猫宮さと

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《日差し》
夏の刺すような日差しは、人の心を開放的にさせる。
いや、開放的と言うよりは暑さで思考力が鈍るのか。
さすがに砂漠で肌を晒すような事はないが、帝都は普通の夏の気温なので皆薄着になっていく。
暖められ過ぎた身体に少しでも風の爽やかさを受けようと、出来る限り肌を出す。
女性も最近は襟ぐりを大きく開く服が流行り始めた。一時期はその影響で、男の部下達が浮足立って困らされたものだ。
僕はローブ・デコルテを見慣れているので違和感などは無く、その心境が今ひとつ理解出来ていない。いちいちそれに反応していたら切りが無い。

そう思っていたのだが。

彼女が心惹かれ足を止められていたショーウィンドウのワンピースを見た瞬間、時が止まったような気がした。

色は清楚な薄青でスカート部分も膝下まで隠れる長さではあるが、デコルテと肩を大きく出した大胆なデザイン。
デコルテと肩から下は胸下の高さまで薄手のフリルで覆われているが、その分細い腰が強調されている。
女性らしさが存分に引き出される可愛らしいデザインだと分かる。

が、僕の口から出た感想は自分でも意図しないものだった。

「ほう…これはこれは…。」

このワンピースを彼女が纏っている図を想像した時、僕の中で何かが弾けようとしていた。

これを着てほしくはない。

いや、似合うと思う。
色合いも彼女の淡い色彩にマッチしているし、デザインも彼女のスタイルを引き立てつつ清楚なイメージを崩さない。
むしろ似合い過ぎるから困るのだ。

困る?いや何故だ?

肩とデコルテか?
そうか、多分そうだ。
夏の日差しはいっそ暴力的だ。そんなに肌を晒していたら彼女の肌が傷んでしまう。
そうだ、僕が困る理由はきっとこれだ。

平常心、平常心を保つんだ。
僕は心の中でそう唱え続け、いつもの態度を崩さないよう必死に努めた。

ところが僕は思わず、そのワンピースを欲しがる彼女に紫外線と気温差の恐ろしさを捲し立ててしまった。
気が付けば、議会の討論でもここまでは勢い付けないだろうという調子で。
しまった。やってしまった。
僕は良くも悪くも昂るとつい理屈っぽくなってしまう。彼女に引かれていないだろうか。
これ以上驚かせてはいけないと、これまた僕は平常心に努める。
普通に笑えているだろうか。

しかし、そんな僕の葛藤を全く意に介した様子無く彼女は呟いた。

「でも凄く可愛いんだよね。今度の外出の時に着たいな。」

…それは次の休暇に入れている約束の事だろうか。
僕との外出の際に、自分のお気に入りの服を着たいと願う。
もしかして彼女は僕が考えてる以上に共に出掛ける事を喜んでくれているのだろうか。

本当に、貴女にはいつもしてやられてしまう。
僕の心をかき回し、いつもは奥に潜む感情を引っ張り出す。
そして、何故かそれがとても心地好い。

弾けそうだった気は緩み、つい苦笑を浮かべてしまう。
そうだ、ショールを着ければ肩を晒す事もないか。
かき回された心を必死に隠しながら提案すれば、頬を染めて喜ぶ彼女と視線が絡み合う。

その眼差しに、心が見透かされてしまうのではないか。
ギュッと啼いた心臓を合図に、僕は慌てて顔を逸らし、彼女の手を取り店内へと誘った。



先日6月28日《夏》の別視点です。

7/3/2024, 12:04:48 AM