俺は五条英雄
私立探偵をやってる。
といっても漫画によくあるような『殺人事件の犯人を言い当てる』なんてことはしない。
もちろん『やれ』と言われれば出来る自信はあるが、この平和な日本では出番が無いらしい。
複雑な気持ちだが、ここは素直に日本が平和であることを喜ぼうじゃないか。
では探偵はどんなことをしているかと言うと、浮気調査やペットの捜索、あとは草刈りなど。
いわゆるなんでも屋ってやつだ。
そして今日の仕事はペット探し。
近所の子供が飼っている猫が脱走したらしい。
もちろん子供とはいえ、依頼料はしっかりもらってる。
もらわないと、明日食べるものが無い。
ちなみにこの猫、俺の知る限り脱走を十回以上している。
なかなかにガッツのある猫で、出来るならスカウトしたいと思っている。
だがウチには既に手のかかる大きい猫がいる。
残念ながらそいつの世話で手一杯さ。
おっとお喋りが過ぎたな。
そろそろ仕事に行くとしよう。
事務所から外を見ると、空はあいにくの曇りだった。
こちらまで気がめいっていまいそうなほど、物憂げな空だった。
こういうのは良くない。
空模様と仕事は関係が無いが、空につられてこちらも塞ぎ込んでしまっては、成功する仕事も失敗してしまう。
こういう時はコーヒーを飲むに限る。
舌が火傷しそうなほど、熱いコーヒーがいい。
気づけば助手が横に立っているではないか。
彼女に淹れてもらうことにしよう
「君、コーヒーを入れてくれたまえ。熱い奴だ」
俺は助手に完結明瞭に指示するが、助手は動こうとはしなかった。
それどころか呆れたような顔をしている。
「あの、先生。コーヒー飲んでないで、早く仕事行きましょう。そして依頼料もらって給料下さい」
「君は俺の助手になって何年目だ?こういうのは雰囲気から入るものだ」
「アンニュイな雰囲気を出すのが?」
「アンニュイじゃない。ハードボイルド!」
「はいはい、分かりましたから。今晩、固ゆで玉子作ってあげますから。さあ行きますよ」
「何も分かってない。いいか、今日と言う今日は――」
「ほら猫を待ち伏せするときに聞きますから、先に行きますね」
そう言って助手は事務所を飛び出していく。
まったく、まるで猫みたいなやつだ。
あいつは、いつの間にかやって来て、当たり前のように居付いた。
しかも毎日事務所に来るわけではなく、猫の様に気が向いたときだけ。
役に立たないから金を食うだけなのだが、俺のハードボイルドの話をよく聞いてくれるから、追い出せずにいる。
いつ話しても面白そうに聞いてくれる助手は、いつしか俺の理想とするハードボイルドな探偵像の助手になってもらうのも悪くないと思い始めた。
金は大事だが、金より大事なことはあるのだ。
そして本日、捕まえた猫を抱えながらハードボイルドについて語ると、ようやく理解しもらえたことは喜ばしいことである。
これからのハードボイルド人生に潤いが出る事であろう。
ハードボイルドな探偵には、ハードボイルドな助手が必要だ。
これからもハードボイルドに磨きをかけていきたいものである。
と思っていたら、夕飯は本当に固ゆで玉子が出た。
やっぱり分かってなかった。
俺の理想のハードボイルドはまだ遠いようだった。
2/25/2024, 12:56:53 PM