藍星

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曇天の朝は、目覚めが鈍い。
何となく頭が重いし、体もだるい。

私の場合、天気の影響というよりも持病の影響の方が大きいのだろうけれど。


おはよう・・・ん?・・あれ?

起き上がり寝室を出る。
私より先に起きているはずの彼の返事がなく、不思議に思ってあちこち見回す。

どこにも彼の姿はない。
代わりに、置き手紙を見つけた。

"おはよう。
突然なんだが、大至急取りかかるようにという案件が回ってきた。
いつ終わるのかはわからないが、今日は帰れないと思う。遅くても明後日には帰る。
オレが帰るまで、いつも以上に体調に気をつけて過ごしてること。
いってきます。"

どうやら私が寝ているのを起こさないように、気をつかって手紙を残してくれたみたいだ。

スマホを取り出し、彼に置き手紙を読んだことと、私のことは心配せずに行ってくるように、メッセージを送った。


そして、起きる前に送られてきていた新着のメッセージの存在に気づいた。




青々と茂る草木の香りが風にのって流れてくる。その香りの中を進んでいくと、ほのかに甘い香りが混ざるようになってくる。

曇りの空の下でも、生き生きとしている草木が植えられている広い庭園の中を進んでいく。

庭園の中にはすでに多くの人が、各々の作業をしている。
その作業をしている人達の中から、メッセージの送り主の姿を見つけて声をかけた。


おぉ、おはようさん!来てくれたんだな。助かるよ。

友人のマツが、作業の手を止めて私の元へやってきた。泥で汚れた手をはらい、道具箱の中から必要な道具を選び出し、私に差し出す。

こういう植物の世話や、軽い物作りは得意だろ?できる範囲で構わない。祭りに間に合わせるために、頼むよ。

了解。それで、まずは何をしたらいい?
と、私は差し出された道具を受け取る。マツは少し離れた柵で囲まれた場所を指さした。

あそこは、飲食用・・まぁ、主にハーブティー用の作物を育てている場所なんだ。今日の分の収穫がまだ終わってないらしいから、まずはそれを手伝ってきてほしい。
それが終わったら、おれらがやってる剪定と支柱や添え木の補強、誘引を手伝ってくれ。

わかった。じゃあまずは収穫に行ってくるね。と、私は示された場所へ向かった。


通称、花祭りと呼ばれている祭りが、
近々行われる。
元は日頃からお世話になっている相手などに花を贈って感謝を伝える風習から生まれた、小さな地元の祭りだったらしい。

今でもその花で感謝を伝えるという風習はある。しかし、今ではそれに加えてフラワーアレンジメントの競技や、花を使ったハンドメイドのアクセサリーや日用雑貨の販売、それらの手作り体験会までもが行われるようになった。
また、花を使った芸術品の展示や、食べられる花やハーブを使ったスイーツや食べ物の販売もある。もちろん、個人で花を調達して祭りに参加する人達もいるのだが、祭りを主催している地域もいくつかの催しものを出すらしい。

ここはその地域が管轄している
庭園兼、花農園。
今ここでは、その花祭りのための花々の管理と収穫、加工などの作業が行われていた。

マツは長年この時期になると、主に花を管理する作業を請け負っている。
しかしマツ曰く、近頃の花祭りの準備には昔よりもいろんな花や、その花を加工したものが必要でとても忙しくなったとのこと。

そこそこ有名で大きな祭りで、地域外からも祭りに訪れる人は多い。そのため、この時期この場所は作業に追われている。
今回、その作業を手伝ってほしいと、マツに頼まれたのだ。


ハーブの畑に行くと、すでに何人かの人が作業していた。私もその中に混ざり、作業を行う。

私はこの作業は初めてではない。
だから、教えてもらわなくてもすぐにできるのだが、すぐ隣で、どれが収穫すべきものなのかわからずに迷っている人がいた。

あのー、どの葉を摘めばいいのかわかります?私、今日初めて来て・・わからなくて。

あぁ、初めてならわからないですよね。
私もそうでした。こっちが未熟で、こっちが成熟している葉です。根本の色が、成熟すると濃くなるんです。この色はまだ未熟な色なんですよ。見本にこれを持って、見比べながら収穫するといいですよ。

ありがとうございます。わかりやすくて、助かります!


花の香りを嗅ぎながら収穫するのは、とても気持ちがいい。曇りの空は、晴れている時より作業がしやすい。
曇りの空の気だるさは残っているものの、マツのおかげで、いい気晴らしのきっかけをもらえた。


収穫を終え、剪定作業を手伝う。
庭園としても解放しているこの場所の花々は、摘み取りもするが、その後も生き生きと咲き続けられるようにしっかりと管理が必要だ。

支え続けられるよう大きな支柱を持ち上げて、押さえる。
その支柱と別の支柱を、マツが麻紐で縛りつけて、大きな花の木を支える。

いやぁ、助かるよ。これをやるのはなかなか大変なんだ。お前さんがいてくれて助かった。


庭園と花農園に隣接する建物の中では、子供達が、造花を作っていた。
地域の子供達の作品として展示するためでもあり、祭りの会場の飾りつけとしても使われるものだ。

また、本来は生花を贈る風習だが、自分だけの特別な花を作って遠方の人へ贈ったりするためのものでもある。

外の作業で少し疲れた私は、飾りつけのための造花作りをしていた。すると、一人の小学生の男の子がうまく作れずに、さじを投げかけていたのが目についた。

一緒に作ろうか?と、声をかけると男の子は頷いてくれた。
何色の花がいい?
 ––––黒がいい!カッコいいもん!
そうだね。君だけのカッコいい花がきっとできるよ。じゃあ、どんな葉っぱがいいかな?
 ––––うんとね、おっきな赤い葉っぱ!
おぉ、確かに強そうでカッコいい花だね。
じゃあ、どれくらいの大きさの花かな?
–––ボクの手よりおっきいのがいい!

そんな会話をしながら作ることしばらく。
黒の花びらに赤い葉の、ひまわりのような花が出来上がった。
その独特の花は、他の子供達の目を惹きつけて、男の子はちょっとだけ上機嫌になった。

各々の子供達の独特な花を見ながら、微笑ましく見ていると、マツが休憩のついでに様子を見に来た。
あの独特のひまわりを作った男の子と少し話をしていた。

少しして、その男の子が私にピンクのコスモスのような造花を手渡してくれた。

はい!一緒に作ってくれてありがとう!ボクもピンクのお花をあげるよ!

思わぬプレゼントに驚きながらも、嬉しかった。ありがとうと受け取った。
しかし男の子の "ボクもピンクのお花をあげる" という言葉に違和感を覚えた。

ピンクの花を、この男の子以外からもらった覚えはないのに、どうして?
男の子にそのことを聞きたかったが、すぐに走り去ってしまった。


よう、おつかれさん。今日はお前さんがいてくれたおかげでいろいろ助かったと、みんな言ってたぞ。あの坊主も、カッコいい花が作れたと、ずいぶん喜んでたな。

マツが私に緑茶を手渡してくれた。
それを飲みながら他愛もない話をしていると、マツは思い出したように聞いてきた。

そういや、アイツはどうしてる?

アイツとは、彼のこと。
急な用件ができて、今朝私が起きる前に出かけたみたい。なんか二、三日帰れないかもしれないらしいよ。
と答えると、マツは納得したように

な〜るほどな。それで、その首の後ろのマークがあるわけか。きっと、その離れている間の置き土産だな。

えっ?マーク?なんのこと?
首の後ろに何かあるの?
と、首の後ろを触る。しかし、特に何も感じない。

マツは私の首の後ろをスマホで撮影し、その写真を私に見せてきた。

私はその写真を見て、恥ずかしさのあまり首の後ろを手で隠した。
写真を取り消そうとスマホに手を伸ばすも、その行動をわかりきっていたかのように、あっさりとかわされてしまった。

さっきの坊主、お前さんのこれを見てな–––
あの人、ピンクのお花をもらったんだね。誰にもらったのかなぁ?
って聞いてきたんだ。
んで、あの人がいてくれて一番嬉しく思っている人からもらった、特別な花なんだぞ。って、言ってやったんだ。

それで、"ボクもピンクのお花をあげる"って・・もうっ!何でこれがあることをもっと早く教えてくれかったの!?一日中これに気づかないで作業していたなんて・・
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってきた。

マツは面白そうに、かつ微笑ましそうに写真を眺めながら

言ったらお前さんはすぐ隠してしまうだろう。いやぁ、本当にお前さんがいてくれて良かったよ。この写真を眺めてたら、渋い緑茶でも甘〜い紅茶になるな。今日の晩酌はどんな酒でも甘口になりそうだ。

やめてよ!そんな悪趣味なこと!そんなことしなくていいから!さっさと消してよ!
私の抵抗すらも楽しんでいる悪趣味な友人は、しばらくの間本当に写真を消してはくれなかった。



私の首の後ろにあったピンク花。
それは彼からの、
 数個のキスマークだった。



一足早い恥ずかしい花祭りの贈り物を含めて、草花の香りに囲まれながら
あなたがいたから–––と
感謝の言葉をたくさんもらえた日だった。



それからしばらくの間、マツから日頃の惚気の証だと、彼もその写真でからかわれて少し恥ずかしい思いをしたらしい。

6/21/2024, 12:07:48 AM