G14

Open App

 最近の頭皮は軟弱で困る。
 俺は風呂の排水溝にたまった髪の毛を見てそう思う。
 
 せっかく育毛剤入りのシャンプーを買ってやったと言うのに何たるざまだ。
 それだけじゃ頑張れないというから、マッサージも毎日やっているというのに……
 ネットでも調べ、ありとあらゆる育毛法を試したが、全く効果が出ない。

 二次元のキャラクター頭を見ろ。
 例外を除いて誰もがフサフサだ。
 中にはドンドン髪が伸びるやつもいる。
 それに比べて、現実の頭皮はすぐ音を上げる。
 お前にもああなれとは言わないから、百分の一でも真似できないのか……

 くそっ、分かってる。
 これが現実逃避だということに。
 二次元は二次元。
 『こうなったらいいなという想像』であって、『こうなれる現実』じゃない。
 鏡には自分の薄い頭が映っている。
 現実と理想の差に絶望し、大きなため息をついた、まさにその時だった。

「困っているようじゃな」
「誰だ!」
 一人しかいないはずの浴室から、別人の声がする。
 声のしたほうを見れば、頭には潤いに満ちあふれた髪を持った老人が立っていた。
 あきらかに高齢にも関わらず、髪には天使の輪が光っている。

「我は髪の神。髪に困っている者たちを助けるのが使命じゃ」
 なんだって。髪は、じゃなかった神は自分を見捨てていなかったらしい。
「お願いします。髪をフサフサにしてください」
「叶えてしんぜよう」
 髪の神の持っている杖が光り輝くと、自分の頭が急に重くなる。
 一瞬恐怖に駆られるが、すぐに安堵に変わる。
 目の前の鏡を見れば、自分の頭がフサフサになっていたからだ。
 これならハゲと馬鹿にされることは無い。

「これでどうじゃ?」
 髪の神が笑いながら、
「ありがとうございます」
 心の底からの礼を述べる。
「ほっほっほ。わしは切っ掛けを与えただけじゃ。未来もそうなのかはお前さん次第じゃ」
「分かっています」
「では髪を大切にな」
 そう言って髪の神は去っていった。

 そしてウキウキしながらもう一度鏡を見れば、そこには豊かな髪の毛が無かった。
 そう無かった。
 そうさ、現実逃避だよ。
 神様なんて存在なんかしない。
 こんなの風呂に入る度にする妄想さ。

 俺は憂鬱な気分のまま、浴室をでる。
 脱衣所で体を拭いていると、目に入るのは洗面台の横の棚に並べられたコレクション。
「今日は冒険して、赤のやつにしよう」
 そして赤色のウイッグを手に取りって頭にかぶり、洗面台の鏡でポーズをとる。
「悪くねえな」
 初めて気づいたが、俺は赤い髪の色が似合うらしい。
 俺は満足してから脱衣所を出る。

 現実逃避で始めたウイッグのコレクション。
 始めは現実逃避で始めたものだが、今ではその日の気分でかぶって楽しんでいる。
 もはや趣味の領域を超えて生きがいですらある。

 友人には最初こそ驚かれたが、今では「髪切った?」くらいの気軽さでいじられる。
 まさかハゲの事を前向きにとらえられることができる日が来ようとは!
 まさに人生塞翁が馬。
 ハゲも案外悪くない。

2/27/2024, 11:16:51 AM