藍星

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8/30/2024, 12:08:01 AM

はい!こういうの好きかなって思ってさ。よければ、使ってね。

わぁっ!ありがとう!
と、プレゼントを受け取る。
熱帯の海の中で、鮮やかな魚たちが泳いでいる光景を再現した手のひらサイズのジオラマの中に、サンゴを模した時計の針が動いている。
とてもオシャレな、卓上時計をもらった。

海の青がきれいだね!曇りの日でもこれを見てたら、気持ちが晴れやかになりそうだよ!



ねえ、こんな麦わら帽子はどうかな?

いいんじゃないかなぁ。っていうか麦わら帽子って、あの畑にある麦の色だけじゃないんだね。こんなにカラフルなものは初めて見たよ。

そうだねー。確かに、あの麦の色を思い浮かべると思うけど、デザインも色も、ここはたくさんあるよ。あなたには・・・
これなんかどう?・・うん!いいと思うよ!
あなたの雰囲気に合ってると思うよ。

選び取り、私の頭に被せられたその帽子は、紺色に黒いリボンの麦わら帽子。
その自分の姿を鏡で見る。
ついついにやけてしまっている自分の顔が映し出され、急いで真顔に戻った。

恥ずかしがることないのに〜。もっと自信を持っていいと思うよ!あなたは。



久しぶりに少し遠出をして、
彼と温泉にやってきた。

お風呂上がりに、冷たいものを買ってくると言っていた彼が戻ってきた。


夏といえば、かき氷かなって思ってさ。
ほら、君の好きなブルーハワイ味。

ありがとうと受け取るも、不思議に思って聞き返す。
かき氷は好きな方だけど、ブルーハワイ味は好きな方ではないんだけど・・
どうしてそう思ったの?と。


えっ?君は青が好きなんだろ?
君の友人からのプレゼントや、君が選ぶものはたいてい青系のものじゃないか。
君の母親だって、あの子は青や紺色が似合うって言ってたぞ。

その言葉に、また自然と笑みがこぼれてしまったのを感じた。

あぁ、でもさすがに好きな色と好きな味は別物か。悪かったよ。
とにかくオレも、青系の色が君にはよく似合うと思ったんだ。今、君が着ている浴衣も青い朝顔の柄だし、似合ってると思うよ。


えっと・・そう、なんだ。ありがとう。
彼が褒めてくれてるのは、わかっているものの何故か彼からの、"青が似合う"という言葉はあまり嬉しくなかった。


・・もしかして、怒ったのか?

どうやら顔に出ていたようで、彼が心配そうな表情を向けてきた。

いや、そうじゃないよ。怒ってはいないから。と、答えても彼の表情は変わらなかった。

でも、いつも君は青が似合うって褒められたら嬉しそうにしているじゃないか。なのに、オレが褒めてもあんまり嬉しそうじゃなかった。だから本当は、怒ってるんじゃないのか?

本当に心配しているというか、不安そうな彼の様子に、私はいたたまれなくなってしまった。
そんなに、青が似合うって言葉に喜んでいたことがバレてたなんて・・
いたたまれなさと同時に、恥ずかしさも湧き上がってきた。


あの・・本当に怒ってないから。大丈夫。
かき氷のことは、むしろ私のことを気遣ってくれたことはちゃんと分かっているから。
ただ、その・・・青が似合うって言われて嬉しいのは・・・
言葉にならず、うつむいてしまった。


何でそんなに赤くなっているんだ?耳の先まで真っ赤だぞ。

私は思わず、耳を手で隠した。


と、とにかく!
あなたから言われて嬉しい言葉は、青が似合うじゃなくて、その・・そう言う言葉じゃないの!
半ばヤケになって出た言葉だった。
しかし、そんな言葉でしっかり伝わるわけもなく・・


・・じゃあ、どうしてオレの言葉じゃ嬉しくないんだ?それに、何て言ったら喜んでくれるんだ?

私はできる限り落ち着いて、彼に顔を向けて答えた。
私はあなたの方が・・あ、青が似合うと思う。その・・青い服とか、小物とかはもちろんだけど、青空とか、青い海とかもとても似合うと思ってて。
だから、あなたにふさわしい人になるには、私も青が似合う人になったらいいんじゃないかって思ったの。

彼は驚きの表情をした。

だから、あなた以外のみんなに、青が似合うって言われたら嬉しかったの。あなたにふさわしい恋人になれてるよって、言われているみたいで。
だけど、あなたからはその・・青が似合うとかじゃなくて・・そういう言葉じゃなくて・・ただ・・


そういうことだったのか。よくわかったよ。
それなら、オレからほしい言葉は青が似合うって言葉じゃないな。
というか・・

彼は私の手を握り、頬にキスをした。


言葉は何もいらないかもな。

それに、と彼は続けた。

みんなの言葉で、君自身がオレにふさわしい恋人になってるって判断する必要はないと思うぞ。そういう意味で、ちゃんとみんなの言葉を聞くんじゃなくて、オレが君をどう思っているかを、ちゃんと聞いてほしいって思う。


私は彼の手を握り返した。
そっか。ありがとうね。
確かに、全てのことに言葉はいらないのかもね。
ただこうして、手を握っているだけでも、あなたの想いが伝わってくるよ。


彼は安心した表情になった。

でも、少し焦ったんだからな。怒らせたかもって。その分の埋め合わせはしてほしいな。


私は彼の頬に、お詫びのキスを贈った。
今日はこれで勘弁して。
ほら、かき氷が溶けちゃうよ。
早く食べよう。


そう、私が本当にほしかったのは
青でも、青が似合うという言葉でもなく、

  ただ・・・こうして
    彼と一緒にいることだったんだ。

8/20/2024, 10:48:19 AM

もしかすると、これが顔を合わせる最後の時だったらと、感じる時がある。
虫の知らせか、ただのふとした感覚か、曖昧なものも、確信めいたものも混在している。

確信めいたもの。
それが最もあるのは、相手が私から離れる時ではなく、私が相手から離れようととする時だ。
それはもはや確信とは言わないのかもしれない。自分の意志が、実現することを知っているというのかもしれない。



ねえ・・いなくなったりしないよね?


えっ?と、
不安そうな顔を向けてきた彼女を見る。
泣き出しそうな表情とは言わないが、その手前のような、すがるような目で私を見つめていた。

どうしたの?いきなり。
私は言葉の意味がわからず、なだめながら問い返した。 


だって、いなくなっちゃいそうな気がしたんだもん。


大丈夫だよ。とは、何故か言えなかった。
そのはっきりとした理由が、その時の私の中にあったわけではないのに。

ただ、大丈夫とは言えないという漠然とした気持ちが私の心の中にあった。
そういうのに名があるとするなら、予感とでも言うのかもしれない。


もし私がいなくなっても、あなたなら大丈夫だよ。もう立派にいろいろ覚えたし、こなせるようになったじゃない。
むしろ私はそろそろお役御免すべきかなって思うほどだよ。
励ましと、ほんの少しの笑い要素を含めて言ったつもりだったが、彼女は笑わなかった。

むしろ、泣き出す一歩手前の顔から、泣き顔になっててしまった。


そんなこと言わないでよっ!


あっ、ごめん。だ・・大丈夫だよ!私は、そんなにヤワじゃないから!だから、ちゃんといるから、落ち着いて。
その言葉を言いながら、申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。
泣かせてしまったからではない。

大丈夫、ちゃんといる。
これは嘘だという、
漠然とした確信があった。



––・・・しっ・・きて・・起きて!––

彼女の必死の呼びかけに、私は目を覚ました。

しかし、目を覚ましたものの、
起き上がれなかった。
私の体は、鉛になってしまったかのように重く、遅れて鈍い痛みがジンジンと広がってきた。


良かったぁ!!

抱きつかれて、私の胸にすがりついて泣いている彼女を見ても、私はまだ状況がのみこめなかった。


そっか・・私、生きてるんだ。
漠然とそう感じた後、彼女は私の手当てをしながら


この作業は危険を伴うものだって、わかっているけど・・でも、だからって最初から生きるのを諦めるような気持ちでいるのは間違っているよ!
最初から、いなくなる前提で私と距離を置こうとしたり、当たり障りのないことしか言わないでいられると・・
本当に突然別れるより、悲しくなるよ。
だから・・別れの時が来る前に、
さよならって言う前に、もっと生きてる心を大切にしてよ。
いなくなったら、嫌だよ・・。


生きてる心を大切にする。
それは、心と命を削ることが当たり前だと思っていた私にとって、
さよならの言葉より、
重くて強くて、

あたたかい言葉だった。



7/13/2024, 3:48:12 AM

は、早く!機械を止めて!!

    おい!そんなのほっといて離れろ!

キャーー!!血がっ、血が!!
   早く、誰か救急車!

  消防車は呼んだのか!?
   その前に消火器よ!どこにあるのよ!


悲鳴と怒号が飛び交い、パニックになっている中、私はその場から少し離れて119番通報をした。

とても電話の声がちゃんと聞けるような状態じゃなかったから・・
それくらい、機械の暴走音や炎の音、それらに慄く人の悲鳴や叫びで現場は大変な騒ぎだった。





–––い・・きろ〜・・起きろって。

肩を叩かれて、ハッと目が覚めた。
私を起こしてくれた相手は、私に栄養ドリンクを差し出していた。

ほれ、これでも飲んで目を覚ませ。
まだ、今日の仕事は残っているんだ。もう一踏ん張りせにゃぁならんからな。

あぁ、タツさん・・そうですね。ありがとうございます。・・いただきます。
と、栄養ドリンクを受け取る。


その栄養ドリンクのラベルには、
"二日酔いには、これ一本!"の大きな文字。

二日酔いで眠ってしまったわけではないんだけど・・と、内心思ったものの、気づかいは十分感じた。
一気に飲み干し、フゥと一息つく。
栄養ドリンクのおかげか、少し眠ったからか、眠気は大分減り頭もスッキリしていた。


その日の仕事は、
無事に終えることができた。

今晩こそは、しっかり寝たい。帰りに銭湯にでもよってあったまったら、しっかり寝られるだろうか・・
などと考えながら、帰り支度をしているとタツさんに声をかけられた。

晩飯がてら飲みに行こうと思っているんだ。一緒に行かないか?
たまにはおごってやんよ。

私は無言で複雑な眼差しを向けた。

あ〜〜〜、わぁーってるって。そういう目で見なくても、加減すっから。
今晩は、ビール一杯だけにすんよ。
前にあんたに引きずられて家に送られた時は、さすがにカミさんにも怒られてな。
それに、あちこち痛かったなぁ。
もう、あんな思いは勘弁だって、反省はしてるからよぉ。


本当ですか?と念を押すと、
ホントホント。と、軽い返事。

正直、あまり信用出来なかったが、今しがた帰宅する前に寄り道しようと考えていたところだった。
銭湯から、外食に変更になったと思えばいい。

それに、加減して飲むという言葉は信用できない人だが、タツさんは根はいい人だ。


タツさん曰く、穴場の居酒屋に連れて行かれた私は、早速晩御飯をご馳走になった。
普通に一人前は食べたつもりだったが、タツさんはもう食べないのかと、浮かない表情だった。

あんた、最近眠れてないだろ。
それに、飯も前より食わなくなった。
この前の事故のことで、警察とかから事情聴取ってやつ、受けたんだろ?
おおかた事故の経緯に加えて、事件の可能性から人間関係まで聞かれたりしてるってとこか。あと、他言すんなって言われているだろ?そんなことが気にかかって疲れがいつも以上に溜まっている。違うか?


私はタツさんの視線から逃げた。
まあ、そんなことをしたらタツさんの言葉を肯定したようなものなのだけど。


・・・とりあえず、眠れてないのと食欲がないことは認めます。
と、私は白状した。なるべく態度に出していないつもりだったが、タツさんは妙な鋭さがある人だ。


あの事故は、さすがにおれも肝が冷えたなぁ。だが、あんたはさすがだ。あんな状況になっても誰よりも冷静に状況把握と通報をしたんだからな。
まぁ、このおれを怖がらないあんたなら、当然のことっていやぁ、当然のことだがな。


タツさんは、もうすぐ定年退職を控えている。私にとっては、祖父とも言えるくらいの人だ。
しかし、その出立ちや風貌は明らかに
"昔は悪ガキで、不良でした"オーラ満載だ。
仕事仲間でも、タツさんに好んで近づく人はあまりいない。

一概には言いませんが、明らかに不良だとわかる格好や態度は、"弱い犬ほどよく吠える"ようなものだと思っています。
つまり、本当は臆病で寂しがりで、強く見せようとすることで人の注目や気持ちを集めたいと思っている。
本当はその行動こそが人を遠ざけているとは知らずに。
愚かと言えば愚かだけど、それ以外に自分の気持ちのぶつけどころがわからない苦しい人でもあるのだろうなとは、時々感じます。
タツさんは、今はその気持ちぶつけどころというか、健全な昇華方法を持っているように思う。だから、怖くはありませんよ。
と言うと、タツさんは大笑いした。

さすがだなぁ。
こんな時でも冷静な状況把握とはなぁ。
あんたのいう通り、昔のおれは愚かな気持ちのぶつけかたしか知らない悪ガキで、不良だった。
何度警察の世話になったかはわからねぇ。
幸い、大きな罪にはならずに今日までいられたわけだが、絡んでいた不良仲間にはムショに入ったやつもいた。
その時、警察は誰が喧嘩や事件の発端で、首謀者は誰かみたいなことを、おれにもよく聞きにきた。前科があるっていうのはもちろんなんだが、顔と名前を知っているってだけでしつこく聞いてきたり、昔のイザコザなんかを掘り返して、その時のことを恨んでいるんじゃないかみたいな言いがかりに近いことも言われたことがある。
だから、あんたが今回の事故でどんなことを聞かれたのか、何となくわかる。
特にあの事故で、まだ意識の戻らない重症人も出たからなぁ。警察が聞き込みをするのは当然と言えば当然だ。
それに、カシラは事故だと言っているが、警察は怨恨の事件の可能性大と見ているって噂だ。あくまで噂だが、おれの勘はそうなんじゃないかって言っているな。

タツさんの元不良としての勘が言っているのかもしれないが、私も内心そう感じていた。しかし、私たちは警察ではない。もし、そうだとしても私にできることは、できる限りの情報提供をすることだ。



なぁ、一番と一流の違いって知ってるか?

脈絡のない突然の言葉に私は、呆然とした。
しかしタツさんは、いいから答えろと促してきた。

えっと・・一番は、一番上ってことですよね。一流は・・うーん、一番になれる実力がある人のこと、でしょうか。
自信なさげに答えた。

なーるほどなぁ。うん、それも間違いじゃ無いと思うぜ。おれはな、一番は一番大きいものを持っていることで、一流はその一番大きいものを一度は持ったことのある人のことを言うと、思ってたんだ。

思ってた?今は違うんですか?
と、聞くと、あぁ違うな。と返してきた。

あんたさっき言ってたよな。
"弱い犬ほどよく吠える"
つまり、本当は臆病で寂しがりで、強く見せることで人の注目や気持ちを集めたいと思っている。って。
強く見せる方法ってのは、何も不良だけじゃない。仕事で言うなら、たくさん稼ぐとか名を宣伝するとか、規模を大きくするとか。
そう言うのも、強く見せるってことだ。
カシラも最近、無謀な拡大をしてるだろ?あれもおれに言わせりゃあ、"弱い犬ほどよく吠える"行動だ。その結果、ああいう事故って形で、しわ寄せがあらわれる。
今回は死人は出てないが、おれはもし次のしわ寄せがくるとしたら、その時はきっと死人が出るだろうと思っている。

タツさんは、ビールをあおった。

一番を目覚す"弱い犬"は、一番になったところで、本当に欲しいものを得られないって気づくんだよ。
それも、取り返しのつかない状況になって、やっと気づくんだ。
あんたのいう通り、自分で遠ざけているって失う前に気づけない愚かなバカ犬さ。

その言葉はまるで、タツさん自身に言い聞かせているみたいだった。

一番を目指す心意気はな、弱さから目を逸らすためにあったところで、ロクな結果を生まないんだ。本当に価値のある一番ってのはな、自分の弱さを知って、それを受け入れて得られた強さをものにできたときの自信なんだ。他人と比べて一番なんじゃない。自分がこれでいいんだって納得できることが一番なんだ。それに気づけたら、他の人と競って得た一番なんて、あってもなくてもどうでもよくなるんだ。

じゃあ、一流って何ですか?

自分が納得して得た強さを、大切な人のために発揮できる優しさと心構えを持った奴のことさ。
あんたは、その一流になる素質が十分にある。ここでおさまるようなタマじゃない。おれはそう思う。だからよ、もっと食べて、早く元気になれ。

タツさんは、店員に声をかけた。

おーい。追加の注文頼むぜ。
あ、ビールも追加で!


私はタツさんのビールを取り上げた。
今日は一杯だけって、言いましたよね?

いいじゃんかー。あんたが食べてる間、残り少ないビールをチビチビ飲めっていうのか?

私には、一流になる素質があるって言いましたよね?一流は、大切な人のために、自分の力を発揮できる優しさと心構えを持った人のこと、なんですよね?
なら、一流の私はタツさんが飲みすぎないように、奥様に怒られないようにビールを取り上げるべきと判断します。

タツさんは心底落ち込んだ表情をした。

前言撤回!今のあんたは一流だが、さっきおれが言ったのは、超一流の奴のことだ。
だから、ビールは返せよ。


三つ子の魂百まで。とはこのことかな。
この駄々のこねようは悪ガキと言わずして何というのか。



全く、ここでビールをやめておいたら、
タツさんのこともっと尊敬したのになぁ。


      ––––––––––––––––––––


はい、タツさん。お土産。


たくさんのお酒が供えられている墓前に、私は持参したものを加える。


あちらでも、酒盛りはしているんだろうな。まあ、楽しんでいらっしゃるなら、私は何も言いませんよ。
でも、私はたぶん一流ですよ。

たくさんのお酒が並んでいるが、
"二日酔いには、これ一本!"の栄養ドリンクをお供えしたのは私だけだった。

タツさんのお墓参りの品として、栄養ドリンクを思いつく私は、タツさんの言う一流には私はなっていると思うんだけどなぁ。
まあ、でも、タツさんの駄々をこねる気持ち、少しはわかるけど。



あれからいろいろあり、私たちの勤め先はなくなった。

お互い、進む道は変わったものの、これまでずっと、一番を目指すべきと考えていた私にとって、タツさんの言葉は今でも心に強く残っている。


タツさんの言う、超一流ってなんなのかな・・一流のさらに上だよね。うーん・・


スマホにメッセージ受信の通知。
彼から
『墓所の前に着いた。待っているから。』


タツさん。迎えにきてくれたみたいだから、行くね。また来ます。


超一流とは、きっと・・
 一番で得た自信を、一流の心で発揮して
   大切な人達と一緒に幸せになること。
   そして、その幸せを広げていくこと。

これが
  私の見つけた、超一流だよ。 
               タツさん。

6/21/2024, 12:07:48 AM

曇天の朝は、目覚めが鈍い。
何となく頭が重いし、体もだるい。

私の場合、天気の影響というよりも持病の影響の方が大きいのだろうけれど。


おはよう・・・ん?・・あれ?

起き上がり寝室を出る。
私より先に起きているはずの彼の返事がなく、不思議に思ってあちこち見回す。

どこにも彼の姿はない。
代わりに、置き手紙を見つけた。

"おはよう。
突然なんだが、大至急取りかかるようにという案件が回ってきた。
いつ終わるのかはわからないが、今日は帰れないと思う。遅くても明後日には帰る。
オレが帰るまで、いつも以上に体調に気をつけて過ごしてること。
いってきます。"

どうやら私が寝ているのを起こさないように、気をつかって手紙を残してくれたみたいだ。

スマホを取り出し、彼に置き手紙を読んだことと、私のことは心配せずに行ってくるように、メッセージを送った。


そして、起きる前に送られてきていた新着のメッセージの存在に気づいた。




青々と茂る草木の香りが風にのって流れてくる。その香りの中を進んでいくと、ほのかに甘い香りが混ざるようになってくる。

曇りの空の下でも、生き生きとしている草木が植えられている広い庭園の中を進んでいく。

庭園の中にはすでに多くの人が、各々の作業をしている。
その作業をしている人達の中から、メッセージの送り主の姿を見つけて声をかけた。


おぉ、おはようさん!来てくれたんだな。助かるよ。

友人のマツが、作業の手を止めて私の元へやってきた。泥で汚れた手をはらい、道具箱の中から必要な道具を選び出し、私に差し出す。

こういう植物の世話や、軽い物作りは得意だろ?できる範囲で構わない。祭りに間に合わせるために、頼むよ。

了解。それで、まずは何をしたらいい?
と、私は差し出された道具を受け取る。マツは少し離れた柵で囲まれた場所を指さした。

あそこは、飲食用・・まぁ、主にハーブティー用の作物を育てている場所なんだ。今日の分の収穫がまだ終わってないらしいから、まずはそれを手伝ってきてほしい。
それが終わったら、おれらがやってる剪定と支柱や添え木の補強、誘引を手伝ってくれ。

わかった。じゃあまずは収穫に行ってくるね。と、私は示された場所へ向かった。


通称、花祭りと呼ばれている祭りが、
近々行われる。
元は日頃からお世話になっている相手などに花を贈って感謝を伝える風習から生まれた、小さな地元の祭りだったらしい。

今でもその花で感謝を伝えるという風習はある。しかし、今ではそれに加えてフラワーアレンジメントの競技や、花を使ったハンドメイドのアクセサリーや日用雑貨の販売、それらの手作り体験会までもが行われるようになった。
また、花を使った芸術品の展示や、食べられる花やハーブを使ったスイーツや食べ物の販売もある。もちろん、個人で花を調達して祭りに参加する人達もいるのだが、祭りを主催している地域もいくつかの催しものを出すらしい。

ここはその地域が管轄している
庭園兼、花農園。
今ここでは、その花祭りのための花々の管理と収穫、加工などの作業が行われていた。

マツは長年この時期になると、主に花を管理する作業を請け負っている。
しかしマツ曰く、近頃の花祭りの準備には昔よりもいろんな花や、その花を加工したものが必要でとても忙しくなったとのこと。

そこそこ有名で大きな祭りで、地域外からも祭りに訪れる人は多い。そのため、この時期この場所は作業に追われている。
今回、その作業を手伝ってほしいと、マツに頼まれたのだ。


ハーブの畑に行くと、すでに何人かの人が作業していた。私もその中に混ざり、作業を行う。

私はこの作業は初めてではない。
だから、教えてもらわなくてもすぐにできるのだが、すぐ隣で、どれが収穫すべきものなのかわからずに迷っている人がいた。

あのー、どの葉を摘めばいいのかわかります?私、今日初めて来て・・わからなくて。

あぁ、初めてならわからないですよね。
私もそうでした。こっちが未熟で、こっちが成熟している葉です。根本の色が、成熟すると濃くなるんです。この色はまだ未熟な色なんですよ。見本にこれを持って、見比べながら収穫するといいですよ。

ありがとうございます。わかりやすくて、助かります!


花の香りを嗅ぎながら収穫するのは、とても気持ちがいい。曇りの空は、晴れている時より作業がしやすい。
曇りの空の気だるさは残っているものの、マツのおかげで、いい気晴らしのきっかけをもらえた。


収穫を終え、剪定作業を手伝う。
庭園としても解放しているこの場所の花々は、摘み取りもするが、その後も生き生きと咲き続けられるようにしっかりと管理が必要だ。

支え続けられるよう大きな支柱を持ち上げて、押さえる。
その支柱と別の支柱を、マツが麻紐で縛りつけて、大きな花の木を支える。

いやぁ、助かるよ。これをやるのはなかなか大変なんだ。お前さんがいてくれて助かった。


庭園と花農園に隣接する建物の中では、子供達が、造花を作っていた。
地域の子供達の作品として展示するためでもあり、祭りの会場の飾りつけとしても使われるものだ。

また、本来は生花を贈る風習だが、自分だけの特別な花を作って遠方の人へ贈ったりするためのものでもある。

外の作業で少し疲れた私は、飾りつけのための造花作りをしていた。すると、一人の小学生の男の子がうまく作れずに、さじを投げかけていたのが目についた。

一緒に作ろうか?と、声をかけると男の子は頷いてくれた。
何色の花がいい?
 ––––黒がいい!カッコいいもん!
そうだね。君だけのカッコいい花がきっとできるよ。じゃあ、どんな葉っぱがいいかな?
 ––––うんとね、おっきな赤い葉っぱ!
おぉ、確かに強そうでカッコいい花だね。
じゃあ、どれくらいの大きさの花かな?
–––ボクの手よりおっきいのがいい!

そんな会話をしながら作ることしばらく。
黒の花びらに赤い葉の、ひまわりのような花が出来上がった。
その独特の花は、他の子供達の目を惹きつけて、男の子はちょっとだけ上機嫌になった。

各々の子供達の独特な花を見ながら、微笑ましく見ていると、マツが休憩のついでに様子を見に来た。
あの独特のひまわりを作った男の子と少し話をしていた。

少しして、その男の子が私にピンクのコスモスのような造花を手渡してくれた。

はい!一緒に作ってくれてありがとう!ボクもピンクのお花をあげるよ!

思わぬプレゼントに驚きながらも、嬉しかった。ありがとうと受け取った。
しかし男の子の "ボクもピンクのお花をあげる" という言葉に違和感を覚えた。

ピンクの花を、この男の子以外からもらった覚えはないのに、どうして?
男の子にそのことを聞きたかったが、すぐに走り去ってしまった。


よう、おつかれさん。今日はお前さんがいてくれたおかげでいろいろ助かったと、みんな言ってたぞ。あの坊主も、カッコいい花が作れたと、ずいぶん喜んでたな。

マツが私に緑茶を手渡してくれた。
それを飲みながら他愛もない話をしていると、マツは思い出したように聞いてきた。

そういや、アイツはどうしてる?

アイツとは、彼のこと。
急な用件ができて、今朝私が起きる前に出かけたみたい。なんか二、三日帰れないかもしれないらしいよ。
と答えると、マツは納得したように

な〜るほどな。それで、その首の後ろのマークがあるわけか。きっと、その離れている間の置き土産だな。

えっ?マーク?なんのこと?
首の後ろに何かあるの?
と、首の後ろを触る。しかし、特に何も感じない。

マツは私の首の後ろをスマホで撮影し、その写真を私に見せてきた。

私はその写真を見て、恥ずかしさのあまり首の後ろを手で隠した。
写真を取り消そうとスマホに手を伸ばすも、その行動をわかりきっていたかのように、あっさりとかわされてしまった。

さっきの坊主、お前さんのこれを見てな–––
あの人、ピンクのお花をもらったんだね。誰にもらったのかなぁ?
って聞いてきたんだ。
んで、あの人がいてくれて一番嬉しく思っている人からもらった、特別な花なんだぞ。って、言ってやったんだ。

それで、"ボクもピンクのお花をあげる"って・・もうっ!何でこれがあることをもっと早く教えてくれかったの!?一日中これに気づかないで作業していたなんて・・
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってきた。

マツは面白そうに、かつ微笑ましそうに写真を眺めながら

言ったらお前さんはすぐ隠してしまうだろう。いやぁ、本当にお前さんがいてくれて良かったよ。この写真を眺めてたら、渋い緑茶でも甘〜い紅茶になるな。今日の晩酌はどんな酒でも甘口になりそうだ。

やめてよ!そんな悪趣味なこと!そんなことしなくていいから!さっさと消してよ!
私の抵抗すらも楽しんでいる悪趣味な友人は、しばらくの間本当に写真を消してはくれなかった。



私の首の後ろにあったピンク花。
それは彼からの、
 数個のキスマークだった。



一足早い恥ずかしい花祭りの贈り物を含めて、草花の香りに囲まれながら
あなたがいたから–––と
感謝の言葉をたくさんもらえた日だった。



それからしばらくの間、マツから日頃の惚気の証だと、彼もその写真でからかわれて少し恥ずかしい思いをしたらしい。

6/9/2024, 5:23:07 AM

お大事になさってください。
 
どうもありがとうございました。


病院というのは、行くだけで疲れてしまう。
体を良くしてもらいにいく場所のはずなのに、病院を出る時は
来た時よりも体が重い気がする。

今日も患者は多く、長く待つことになった。


病院を出て、
薬をもらうために薬局へ向かった。

薬局で薬を待っている間に、彼に迎えを頼もうとスマホを手に取った。

しかし、ホーム画面が映らない。
やっと映ったかと思っても、タップに反応しない。そうこうしているうちに、電池切れになってしまった。


おかしいな。今朝は十分にバッテリーはあったし、大して使ってもいないのに。それに、ずいぶん感度が悪くなってた。
・・とりあえず、連絡どうしようかな・・

病院の混み具合はその日によって違うから、いつ診察が終わるのかわからない。
帰りは迎えに行くから、病院が終わったら、連絡を––と、言われていた。


薬を受け取ってから、
私は再び病院に戻った。
公衆電話のある場所として、病院が思いついたからだ。設置されてない病院もあると聞くが、幸い設置してあった。

彼に連絡をして、迎えをお願いした。すると、知人から急遽頼まれごとをされたとのこと。もうしばらくその頼まれごとを片付けるのに時間がかかるから待っててほしいと言われた。

私はふと思いついたことがあり、彼にその旨を伝えて、電話を切った。


病院から出て、思いついた場所へ歩き出す。
確かこの辺にあったような・・あ、あった。

訪れたのは携帯ショップ。
時間があるため、スマホを見てもらうことにした。やはりいざという時に連絡できないと困るし、彼に余計な心配もかけてしまう。

見てもらうと修理は可能だか、長く使っていたため、入れ替えを勧められた。少し迷ったが、入れ替えることにした。

運良く店舗に新しい端末の在庫があり、入れ替えをすぐに始めてもらうことができた。
その作業が終わるまで、私は店の中で待っていることにした。



そういえば前にここに来た時も、病院から来たんだったなぁ。

前にここに来た時––––
もう何年も前のことだ。


私は当時、とある団体に所属して活動をしていた。私個人としては、それなりの高い志を持って活動していたつもりだった。

だが、その団体はあまり良く思われてなかったようだった。私個人としてよりも、その団体に所属する団員として見られてしまい、あまりいい印象を抱かれてなかったと感じた。

しかし、私個人の人柄や才能を評価して、一人の人間として親しくしてくれた人も少なからずいた。


火のないところに煙は立たない。良く思われてなかったのには、たとえ誤解であったとしてもそれなりの出来事があったから。

その出来事に私自身は関わっていなかったとしても、団員だった私には関係あることになってしまう。


私自身は、その出来事の本質のところまでは知ることがなかった。だけどよほどのことだったようで、警察官と思われる人に見張られていたり、地域の公務員のような人に事情を聞かれたことがたまにあった。

そんな日々が続いた結果、団員が徐々に減り、私が請け負わねばならない案件が次第に増えていった。



そんな私を、数少ない残った団員仲間の男性がよく手助けしてくれた。
おかげで、何とかほぼ全ての案件を終えることができた。


その後、私はそれまでの疲れが出たのか、高熱を出してしまった。まるで私の熱がうつったように、その時持っていたスマホも不調になった。

私が休んでいる間、仲間の男性は私に何度か連絡をくれたようだった。しかし応える気力はなかった上に、充電してもバッテリーが溜まらない状態になっていたため、体調とスマホが直ってから連絡しようと思っていた。


しかし私が休んでいる間に、人命に関わる重大な事故が発生したらしいと聞いた。
私は団員だが、その場にいなかったおかげでその事故の火の粉はさほど浴びずに済んだ。


結果、その事故は
裁判で審議するような事態になったらしい。



高熱の症状を病院で診てもらい、その足でスマホを見てもらいに店に行った。結果、修理よりも入れ替えの方がいいということになった。その時は取り寄せてもらうことになった。

その間に、私は団体での活動に限界を感じ、団体を抜けることにした。いろいろあって、仲間の男性やそれまでお世話になった人達にも、ちゃんと会わずに別れることになってしまった。


後々になって聞いたのだか、仲間の男性は私を優秀な団員としても、また一人の想いを寄せる女性としても見ていたらしい。
その男性の中では、私と二人で団体を立て直そうとしていたとか・・・

正直、私はその人を頼りになるけれど、そういう対象としては見てなかったし、立て直すほどの可能性を、その団体にはすでに感じてなかった。

私が熱で休んでいる間に連絡してきたのは、その気持ちを伝えるためだったのかもしれないと、風の噂程度に聞いた。
             ––––––––


携帯ショップで待っている間、
そんなかつての出来事を思い出して、ふと考えた。

もし、あの時スマホが壊れずに連絡できる状況だったとしたら・・
もし、その時想いを伝えられて、一緒にやっていこうと熱を込めて言われたら・・

私はどうしただろう・・?
もし一緒にやると、あの男性と一緒に行くと決めてたら、今はどんな気持ちになっていただろうか?

私は、幸せになっていたのかな・・?



突然、優しく肩に手が乗せられた。
その手の主を見て、私はほっと安心した。

悪い、待たせたな。
何かいつも以上に疲れた顔してるな。
具合でも悪いのか?

私は首を横に振った。
あなたが来てくれたから、もう大丈夫。
あぁでも、いつもよりたくさん歩いて疲れちゃったかな。


そのすぐ後に、新しいスマホを手渡された。
そして、今まで使っていたスマホはどうするか?と聞かれた。

私は隣の彼の顔を見た。

思い入れがあるなら、持っていてもいいんじゃないか?

いつもの彼の優しい気遣いの言葉を聞いて、私はさっきまで考えていたことの答えは、とっくに出ていると、再認識した。

私は今まで持っていたスマホを手放す旨を伝え、引き取ってもらった。


帰る道中に、どうしてあっさり手放したのかと彼に聞かれた。

私は新しくなったスマホをぼんやり眺めた。
あのスマホになった時のことを思い出してて・・あの時は、私にとって大きな岐路だったなぁって思ってたの。
だからもう一度、私が望んでいる方の道を選んだんだっていう、証として手放したの。


岐路って?何の岐路だったんだ?

少しの間考えて、私は言った。
私が、私の幸せを見つけるための岐路、かな・・・あの時、スマホが壊れたのは、
もしかしたら正しい道を選ぶための導きだったのかもしれないなぁって、思ったの。


"全ての道はローマに通ず" って言葉、
知ってるか?

突然の彼の少し得意げな言葉に、私は少し戸惑いながらも頷いた。

全て道がローマにつながっているなら、どの道を選ぼうが、ローマを目指す気持ちさえあれば、誰でもたどりつける。
よく知らないが、たとえ前のスマホが壊れなくても、君ならちゃんと幸せへ向かう気持ちで、君の幸せを見つけられると思う。
つまりさ、岐路っていうのは目の前にある道を選ぶことじゃなくて、
どの気持ちを選ぶかってことだと思うんだ。


私は彼の言葉に、
より心があたたかくなった。

そっか。じゃあ、前のスマホは私の気持ちをくんで、壊れてくれたんだね。


私は確信した。
そして、こっそり心の中で彼に向かって
断言した。

  あなたと一緒にいる今のほうが
           絶対に幸せだと

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