たやは

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あたたかいね

「今日は寒いよね。何か温かいもの食べて行かない。」

「いいな。そうしようぜ。」

会社を定時に出て、私も恋人の剣斗と寒さをしのげるお店を探しなから繁華街を歩いていた。繁華街を5分ほど歩くと小さな屋台の赤ちょうちんが見えてきた。

「おでんだって。屋台でおでんにしようよ。」

剣斗の返事を待たず、私は屋台の暖簾を
くぐりイスに座った。

「いらしゃい。」

屋台のおじさんがおしぼりを2つ渡してくれる。

「おい。急に走るなよ。別の店にしょうぜ。屋台なんて寒い。」

「なんで。いいじゃん。おでん食べたらあたたかいよ。剣斗も座りなよ。おじさん、私は大根と玉子。あと熱燗2つ。剣斗も熱燗出いいでしょ。」

「はいよ。お兄さんはおでんはどうする」

「イヤ。俺は…」

「ちょっと。なに。剣斗。後で別の所行けばいいでしょ。とにかく1軒目はここ。」

剣斗は渋々ながら屋台のイスに座った。
屋台は、繁華街から一本道を入った路地にあり、屋台に3つのイスと屋台の前には小さいなテーブルが1つ、イスが4つ置いてあった。そのテーブル席には女の人が2人座っていて、1人は20代。もう人は少し年上のようだか着物姿だった。珍しい。寒いのに着物は大変だぁ。

「はいよ。お待ち。大根に玉子。それと熱燗置くよ。熱いから気をつけてな。」

目の前のおでん鍋から取り出された大根と玉子ば湯気が立ち昇り、熱燗と合いそうて食欲をそそる。

「ひっ!」

隣りの声に驚いて振りむくと恐怖に顔歪めた剣斗がイスからガタガタと立ち上がり、そのまま走り去って行った。

「え!?ちょっと剣斗!」

「何に見えたのかねぇ。こわい。こわい」

「ん?」

「いいや。なんでもないよ。おでんが冷めちまうよ。お姉さん。」

「ああ。すみません。私は頂きます。」

うっま!この大根、出汁が染み込んでいて美味しい〜。また熱燗に合うし熱燗が体を温めてくれてポカポカしてくる。
こんなに美味しいのに帰るなんて。剣斗はもったいないことしたよなぁ。

「お姉さんはここ始めて。」

テーブル席のお客さんが話しかけてきた。

「はい。そうです。でもおでん美味しくて常連になりそう。」

「そうてしょ。美味しわよね。」

私は、そのあともおでんをツマミに熱燗を何杯か飲み、お姉さんたちと何気ない会話していい気分で屋台をあとにした。

「あの子。どっかで見たことあるわね。」

「鶴の湯の孫でしょ。」

「そう。銭湯の子。銭湯の番台さんも私たちが見えるから、孫のあの子も私たちに違和感を感じなかったのね。
オヤジさんのおでんは心で見るものだから、人によっては気持ち悪くて食べものには見えてないのよね。あの男の人は心が膿んでるてしょ。顔が良くても成功はしないわね。」

「あの兄ちゃんにはおでんが何に見えたのかねぇ。本当に。」

「ちょっと!姉さん!首が伸びてるわよ。オヤジさんも顔無くなってるてるから。」

「おっと失礼。口がなけりゃあ、おでんの味がわからなくなるな。それにしても寒いねぇ。このあと鶴の湯に行くか。遅くなら妖怪の時間だろうし、お湯であたたまりたいねぇ。」

「そうね。銭湯いいわね。」

これは、私がおじいちゃんの鶴の湯を受け継ぐ少し前の話し。
剣斗とは、この日を境いに別れたけど未練はない。今は会社も辞め、鶴の湯の番台に座って、たまに閻魔さまの仕事を手伝っている。顔なじみの妖怪さんたちも増え楽しくやっている。
オヤジさんの美味しいおでんが私を呼んでいるから、また、あの屋台にも顔を出さないとね。

1/12/2025, 1:10:58 AM