猫宮さと

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《終わりにしよう》
住宅地の道路沿い、人の背よりも高い生け垣の前。
大通りから外れた場所の為か、人通りもない。
その生け垣を背に、緊張のせいか面持ちを固くした彼女が立っている。

「やれやれ。もう時間も惜しい。これで終わりにしましょう。」

感情を乗せず語りかけ、僕は彼女の方へ銃を向けた。
身じろぎ一つしない彼女。その覚悟を決めた表情を見つめ、僕は引き金を引いた。

銃から発せられた光芒が、彼女へ向かう。
そして、僕は銃口を持ち上げる。
すると光芒は彼女の目の前でスッと上へ登り、弧を描いて彼女の頭上を通り生け垣向こうへ着弾した。

その着弾地点から響く、男の悲鳴。
上手く仕留められたようだ。

「やった!!」

途端、固めた表情を綻ばせ彼女は大喜びした。
しかし、まだ油断は出来ない。

僕は素早く生け垣の向こうに周り、銃創を負った男を確保し、縛り上げた。
そして手配しておいた部下達を呼び男を軍へ連行させた後、生け垣の庭の主の家へ赴き、謝罪と、修繕の費用は軍へ請求してほしい事を伝えた。

「ふぅ…。」

ここ最近で一番の緊張から開放されながら門を出ると、念の為付近を警戒していた部下の傍から彼女が破顔して駆け寄ってきた。

「ありがとうございます!やりましたね!さすがです!」

そのはしゃぎ様は、今まで犯人に狙われ、振りとは言え銃を向けられていた者とは思えない。
豪胆にも程がないか。

「いえ…貴女が助かってよかった。久々に緊張しましたよ。もうこんな事はしたくはありませんね。」

彼女の豪胆さに煽られ、率直に答えてしまった。
が、許してほしい。
何せ彼女は、このとんでもない作戦の発案者なのだから。

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それはある日、彼女の下へ届いた一通の手紙から始まった。

内容を掻い摘めば、僕と手を切り自分の元へ来い。要求を飲まない場合は僕へ危害を加える。という物だった。

ただ、手紙には他の誰にも見せるなという事だったが、彼女はそもそも監視対象で、僕の自宅から本部の僕の私室までずっと共に行動している為、手紙の存在自体を内密にする事自体が不可能なのだ。

このように根本の計画が杜撰だった事もあり、当然手紙の内容は僕も把握する事になる。

正直、僕もいい気分はしなかった。営利誘拐など以ての外である。僕の目の前で彼女を狙おうなど、いい度胸だ。
しかし僕は仮にも政を行う立場だ。このような要求をほいほい飲むわけにもいかない。
僕の中の異なる二つの意見の間で葛藤していると、横から彼女の呟きが聞こえてきた。

「…ふふ…テロリスト許すまじ…。」

気のせいか、目が据わっていないか?
思わぬ彼女の一面に面喰らうも、政務の時刻が押し迫っていたので、彼女を私室に残して僕は仕事に赴いた。

が、僕は彼女の行動力を舐めていた。

政務が一段落し戻ってくると、喜色満面の彼女から提案が出た。

「まずはこの手紙の指示通りに動いて、犯人を撃ち取りましょう!」

手順としては、僕と手を切り出ていく振りをするので、指定された場所である先程の生け垣の前に犯人をおびき寄せる。
そこに現れた犯人を僕が銃で撃つ、といったものだった。

予想の斜め上の発言に目眩を覚えたが、また畳み掛けるように飛んできた内容が、

「もう既に安心できる部下の方一人に協力してもらえるようにお願いしましたから!」

…いる。確かに一人、口も固く仕事内容も申し分無い、敵対勢力に属していない事を確認済みの部下が。
この短期間で僕の人間関係を把握したのか。にしても素早過ぎだろう。

あまりの状況に脳内が混沌とするのを何とか押さえ付けていると、扉からノックの音が。
入るように指示をすれば、件の部下が入室してきた。
僕が帰ってくるこの時間を見越して待ち合わせていたそうだ。彼は、僕が了解すれば作戦に協力するという話らしい。
そして既に他の人員も、誘拐対策の緊急訓練として中止の可能性も含めて伝令、配備を終了しているとか。
確かに実地訓練に関しては今はこの部下に一任してあるが、仕事が早過ぎだろう。

要するに、僕の預かり知らぬところで舞台は整っていたわけだ。

僕としては、このような卑劣な手段に訴える輩を断固として許すわけにはいかない。
が、個人的には女性を囮にしての逮捕劇というのは性に合わない。
それを伝えたところ、彼女からは

「テロリストの要求を飲むのも野放しにしておくのも間違ってると思います!」

という力説が返ってきた。何か思うところはあるようだ。
血気盛んなのは勘弁してほしいが。

僕は助けを求めるように部下の方を向けば、

「貴方様が悪に手を染める者を放っておくとも思えませんでしたので。」

と、しれっと返してくる始末で。

まあ、率直に言えば腸が煮えくり返る思いではある。
ただ、彼女を囮に使いたくないだけだ。
それ故に躊躇っていると、

「大丈夫です!銃撃が放物線を描くあの技を使えば絶対に成功しますから!」

と、曇りのない真っ直ぐな瞳でそう断言されて。
部下もその横でしたり顔で頷いて。
結局その場は押し切られてしまい、彼女は犯人へコンタクトを取り、部下は『訓練』の実行を伝えに走った。
そして、冒頭に至るわけで。

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それにしても、本当に上手く行ってよかった。
失敗すれば彼女が犯人に連れ去られる可能性や、まして僕が誤って貴女に銃弾を浴びせてしまう危険性もあった。
即断即決即実行が犯人を油断させるに最適だったとは言え、もうこんな危ない橋は渡りたくはない。

そんな僕の思いとは裏腹に上機嫌の彼女。
怒りを感じているわけではない。単純に疑問なのだが。

「…結果として成功しましたけど、自分の身に及ぶ諸々の危険を考えなかったのですか?」

その問いをストレートにぶつけてみた。
すると、暫しきょとんとした顔でこちらを見たと思えば、透き通るような笑顔で彼女は言った。

「あなたの事、信じてますから。」

信じてる。
その一言に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。
彼女は闇の者、監視対象の筈なのに、その響きは甘やかで懐かしく。

だからこそだろうか。
作戦実行時の緊張と強張りが頭に強く蘇った。
もしも失敗していたら、どうなっていた事か。
つい乗せられてしまった自分に深く反省をしつつ、彼女の肩に手を置いて僕は懇願した。

「お願いですから、このような無茶はもう終わりにしてくださいね。」

7/15/2024, 11:06:07 PM