たやは

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1/13/2025, 12:42:19 PM

まだ見ぬ景色

「お嬢さま!お待ち下さいませ。駅までお歩きになるなど令嬢のなさる事ではございません。お嬢さま!」

やっと来てくれた。あの方にお手紙を差し上げたのが1ヶ月前。そして、今日来てくださるとお電話を頂いた。
早く駅まで迎えに行かなければならないのに車が故障するなんて。

「誰かを迎えにやって下さい。神宮寺家の者だと言えばわかります。」

あの方は聡明な名探偵だと聞く。あの脅迫状の差出人を見つけてくれるはずだわ。お父さまは気にする必要はないと言っていたが、このところカラスの死骸が庭に落ちていたり、部屋の窓から人影が見えることもある。脅迫状と関係があるかもしれない。

「お嬢さま。お客さまがお付きです。」

客間に行くとお父さまの怒鳴り声が聞こえた。

「探偵だかなんだか知らないが帰ってくれないかね!くだらん!脅迫状なんて知らよ。脅迫状なんて受け取ってなどおらん」

「待って!お父さま!この方は私が呼んで来て頂いた私のお客さまです。」

「お前は黙っていなさい!とにかく帰れ!いいな!」

お父さまは、たいそう憤慨なさってドスドスと足音を立て客間を出ていった。
私は改めてお客さまに向き直った。

「遠い所を来て下さったのに失礼いたしました。父のことはお気になさらずに。」

「あ〜。いえ。あなたが手紙を送ってくれた京子さん?」

「はい。神宮寺京子です。」

名探偵と名高いこの方は、年は30代半ばくらいでヨレヨレの紺のスーツに何故か蝶ネクタイをしていた。そして、お若いのに足がお悪いのかステッキを持ち、椅子に腰掛けていた。

「早速ですが、脅迫状を拝見できますか」

脅迫状を封筒から出し、探偵さんが座るテーブルに上に置く。封筒には「神宮寺輝明さまへ」と父の名が新聞の切り抜きを使って書かれていた。

「これです。」

「拝見します。え〜と。
お前の過去を知っている。過去の過ちを白日のものとしろ。さもなくば、神宮寺家の誰かが死ぬ。
お嬢さん。過去の過ちとは何ですか。」

「私は知りません。父にも聞きましたが知らないの一点張りで分からないのです。」

探偵さんは脅迫状の中身より封筒の方を丹念に眺めていた。

「脅迫状はこの封筒に入っていましたか。ずいぶん遠くから送られて来ましたね。」

遠く?
封筒にはもちろん差出人の名前も住所も書かれていない。

「あ、あの。遠くってどうしてです。」

「ああ。切手は届ける距離によって値段が違うのでね。50円はかなりの値段ですね..どこから出したのかは分かりませんが、だいぶ遠くから投函されてますね。」

「そうなんですか。知りませんでした。」

私は自分で手紙を投函したことがないから、切手の値段のことは知らなかった。この方は本当に名探偵だ。この方の近くで脅迫状のことを調べていけば、必ず犯人を捕まえてくれるわ。

私は何故か今まで感じたことのない高揚感に包まれていた。令嬢として両親に言われた通りに生活してきた私は人形のようだったれど、この方が私にまだ見ぬ景色を見せ下さるはずだわ。

良かった。
脅迫状を家に送りつけて良かった。こんなに素敵な方にお会いすることができたのだもの間違えていないわ。

「お嬢さん。自作自演では無理がありませんか。」

「え!?」

どうして?
どうして私が送り主だと分かったの。

「切手と同じで新聞も場所によって字体の大きさやインクの種類が違ったりするのはご存じですか。封筒の宛名の新聞の切り抜きですが、この地方の物です。」

「だ、だからと言って私が切り抜いた証拠にはなりません。」

「確かに。でもねぇ…。新聞なんてまだまだ高級なんですよ。ここのようなお金持ちしか読まない。ましてや、この切り抜きは何で切ったでしょうか。こんなに綺麗に切れる刃物ってねぇ…。ハサミなんて高価ものは普通は出回らないですよ。お嬢さん」

この方を甘く見ていたのかしら。
でも楽しい。もっともっと楽しくいたい。

1/12/2025, 10:47:55 AM

あの夢のつづきを

覚えていないことも多いけど、毎日いろいろな夢を見ているはず。夢占いなんてあるくらいで見る夢によって意味があるという人がいる。
楽しい夢を見ていると急に目が覚め、起きたら忘れることが多々ある。小さい頃は、楽しい夢のつづきが見たくて忘れてしまわないように慌てて寝た事があるが、夢のつづきを見る事はできなかった。
「夢のつづき見たかったなぁ」と子供心に残念に思った事がある。

大人になっても夢のつづき、いや、同じ夢を見ることはない。人間の脳の不思議だろうか。どうせなら幸せな夢が見たい。

1/12/2025, 1:10:58 AM

あたたかいね

「今日は寒いよね。何か温かいもの食べて行かない。」

「いいな。そうしようぜ。」

会社を定時に出て、私も恋人の剣斗と寒さをしのげるお店を探しなから繁華街を歩いていた。繁華街を5分ほど歩くと小さな屋台の赤ちょうちんが見えてきた。

「おでんだって。屋台でおでんにしようよ。」

剣斗の返事を待たず、私は屋台の暖簾を
くぐりイスに座った。

「いらしゃい。」

屋台のおじさんがおしぼりを2つ渡してくれる。

「おい。急に走るなよ。別の店にしょうぜ。屋台なんて寒い。」

「なんで。いいじゃん。おでん食べたらあたたかいよ。剣斗も座りなよ。おじさん、私は大根と玉子。あと熱燗2つ。剣斗も熱燗出いいでしょ。」

「はいよ。お兄さんはおでんはどうする」

「イヤ。俺は…」

「ちょっと。なに。剣斗。後で別の所行けばいいでしょ。とにかく1軒目はここ。」

剣斗は渋々ながら屋台のイスに座った。
屋台は、繁華街から一本道を入った路地にあり、屋台に3つのイスと屋台の前には小さいなテーブルが1つ、イスが4つ置いてあった。そのテーブル席には女の人が2人座っていて、1人は20代。もう人は少し年上のようだか着物姿だった。珍しい。寒いのに着物は大変だぁ。

「はいよ。お待ち。大根に玉子。それと熱燗置くよ。熱いから気をつけてな。」

目の前のおでん鍋から取り出された大根と玉子ば湯気が立ち昇り、熱燗と合いそうて食欲をそそる。

「ひっ!」

隣りの声に驚いて振りむくと恐怖に顔歪めた剣斗がイスからガタガタと立ち上がり、そのまま走り去って行った。

「え!?ちょっと剣斗!」

「何に見えたのかねぇ。こわい。こわい」

「ん?」

「いいや。なんでもないよ。おでんが冷めちまうよ。お姉さん。」

「ああ。すみません。私は頂きます。」

うっま!この大根、出汁が染み込んでいて美味しい〜。また熱燗に合うし熱燗が体を温めてくれてポカポカしてくる。
こんなに美味しいのに帰るなんて。剣斗はもったいないことしたよなぁ。

「お姉さんはここ始めて。」

テーブル席のお客さんが話しかけてきた。

「はい。そうです。でもおでん美味しくて常連になりそう。」

「そうてしょ。美味しわよね。」

私は、そのあともおでんをツマミに熱燗を何杯か飲み、お姉さんたちと何気ない会話していい気分で屋台をあとにした。

「あの子。どっかで見たことあるわね。」

「鶴の湯の孫でしょ。」

「そう。銭湯の子。銭湯の番台さんも私たちが見えるから、孫のあの子も私たちに違和感を感じなかったのね。
オヤジさんのおでんは心で見るものだから、人によっては気持ち悪くて食べものには見えてないのよね。あの男の人は心が膿んでるてしょ。顔が良くても成功はしないわね。」

「あの兄ちゃんにはおでんが何に見えたのかねぇ。本当に。」

「ちょっと!姉さん!首が伸びてるわよ。オヤジさんも顔無くなってるてるから。」

「おっと失礼。口がなけりゃあ、おでんの味がわからなくなるな。それにしても寒いねぇ。このあと鶴の湯に行くか。遅くなら妖怪の時間だろうし、お湯であたたまりたいねぇ。」

「そうね。銭湯いいわね。」

これは、私がおじいちゃんの鶴の湯を受け継ぐ少し前の話し。
剣斗とは、この日を境いに別れたけど未練はない。今は会社も辞め、鶴の湯の番台に座って、たまに閻魔さまの仕事を手伝っている。顔なじみの妖怪さんたちも増え楽しくやっている。
オヤジさんの美味しいおでんが私を呼んでいるから、また、あの屋台にも顔を出さないとね。

1/10/2025, 11:14:28 AM

未来への鍵

鍵穴がどこにも見つからない。天井、壁、クローゼットの扉、玄関、トイレの戸、台所の戸棚、どこを探しても鍵が入る穴がない。どこ?どこ?どこなの。
鍵があっても差し込む鍵穴がなければ、未来への扉を開くことはできない。
未来が分かれば、今から正しい選択をしていくことができる。たとえ、望まない未来であっても変えてしまう事ができる。

なのに鍵穴がない。

どこ。とこなの。

クローゼットの中にスーツケースを見つけた。これにも鍵穴がある。試してみよう。

カチャ。

うそ。開いた。
スーツケースの蓋を開き中を覗いて見るが暗くてなにも見えない。もう少し奥までと頭をスーツケースの中に突っ込んでみる。

あ!

スーツケースの中に頭から落ちてしまった。体ごと落ちたのに衝撃がなく、ふわっと浮いているようだ。
くっ苦しい。これは水。水の中に落ちたみたい。早く上に上がらないと酸素がなくなる。上に向かって泳ぎだすが、泳いでも泳いでも浮上できない。
苦しい。意識が…。

未来は誰にも分からないもの。未来は今を生き作っていくもの。
未来への鍵があっても安易に未来の扉を開けるのはオススメできません。

1/9/2025, 12:20:25 PM

星のかけら

願いごとを叶えたいなら星のかけらを集めてみよう。たくさん集めれば、お星さまが願いを叶えてくれるよ。
娘のミチルの大好きな絵本の主人公の決めゼリフだ。

「パパ!星のかけらを集めるとお願いごとがなんでもかなうの。」

「そうだね。ミチルはお願いごとがあるのかな。」

「うん。ミチルの病気が早く治って遊園地に行けますようにってお願いしたいの。」

「ミチル…。」

「星のかけらがなくてもミチルの病気は良くなるわ。だって、ミチルは痛い注射も頑張って、苦いお薬も飲んでいるもの。大丈夫よ。ねぇ。パパ。」

「ああ。そうだ。ママの言う通りだ。ミチルは良くなる。」

「でもミチル、星のかけらが欲しいよ。遊園地に行ってプリンセスに会いたいの。」

病気が治ったあとのミチルの夢だ。できることなら叶えてあげたい。

「遊園地にはパパとママとミチルの3人で行きましょう。ミチルもプリンセスの服を着ればいいわ。きっと可愛いわよ。」

「プリンセスの服着ていいの。ママ!」

ミチルはひまわりのような明るい笑顔を私たちに向けた。これがミチルの笑顔を見た最後だった。
2カ月後にミチルは本当のお星さまになった。ミチルは自分がお星さまになったらパパとママにたくさん星のかけらを降らせてあげると言っていた。
ミチルが降らせてくれた星のかけらを集めてパパとママは何を願ったらいいのだろう。ミチル。私たちの優しい娘。パパとママの娘に生まれてきてくれてありがとう。

またいつか、3人で暮らせる日が来るように星のかけらに願ってみようか。
それまで少しだけ寂しい思いをさせてしまうが待っていて欲しい。

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