ある日の放課後の帰り道、突然クラスメイトの女の子から声をかけられた。
「これあげる」
「え、ああありがとう」
あまり話したことのない女子から話しかけられ、少し動揺しながら受け取る。
もちろん物を送り合う間柄ではないので、もらう理由に全く心当たりがない。
「これバレンタインチョコね」
なるほど。バレンタインか。
今年のバレンタインは、いつも通り誰からももらえなかったので、素直に言って嬉しい。
だが――
「……バレンタインは一週間前だよ」
そういうと、彼女は困ったような顔をした。
「実はさ、バレンタインのやつがフライングしちゃって……」
「バレンタインは予定通りだったよ」
「フライングしてね」
「だから――」
「フライング」
「分かったよ」
堂々巡りになりそうだったので、自分の方から折れることにした。
「すぐ食べてね」
「分かった」
そうして綺麗にラッピングされた包装を丁寧にほどいていく。
まあ多少変だとはいえ、嬉しいものは嬉しい。
ワクワクしながら包装をとくと、出てきたのは何とも形容しがたい物体だった。
まあるい球になんだか毛?が生えている奇妙な物体。
ナニコレ?
「何これ?」
思わず口に出てしまい、しまったと後悔する。
だが彼女は俺の失言を聞いても、特に気にした様子もなく、質問に答えてくれた。
「太陽」
「たい……よう……。これが……?」
俺の体に稲妻が走る。
これが?あの太陽?
マジマジと見つめるが、全く太陽には見えない。
「君は私にとって太陽だから。太陽をイメージして作ってみたの」
「……そうなんだ」
太陽をイメージしたチョコ?
この出来損ないの太陽のような物体が俺だと言われても、俺の心中は複雑である。
もしやチョコを使った俺に対する高度な皮肉か?
それともドッキリ?
駄目だ、目の前の物体のショックによって思考がまとまらない。
何が正解なんだ。
「早く食べて。そんなにまじまじ見つめられたら恥ずかしいよ」
彼女は俺に食べるように促す。
目の前の物体を見て、俺は思わず生唾を飲み込む。
これは、普通のチョコのはずだ。
マンガじゃあるまいし、とんでもなく不味いということは無いだろう。
だが何故だろう。
とてもじゃないがおいしそうに見えない。
俺はいつも『食事は腹に入ってしまえば、全部一緒』だと思っていた。
だが今回の剣で、見た目は大事だと認識を改めることになった。
そんなことを考えている間にも、彼女は俺を心配そうに見つめている。
気まずい。
意を決し、太陽?チョコを口に入れる。
毛のようなものが口の中で刺さって少し痛い。
そしてかみ砕くと、口の中に甘いチョコレートの味が広がる。
「おいしい?」
「おいしい」
「よかった」
彼女は胸に手を当てて、息を吐く。
「ありがとう。じゃあ、私帰るから」
「え、ああ」
そう言って彼女は、そそくさと帰ってしまったのだった。
「なんだったんだ、今の」
彼女が去っていった方を見ながら、独り言を呟く。
何が何やら分からないが、このまま考えても答えは出ないので、家に足を向ける。
まあ、でも形は悪かったけど、けっこうおいしかったな。
でも、チョコをもらったということは、お返ししないとな。
人生初のホワイトデーは少しだけ楽しみだ。
何でお返ししようかな。
彼女は俺のことを太陽だと言っていたから――
『君は私にとって太陽だから』
彼女の言葉が頭をよぎる。
……ひょっとしてだけど、あれって愛の告白か。
今まで話したことすらないのに、なんで?
俺は告白の返答をすべきなのだろうか?
でも、彼女は俺に答えを聞くことなく帰ってしまったし。
もしかして俺の勘違いか?
ずっと同じ考えがぐるぐると頭の中を回り、気が付くと家の玄関の前まで来ていた。
こうなったら水を飲んでゆっくり考えよう。
そう思いながら玄関の扉を開けると、俺に気づいた母親がリビングから出てきた。
「お帰りなさい。着替えは洗濯機に――
……あら、どうしたの?
太陽みたいに顔が真っ赤よ」
俺は学校の体育館裏にあるベンチに座っていた。
幼馴染の千尋から『相談したいことがある』と言われ、ここで待っているように言われたからだ。
そしてその幼馴染と言うのは女の子である。
普通なら告白の呼び出しと思うのだろう。
だが、俺たちはそういうのはない。
付き合いが長いゆえに、こんな場所に呼び出されても告白ではないと確信できる。
こんな人が滅多に来ないような場所での相談事をするのは、よほど他の人間に聞かれたくないと見える。
そんな重要な相談事をしてくれることに、俺は少しだけ誇らしく思う。
気を引き締めねばなるまい。
そんな俺の決意とは裏腹に、彼女はまだ来ていない。
すでに元々の待ち合わせの時間を30分すぎてる。
『用事が出来たから少し遅れる』というメッセージが来たきり、全く音沙汰がない。
何かあったのだろうか?
様子を見に行くべきか?
そんな事を考えていると、ようやく千尋はやってきた。
「たっくん、お待たせ」
彼女は悪びれずに隣に座る。
ちなみに『たっくん』とは俺の事だ。
「全くだ。なんの用事だよ?」
すると千尋は表情を曇らせた
あれ、もしかしてプライベートな事だったか?
「いや、答えたくないなら別に――」
「たっくん焦らすためだよ」
「なんて!?」
聞き間違えたかな。
「焦らすためだよ」
「聞き間違いじゃなかった……」
前から変なことをする奴だと思っていたが、やっぱりイタズラだったのか。
「からかうなら帰るぞ」
「待って待って。こういうことをしたのも相談に関係あるの」
「焦らすことが?」
「うん」
俺は立ち上がろうとしていたのをやめて、そのまま腰を下ろす。
千尋はよく変な事をするが、嘘をつくような奴ではない。
これも必要なことだと言うなら信じよう。
「それで、相談って?」
「単刀直入に言いましょう。ずばり恋愛相談です」
「……まじかよ」
恋愛相談か。面倒な相談来たなあ。
「マジです。こんなの相談できるの君しかいないんだよ。
こら面倒っていう顔をしない」
付き合いが長いからか心を読まれてしまう。
「それで、誰に惚れたの?」
「詳しくは恥ずかしいから言えないんだけど、よくしゃべって仲のいい男子」
「……俺以外に仲良く話せる奴いたのか」
「ふふふ、たっくん嫉妬した?」
「いや、頑張ったんだなあって」
俺は幼馴染の成長に感動した。
コイツは俺以外には、緊張しまくりキョドリまくりで碌に他人とは話せないのだ。
そんな彼女にも、今では他に話す相手がいるという。
これを感動せずに、何を感動すると言うのか!
「ちょっと待って。泣くほど感激するなんて失礼だぞ!
普段私を何だと思っているんだ!」
「言ったら今度はお前が泣き始めるから言わない」
「どんだけ失礼なんだよ!」
俺のボケに、勢いよく突っ込みを入れてくる。
やっぱ面白いわコイツ。
「それで、そいつからはどう思われてんの?」
「多分だけど異性とは思われてない」
「じゃあ、勝算0じゃん」
「うるさいなあ。だからあんたをココに呼んだんだ。
見せてやるよ、0からの逆転劇をなあ」
「0なら無理だ。諦めろ」
反論してくと思いきや、彼女はニヤリと笑う。
「ふふふ、最終兵器があるのさ」
「じゃあ、相談必要ないじゃん」
「うん、それでちゃんと秘密兵器が効くか確かめたくって」
「ああ、感想をくれって事ね」
「そういうこと」といって、彼女は俺の手を握った。
「どう?」
千尋がこちらを上目遣いで聞いてくる。
「どうって?」
「だから女の子に手を握られて、ドキドキしない?って聞いてるの」
「ああ!」
なるほどね。これが最終兵器と言うやつか。
「おう、いいと思うぞ。俺はともかく、他の男ならイチコロだな」
千尋は口下手だが、見た目は可愛い。
コレで落ちない男などいないだろう。
だが俺が褒めたにもかかわらず、千尋は不機嫌な顔になった。
「な、なんで、たっくんはドキドキしないのかな?」
「子供の頃、散々手を繋いだだろ」
「幼稚園の時の話でしょ!
くそう、こうなったら秘密兵器だ!」
『まだ秘密兵器出してなかったのか』とぼんやり思っていると、千尋は急に顔を近づける。
「待て」と言おうとして、しかし言うことが出来なかった。
千尋が俺にキスをしてきて、俺の口をふさいだのだ。
思いもしなかった展開に俺は、頭の中が真っ白になる。
そしてどれだけ時間がたったのか、千尋が体を離す。
「ふん、ざまあみろ」
千尋が呆けた俺を見て、言い捨てる。
「待て、千尋。まさか好きな奴って言うのは……」
「そうだよ。たっくんが好きなの」
馬鹿な。そんな素振りなかっただろ。
「『馬鹿な。そんな素振りなかっただろ』みたいな顔するな!
私、結構アピールしてるからな!」
千尋のあまりの気迫にたじろいでしまう。
「でもいい。コレでたっくんも私の事異性として意識してくれるでしょ」
「それは……」
キスまでされて、ただの幼馴染と見ることは出来ない。
これからは仲の良い幼馴染としてはいられないだろう。
「言ったでしょ。0からの逆転劇見せてやるって」
そう言う彼女は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤で、それでもやり遂げた彼女は堂々としていて、そして夕日をバックに俺を見下ろす彼女。
俺はそれを見て、少しだけ、ほんの少しだけだけど綺麗だと思ったのだった。
ここは『同情道場』。
他人の気持ちを推し量るための訓練を行うところ。
そして俺はこの『同情道場』の師範として働いている。
もちろん仕事は、門下生の『他人の気持ちを推し量る能力』を引き上げることである。
政府が『他人の気持ちが分からない人が増えている』と言って、こういった道場を建てることを推進した。
ネーミングセンスこそ酷いが、そこそこニーズはあったりする。
というのもここに来るのは大半が子供で、『この子は他人の気持ちも考えずにひどい事ばかり言う』と言って親に連れてこられる
だが俺に言わせれば、それも仕方のない事。
いわゆる思春期と言うやつで、他人の気持ちが分かりすぎて処理しきれないのが原因だ。
だから、こんなところに来ずにしっかりと話し合うことが必要だと思っている。
だが俺には口が裂けても言えない。
俺だって生活が懸かっている。
子供は気づいているが、親は気づく気配がない。
逆に親のほうが、ここで訓練に励むべきではないのか。
絶対認めないだろうけど。
そう言った経緯があるので、門下生もそこまで真面目に訓練しているわけではない。
俺の方も特に何も言っていない。
する必要のない訓練を無理矢理させられている子供たちに同情しているからである。
門下生も親がいない所でノビノビして、俺も金がもらえる。
Win-Winの関係である。
だがそんな中でも数人だが真面目に訓練に取り組む子供がいる。
気になるあの子の気持ちが知りたいというヤツだ。
そんなに便利なものではないけれど、やる気がある事自体はいい事なので黙っている。
他がスマホを触っている中で、真面目に訓練しているのは二人。
一人は男の子で、もう一人は女の子、幼馴染と言うやつだ。
この子たちに関しては、男のほうにだけは訓練が必要だと思っている。
この男の子はほかに漏れず親に連れてこられたクチだ。
もう一人の女の子の方は、男の子がこの道場にきたと聞いてやってきた珍しい子供である。
言わなくても分かると思うが、女の子の片思いと言うやつだ。
けっこうハッキリとしたアピールをしているのだが、男の子のほうは気づかない。
お前はいつの時代の鈍感系主人公なのか。
好意を寄せられていることに気づかないなんて、もはや悪ですらある。
俺は女の子の気持ちに気づかせるため、男の子の訓練を熱心に行っているが、全く成果がない。
ここまで他人の気持ちに気付けないなんて、師範をやって数年経つが、ここまで鈍いのは初めてだ。
すでに半ば諦めているが、女の子のほうは諦めるつもりは毛頭ないらしい。
この子の気持ちが伝わるのはいつになるのか……
本当に同情するよ。
なんとなく近所を散歩していると、俺の足元でパキッと音がした。
足元を見てみると枯葉を踏みつけたのか、粉々になった落ち葉がある。
道のすぐ隣は山なので、ここから飛んできたのだろう。
落ち葉と言えば秋を連想するけれど、意外とそうでもない。
冬にだって落ちている。
秋の短い期間にきれいさっぱり分解されるわけじゃないので、当たり前と言えば当たり前。
冬になる前に誰かが掃除してなくなるから、そう錯覚してしまうのだろう。
思い込みで気づかなかったことに気づかせてくれるから、散歩は止められない。
その場を離れようとして、ふとあることを思いつく。
そして、周囲を見渡して近くにあった枯葉を踏みつける。
そうして足を退けると、なんと粉々になった枯葉が!
それを見て俺はニヤリと笑う。
自分は落ち葉を、それもカラカラになった枯葉を踏みつけて粉々にするのが好きなのだ。
なんでかと言われても困る。
しいて言えば楽しいから。
誰にも話したことは無いので、他の人間で好きな奴がいるかは知らない。
おや、離れたところにもう一枚。
その葉っぱに近づいて踏みつけようると、目の間で葉っぱ踏みつけられる。
驚いて見上げると、クラスメイトの鈴木が立っていた。
「……よう」
「……よう」
一瞬の沈黙の後、挨拶を交わす。
気まずい。
もともとあんまり話さないのだが、今回は特に気まずく何も言葉が思い浮かばない。
「……えっと、散歩かい」
「ああ、お前もか」
「……うん、それじゃあ」
「ああ」
特に話すこともなく、そのまま別れる。
助かった、気持ちが溢れる。
さすがに落ち葉を踏みつける気にはならなかったので、そのまま帰ることにした。
とはいえあの真面目な鈴木が、枯葉を踏むのが好きだとはな。
結構意外だな。
人は分からないとは、よく言ったものだ。
こんど学校で会ったら話しかけてみよう。
案外話が合うかもしれない。
散歩には新しい気づきがある。
散歩はこれからも止められそうにない。
20XX年、人類はタイムマシンを発明し、ついに時間すら支配下に置いた。
だがタイムマシンが一般人にも使われるようになると、それを使って過去を改変する犯罪――時間犯罪が起きるようになった。
当初は世界警察が対応していたものの、やがて警察では手に負えなくるほどに急増した。
そのはびこる犯罪を解決するため、タイムパトロールが設立された。
そしてこれは世界各所にある支部の一つ、日本支部の一幕である。
🕙
「はあ、やっと終わったよ」
「おつかれー。コーヒー飲む?」
「飲む」
俺の名前は健司、タイムパトロール隊員である。
俺にコーヒーを渡してくるのは同僚の沙耶。
優秀な隊員であり仲間からの信頼も厚い。
だが、少々お喋りなのが玉に瑕。
「仕事終わりのコーヒーは特にうまいんだよな」
「私が淹れたからかな?」
「飲みなれた奴が一番って意味だ」
「お世辞でも『そうだよ』って言えよ」
「やだ」
会話もそこそこにコーヒーを飲む。
やはりいつものコーヒーはウマい。
のどが渇いていたのか、すぐに飲み干しまう。
「お代わり」
「自分で入れな」
「へーい」
立ち上がり、コーヒーメーカーを起動させる。
沙耶は興味深々の顔でこっちを見ていた。
仕事の内容を聞きたいのだろう。
俺がコーヒーを淹れ終わると、沙耶が話しかけてきた。
「今回はどこいてったの?」
「あー戦国時代。織田信長倒して日本の頂点に立つとかなんとか。
俺が到着したときにはボコボコにされてたけど」
「ああ、未来の人間だからって変な自信があるんだよね」
「一度も、時間犯罪は完遂されたことないのにな。
何が楽しいのやら……」
「なんか、自分にとっての理想と少しでも違うと不満らしいよ。
私の時なんて、読んでた漫画の展開が気に入らないからって、時間犯罪起こした奴捕まえたことがある」
「それ、俺が知っている中で一番くだらないわ」
「君のやつも結構くだらないけどね。
でも、もっとひどいのもあるよ」
「まじ?どんなの?」
「それはね――」
『ビービー、時間犯罪発生、時間犯罪発生。
待機している隊員は、速やかに対処せよ』
警報がけたたましく鳴る。
その大音量に俺は、思わずため息を漏らす。
「はあ、またかよ。オレ帰って来たばかりだぜ」
「文句言わないの。
健司の相棒、もう帰っちゃったから私がついて行ってあげる。
喜びなさい」
「へーい」
俺たちはタイムマシンに乗り込む。
沙耶は率先して運転席に乗り込み、慣れた手つきで機器を操作する。
帰って来たばかりの俺を休ませてくれるつもりらしい。
そう言った気遣いができるから、俺もコイツのことを信頼している。
「よし、準備出来たよ」
「こっちも準備OKだ」
「了解!タイムマシン起動!」
沙耶は掛け声と同時に起動ボタンを押す。
タイムマシンが起動しすると、体に浮遊感を感じる。
これ何回やっても慣れないんだよな。
「『今日』とは、しばしのお別れね」
「もう少し一緒にいたかったんだけどな」
「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせて帰りましょう
タイムマシン、発進!」
そうしてまだ見ぬ『過去』に飛ぶ。
『今日』よ、さよなら。
だけどすぐ戻ってくるよ。
『今日』コーヒーを飲むために。