手のひらの宇宙
「いらっしゃい。いらしゃい。」
「町内会の福引はこちらですよ。商店街のポイント券3枚で1回福引が引けま〜す」
商店街のアーゲートを歩いていく。和菓子屋さんの横に赤と白の紅白幕の掛けられた小さな倉庫が見えてきた。福引の抽選会場だ。
私の手には、さっき買い物をした魚屋さんで貰った福引券が5枚。福引券3枚で福引1回だから、あと1枚福引券があれば2回引ける。別の店で買い物してくれば良かっただろうか。でも、今日は早く帰って大学のレポートを仕上げなければならない。時間がない。
抽選会場に入ると長い机の向こうに魚屋のおじさんと町内会会長さんが法被を着てにこやかな笑顔で抽選会場にくる人に声をかけていた。
「おう。ヌーのところの姉ちゃん。うちで買い物してくれたのか。まいど〜。
抽選は1回だ。他で買い物すればもう1回できるせ。」
「大丈夫です。」
魚屋に毎日のように顔をだしている私は、顔を覚えられているが、名前は知られていないようだ。ちなみにヌーというのは、私のアルバイト先の喫茶店の名前だが、昭和レトロなのか、いつも混んでいて忙しい。それより名前も覚えて欲しいなぁ。
さて、抽選の賞品はなんだろうか。キョロキョロと当たりを見渡すと壁に賞品が書かれた紙が張り出されていた。
1等 大型テレビ。
2等 米20キロ。
・
・
5等 お菓子つかみ取り。
狙うは2等のお米だな。最近はお米が高くてなかなか手がでない。かと言って、ご飯を食べない訳にもいかず、頭を悩ませている。2等が当たれば当分の間はしのいでいける。何としても当てたい。チャンスは一度きり。
長い机の上にあるガラガラ抽選会機に手をかける。ふぅ〜。深呼吸。深呼吸。
当てたい。2等でいいから当てたい。
抽選機の取っ手を活きよいよく回す。
カラン。
受け皿に小さな玉が1つ転がっていた。
玉を凝視する。な、何色?
白い玉だ。
白はなんだ。壁の紙に目を向けるが、残念なことに5等だった。5等…、お菓子つかみ取りかぁ。お菓子かぁ。
「残念だったな。そこの箱の穴から中に手を入れてお菓子を掴んでいきな。取れた分は全部持っていっていいぞ。」
魚屋のおじさんに促されてお菓子の入った箱の前までくる。透明の四角い箱は、手を入れる部分が丸く切り抜かれていた。たくさんのお菓子を掴むと手が丸く切られた部分に引っかかり、掴んた全てのお菓子を箱
から取り出す事ができなくなる。
まあ、もらえる物はお菓子でも欲しい。大きく手を広げてお菓子を掴むが、引き抜くとやはり手が箱に引っかかり何個かお菓子を落としてしまう。それでもお菓子を引きずり出し、手をひっくり返して開く。手のひらには色取りのチョコレートやあめ、ガム、あられが乗っていた。まるで手のひらの中に星々が散りばめられ、小さな宇宙のようだ。狙っていたお米ではないけれど、なんだか嬉しくなる。
「たくさん取れたかい。」
「はい。ありがとうございました。」
このお菓子は大学の講義やレポート作成の合間のおやつにいただこう。早速帰って、レポート作成をしないとならないし調度いい糖分補給になりそうだ。
風のいたずら
来週は息子の通う学校のバザーがあるため、バザーに出すものを探していた。
たしか、お中元にもらった洗剤のセットと石鹸のセットがあったはず。どこだったか
若い頃に服屋でアルバイトをしていたこともあり、接客が好きだ。バザーもお客さんがいて、品物を売ることには変わりないのでちょっと楽しみだ。
「ママ。バザー僕も一緒に見に行く。」
「いいけど、ママは午前中がバザーのお店の当番だからお昼過ぎに学校にくれば、午後から見て回れるよ。」
「分かった。そうする。」
当日の天気は快晴で風もなく、穏やかな日曜日で、学校に向かう足取りも軽やかだ。
バザーが行なわれる学校の運動場では、陸上のトラックに沿ってクラスごとにテントがいくつも張られ、テントがバザーの売り場となっていた。テントに取り囲まれた運動場の真ん中にはテーブルとイスが置かれ、飲食のできるスペースとなっている。
「良かったら見ていって下さ〜い」
「お値段は交渉もできますよ。」
あちらこちらのテントから売り子さんたちの声が聞こえる。
バザーが始まって2時間ぐらい経っただろうか。私たちのテントにピンクの帽子をかぶった3歳くらいの女の子がお父さんに抱っこされて品物を見にきていた。
「あ。」
急に校舎の方からテントの中を抜けて行くように強い風が吹き、女の子の被っていた帽子が飛ばされた。
「帽子…」
「風さんのいたずらだね。」
お父さんの優し声が聞こえ、女の子が飛ばされた帽子の方に顔を向けたため私たちも釣られ帽子の行方を追った。
帽子はあっという間に飲食スペースまで飛ばされ、その真ん中で、突然、渦を巻き出し上へ上へと昇る風にのみ込まれた。
「つむじ風だ。こっちへ来るぞ。巻き込まれた危ない。テントの外へ逃げろ!」
運動場の真ん中から私たちのテントに向かって、高さ5m位のつむじ風が土煙を上げてかなりの速さでごうごうと迫ってくる。
「きゃあー」
「なんだあれ。」
「逃げろ」
バリバリ。バリバリ。
テーブルやイス、テントを吹き飛ばし、運動場を半分ほどを横断した所でつむじ風はスーッと消えていった。
始まりは、本当に風のいたずら程度だったのにあんなに大きなつむじ風になるとは思ってもいなかった。怖かった。
幸いなことにケガをした人は1人もいなかったが、身近で自然の脅威を感じた1日だった。
透明な涙
私の頬を伝う透明な涙。もう泣くのはこれが最後だ。絶対に泣くものか。
高校に入学して半年位した頃、体育祭の練習が始まった。運動音痴の私は、体育祭は嫌いでいつも練習の時から休みがちだった。高校の体育祭では組み立て体操に参加することが決またつたが体も硬い、体力もない、とてもみんなと同じようにできる自信がなかった。練習休もう。そんな気持ちでいた時、隣りの席の男の子から声をかけられた。
「体育苦手そうだよな。」
「え?あ、うん。」
「俺が練習に付き合うからやってみない」
隣りの席の彼は、陸上部の期待の新人で県大会で入賞するほどの実力者だ。そしてイケメン。いつも彼の回りは華やいだ歓声に包まれていた。
彼は言った通りに毎日組み立て体操の練習に付き合ってくれて、運動音痴の私に合わせて体の使い方を教えてくれた。教室での席は隣り、体育祭の練習も一緒、いつも優しく笑顔で話しかけてくれる彼を好きになるのに時間はかからなかった。
体育祭が成功したら告白しよう。私の人生で初めて告白だ。それまでは、今まで通りに接して体育祭の練習も頑張らなければ彼を失望させる訳にはいかない。
体育祭は初めて逃げ出さずに乗り切る事ができた。私でもやればできると少しだけ自信もついた。これも彼のおかげた。
さあ、体育祭が終わった。告白するぞ。
彼はモテる。たぶん、たくさん告白されているはずだ。だから、振られるかもしれない。それでも告白したかった。
体育祭の翌日に人のいない空き教室に彼を呼び出す。緊張するなぁ。ても頑張れ私。
「好きです。付き合って欲しいです。」
彼の顔を見てはっきりと伝える。あんなに自信がなかったのに、何故か彼の目を見て告白したかった。
「あ〜。ごめん。俺、彼女いるんだ。別の学校の人。」
申し訳なさそうに頭を掻きむしる彼。こんな時も彼をかっこいいと思ってしまう。
「そ、そっか。私の方こそごめん。これからも友達でいてね。」
「もちろん。席も隣りだしよろしくな」
私の遅すぎる初恋は終わった。気がつくと涙が溢れ出していた。私は彼のことがそんな好きだったのかと自分のことながら驚いている。でも、告白して良かった。結果は振らたけれど、これからも友達でいられる
「う〜っ。振られちゃた〜」
涙があとからあとから溢れだす。明日から、笑顔で彼に接するためには泣くのはこれが最後だ。
あれからも友達関係を続けている私たちは、高校を卒業した。大学は別々となり会う機会も減った。
大学生活も順調に進み、サークル活動の中で知り合った人に告白された。
「付き合って欲しい。」
「え、あの。私、あなたのこと良く知ら」
話しの途中で突然、誰かに右手を掴まれ、強い力で引っ張られた。驚いて引っ張った相手を見れば彼だった。
「俺の彼女に何か用?」
「え?」
「あ、ごめん。彼氏さんいたんだ。」
サークルの人はそそくさと走っていった。
彼の顔を見あげる。今、確かに俺の彼女って言っていたような。
「ごめ、ごめん。なんか、告白されてると思ったらつい。」
「私のこと好きなの」
「え〜と。好きだ。他の男に取られたくないって思ったら手が出てた。本当にごめん。なぁ。俺たち友達辞めて付き合わないか」
涙が頬を伝う。嬉しさがこみ上げてきて止まらなかった。
「泣くなよ。あの時、お前の涙が透明で綺麗だなって思ってから好きになった。」
どうして、もっと早く言ってくれなかったのか。それでも嬉しい。
あなたのもとへ
あなたのもとへお届けします。
形の大小に関わらす、どんな物でも大切に扱い確実にお届けするのが我が社のモットーてす。いつでも気軽に声をおかけ下さい。
「こんにちは。あの。これを届けて欲しいのですが。お願いできますか。」
我が社を訪ねて来るお客さまはいろいろな人がいる。郵便や宅配では送り届けることができないものを持ち込む人が多い。いわゆる訳ありだ。だからと言って犯罪に手を染める気はないので注意が必要だ。
「あの…。お届け先はこの住所で間違いはありませんか。」
「はい。お手数をおかけします。よろしくお願いします。」
今回のお客さまが我が社を訪れたのは晩秋の頃の閉店間際の18時すぎだった。彼女が持ってきたのは小さなオルゴール。これなら自分で持って行けそうな気もするが、依頼先の住所にお届けするのが我が社の仕事。依頼があれば何でも必ずお届けする。
「お届けは1週間後の10時でよろしいでしようか?」
「はい。それは父の形見です。部屋を掃除していたら出てきたのですが、父が大切にしていた物なのでどうしてもその日に届けて欲しいです。私はその日は用事があるので行けません。申し訳ありませんが、私の変わりにお願いします。」
「分かりました。では、お届けします。」
1週間後、オルゴールを持って指定された住所に向かう。途中で花屋に寄り、仏花を2つ購入する。これは私の気持ちなので自腹だ。予定時間の10時少し前にお寺に到着。桶と柄杓を持って依頼主さんのお父さまのお墓に向かう。
お墓を軽く掃除して花を生け、お線香を焚いてオルゴールをそっと墓前に置いた。オルゴールを届けるだけが仕事だか、なんだかお墓を掃除してみたくなった。余計なことかもしれないが、私の気持ちがそうしたかった。
「娘さんからのお届けものです。私ごときが言うことではありませんが、娘さんをもう少ししだけ待ってあげて下さい。必ず来て下さいますよ。」
あのあと依頼主さんである娘さんは、少しだけお父さまのお話しをして下さった。
お父さまは2年前に亡くなられたこと。生前からお父さまとは折り合いが悪く、実家にほとんど寄り付かなかったこと。
お父さまが亡くなったあとに実家の整理をしていると自分の小さな頃からの写真がたくさん載ったアルバムが何冊も出てきたこと。そのアルバムを見ていると小さいころの父親との思い出が溢れだし涙が止まらなかったこと。それでも、まだ素直に父親会いに行けないこと。もう少し時間が欲しいこと。それが依頼主の希望だった。
何か大きな理由があって仲違いした訳ではないが、歩みよる機会に恵まれなかったのかもしれない。
きっといつか、依頼主である娘さんがお父さまの墓前に笑顔で出向くことを願っている。
そっと
黒い子猫が足を引きずりながら餌場に来ると連絡を受けたのは、金曜日の夜8時頃だった。雪が降るほどではないが、夜になれば気温も昼間より5〜6℃下がり体が芯から冷えてくる。
そんな寒い夜にケガをした子猫がいる。連絡を受けてすぐに捕獲器を2個抱え、餌場に向かった。寒いだろう。寂しいだろう。足が痛いだろう。早く保護しないと命があ危ない。いても立ってもいられなかった。
餌場についてすぐに捕獲器をセットする。今夜、黒の子猫は餌場に来てくれるだろうか。待つ。ただただ子猫がくるのを物かげから待つ。長い時間だ。風が強い。寒い。でも子猫を保護するまではここを動く訳にはいかない。
でも、その日は子猫は現れなかった。
何日か同じ餌場に通ったが、黒の子猫にあうことは叶わず、もう死んでしまったのかと諦めてかけた頃、ボランティアの餌やりさんから電話があった。
「あの餌場に足を引きずった黒い子猫がいる。」
捕獲器を引っつかみ車に乗る。車で10分ほどのところにあの餌場はあるが、道が混んでいてなかなか進めない。こんな時に限ってついていない。
やっと餌場に着き、餌やりさんと合流。
餌やりさんがさし指す方向に目を向けると
確かに黒い子猫がいた。いた〜。
捕獲器を子猫が通りそうな所にセットして、私は身を隠す。もうあとは持久戦だ。
捕獲器に子猫が入るのを祈るだけ。
餌に釣られて黒い子猫が捕獲器に近づいてくる。足を引きづっているので歩みは遅い。私は息を殺し「もう少し。もう少し。」と黒い子猫の背中を押している気持ちだった。
ガシャン。ガシャン。
入った。捕獲器できた。
捕獲器のなかを覗けば、黒い子猫がシャー、シャーと威嚇を繰り返していた。
人にケガをさせられたのかもしれない。人を怖がっている感じがする。
捕獲器を持ち上げ家路を急ぐ。今日は動物病院が終わってしまったから、明日の朝一で予約をしょう。
今日はこのまま捕獲器のなかで休んでもらおう。そっと捕獲器に毛布をかけ中を暗くする。暗くなることで子猫が少しでもおちけばいいと思っている。
私は保護した猫が人に慣れるまで預かるボランティアをしている。この黒い子猫もケガが治って落ち着いたら、きっと良い飼い主さんが見つかる。それまでは全力でサポートすからよろしくね。
そっと毛布を持ち上げてみれば、捕獲器の中で黒い子猫がスヤスヤと寝ていた。
かわいいなあ〜。