《街の明かり》
夏の日差しが降りて夕焼け空が冷めるころ
夜空の星達が顔を出す
その空を追うように街の明かりも灯りだす
こんばんは 暗くなってきたね
お疲れ様 今日はありがとう
さようなら また明日会おうね
心通わす声は天の河の微かな星のように
寄り集まって光の帯になる
夜の帳が降りて空が闇に染まるころ
街に明かりが溢れ出す
それは月無し夜の天の河が降りたよう
どうだった? 頑張ったよ
お腹空いた? ご飯は何?
そうなんだ 本当に楽しかったよ
想い通わす声は空を縫い流れる星のように
願いを込めた光の束になる
さあ帰ろう 手を繋いで
他愛のない話をしながら
今日も二人で星を輝かせよう
《七夕》
昼間の熱気が残る夏の夜に大きく流れる天の河を見ていると、七夕を思い出す。
7月7日に笹の葉を飾り付け、願いを込めた短冊を吊るし、星に祈る。
地方によっては旧暦に大きな吹き流しなどを通り一面に飾る伝統的な一大イベントでもある。
ただ、この帝都には当然そのような日はない。
それでも乳白色の河を見れば、離れて久しい行事が心を過ることもある。
「七夕、かぁ…」
色彩も鮮やかな情景を思い出しぽつりと呟けば、背後から声がした。
「タナバタ、とは何ですか?」
柔らかな声で問いながら、彼がこちらにやってきた。
自然に私の隣に立ち興味深げに聞いてくる彼に、私は答える。
「私のところにあった伝統行事の名前なの。」
すると彼は、ますます興味津々といった様子でこちらを伺ってくる。
新しい事を知るのが好きな彼のこと、その目はきらきらと輝いている。
ならば、と私は牽牛織女伝説について語り始めた。
働き者で休まず仕事を続ける牛飼いと機織り娘を哀れに思った帝が、ある日二人を娶せた。
夫婦になった二人は深い恋に落ち、それまで休まず続けていた仕事を放り出して、毎日ずっと二人で遊び続けた。
二人が仕事を放棄してるので、牛は痩せ衰え、織り機は埃を被り神へ備える白布が尽きてしまった。
それにお怒りになった帝が二人を天の河の両岸に引き離し、年に一度の逢瀬以外は働くようにと二人に告げた。
「それ以来、愛し合う二人は年に一度の七夕の日に白鷺の橋を渡って逢瀬を楽しむという伝説に基いてるの。」
話を締めると、彼は少し目を見開いた表情で私を見ていたと思えば、ぼそっと呟いた。
「それは…そこまで仕事をサボってしまっているのなら自業自得でしょうに…」
あ、やっぱり言うと思った。
真面目で実直な彼の性格ならまあそうなるだろうなと予想はしてた。
サボる、という単語は彼の辞書にはおそらく、いや間違いなく無い。
さっき目を見開いていたのは、牽牛織女のサボりっぷりに呆気に取られてたのね。
「身も蓋も無いけどその通りだと思う…。」
私も苦笑いしながら答える。
多少なら分かるけれど、ずっとサボり続けるのは良くないよね。
でも…
「…ですが…」
彼が真剣な顔でこちらを見ながら、何故か躊躇いがちな声で呟く。
「…二人が離れ難かったというのは、分かる気がします。」
それは、星が瞬くような囁き声で。
私の心が読まれたのかと、心臓をギュッと掴まれて。
夏夜の温い風が、熱くなった頬を冷ますように撫でて通り過ぎていった。
《友だちの思い出》
思えば僕は、親しい友人と言える相手がいない。
親と死に別れ家を守っている齢の離れた兄姉に疎まれていた僕は、教育も乳母から個人的に受けていた。
代々皇帝に仕える家系から自然と軍人になった為か気の置けない人物も周りにはおらず、後に非人道的な作戦への参加を拒否した僕を味方してくれる者など全くいなかった。
飛ばされた牧歌的な場所での生活は肌に合い住まう人々とも和やかにやり取り出来てはいたが、自分でもどこか無意識に壁を作っていたと思う。
ある日リビングに入ると、僕に気付いていないのか彼女が窓の向こうを見ながら全く聞いた事のない言語の歌を口ずさんでいた。
メロディラインが軽快なのに気持ちが穏やかになるような旋律が心に残る。
歌詞もどんな内容なのか知りたいと思い、質問しようと彼女に呼び掛け肩に触れると、その小さな肩をびくりと大きく震わせて真っ赤にした顔を僕に向けた。
「え?な、何でしょうか?」
目を泳がせながらあわあわ慌てふためいている彼女に少しの申し訳無さを感じながら聞いてみる。
「驚かせたようですみません。素敵な歌なので、歌詞の内容を教えてほしいと思いまして。」
率直に話すと、彼女が「やっぱり聞かれてたぁ…」と小さく呟き、しばし両手で頭を抱え俯いた。
ここは刺激しないほうがよさそうだと少し待つと、復活した彼女が頬にほんのり赤みを残した顔を上げて答えてくれた。
「えっと…友だちについての歌なんです。
”あなたという友だちにこうします、こうしたいです”という内容の歌詞なんです。」
彼女はフレーズを語り始めた。
”一緒に笑顔になれれば幸せは倍になる”
”寂しさで心が埋め尽くされても分かち合えば心は軽くなる”
”秘密を話してくれたなら絶対に漏らさない”
”あなたが悩んでたら解決を手伝うよ”
”あなたが心痛めていたらそれを取り除くから”
”世界の全てが終わるまで、僕らはずっと友だちだよ”
それを聞いて浮かんだのは、かつての旅の仲間達。
初めは成り行きだった。
自国の皇帝の暴挙で心折れていた僕に「一緒に行かない?」と一人が誘いを掛けてくれたのが切っ掛けだった。
道中諍いなどもあったけれど、旅が進むにつれ確かにそこには繋がりが出来ていた。
蹲っていた僕に声を掛け、立ち上がらせてくれた人。
また術で操られたら力尽くで止めると言ってくれた人。
凝り固まっていた僕の考えを砕いてくれた人。
いつも飄々としながらもその力を発揮してくれた人。
僕とは正反対の考え方を持ちながらも、幻に攻撃されて弱っていた僕を気遣い助けてくれた人。
今も彼らとの交流は続いている。
近況を報告したり、世間話をして笑い合ったり、時には言い争いもしたり。
それでも旅の終わりから3年経った今でも、その関係は途切れていない。
そうか。気が付けば、大事なものは全て僕の手元にあったのか。
僕はしばし眼を伏せ、瞼の中に込み上げて来る物を抑えた。
眼を開けば、そこには心配そうに僕を見上げる彼女。
大事な思い出を掘り起こし、見つけ出してくれた人。
「…教えてくれてありがとうございます。」
精一杯の気持ちを込めて彼女に礼を述べ、よければもう一度歌を聴かせてほしいと何度も乞えば、音を立てそうな勢いで赤くした顔を深呼吸で落ち着かせた後に透き通るような声で友だちの歌を歌ってくれた。
《星空》
太陽が地の下へと姿を隠し、引き換えに明星が輝き、空は葵を経て青藍に変わる。
明星の光を合図に青藍にぽつりぽつりと光が灯る。
夜半にもなれば、天は天鵞絨に砕いた金剛石を散りばめたかのような輝きに満たされる。
細かな輝きは身を寄せ合い、乳白色の河となり天頂を穏やかに流れていく。
金銀の煌きを放つ赤紫の瞳の少女は、天へとその両手を伸ばす。
己が瞳の輝きと同じものを掬い取るかのように。
少女の白銀の髪が、天頂の河のように風に流れ揺らめく。
木々は囁き応えるように、緑の葉をさやさやと鳴らした。
その望みは何れに向かうか。
その願いは何処にあるか。
星々も瞬き語りかける。
泣いても良い。己が想いを捨てるなかれ。
今はその小さな想いを育む時。
彼の人の孤独。
彼の者の悔恨。
彼の方々の慈愛。
その想いが強ければ、何れ全てに手が届く。
想いは紅き弧を描き螺旋となり、全てを繋ぐ。
その時少女の指先で、星が一粒大きく煌めいた。
《神様だけが知っている》
時は大詰めを迎えた。
追う形になっていた私は苦労して策を弄し、ここに来てもう手を伸ばせば敵の背を掴める所まで追い付いた。
さあ、あともう少し。
賽は投げられた。結果は、神様だけが知っている。
「まずいぞ、これ追い付かれるんじゃねぇか?」
「畜生、逃げ切れると思ったのに…。」
ふふ。ここが勝負どころ。
本気で行くからね!
気合を入れて、私は右手を振り翳した。
「5か6!5か6来て!!」
放たれた賽は、たくさんのマスが描かれた盤上をころころと転がる。
私は彼の外交に伴って訪れた国の城で、休憩中の近衛兵達とボードゲームをしていた。
ゲーム中の所持金とゴールの順位を合わせて競うボードゲームで、勝てば高級チーズをゲット出来る。
所持金は貯めた。あとは1位でゴールすれば完全に私の勝ち。
「来るな!来るんじゃねぇ!」
「1だ!1出ろ!!」
一緒に遊んでる兵士達もヒートアップしてる。
ここの国王様は勇猛かつ温和な賢王で知られているけれど、それでも兵士の仕事はストレスが溜まるらしく、外交をする彼に帯同したとは言え何もする事のない私は時間潰しとちょっとした交流を兼ねて兵士達のストレス解消に付き合っていた。
普段とは違う相手とボードゲームがしたいというのは物凄くよく分かる。相手によって盛り上がりの反応とか違うもんね。
賽は動きを緩め、一点でくるくる回り始める。
これもしかして5か6出るんじゃない?
「やった!上がれそう!!」
私は嬉しい興奮で大はしゃぎ。
片や相手の兵士達は敗北が濃厚になり、野太い悲鳴を上げる。
賽が止まりそうになり、場が最高潮に盛り上がったその時。
バン!!!!と大きな音を立てて詰め所の扉が開かれた。
そこにいたのは、和やかな笑顔で私達を見る国王様と、切羽詰まった怒り顔で肩を震わせている彼だった。
「何をしているのですか貴方達はーーーー!!!!」
彼はそう叫ぶや室内に乗り込んできて、ボードゲームの盤を回る賽ごと放るようにひっくり返した。
「「「あああああああああ!!!!」」」
ええええ!勝ちそうだったのにーー!!
勝敗は、まさかの勝負付かず。
勝負の女神様もこんな結果になるとは思わなかっただろうな。
「まあ良いではないか。兵士達の憂さを晴らすのに協力してくれたのだろう?」
穏やかなお声で国王様は仰ってくださったけれど。
「陛下、そういう問題ではございませんので。」
彼はバッサリと斬って捨てた。二国の仲良きことは美しき哉。
ああ、チーズ食べたかったな…。
「いいですか?貴女はあちこち出歩き過ぎないように。慣れぬ土地なんですから。
ましてや兵士の詰め所など、女性兵士がいるとは限らないんですからホイホイ入って行くとは何事ですか。」
その後客室に引き戻された私は、彼からこってりお説教をされる羽目になりました。