藍星

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は、早く!機械を止めて!!

    おい!そんなのほっといて離れろ!

キャーー!!血がっ、血が!!
   早く、誰か救急車!

  消防車は呼んだのか!?
   その前に消火器よ!どこにあるのよ!


悲鳴と怒号が飛び交い、パニックになっている中、私はその場から少し離れて119番通報をした。

とても電話の声がちゃんと聞けるような状態じゃなかったから・・
それくらい、機械の暴走音や炎の音、それらに慄く人の悲鳴や叫びで現場は大変な騒ぎだった。





–––い・・きろ〜・・起きろって。

肩を叩かれて、ハッと目が覚めた。
私を起こしてくれた相手は、私に栄養ドリンクを差し出していた。

ほれ、これでも飲んで目を覚ませ。
まだ、今日の仕事は残っているんだ。もう一踏ん張りせにゃぁならんからな。

あぁ、タツさん・・そうですね。ありがとうございます。・・いただきます。
と、栄養ドリンクを受け取る。


その栄養ドリンクのラベルには、
"二日酔いには、これ一本!"の大きな文字。

二日酔いで眠ってしまったわけではないんだけど・・と、内心思ったものの、気づかいは十分感じた。
一気に飲み干し、フゥと一息つく。
栄養ドリンクのおかげか、少し眠ったからか、眠気は大分減り頭もスッキリしていた。


その日の仕事は、
無事に終えることができた。

今晩こそは、しっかり寝たい。帰りに銭湯にでもよってあったまったら、しっかり寝られるだろうか・・
などと考えながら、帰り支度をしているとタツさんに声をかけられた。

晩飯がてら飲みに行こうと思っているんだ。一緒に行かないか?
たまにはおごってやんよ。

私は無言で複雑な眼差しを向けた。

あ〜〜〜、わぁーってるって。そういう目で見なくても、加減すっから。
今晩は、ビール一杯だけにすんよ。
前にあんたに引きずられて家に送られた時は、さすがにカミさんにも怒られてな。
それに、あちこち痛かったなぁ。
もう、あんな思いは勘弁だって、反省はしてるからよぉ。


本当ですか?と念を押すと、
ホントホント。と、軽い返事。

正直、あまり信用出来なかったが、今しがた帰宅する前に寄り道しようと考えていたところだった。
銭湯から、外食に変更になったと思えばいい。

それに、加減して飲むという言葉は信用できない人だが、タツさんは根はいい人だ。


タツさん曰く、穴場の居酒屋に連れて行かれた私は、早速晩御飯をご馳走になった。
普通に一人前は食べたつもりだったが、タツさんはもう食べないのかと、浮かない表情だった。

あんた、最近眠れてないだろ。
それに、飯も前より食わなくなった。
この前の事故のことで、警察とかから事情聴取ってやつ、受けたんだろ?
おおかた事故の経緯に加えて、事件の可能性から人間関係まで聞かれたりしてるってとこか。あと、他言すんなって言われているだろ?そんなことが気にかかって疲れがいつも以上に溜まっている。違うか?


私はタツさんの視線から逃げた。
まあ、そんなことをしたらタツさんの言葉を肯定したようなものなのだけど。


・・・とりあえず、眠れてないのと食欲がないことは認めます。
と、私は白状した。なるべく態度に出していないつもりだったが、タツさんは妙な鋭さがある人だ。


あの事故は、さすがにおれも肝が冷えたなぁ。だが、あんたはさすがだ。あんな状況になっても誰よりも冷静に状況把握と通報をしたんだからな。
まぁ、このおれを怖がらないあんたなら、当然のことっていやぁ、当然のことだがな。


タツさんは、もうすぐ定年退職を控えている。私にとっては、祖父とも言えるくらいの人だ。
しかし、その出立ちや風貌は明らかに
"昔は悪ガキで、不良でした"オーラ満載だ。
仕事仲間でも、タツさんに好んで近づく人はあまりいない。

一概には言いませんが、明らかに不良だとわかる格好や態度は、"弱い犬ほどよく吠える"ようなものだと思っています。
つまり、本当は臆病で寂しがりで、強く見せようとすることで人の注目や気持ちを集めたいと思っている。
本当はその行動こそが人を遠ざけているとは知らずに。
愚かと言えば愚かだけど、それ以外に自分の気持ちのぶつけどころがわからない苦しい人でもあるのだろうなとは、時々感じます。
タツさんは、今はその気持ちぶつけどころというか、健全な昇華方法を持っているように思う。だから、怖くはありませんよ。
と言うと、タツさんは大笑いした。

さすがだなぁ。
こんな時でも冷静な状況把握とはなぁ。
あんたのいう通り、昔のおれは愚かな気持ちのぶつけかたしか知らない悪ガキで、不良だった。
何度警察の世話になったかはわからねぇ。
幸い、大きな罪にはならずに今日までいられたわけだが、絡んでいた不良仲間にはムショに入ったやつもいた。
その時、警察は誰が喧嘩や事件の発端で、首謀者は誰かみたいなことを、おれにもよく聞きにきた。前科があるっていうのはもちろんなんだが、顔と名前を知っているってだけでしつこく聞いてきたり、昔のイザコザなんかを掘り返して、その時のことを恨んでいるんじゃないかみたいな言いがかりに近いことも言われたことがある。
だから、あんたが今回の事故でどんなことを聞かれたのか、何となくわかる。
特にあの事故で、まだ意識の戻らない重症人も出たからなぁ。警察が聞き込みをするのは当然と言えば当然だ。
それに、カシラは事故だと言っているが、警察は怨恨の事件の可能性大と見ているって噂だ。あくまで噂だが、おれの勘はそうなんじゃないかって言っているな。

タツさんの元不良としての勘が言っているのかもしれないが、私も内心そう感じていた。しかし、私たちは警察ではない。もし、そうだとしても私にできることは、できる限りの情報提供をすることだ。



なぁ、一番と一流の違いって知ってるか?

脈絡のない突然の言葉に私は、呆然とした。
しかしタツさんは、いいから答えろと促してきた。

えっと・・一番は、一番上ってことですよね。一流は・・うーん、一番になれる実力がある人のこと、でしょうか。
自信なさげに答えた。

なーるほどなぁ。うん、それも間違いじゃ無いと思うぜ。おれはな、一番は一番大きいものを持っていることで、一流はその一番大きいものを一度は持ったことのある人のことを言うと、思ってたんだ。

思ってた?今は違うんですか?
と、聞くと、あぁ違うな。と返してきた。

あんたさっき言ってたよな。
"弱い犬ほどよく吠える"
つまり、本当は臆病で寂しがりで、強く見せることで人の注目や気持ちを集めたいと思っている。って。
強く見せる方法ってのは、何も不良だけじゃない。仕事で言うなら、たくさん稼ぐとか名を宣伝するとか、規模を大きくするとか。
そう言うのも、強く見せるってことだ。
カシラも最近、無謀な拡大をしてるだろ?あれもおれに言わせりゃあ、"弱い犬ほどよく吠える"行動だ。その結果、ああいう事故って形で、しわ寄せがあらわれる。
今回は死人は出てないが、おれはもし次のしわ寄せがくるとしたら、その時はきっと死人が出るだろうと思っている。

タツさんは、ビールをあおった。

一番を目覚す"弱い犬"は、一番になったところで、本当に欲しいものを得られないって気づくんだよ。
それも、取り返しのつかない状況になって、やっと気づくんだ。
あんたのいう通り、自分で遠ざけているって失う前に気づけない愚かなバカ犬さ。

その言葉はまるで、タツさん自身に言い聞かせているみたいだった。

一番を目指す心意気はな、弱さから目を逸らすためにあったところで、ロクな結果を生まないんだ。本当に価値のある一番ってのはな、自分の弱さを知って、それを受け入れて得られた強さをものにできたときの自信なんだ。他人と比べて一番なんじゃない。自分がこれでいいんだって納得できることが一番なんだ。それに気づけたら、他の人と競って得た一番なんて、あってもなくてもどうでもよくなるんだ。

じゃあ、一流って何ですか?

自分が納得して得た強さを、大切な人のために発揮できる優しさと心構えを持った奴のことさ。
あんたは、その一流になる素質が十分にある。ここでおさまるようなタマじゃない。おれはそう思う。だからよ、もっと食べて、早く元気になれ。

タツさんは、店員に声をかけた。

おーい。追加の注文頼むぜ。
あ、ビールも追加で!


私はタツさんのビールを取り上げた。
今日は一杯だけって、言いましたよね?

いいじゃんかー。あんたが食べてる間、残り少ないビールをチビチビ飲めっていうのか?

私には、一流になる素質があるって言いましたよね?一流は、大切な人のために、自分の力を発揮できる優しさと心構えを持った人のこと、なんですよね?
なら、一流の私はタツさんが飲みすぎないように、奥様に怒られないようにビールを取り上げるべきと判断します。

タツさんは心底落ち込んだ表情をした。

前言撤回!今のあんたは一流だが、さっきおれが言ったのは、超一流の奴のことだ。
だから、ビールは返せよ。


三つ子の魂百まで。とはこのことかな。
この駄々のこねようは悪ガキと言わずして何というのか。



全く、ここでビールをやめておいたら、
タツさんのこともっと尊敬したのになぁ。


      ––––––––––––––––––––


はい、タツさん。お土産。


たくさんのお酒が供えられている墓前に、私は持参したものを加える。


あちらでも、酒盛りはしているんだろうな。まあ、楽しんでいらっしゃるなら、私は何も言いませんよ。
でも、私はたぶん一流ですよ。

たくさんのお酒が並んでいるが、
"二日酔いには、これ一本!"の栄養ドリンクをお供えしたのは私だけだった。

タツさんのお墓参りの品として、栄養ドリンクを思いつく私は、タツさんの言う一流には私はなっていると思うんだけどなぁ。
まあ、でも、タツさんの駄々をこねる気持ち、少しはわかるけど。



あれからいろいろあり、私たちの勤め先はなくなった。

お互い、進む道は変わったものの、これまでずっと、一番を目指すべきと考えていた私にとって、タツさんの言葉は今でも心に強く残っている。


タツさんの言う、超一流ってなんなのかな・・一流のさらに上だよね。うーん・・


スマホにメッセージ受信の通知。
彼から
『墓所の前に着いた。待っているから。』


タツさん。迎えにきてくれたみたいだから、行くね。また来ます。


超一流とは、きっと・・
 一番で得た自信を、一流の心で発揮して
   大切な人達と一緒に幸せになること。
   そして、その幸せを広げていくこと。

これが
  私の見つけた、超一流だよ。 
               タツさん。

7/13/2024, 3:48:12 AM