猫宮さと

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《七夕》
昼間の熱気が残る夏の夜に大きく流れる天の河を見ていると、七夕を思い出す。
7月7日に笹の葉を飾り付け、願いを込めた短冊を吊るし、星に祈る。
地方によっては旧暦に大きな吹き流しなどを通り一面に飾る伝統的な一大イベントでもある。

ただ、この帝都には当然そのような日はない。
それでも乳白色の河を見れば、離れて久しい行事が心を過ることもある。

「七夕、かぁ…」

色彩も鮮やかな情景を思い出しぽつりと呟けば、背後から声がした。

「タナバタ、とは何ですか?」

柔らかな声で問いながら、彼がこちらにやってきた。
自然に私の隣に立ち興味深げに聞いてくる彼に、私は答える。

「私のところにあった伝統行事の名前なの。」

すると彼は、ますます興味津々といった様子でこちらを伺ってくる。
新しい事を知るのが好きな彼のこと、その目はきらきらと輝いている。
ならば、と私は牽牛織女伝説について語り始めた。

働き者で休まず仕事を続ける牛飼いと機織り娘を哀れに思った帝が、ある日二人を娶せた。
夫婦になった二人は深い恋に落ち、それまで休まず続けていた仕事を放り出して、毎日ずっと二人で遊び続けた。
二人が仕事を放棄してるので、牛は痩せ衰え、織り機は埃を被り神へ備える白布が尽きてしまった。
それにお怒りになった帝が二人を天の河の両岸に引き離し、年に一度の逢瀬以外は働くようにと二人に告げた。

「それ以来、愛し合う二人は年に一度の七夕の日に白鷺の橋を渡って逢瀬を楽しむという伝説に基いてるの。」

話を締めると、彼は少し目を見開いた表情で私を見ていたと思えば、ぼそっと呟いた。

「それは…そこまで仕事をサボってしまっているのなら自業自得でしょうに…」

あ、やっぱり言うと思った。

真面目で実直な彼の性格ならまあそうなるだろうなと予想はしてた。
サボる、という単語は彼の辞書にはおそらく、いや間違いなく無い。
さっき目を見開いていたのは、牽牛織女のサボりっぷりに呆気に取られてたのね。

「身も蓋も無いけどその通りだと思う…。」

私も苦笑いしながら答える。
多少なら分かるけれど、ずっとサボり続けるのは良くないよね。
でも…

「…ですが…」

彼が真剣な顔でこちらを見ながら、何故か躊躇いがちな声で呟く。

「…二人が離れ難かったというのは、分かる気がします。」

それは、星が瞬くような囁き声で。
私の心が読まれたのかと、心臓をギュッと掴まれて。

夏夜の温い風が、熱くなった頬を冷ますように撫でて通り過ぎていった。

7/7/2024, 1:06:13 PM