《遠い日の記憶》
ある日の事。幼い僕に、乳母が語りかけた。
「坊っちゃん、あなたは誰かを助ける心を持つ優しい人になってくださいましね。
ただ、残念ながら優しいだけでは誰かを救う事は出来ません。誰かを救うには、それ相応の力が必要です。
力は使い方を誤れば人を傷付ける凶器になりますが、正しく扱えば人を守る強靭な盾となります。」
その表情は真剣で、周りの空気もピンと張り詰めていた。
普段は和やかで優しい乳母だけに、その話がとても大事なものだと僕は幼いながらに悟った。
「ですから、心得て下さい。決して、力の使い方を誤らないと。
それがどんな力であれ、です。」
乳母は揺らがぬ眼差しでその意思を確認するように僕を見つめた。
「うん…はい、わかりました。」
僕もそれに倣い、丁寧に返事を返した。
すると鋭い空気から一転、いつもの包み込むような笑顔に変わった乳母が言ってくれた。
「安心しました。坊っちゃんなら、きっと正しく力を扱って下さいますね。」
今はもう遠い昔。父上が亡くなられて少しの事だった。
齢の離れた兄姉は既に軍への道が決まっていた。
苛烈な兄姉を見て思うところがあったのか、いや、あの人の性格だろう。
普段は優しかったが、要所で厳しく必要な事を言い聞かせられていた。
確かに、力なき正義は何もないも同然だった。
非人道的な軍の作戦に反対しボイコットをしたが、結果は僕が左遷されたのみ。
あの作戦は、実行に移されてしまった。
僕に力があれば、作戦を停止出来たかもしれない。
あの村…乳母の故郷を救えたかもしれない。
そのように、意味のないたらればに頭を支配される事がある。
大抵、何かに打ちのめされた時だ。
そして、同時に逡巡することもある。
僕は、果たして力を正しく使えているのだろうか。
以前は、強力な銃。
闇の眷属を掻い潜り、邪神を倒すのに必要だった。
今は、強大な権力。
闇の眷属よりの被害も大きい、我が国を蘇らせる為。
僕は、今持てるこの力に相応しいのだろうか。
暗闇が頭に帳を降ろし、思わず立ち止まりそうになる。
そんな時は、乳母の言葉を思い返す。
「きっと正しく力を扱って下さいますね。」
そう。乳母は、僕を信じてくれた。
この言葉が、暗闇を晴らす一条の光となる。
相応しくないなら、相応しくなる努力をするまで。
国の安寧の為なら、厭わず邁進しよう。
瞼の裏の明るい未来を実現する為に。
7/18/2024, 8:04:54 AM