僕はクレイ、錬金術師見習いである。
いつか王宮付きの錬金術師を夢見て頑張っているが、道は遠く険しい。
憧れの錬金術士を目指して、毎日部屋で勉強している。
今日も日が暮れ夜が更けても勉強していたが、ある場所で躓く。
どれだけ考えても分からないので、一旦区切りつけつけることにした。
背伸びをしていると、後ろから声をかけられた。
「クレイ、勉強終わったか?」
「まだだよ。ちょっと休憩さ」
僕は振り返らずに答える。
「そんなに根を詰めても効率悪いだろ。少し話そうぜ」
「時間は少しも無駄にできない」
「でも行き詰ってるだろ。気分転換も大切さ」
お見通しか。
そう思いながら、椅子を反対に向けて声の主に正対する。
「お、その気になったか」
そう言って声の主は嬉しそうに、『フラスコ』の中で笑う。
彼はホムンクルス、錬金術で作られた小人である。
そしてフラスコから出たら死んでしまう、儚い存在。
ホムンクルスは文献でしか確認されていない伝説の存在。
だれもが試すが成功したことがないので、不可能だと思われていた。
だがある日、錬金術の練習をしていたところ、たまたま出来てしまった。
フラスコの中に生まれた小さな命、それがコイツ。
しかし、このホムンクルスはなぜかお喋りであり、こうして勉強の邪魔をされることもしばしばである。
「フラスコからは出られないからな。暇で暇でしょうがない」
「やっぱり君の暇つぶしか」
「そう言うなって。暇すぎて国を滅ぼそうかと思っていたくらいだ」
相変わらずホムンクルスは適当なことを言う。
まあいつもの事なので、スルーすることにした。
「で、何話すの?」
「コイバナしようぜ。お前、花屋のアリスの事好きだろ」
「ぶはっ」
ホムンクルスの言葉に思わず咳き込む。
「何で知ってる!?」
「暇なときに調べた」
「嘘つけ。フラスコから出られないくせに」
「俺、やろうと思えば幽体離脱できるんだよね」
「出来るわけないだろ」
するとホムンクルスは、急に吹けもしない口笛を吹き始めた。
明らかに自分で遊んでいるのが分かって腹が立つ。
「で、いつ告白するの?」
「しない」
「宮廷錬金術師になってからってか? でも、ツバ付けとかないと他のやつにとられるぜ」
「しない」
「じゃあ、こうしよう。俺がお前とアリス以外の人間全部殺して二人きりにしてやるから、そこで告白しろ。な?」
「しない!ていうか、そんな状況になったら告白どころじゃないから!」
「これも駄目か。じゃあ――」
「話を続けるな!逆にお前の好きな奴は誰だよ」
「えー、言わなきゃダメ?」
「うるせえ。俺ばっか言われるのは不公平だ」
俺が言い返すと、ホムンクルスは少し考えて俺の顔をまじまじみた。
「俺が好きなのは、クレイ、お前だ」
「は?」
何言ってんのコイツ。
「もちろん、恋愛感情じゃねえぞ。友人として、だ」
「……勘違いするわけないだろ」
ちょっと勘違いしたのは内緒。
「俺は子孫を残すっていう欲求が無いからな。恋愛感情自体がない」
なるほど、言われてみればそうだった。
こいつは普通の生き物とは違う方法で生まれた。
だからなのかも知れない。
「お前なら、宮廷錬金術師になれるさ」
ぼんやり考えていると、ホムンクルスが急に話を変えてきた。
「急になんだよ。また嘘か?」
「本当さ」
ホムンクルスの真面目な声のトーンに驚く
「なんせ、俺を作ったくらいだ。お前は天才だよ」
「偶然だよ」
「偶然でも他のやつには出来ないことが出来たんだ。お前には才能がある」
ホムンクルスの言葉がどこか真に迫っていて、返答に詰まる。
「そして俺に丈夫な体を作ってくれ」
「丈夫な体?」
「言っただろ、暇なんだよ。自由に外を歩ける体が欲しい。そのためなら豚だっておだてて見せるさ」
「おい最後」
するとホムンクルスは、また急に吹けもしない口笛を吹き始めた。
こいつ都合が悪くなるとすぐ誤魔化す。
「まあいい。喋って気が晴れただろ。話を切り上げるぞ」
「おう、こっちもお前を揶揄《からか》えて満足した」
聞捨てならないことが聞こえたが、突っ込むと話が長くなりそうなので、聞かなかったことにした。
まあ馬鹿な話をして、いくらか気分は楽になった。
そういう意味ではこいつに感謝である。
勉強を再開しよう。
そしてコイツの言う通り、丈夫な体を作ってやるのも面白い。
いつも揶揄われているが、たまには驚かせてみるのも悪くない。
そう思うと、自分でも驚くほどやる気が出てきた。
勉強が捗りそうだ。
「最後に一つ、いいか?」
「何?」
「俺、兄弟も欲しいんだよね。だからアリスと夫婦になって――」
「下ネタ禁止!」
そうして俺たちの一日は過ぎていくのだった。
2/25/2024, 9:19:24 AM