猫宮さと

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7/3/2024, 10:56:16 PM

《この道の先に》
「うーん、確かここを曲がって…。」

私は以前見掛けた雑貨屋さんに行こうとしていた。
その時は時間がなかったのでちらりと覗くだけだったけど、素敵なデザインのペンやノートが並んでいて、次は絶対にここに行くんだと決めていた。

のだけれど。

行けども行けどもお店の姿は見えず。
あれ、おかしいな。あの日は暑かったし幻でも見てたかな?

そもそも帝都は実際に歩いてみると、同じような建物が並んでいるので迷いやすい。
上から見るならともかく、どこで曲がればよいかが物凄く分かり辛い。
まずい。そろそろ疲れてきた。せめて知ってる場所に出ないと。

夏の太陽も元気な中、きっとこの先に!と当たりを付けて曲がってみる。

…うわー、行き止まり。

しかし、そこにはローブを羽織り深くフードを被ったお婆さんが布を掛けたテーブルに水晶玉を置き、椅子に腰掛けていた。
その身に纏う空気はどこかじっとりしていて、油断ならない雰囲気が漂っていた。

「おや、こんにちはお嬢さん。」
お婆さんは値踏みするような視線でこちらを見たと思えば、掠れた声で挨拶をした。

「…こんにちは…。」
私は緊張を走らせながら挨拶を返した。
こういう手合いは相手をせずに離れるのが一番なんだけど、何故か身体は逃げられない、逃げちゃいけないと反応する。
それにしてもどこかで見たようなそうでないような…と逡巡する。不思議な感覚だ。

「おやおや、そんなに固くならんでいいよ。危害を加えるつもりはない。」
お婆さんは一言言うと、水晶玉に両手を翳した。
すると水晶の中にはどろりとした闇が現れたと思えば、その闇を包み込むように赤い花弁が渦を巻き始めた。

この花弁…!

気付いた私に、お婆さんは面白い物を見たと言わんばかりに私に語りかける。

「ほっほほ。ほうほう。そなたは二つの存在の間で揺れ動いてるね。
 こちらの自分が何者か知るところではないだろうが、いずれそなたの心がどちらの存在となるか導いてくれるだろうて。
 そなたはそなたの望む先へ行きなされ。そなたの想いが全ての鍵だからね。」

二つの存在?それは、もしかして…。
思い当たる事があった私は、お婆さんにそれを聞こうとした。

「ねぇ、それって…!」

が、その質問が完成する前にテーブルの水晶玉が激しい光を放ち、私は眩んだ目を庇うように腕を当て顔を背けた。

一瞬後に目を開ければ、そこは彼の家へと続く私の知った道だった。
ローブのお婆さんもいない。さっきの袋小路は何だったのだろうか。
あのじっとりと逃げられないような空気も霧散したが、心には重苦しい物が残った。

やはり二つの存在とは、私の持つ白に近い銀髪と赤紫の瞳に関係があるのだろうか。
彼に闇の者だと断じられた、この色に。
私の想いが、全ての鍵。
その想いとは一体何で、どこへ向かうものだろう。

そんな身の置きどころのない思いに駆られ自分の身体を抱きしめていると、無性に彼の顔が見たくなった。

7/3/2024, 12:04:48 AM

《日差し》
夏の刺すような日差しは、人の心を開放的にさせる。
いや、開放的と言うよりは暑さで思考力が鈍るのか。
さすがに砂漠で肌を晒すような事はないが、帝都は普通の夏の気温なので皆薄着になっていく。
暖められ過ぎた身体に少しでも風の爽やかさを受けようと、出来る限り肌を出す。
女性も最近は襟ぐりを大きく開く服が流行り始めた。一時期はその影響で、男の部下達が浮足立って困らされたものだ。
僕はローブ・デコルテを見慣れているので違和感などは無く、その心境が今ひとつ理解出来ていない。いちいちそれに反応していたら切りが無い。

そう思っていたのだが。

彼女が心惹かれ足を止められていたショーウィンドウのワンピースを見た瞬間、時が止まったような気がした。

色は清楚な薄青でスカート部分も膝下まで隠れる長さではあるが、デコルテと肩を大きく出した大胆なデザイン。
デコルテと肩から下は胸下の高さまで薄手のフリルで覆われているが、その分細い腰が強調されている。
女性らしさが存分に引き出される可愛らしいデザインだと分かる。

が、僕の口から出た感想は自分でも意図しないものだった。

「ほう…これはこれは…。」

このワンピースを彼女が纏っている図を想像した時、僕の中で何かが弾けようとしていた。

これを着てほしくはない。

いや、似合うと思う。
色合いも彼女の淡い色彩にマッチしているし、デザインも彼女のスタイルを引き立てつつ清楚なイメージを崩さない。
むしろ似合い過ぎるから困るのだ。

困る?いや何故だ?

肩とデコルテか?
そうか、多分そうだ。
夏の日差しはいっそ暴力的だ。そんなに肌を晒していたら彼女の肌が傷んでしまう。
そうだ、僕が困る理由はきっとこれだ。

平常心、平常心を保つんだ。
僕は心の中でそう唱え続け、いつもの態度を崩さないよう必死に努めた。

ところが僕は思わず、そのワンピースを欲しがる彼女に紫外線と気温差の恐ろしさを捲し立ててしまった。
気が付けば、議会の討論でもここまでは勢い付けないだろうという調子で。
しまった。やってしまった。
僕は良くも悪くも昂るとつい理屈っぽくなってしまう。彼女に引かれていないだろうか。
これ以上驚かせてはいけないと、これまた僕は平常心に努める。
普通に笑えているだろうか。

しかし、そんな僕の葛藤を全く意に介した様子無く彼女は呟いた。

「でも凄く可愛いんだよね。今度の外出の時に着たいな。」

…それは次の休暇に入れている約束の事だろうか。
僕との外出の際に、自分のお気に入りの服を着たいと願う。
もしかして彼女は僕が考えてる以上に共に出掛ける事を喜んでくれているのだろうか。

本当に、貴女にはいつもしてやられてしまう。
僕の心をかき回し、いつもは奥に潜む感情を引っ張り出す。
そして、何故かそれがとても心地好い。

弾けそうだった気は緩み、つい苦笑を浮かべてしまう。
そうだ、ショールを着ければ肩を晒す事もないか。
かき回された心を必死に隠しながら提案すれば、頬を染めて喜ぶ彼女と視線が絡み合う。

その眼差しに、心が見透かされてしまうのではないか。
ギュッと啼いた心臓を合図に、僕は慌てて顔を逸らし、彼女の手を取り店内へと誘った。



先日6月28日《夏》の別視点です。

7/1/2024, 12:38:38 PM

《窓越しに見えるのは》
早くに目が覚めて、カーテン越しに外を見た。
空は宵闇の黒から薄紅へ色を変え。
少しだけ顔を出した朝日が、あなたの守る黄金色の街並みをだんだんと輝かせていく。
街はまだ眠っているのか、昼に建物を覆う煙はまだ静かで。

夜明けが過ぎれば、黄金色の機械達が煙を噴いて動き出す。
そこには、たくさんの人々が生きている。
悩み、苦しみ、悲しみ、笑っている。
完全な復興はまだ先だけど、きっと彼はやり遂げる。
ガラスの向こうで輝きを増す街並みは、そんな明るい未来を切り取ったかのようだった。

6/30/2024, 11:47:47 AM

《赤い糸》
赤は魂の強さを示す色。
生命、勇気、博愛、情熱。
どれも力強さと高い精神を表している。
人の運命の糸に色があるならば、彼の糸は間違いなく赤い色。
緋衣草の花も霞むような、鮮明で艶やかな赤。
炎のように燃え盛っていても、他を焼き尽くすことは決して無い。
他の心を暖める、慈愛に溢れた優しい炎の色。

運命の糸は出会った相手と繋がるという。
その後紡がれ太くなるか、解れて途切れてしまうか。
それは、各々の心次第。
想いが糸を紡ぎ、繋がりを強くする。
いつまでもどこまでも一緒にいたいから。
私はあなたを想い、見えない糸を紡ぎ続ける。

6/29/2024, 3:06:50 PM

《入道雲》
地表の薄青から頂に行くに連れ瑠璃へと色濃くなる空。
その瑠璃へと届かんばかりに背を伸ばす真っ白な入道雲。
そんな光景は遠くに在りて思うもの。

今日は休暇がてら見晴らしのよい広場のある郊外へ遊びに来ていた。
ところが風に煽られこちらに向かった入道雲が降らせる強い雨によって、私達は足止めされていた。
何とか広場の四阿に入れたけれど、それなりに雨を浴びてしまった。
雲行きから夕方以降に降るだろうと思っていたので、傘はいらないかなと外出間際に話をしたところにこれ。思ったより上空の風が強かったんだな。油断した。

「ごめんね。まさかこんなに早く降ってくるとは思わなかった。」
予想を外してしまった悔しさと彼を雨に濡らしてしまったことが申し訳ない。

「貴女のせいではありませんよ。天気の正確な予測は難しいですから。僕も気を付けていればよかった。」
と、彼はすかさずフォローを入れてくれた。
こんな風に逆に気を使ってくれるところが好きだなぁ。

今日の彼は、外出用の薄い青のカッターシャツに黒のスラックスというシンプルな服装。それが逆に彼の魅力を存分に引き出している。
彼は自分の顔に雫で張り付く髪の毛を長い指でかき上げながら、雨を降らせ続ける雲の底を見つめていた。
たったひとつの仕草を取っても、どれだけ私の心を揺さぶっていくのか。

「あ、ちょっと待ってて。タオル出すから。」
甘やかな緊張を誤魔化しながら荷物を開ける為に背を向ける。
私は髪をアップスタイルにまとめてあるから、まずは彼の髪の水分をどうにかしよう。

「すみません。ありがとうござ…」
入道雲の底から意識を戻した彼の言葉が、何故かそこで途切れた。
不思議に思いながら振り向けば、そこにはこちらを見ながら目を見開き固まっている彼がいた。

え?どうしたの?何かあった?
また振り向き後ろを確かめるけれど、何もない。何の変哲もない広場が、ぱたぱた雨に打たれているだけ。
首を傾げながらタオルを手渡そうと彼に向き直ったところ、私はとんでもないものを見てしまった。

え?嘘でしょう?
私はそれまで全然知らなかった。
雨に濡れた男の人ってこんなに色っぽいの?

彼は軍人として鍛えているため、細身に見えてもしっかりと筋肉は付いている。
普段は隠れて見えない部分を見てしまったショックで、私は軽くパニックを起こした。

「これ!早く!身体!拭いて!!」

目線を地面に外してグラグラする意識を無理にでも引き戻しながら、私は彼の胸にタオルを押し付けた。
赤い!多分今の私、顔赤い!

と、その瞬間、固まっていた彼が起動した。

「何を言ってるんですか!!このタオルは貴女が使って下さい!!」
そう叫ぶと同時に、そのタオルは私の肩にバサリと掛けられた。
私もつい叫んでしまったけれど、周りに人がいたら間違いなく注目されそうな音量。うん、人の事は言えないけれど。
そんな彼を見れば、今にも爆発しそうなほどに首まで赤く染まっていて。
少し濡れたくらいだよ?大丈夫なのに。

「私よりもあなたが先に拭いて!」
「いや僕は濡れてても大丈夫ですから!まずは貴女が!」
もうお互いがパニックでまさに混乱の極み。

この調子でしばらく争うも、それでも掛けられたタオルごと肩を掴まれて濡れたシャツの胸板を無意識で目の前に晒され続けていた私に勝ち目はなく。
渋々私はそのタオルを掛けたまま雨宿りすることになった。

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