猫宮さと

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7/18/2024, 10:23:19 PM

《私だけ》
それは、とても繊細で美しい薔薇だった。

「今日は留守を預かってもらってありがとうございます。これはお土産です。」
急の呼び出しで出払っていた彼が、帰ってくると同時に箱を差し出した。

「え! 返って申し訳ないです、こちらこそありがとうございます!」
彼が隣にいない。そんな日はこちらに来てからほぼなかったので日中はかなり寂しかったけれど、まさかプレゼントをくれるなんて思わなかった。
凄く嬉しい!
正直この場で物凄く飛び跳ねたい気持ちを何とか抑えて、普通にお礼をした。

丁寧にラッピングされた箱。色使いもセンスがあって、落ち着いてるのに可愛らしい。
もう箱から素敵だな、なんて見惚れていると、彼がリビングへと私を促した。

「崩れるといけませんから、あちらのテーブルで開けましょう。」

崩れる? 何だろう?
不思議に思いつつも彼に促されるままリビングに入り、そっとテーブルに箱を置く。

お言葉に甘えてするりとサテンのリボンを解いて包みを取り、そっと蓋を開ける。

するとそこには、つやつやとした輝きを放つ真紅と青の薔薇が二輪、大きく咲き誇っていた。

「うわぁ…き、綺麗…。」

私は驚いて、薔薇に見入った。
茎のない薔薇にも関わらず、その色はあまりにも鮮やかでまるでたった今花開いたよう。
プリザーブドフラワー…はあり得ないか。
あ、これって…。

「もしかして、飴細工?」

「ああ、分かりましたか? とても綺麗だったので、店頭で僕も思わず見入ってしまったのですよ。」

答えた彼の顔が、私の隣に来る。
ふわり、微かに香るシトラス。

鼻を擽る爽やかさに胸がキュッとなるのを静めつつ、私は頷いた。

「分かります。本当に本物そっくりで、ずっと見ていたくなりますよね。」

隣に目を向けると平静を絶対に保てなくなると、私は薔薇を見つめてそう言った。
でも、それを抜きにしても本当に素敵な薔薇で、ずっと見ていたくなるくらいに見事な細工だった。

こうして並んで同じ物を見て、同じように綺麗と感じる。
そんな静かな時間も宝物のように思えて、じっと薔薇を見つめる。

鮮やかな赤。今、隣にいる彼の色。
深い青。澄み切った真夏の空の色。

二輪の薔薇、か。確か…。

と記憶を手繰っていると、隣でかさり、と音が。

「あと、これなのですが…。お店の方が付けて下さったものですが。」

と差し出してきたのは、これまた丁寧な包みの、真っ赤な薔薇が一輪。

初めて、彼から花をもらった。
しかも、赤い薔薇の花。

いいの? お店のおまけでも、これ、私が受け取っていいの?

急に飛び込んできた身に余る幸福に狼狽え言葉を失っていると、す、と彼が私の手元へ薔薇を持ってきた。

「あ…ありがとう…ございます…。」

カチコチになりながら受け取った薔薇の花。
照れ隠しに香りを楽しむふりをして顔を隠すように鼻に近づければ、赤の向こうには柔らかな彼の微笑み。

「…何故でしょう。公務での花束贈呈と違って不思議と緊張しました。」

顔を更に緩める彼が、実はこういうのは初めてで、と呟いた。

彼の耳まで届いてしまうのでは、というくらい鳴り響く鼓動。
薔薇の紅につられて、染まる頬。

私だけが受け取った、薔薇の花。
赤が二輪、青が一輪。合わせて、三輪。

喜びもひとしお。飴よりも甘い幸福にくらりと酔いしれながらも、まだまだ贅沢な自分がひっそりと顔を出す。

その意味も、本当に私だけのものになればいいな、なんて。




6月25日《繊細な花》の続きです。

赤「愛情」「告白」
青「奇跡」「神の祝福」
1本「あなたしかいない」
2本 「この世界は二人だけ」
3本 「愛しています」「告白」

7/18/2024, 8:04:54 AM

《遠い日の記憶》
ある日の事。幼い僕に、乳母が語りかけた。

「坊っちゃん、あなたは誰かを助ける心を持つ優しい人になってくださいましね。
 ただ、残念ながら優しいだけでは誰かを救う事は出来ません。誰かを救うには、それ相応の力が必要です。
 力は使い方を誤れば人を傷付ける凶器になりますが、正しく扱えば人を守る強靭な盾となります。」

その表情は真剣で、周りの空気もピンと張り詰めていた。
普段は和やかで優しい乳母だけに、その話がとても大事なものだと僕は幼いながらに悟った。

「ですから、心得て下さい。決して、力の使い方を誤らないと。
 それがどんな力であれ、です。」

乳母は揺らがぬ眼差しでその意思を確認するように僕を見つめた。

「うん…はい、わかりました。」

僕もそれに倣い、丁寧に返事を返した。
すると鋭い空気から一転、いつもの包み込むような笑顔に変わった乳母が言ってくれた。

「安心しました。坊っちゃんなら、きっと正しく力を扱って下さいますね。」


今はもう遠い昔。父上が亡くなられて少しの事だった。
齢の離れた兄姉は既に軍への道が決まっていた。
苛烈な兄姉を見て思うところがあったのか、いや、あの人の性格だろう。
普段は優しかったが、要所で厳しく必要な事を言い聞かせられていた。

確かに、力なき正義は何もないも同然だった。
非人道的な軍の作戦に反対しボイコットをしたが、結果は僕が左遷されたのみ。
あの作戦は、実行に移されてしまった。
僕に力があれば、作戦を停止出来たかもしれない。
あの村…乳母の故郷を救えたかもしれない。

そのように、意味のないたらればに頭を支配される事がある。
大抵、何かに打ちのめされた時だ。

そして、同時に逡巡することもある。
僕は、果たして力を正しく使えているのだろうか。

以前は、強力な銃。
闇の眷属を掻い潜り、邪神を倒すのに必要だった。

今は、強大な権力。
闇の眷属よりの被害も大きい、我が国を蘇らせる為。

僕は、今持てるこの力に相応しいのだろうか。
暗闇が頭に帳を降ろし、思わず立ち止まりそうになる。
そんな時は、乳母の言葉を思い返す。

「きっと正しく力を扱って下さいますね。」

そう。乳母は、僕を信じてくれた。
この言葉が、暗闇を晴らす一条の光となる。

相応しくないなら、相応しくなる努力をするまで。
国の安寧の為なら、厭わず邁進しよう。
瞼の裏の明るい未来を実現する為に。

7/16/2024, 12:54:44 PM

《空を見上げて心に浮かんだこと》
どこかのひろいそうげんを、『ふしぎないきもの』がテクテクたびをしておりました。
うまれこきょうのもりからはじめてそとにでた『ふしぎないきもの』。
みるものきくものぜんぶがはじめてばかりで、まいにちがたのしい。

くさのあいだをフワリとはしるかぜのなか、『ふしぎないきもの』はそらをみあげていました。
もりのきのあいだからみえるおそらもいいけれど、
そうげんのおそらは、てをひろげてもかかえきれない、おおきなあお。
きれいだな。すてきだな。

いつかともだちみんなとあつまって、あおいおそらをおよぐんだ。
たくさんのひとがすんでいるおおきなだいちと、ひろいうみをながめるんだ。

あれ?
『ふしぎないきもの』はかんがえました。

うみ、ってなんだろう。

このせかいは、おそらにうかんでる、ひろいだいちのうえにある。
たびをしながら、おそわったんだ。
『ふしぎないきもの』は、えらいでしょうと、むねをはりました。

だいちは、そらにうかぶもの。くもは、てのとどくだいちにうかぶもの。
でも、ぼくのこころにうかんだのは。

ぼくは、しろいくものそばをみんなといっしょにとんでいる。
でも、みどりのだいちはずっとずっとしたにある。
そのだいちのまわりを、たくさん、たくさんのあおいみずが、かこんでた。
おそらのような、きれいなあおだった。

どうして、こんなことがおもいうかんだのかな。

『ふしぎないきもの』はあたまをひねってかんがえましたが、
どうしてなのかは、おもいうかびませんでした。

それでも、こころにうかんだけしきがとてもきれいだったので、
『ふしぎないきもの』はこれまたワクワクしながら、たびをつづけるのでした。

7/15/2024, 11:06:07 PM

《終わりにしよう》
住宅地の道路沿い、人の背よりも高い生け垣の前。
大通りから外れた場所の為か、人通りもない。
その生け垣を背に、緊張のせいか面持ちを固くした彼女が立っている。

「やれやれ。もう時間も惜しい。これで終わりにしましょう。」

感情を乗せず語りかけ、僕は彼女の方へ銃を向けた。
身じろぎ一つしない彼女。その覚悟を決めた表情を見つめ、僕は引き金を引いた。

銃から発せられた光芒が、彼女へ向かう。
そして、僕は銃口を持ち上げる。
すると光芒は彼女の目の前でスッと上へ登り、弧を描いて彼女の頭上を通り生け垣向こうへ着弾した。

その着弾地点から響く、男の悲鳴。
上手く仕留められたようだ。

「やった!!」

途端、固めた表情を綻ばせ彼女は大喜びした。
しかし、まだ油断は出来ない。

僕は素早く生け垣の向こうに周り、銃創を負った男を確保し、縛り上げた。
そして手配しておいた部下達を呼び男を軍へ連行させた後、生け垣の庭の主の家へ赴き、謝罪と、修繕の費用は軍へ請求してほしい事を伝えた。

「ふぅ…。」

ここ最近で一番の緊張から開放されながら門を出ると、念の為付近を警戒していた部下の傍から彼女が破顔して駆け寄ってきた。

「ありがとうございます!やりましたね!さすがです!」

そのはしゃぎ様は、今まで犯人に狙われ、振りとは言え銃を向けられていた者とは思えない。
豪胆にも程がないか。

「いえ…貴女が助かってよかった。久々に緊張しましたよ。もうこんな事はしたくはありませんね。」

彼女の豪胆さに煽られ、率直に答えてしまった。
が、許してほしい。
何せ彼女は、このとんでもない作戦の発案者なのだから。

============
それはある日、彼女の下へ届いた一通の手紙から始まった。

内容を掻い摘めば、僕と手を切り自分の元へ来い。要求を飲まない場合は僕へ危害を加える。という物だった。

ただ、手紙には他の誰にも見せるなという事だったが、彼女はそもそも監視対象で、僕の自宅から本部の僕の私室までずっと共に行動している為、手紙の存在自体を内密にする事自体が不可能なのだ。

このように根本の計画が杜撰だった事もあり、当然手紙の内容は僕も把握する事になる。

正直、僕もいい気分はしなかった。営利誘拐など以ての外である。僕の目の前で彼女を狙おうなど、いい度胸だ。
しかし僕は仮にも政を行う立場だ。このような要求をほいほい飲むわけにもいかない。
僕の中の異なる二つの意見の間で葛藤していると、横から彼女の呟きが聞こえてきた。

「…ふふ…テロリスト許すまじ…。」

気のせいか、目が据わっていないか?
思わぬ彼女の一面に面喰らうも、政務の時刻が押し迫っていたので、彼女を私室に残して僕は仕事に赴いた。

が、僕は彼女の行動力を舐めていた。

政務が一段落し戻ってくると、喜色満面の彼女から提案が出た。

「まずはこの手紙の指示通りに動いて、犯人を撃ち取りましょう!」

手順としては、僕と手を切り出ていく振りをするので、指定された場所である先程の生け垣の前に犯人をおびき寄せる。
そこに現れた犯人を僕が銃で撃つ、といったものだった。

予想の斜め上の発言に目眩を覚えたが、また畳み掛けるように飛んできた内容が、

「もう既に安心できる部下の方一人に協力してもらえるようにお願いしましたから!」

…いる。確かに一人、口も固く仕事内容も申し分無い、敵対勢力に属していない事を確認済みの部下が。
この短期間で僕の人間関係を把握したのか。にしても素早過ぎだろう。

あまりの状況に脳内が混沌とするのを何とか押さえ付けていると、扉からノックの音が。
入るように指示をすれば、件の部下が入室してきた。
僕が帰ってくるこの時間を見越して待ち合わせていたそうだ。彼は、僕が了解すれば作戦に協力するという話らしい。
そして既に他の人員も、誘拐対策の緊急訓練として中止の可能性も含めて伝令、配備を終了しているとか。
確かに実地訓練に関しては今はこの部下に一任してあるが、仕事が早過ぎだろう。

要するに、僕の預かり知らぬところで舞台は整っていたわけだ。

僕としては、このような卑劣な手段に訴える輩を断固として許すわけにはいかない。
が、個人的には女性を囮にしての逮捕劇というのは性に合わない。
それを伝えたところ、彼女からは

「テロリストの要求を飲むのも野放しにしておくのも間違ってると思います!」

という力説が返ってきた。何か思うところはあるようだ。
血気盛んなのは勘弁してほしいが。

僕は助けを求めるように部下の方を向けば、

「貴方様が悪に手を染める者を放っておくとも思えませんでしたので。」

と、しれっと返してくる始末で。

まあ、率直に言えば腸が煮えくり返る思いではある。
ただ、彼女を囮に使いたくないだけだ。
それ故に躊躇っていると、

「大丈夫です!銃撃が放物線を描くあの技を使えば絶対に成功しますから!」

と、曇りのない真っ直ぐな瞳でそう断言されて。
部下もその横でしたり顔で頷いて。
結局その場は押し切られてしまい、彼女は犯人へコンタクトを取り、部下は『訓練』の実行を伝えに走った。
そして、冒頭に至るわけで。

============
それにしても、本当に上手く行ってよかった。
失敗すれば彼女が犯人に連れ去られる可能性や、まして僕が誤って貴女に銃弾を浴びせてしまう危険性もあった。
即断即決即実行が犯人を油断させるに最適だったとは言え、もうこんな危ない橋は渡りたくはない。

そんな僕の思いとは裏腹に上機嫌の彼女。
怒りを感じているわけではない。単純に疑問なのだが。

「…結果として成功しましたけど、自分の身に及ぶ諸々の危険を考えなかったのですか?」

その問いをストレートにぶつけてみた。
すると、暫しきょとんとした顔でこちらを見たと思えば、透き通るような笑顔で彼女は言った。

「あなたの事、信じてますから。」

信じてる。
その一言に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。
彼女は闇の者、監視対象の筈なのに、その響きは甘やかで懐かしく。

だからこそだろうか。
作戦実行時の緊張と強張りが頭に強く蘇った。
もしも失敗していたら、どうなっていた事か。
つい乗せられてしまった自分に深く反省をしつつ、彼女の肩に手を置いて僕は懇願した。

「お願いですから、このような無茶はもう終わりにしてくださいね。」

7/14/2024, 11:02:26 PM

《手を取り合って》
「信じています。」
全ては、この一言から始まっていた。

旅の最中にキーアイテムが盗まれたのではと騒ぎになった時、僕は自分が疑われるのではないかと酷く怯えた。
幼い頃から何かあれば「お前のせいだ」と詰られてきた経験が重く伸し掛かったから。

仲間の一人は、僕を信用していないと言ってきた。
無理もない。術で操られていたとは言え、前科があるからだ。
だから僕は、その仲間の心に住んでいる彼女に藁にも縋る思いで聞いてみた。

「やはり僕のことを信じられませんか?」

こんな僕を、彼女は信じてくれていた。
何ひとつとして根拠などなかったろうに、一息の間も置かず答えてくれた。

本当に嬉しかった。
この一言を支えに、今まで歩いてきたくらいだ。

そして彼女は、こちらに顕現してなお、僕を信じ抜いてくれていた。
僕自身は、彼女を闇の者と疑ってしまったのに。

疑われる苦しさをよく知っているはずの僕が真っ先に彼女を疑ってしまった。それは後悔してもし切れない。
彼女はしかし、疑われても僕を信じることを諦めないでいてくれた。
僕が苦しさで立ち止まった時は、必ずその手を差し伸べてくれていた。

僕は、そんな彼女と共にありたい。
長い人生を共に歩んでいきたい。

彼女が暗闇で躓いた時、傍らで支え続けたい。
彼女に何か遭ったなら、何はなくとも駆け付けたい。
僕に不慮の事故が遭った際、真っ先に知らせが行く人であってほしい。
貴女が僕を信じてくれたように、僕は貴女を信じ抜くと誓います。

そんな願いと誓いを込めて彼女の小さな手を握れば、俯き耳まで真っ赤になりながらそっと手を握り返してくれた。

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