《私だけ》
それは、とても繊細で美しい薔薇だった。
「今日は留守を預かってもらってありがとうございます。これはお土産です。」
急の呼び出しで出払っていた彼が、帰ってくると同時に箱を差し出した。
「え! 返って申し訳ないです、こちらこそありがとうございます!」
彼が隣にいない。そんな日はこちらに来てからほぼなかったので日中はかなり寂しかったけれど、まさかプレゼントをくれるなんて思わなかった。
凄く嬉しい!
正直この場で物凄く飛び跳ねたい気持ちを何とか抑えて、普通にお礼をした。
丁寧にラッピングされた箱。色使いもセンスがあって、落ち着いてるのに可愛らしい。
もう箱から素敵だな、なんて見惚れていると、彼がリビングへと私を促した。
「崩れるといけませんから、あちらのテーブルで開けましょう。」
崩れる? 何だろう?
不思議に思いつつも彼に促されるままリビングに入り、そっとテーブルに箱を置く。
お言葉に甘えてするりとサテンのリボンを解いて包みを取り、そっと蓋を開ける。
するとそこには、つやつやとした輝きを放つ真紅と青の薔薇が二輪、大きく咲き誇っていた。
「うわぁ…き、綺麗…。」
私は驚いて、薔薇に見入った。
茎のない薔薇にも関わらず、その色はあまりにも鮮やかでまるでたった今花開いたよう。
プリザーブドフラワー…はあり得ないか。
あ、これって…。
「もしかして、飴細工?」
「ああ、分かりましたか? とても綺麗だったので、店頭で僕も思わず見入ってしまったのですよ。」
答えた彼の顔が、私の隣に来る。
ふわり、微かに香るシトラス。
鼻を擽る爽やかさに胸がキュッとなるのを静めつつ、私は頷いた。
「分かります。本当に本物そっくりで、ずっと見ていたくなりますよね。」
隣に目を向けると平静を絶対に保てなくなると、私は薔薇を見つめてそう言った。
でも、それを抜きにしても本当に素敵な薔薇で、ずっと見ていたくなるくらいに見事な細工だった。
こうして並んで同じ物を見て、同じように綺麗と感じる。
そんな静かな時間も宝物のように思えて、じっと薔薇を見つめる。
鮮やかな赤。今、隣にいる彼の色。
深い青。澄み切った真夏の空の色。
二輪の薔薇、か。確か…。
と記憶を手繰っていると、隣でかさり、と音が。
「あと、これなのですが…。お店の方が付けて下さったものですが。」
と差し出してきたのは、これまた丁寧な包みの、真っ赤な薔薇が一輪。
初めて、彼から花をもらった。
しかも、赤い薔薇の花。
いいの? お店のおまけでも、これ、私が受け取っていいの?
急に飛び込んできた身に余る幸福に狼狽え言葉を失っていると、す、と彼が私の手元へ薔薇を持ってきた。
「あ…ありがとう…ございます…。」
カチコチになりながら受け取った薔薇の花。
照れ隠しに香りを楽しむふりをして顔を隠すように鼻に近づければ、赤の向こうには柔らかな彼の微笑み。
「…何故でしょう。公務での花束贈呈と違って不思議と緊張しました。」
顔を更に緩める彼が、実はこういうのは初めてで、と呟いた。
彼の耳まで届いてしまうのでは、というくらい鳴り響く鼓動。
薔薇の紅につられて、染まる頬。
私だけが受け取った、薔薇の花。
赤が二輪、青が一輪。合わせて、三輪。
喜びもひとしお。飴よりも甘い幸福にくらりと酔いしれながらも、まだまだ贅沢な自分がひっそりと顔を出す。
その意味も、本当に私だけのものになればいいな、なんて。
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6月25日《繊細な花》の続きです。
赤「愛情」「告白」
青「奇跡」「神の祝福」
1本「あなたしかいない」
2本 「この世界は二人だけ」
3本 「愛しています」「告白」
7/18/2024, 10:23:19 PM