猫宮さと

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7/14/2024, 12:03:57 AM

《優越感、劣等感》
他者をいたぶり、貶める。そんな残酷な行為は後を絶たない。
人間はおろか、賢いとされる霊長類や穏やかそうなイルカですら集団で残虐な行為にすら及ぶ。
他者より優位に立つ事で、幸福感や優越感が刺激されるのだろう。
そして、その刺激による快感を覚えた者は、また更なる刺激を求めて他者をいたぶる。
加害者達の優越感と引き換えに、被害者には劣等感が降り積もる。
それはあたかも豪雪地帯の雪のごとく、積もっては冷えて固まり、また降り重ねられる。

かつての彼の心は、まさに被害者のそれだった。

旅の最中に大事な物が紛失し、それが盗難ではないかとされた時。
彼は、誰かを疑う事はしなかった。
ただ、自分は盗みに手を染めてはいないと。

「やはり僕のことを信じられませんか?」

彼はあの時、相棒の中の私にそう問いかけた。
「信じてますか?」ではなく。

自分で自分が信じられなかったんだろうな。直前に祖国の者から掛けられた術に操られ、もう一つの大事な物を奪わせられたから。

そして、彼は幼い頃から家族に虐げられてきたせいか、自分は何はなくとも疑われる立場にいると無意識に思い込んでいる。
その無意識は、長い間彼の中で幾度も降り積もり冷え固まってしまった雪のようで。

冷え切った心は、思考の芯も冷え固まらせる。
それでも彼の元来の心の暖かさと芯の強さのおかげで、優しくも力強く前を向き歩いている。
彼のそんなところを尊敬してるけど、時々ふと見せる苦しそうな様子に歯がゆくなる。

相棒の心の中にいた私は、姿が見えない事からかなりの人達に存在を疑われてきた。
でも、あの時彼…あなたは私の名前を呼んでくれた。淀みなく、まっすぐに。

私を信じてくれたあなたを、私は信じた。だから一も二もなく答えた。

「信じています。」

あなたの事を、心から。

あの時迷いなく答えた想いは、あなたの傍にいる今はなお強くなった。


例えあなたが自身を信じられなくても、私は未来永劫あなたを信じ続ける。
何があっても、かつての相棒すら敵に回しても、私はあなたの味方であり続ける。
他者の歪んだ優越感と引き換えに降り積もったあなたの劣等感は、必ず私が取り去ってみせる。

行き過ぎた優越感は驕りにもなる。
だけど、堅実なあなたは絶対にそんな事にはならない。
自らの苦い経験を糧に、どこまでも優しく誰かを守れる人だから。

だから、冷え固まった雪が少しでも溶けて流れていきますように。

7/12/2024, 12:57:48 PM

《これまでずっと》
近い。
何が?
あ、はい。私と彼との距離が、です。

空の上で生死の境に立たされた時。
空の上なのに立ってるの?とか言わないでね。
彼が、私を命がけで助けに来てくれた。
私を…抱きしめて、闇の者じゃないって認めてくれた。

物凄く嬉しかった。もうこのまま死んでもいいくらい。
これを言ったら、彼に怒られそうだけど。

で、その日以来なんだけど、彼との距離が近いのです。

物理的に。

朝は私の目の前までわざわざ来て挨拶。
食事はテーブルの都合上変わりはないけど、私の椅子の背を引いて座るまで離れない。
支度のために部屋に戻るときもしっかり隣について来る。

今も道を歩いてるんだけど…腕が触れそうなほどに近い!

嫌じゃない、もちろん嬉しい!
けど、あまりの供給過多に頭の回線は焼き切れるどころか蒸発しそうです。
パンクする!助けて!どうすればいいの!

これまでも一緒に歩いて本部まで行き来してたけど、2Lペットボトルが入るくらいのスペースは空いてた。
何をするにしても一定の距離を置いて、彼は私に接してきた。
これまでは監視のための同居だったし、彼の性格上それが礼儀と心得ての行動だったんだろうな。
それでさえも、私は物凄く嬉しかったのに。
傍にいられて、話が出来る。あまつさえ一緒に住んでいる。
それだって隕石に当たる、ううん、宝くじ1等が当たるよりもとんでもない幸運だったのに。

それなのに!この距離感!!

確かに抱きしめられた…事もあるけど、それとこれとは話は別!!

しかも、キラキラとエフェクトが掛かりそうなほどニッコニコな笑顔!!
破壊力があり過ぎるんですけど!!もう素敵過ぎる!!

いつもなら何気ない会話を交わして行く道も、今日はお互い無言で。
私はこの状況に緊張し過ぎて、ずっと足元近くを見て歩いてる。
夏の日差しも暑いけど、それ以上に頬が熱い。

それでも伸し掛かる緊張に負けてちらと彼の方を見れば、キラキラをパワーアップさせて微笑みかけてきて。

破裂しそうな心臓。燃え盛る頬の熱は、首や耳を伝って全身を巡り。
恥ずかしさと照れくささからまた視界を足元に戻せば、頭上からはくつくつと笑い声。

知ってはいたけれど、私は絶対にこの人には敵わないんだろうな。

7/12/2024, 12:30:09 AM

《1件のLINE》
あー、疲れた。
5限までみっちり講義があった今日は、移動も含めて本当にバタバタした日だった。
当然今日までのレポートが大量にあったし、出された課題も。やってもやっても終わらないな。
帰ったらまずは洗濯機回しながら発達心理学のレポートの確認しておかないと。
明日はバイトもあるから早めに寝ておきたいんだけどな。

溜め息を吐きながら寿司詰めの満員電車に詰め込まれる。
ぎゅうぎゅうに押し潰されながら今夜の予定を考えていると、ポケットのスマホがぶるぶると震えた。
この震え方はLINEだな、とロック画面の通知を見た。

『今はまだ 眠れ 
 時は 未だ いたれん』

え?何これ?意味分からないんだけど?

しかもアイコンは夜の森に浮かぶ月で、名前は絵文字の月。
私こんな人と繋がった覚えないんだけど。自動追加もID検索もオフにしてるのに。
うわ、何怖過ぎるでしょ。

背筋がゾッとするような恐怖に見舞われて、最寄り駅で降りたら即座に月のアカウントをブロックした。
今は潜り抜けて友達追加出来るようになってるのかな、本当に気持ち悪い。

怪しいアカウントを消したけれど、心に残る恐怖を押さえ付けながら、頼りなさげな街灯を辿って自宅へ急ぐ。
最後の角を曲がろうとしたその時、スマホがぶるぶると震え始めた。今度は通話だ。
誰だろう、とロック画面を開くと、夜の森に浮かぶ月のアイコン。

どうして?さっきブロックしたはずなのに?

あまりに不可思議な状況は、理解の範疇を超えている。
そのせいかな、何故だろう。心の中から恐怖が消えている。
それどころか、むくむくと好奇心が湧いてきた。

いつもなら絶対に取らないであろう、未知のアカウントからの通話をオンにする。
いったいどんな相手が掛けてきてるのか。

「…もしもし?」

スマホを耳に当て応答する。
まず聞こえてきたのは、音だった。

ザ…ザザ…

いわゆる砂嵐。
こっちの電波は申し分ない。そうなるとあっちの電波状況かな?
にしても、ここまでの砂嵐はそうそうないけど。

耳に付く音に眉根を潜めていると、やがて微かにだけど声が聞こえてきた。

「……くは……ここ……います……叶う……会いた……」

知らない男の人の、柔らかく優しい、それでも強く希うような声。

知らないはずなのに、聞いたことがないはずなのに。
どうしてか、ひどく心惹かれる懐かしさ。
声の主を求める想いが、魂の奥底から滾々と湧き出てくる。

不思議な想いに胸を鷲掴みにされたかと思えば、頭の中がぐらりと揺れ、一瞬視界が暗転する。
倒れる!と身体の芯に力を入れて目を瞬かせれば、そこは先程までいた自宅への夜道ではなかった。

黄金色のパイプのような金属で出来た建造物。
その建造物の至る所から吐き出される煙。
道路は補正されてはいるけど、歩道と車道の区別もない。
道行く人の服装は、何だろう。女の人はクラシカルなドレス? 男の人はシルクハットや羽付き帽子を被り、マントやチュニックを身に着けてる。
自動車なんて走ってない。電車なんか通ってない。
コンビニ? 何それ? といった感じの街並み。
ここはどこなの?

その黄金色に圧倒されていると、また視界が暗転。
私は、元いた道路に戻っていた。

それに安心して曲がり角を曲がると、通りの奥の街灯に照らされて立っている見知らぬ男の人が私を見てた。

まず目に付いたのは、見たこともない服だった。
モーニングとフロックコートの中間のような、背中部分の腰から下が長めの、硬めの素材で出来たジャケット。
肩にはまるで鎧の肩当てのようなパーツが同素材で付けられてる。
ボトムスは普通のスーツのようだけど、膝から下は金色の硬質な脛当てを装備してて。
腕には同じ金色の腕輪を袖の押さえに付けている。

そして目に入ったのは、その表情。
凄く整った中性的とも言える顔は、寂しさで曇っていて。
スッと通った鼻梁の下にある薄い唇は、何かに耐えるように引き結ばれていて。
細い眉は悲しそうに寄せられて、涼やかな目から放たれる視線は乗せきれないほどの切なさで溢れていた。
男の人にしては長めの髪が、風にさらりと揺れる。

さっきの通話の声は、この人のものだ。
根拠はない。それでも確信できる。
この人は、かけがえのない人だ。

彼を見た私は、無性にそちらへ行きたくなった。
知らない人のはずなのに、心が引き寄せられる。
慰めたい。悲しみを取り除きたい。笑顔にしたい。

声にならない願いを口に含みつつ身体を前に出そうとしたけれど、足は動いてくれない。
その瞬間、目の前を車が一台通り過ぎていった。

そして気が付けば、そこには誰もいない街灯がぽつりとあるだけだった。

今のは何? 幻?
額に手を当てて呆然とする。
そうでしょう? だってあんな街並み、見たことがない。
今やスマホで色んな情報が手に入る。それこそ世界中の都市の画像も自由に閲覧できる。
それなのに、あんな街並み見たことない。

あんな男の人だって…見たことない。

なのにどうして、こんなに胸が苦しいの。
会いたくて会いたくてたまらないの。

今まで経験したことのないやるせ無さを持て余しながら、私はスマホの通話記録を見つめていた。

7/10/2024, 1:59:44 PM

《目が覚めると》
ふわり、ふわり。
宙に浮かんでいるような、変な感じ。
休んでる暇なんてない。立ち止まってる場合じゃない。
あたしは、皆のために刀を振るうんだ。
皆の肉体が『賢者』に奪われて精神だけの存在にされるのを止めるんだ。
もう、上の兄さんは限界だ。愛する人を殺されて、気も狂いそうなほど苦しいだろうに、あたし達を引っ張ってくれている。
姉さんも兄さん達も疲れが見え始めている。

なのに、ここ数日間は急にぜんぜん知らない場所で目が覚める。
立派な屋敷で、知らない男の人がそこにいる。
いや、誰なのよ。
少し、カッコいいかな。上の兄さんほどじゃないけど。
ちょっと細身だけど、しっかり鍛えてる身体をしてる。服の上からでも見れば分かる。
サラサラした髪の毛が綺麗。ちゃんとお手入れしてるんだろうな。
とても丁寧な話し方だ。姉さんだってもっとフランクに話すよ。変なの。
声もやわらかい。ふかふかのマシュマロみたい。
あたしを見て、すごく優しい顔で微笑む。何だか、むず痒い。
とても、とても大事にされてるみたいで。
お姫様っていうの? こんな感じなのかな。

本当にこの男の人、誰なんだろう。

あたしは…この人を…

私は…知ってる…私は…


…眩しい…。
何だか久し振りにお日様を見たのかというくらいに朝日の眩しさを感じて、目が覚めた。
気付くと、目尻に涙が溜まってる。何か悲しくて切ない夢を見たのは覚えてる。何だったかな…。
う、頭が少し痛い。まあ動けない程じゃないし、いいかな。
もう起きなくちゃ、彼の出勤時間に間に合わなくなる。
ベッドの中で伸びをして、寝ぼけた身体を何とか起こす。
すると、視界の端からガタン!と激しい音が。

何事かと顔を向けると、そこには座っていたであろう椅子を後ろに倒して前のめりに立ち上がっている彼がいた。
いつもの丁寧に整えられた身なりではなくラフなシャツとスラックス姿で、髪の毛もサッと梳かしただけのよう。
それも驚くべきところだけど、絶対に入って来ない私の寝室にどうしているの? しかも切羽詰まったような表情で。
あれ?よく見ると目が赤いし、腫れてる? いったいどうしたの?

朝から不意の出来事の情報量が多過ぎて、何が起きてるのか分からない。
私も多分パニックになってるんだろうけど、彼の様子を見て妙に冷静になってしまった頭でまずしようとしたのは朝の挨拶だった。

「おはよ…」

その言葉が全て口から出る前に、私は彼にきつく抱きしめられていた。

「よかった…戻ったんですね…よかった…」

「ひゃ!!」

な、何!? 何が起きてるの!?
え、う、嬉しいけど絶対喜んでいい場面じゃないよねそんな雰囲気じゃないよね?

不意打ちの大洪水でアワアワ溺れそうになっていると、彼の頭が付いた肩がほんの少しだけど湿ってきた。
よく分からないけれど、まずは落ち着いてもらうためにも彼の背中をそのまま擦った。

長い、長い時間が経ったような気がするけれど、多分ほんの少しの時間。
気持ちが落ち着いたのか、私の肩から少しだけ額を外して俯いたまま彼は衝撃的な事を呟いた。

「…あなたはこの3日間、記憶を失っていたんですよ。」

え?記憶を?

聞けば、日付は確かに3日過ぎている。
でも、私はその3日間の事を全く覚えていない。

経緯を説明してもらうと、どうも私は階段の最後の一段を踏み外して転び、頭を打って気絶したらしく。なるほど、起き抜けの頭痛はこれだったのか。
医者に診てもらった結果異常はなかったので安静にさせていたら、朝に元気に起きだしたのはよいけれど言動が全くの別人になっていたそう。
それまでやっていなかった激しい戦闘訓練を始めたり、長い棒を探し出したと思えば素振りを始めたり。
何よりその起き抜けの一言が

「お前は誰だ?」

だったそうで、頭の打撲から私が無事に目覚めた事を喜んでくれた彼には大層なショックだったみたい。
その後もずっと警戒されっぱなしで、近寄ることも難しかったとか。
しかも、目を離すとどこか遠くへ行こうとしては迷子になるのでおちおち一人にしていられなかったのが、今朝方私の寝室にいた理由らしい。
記憶がない私、どれだけパワフルでやんちゃなんだろう…。

「女性の寝室で二人きりは大変失礼とは思いましたが、そんなわけでやむを得なく…。」
と、彼は大変申し訳無さそうにお詫びしてくれた。
いや、この場合お詫びしなくちゃいけないのは私の方よね。物凄く心配と迷惑を掛けてしまったみたい。

まずはお互いお詫びをし合って、気持ちもすっきりしたところで二人とも着替えをし、朝食を食べに食堂へ向かった。
着替えを挟んで今朝の行動を冷静に振り返った彼が、朝食を目の前に平謝りしてきたのはここだけのお話。

記憶がない私は、頻りに『賢者』と口にしていたそうだ。
うん…まさか…ね。
そういえば、目を覚ます直前に何か夢を見ていたけど、今朝の騒ぎで霧散したみたい。
気になるけれど、覚えてないのは仕方ないかな。

7/9/2024, 10:01:55 PM

《私の当たり前》
今回の復興予算会議は難航を極めている。
あの厄災から3年程経過しているとは言え、まだまだ完全復興には程遠い。綿密な調査の上使途を決定し、各所にきめ細やかな対応が出来るように取り計らうためにも、この質疑応答は重要な場面であった。
だが、今日の質疑は旧皇帝派から、内容は政務に関係ないプライベートなもので、もはや難癖と言っても差し支えないくらいだった。

公私共に後ろ暗いところは全くないと断言できる。しかし、皆に疑念を持たれていては話が円滑に進まないかもしれない。
そう判断し真摯に解答をしていった結果ヒートアップしてしまい、大幅に予定をオーバーしてしまった。

意味のないところで神経を削られた上に予算に関しては全く触れられなかった事もあり、普段に比べて僕の神経はささくれ立っていた。
それでもむやみに怒りを撒き散らしたくはないと深呼吸をして気持ちを鎮め、彼女を迎えたその足で共に自宅へ戻る。
道中も他愛のない話をしながら歩く。
落ち着いて話せているはずだ。普段から公務で慣れ親しんでいる状況だ。感情を隠すなど容易いもの。

そうこうしているうちに玄関に着き、扉を開けて中へ入る。
すると扉を閉めたところで、彼女が少し眉根を寄せた表情で僕の顔を見ながら立ち止まっていた。

「どうしたのですか?」
いつもはスムーズに入っていくのに珍しいものだと聞いてみると、

「あ、ごめんなさい、あの…。」
と、彼女が口ごもりながら聞いてきた。

「…もしかして今日、何か嫌な事がありましたか?」

彼女の言葉は躊躇いがちにぼかしてはいるが、ほぼ確信を得ているような視線を伴っていた。

何故だ。気付かれないように、いつものように行動していた。話せていたはずなのに。
細心の注意を払っていたはずなのに。気付かれまいと。傷付けまいと。
今までの自分がぐらりと揺らぐ。こんな簡単な事も出来なくなったのかと。

「…申し訳ありません。…何か気に触る事でも言ってしまいましたか?」

不安定な足場に立っているような心持ちで確認をする。
僕は、失敗してしまっていたのだろうか。
感情の制御も出来ないなど、国に仕える者として失格ではなかろうか。
誰も、傷付けたくはなかったのに。

酷く動揺し、自分でも分かるくらいに震える声で詫びれば、これまた慌てた様子で彼女は言った。

「いえ!ごめんなさい、そうじゃないです!何も嫌な事言われたりしてませんよ!ただ…」

ただ?

「…何かいつもよりずっと空気がピンと張り詰めたような感じがしたので…何かあったのかな、と…」

少し俯き、落とした声で呟いた。
「ごめんなさい、こんな事言って…」
どんどん声はトーンダウンしていく。

違う、違うんだ。謝らせたかったんじゃない。ただ僕は。

「…驚きました。」

要は勘が働いた、そういう事。
客観的な違いはない、本当に些細な事。
それを捕らえていたのか。捕らえてくれていたのか。

「まさか見抜かれるとは思いませんでした…本当に貴女は凄いですね、当たり前に出来る事じゃないですよ…。」

僕の弱った心を見つけてくれた嬉しさと怒りを隠し通せなかった悔しさが綯い交ぜになった複雑な思いでストレートに感じた事を告げれば、

「…私は、貴方の何事にも誠心誠意を持って冷静に取り組む真摯な姿勢の方が凄いと思います…。」

俯いたまま僕に顔を見せず消え入りそうな声で、彼女は褒めてくれた。

そんな事は当然だと思っていた。
いい加減は許されない。手を抜けば、必ずどこかで過誤になる。
感情に流されれば、いずれ必ず破滅する。
何事も落ち着いて、丁寧に継続してやってこそ価値がある。

僕にとっての当たり前は、彼女からは長所に見える。
彼女にとっての出来て当然は、僕には貴重なものに見える。

昼間の怒りはどこへやら。
僕はそっとかがみ込み、俯く彼女の顔を覗き見る。
耳まで真っ赤にして驚く彼女の表情に、自然と僕の顔は綻んだ。

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