おい最後」
するとホムンクルスは、また急に吹けもしない口笛を吹き始めた。
こいつ都合が悪くなるとすぐ誤魔化す。
「まあいい。喋って気が晴れただろ。話を切り上げるぞ」
「おう、こっちもお前を揶揄《からか》えて満足した」
聞捨てならないことが聞こえたが、突っ込むと話が長くなりそうなので、聞かなかったことにした。
まあ馬鹿な話をして、いくらか気分は楽になった。
そういう意味ではこいつに感謝である。
勉強を再開しよう。
そしてコイツの言う通り、丈夫な体を作ってやるのも面白い。
いつも揶揄われているが、たまには驚かせてみるのも悪くない。
そう思うと、自分でも驚くほどやる気が出てきた。
勉強が捗りそうだ。
「最後に一つ、いいか?」
「何?」
「俺、兄弟も欲しいんだよね。だからアリスと夫婦になって――」
「下ネタ禁止!」
そうして俺たちの一日は過ぎていくのだった。
私には超能力がある。
といっても便利なものではなく、他人が誰に恋しているかがわかる程度。
頭の上に『LOVE ○○』と出て、○○の所にその人が好きな人の名前が入る。
誰にも恋していなければ何も出てこない。
と言っても年頃の男女に色恋は付きものなので、ほとんどの人間の上に文字が出ているのだけれど。
ただこの能力、はっきり言って役に立たないどころか、邪魔ですらある。
例えばカップルなのにお互い好きな人が違うとか、例えば突然好きな人が変わったとか、そう言うのを見るとダメだと思っても邪推してしまう。
しかも『他人の好きな人が分かる』なんて信じてもらえないから、誰にも相談することは出来な――
いや、一人だけこの事を知っている人間がいる。
「先輩、こんにちは」
放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、後輩の男子から声をかけられる。
「先輩は今日も綺麗ですね」
「あら、ありがとう」
何を隠そう、後輩は私の恋人だ。
そして私の能力を知っている一人である。
なぜ私の能力を知っているのかと言うと、彼の頭の上にある『Love you』の文字が関係している。
普通Loveの後ろには人名が入るのだが、なぜか彼だけ英語なのである。
姿を見かけるたびに、どんどん疑問が膨れ上がっていく。
どうしても我慢できなくなり、最終的に彼を捕まえて、思い切って聞いてみたのだ。
その時に私の能力のことを話したのだが、もちろん最初は信じていなかった。
だけど少し考えた後、何かに納得して私の能力のことを信じてくれたのだ。
そこで『誰が好きなのか?』と聞いたところ、『あなたの事が好きなんです』と言わた。
『youとはあなたのことです』とも。
突然の事にパニックになりその場では保留にしたのだが、日を追うごとに彼のことを意識し始め、ついに付き合うことになった。
それまで彼のことを全く意識していなかったのだが、告白されたら好きになるんだから、私も現金なものである。
だが謎は残ったままだ。
なぜLoveの後ろに私の名前が入らず、『you』となっているのか?
付き合い始めてから数日掛けて考え、私はある仮説を立てた。
せっかくここに後輩がいるので、仮説を証明したいと思う。
「ねえねえ、ずっと気になってたことがあるんだけど、聞いていいかな」
「なんですか?先輩」
「君、私の名前、知ってるよね」
そう言うと後輩の顔が真っ青になる。
ワオ、マジでか。
本当に私の名前を知らないらしい。
分からないから『you』か。
なるほどね。
「あの、ゴメンなさい」
彼は怯えるような顔をするが、その反応に私の嗜虐心を刺激され、ちょっとだけ意地悪してみる。
実はちゃんと名乗ってない私にも責任はあるのだが、それは棚に上げる。
「どうしようかな~。ショックだな~」
棒読み気味だったが、彼の様子は変わらなかった。
「あの、何でもしますから」
「へえ、何でもねえ」
焦っちゃって可愛いね。
でもいじめ過ぎて嫌われてしまうのも大変なので、ここまでにしておく。
頭の上の文字が変わったら、多分私は立ち直れん。
「フフフ、今回だけ特別にデザート奢ってくれたら許してあげる。
学校の近くのレストランで、おいしそうなパフェがあるのよ」
「うっ、分かりました」
私が提案すると、彼はほっと胸を撫でおろした。
「私の名前は、中村 静香よ」
そう言うと、彼の頭の上の文字が『Love you』から『Love 静香』に変わる。
私はそれを見て、大きく頷く。
余は満足じゃ。
「じゃあ、静香先輩行きましょう」
そういって彼は私の手を取る。
初めての名前呼びに少しむずがゆくなるけど、それ以上に嬉しくなる
やっぱり恋人からは名前で呼んでもらわないとね。