たやは

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まだ見ぬ景色

「お嬢さま!お待ち下さいませ。駅までお歩きになるなど令嬢のなさる事ではございません。お嬢さま!」

やっと来てくれた。あの方にお手紙を差し上げたのが1ヶ月前。そして、今日来てくださるとお電話を頂いた。
早く駅まで迎えに行かなければならないのに車が故障するなんて。

「誰かを迎えにやって下さい。神宮寺家の者だと言えばわかります。」

あの方は聡明な名探偵だと聞く。あの脅迫状の差出人を見つけてくれるはずだわ。お父さまは気にする必要はないと言っていたが、このところカラスの死骸が庭に落ちていたり、部屋の窓から人影が見えることもある。脅迫状と関係があるかもしれない。

「お嬢さま。お客さまがお付きです。」

客間に行くとお父さまの怒鳴り声が聞こえた。

「探偵だかなんだか知らないが帰ってくれないかね!くだらん!脅迫状なんて知らよ。脅迫状なんて受け取ってなどおらん」

「待って!お父さま!この方は私が呼んで来て頂いた私のお客さまです。」

「お前は黙っていなさい!とにかく帰れ!いいな!」

お父さまは、たいそう憤慨なさってドスドスと足音を立て客間を出ていった。
私は改めてお客さまに向き直った。

「遠い所を来て下さったのに失礼いたしました。父のことはお気になさらずに。」

「あ〜。いえ。あなたが手紙を送ってくれた京子さん?」

「はい。神宮寺京子です。」

名探偵と名高いこの方は、年は30代半ばくらいでヨレヨレの紺のスーツに何故か蝶ネクタイをしていた。そして、お若いのに足がお悪いのかステッキを持ち、椅子に腰掛けていた。

「早速ですが、脅迫状を拝見できますか」

脅迫状を封筒から出し、探偵さんが座るテーブルに上に置く。封筒には「神宮寺輝明さまへ」と父の名が新聞の切り抜きを使って書かれていた。

「これです。」

「拝見します。え〜と。
お前の過去を知っている。過去の過ちを白日のものとしろ。さもなくば、神宮寺家の誰かが死ぬ。
お嬢さん。過去の過ちとは何ですか。」

「私は知りません。父にも聞きましたが知らないの一点張りで分からないのです。」

探偵さんは脅迫状の中身より封筒の方を丹念に眺めていた。

「脅迫状はこの封筒に入っていましたか。ずいぶん遠くから送られて来ましたね。」

遠く?
封筒にはもちろん差出人の名前も住所も書かれていない。

「あ、あの。遠くってどうしてです。」

「ああ。切手は届ける距離によって値段が違うのでね。50円はかなりの値段ですね..どこから出したのかは分かりませんが、だいぶ遠くから投函されてますね。」

「そうなんですか。知りませんでした。」

私は自分で手紙を投函したことがないから、切手の値段のことは知らなかった。この方は本当に名探偵だ。この方の近くで脅迫状のことを調べていけば、必ず犯人を捕まえてくれるわ。

私は何故か今まで感じたことのない高揚感に包まれていた。令嬢として両親に言われた通りに生活してきた私は人形のようだったれど、この方が私にまだ見ぬ景色を見せ下さるはずだわ。

良かった。
脅迫状を家に送りつけて良かった。こんなに素敵な方にお会いすることができたのだもの間違えていないわ。

「お嬢さん。自作自演では無理がありませんか。」

「え!?」

どうして?
どうして私が送り主だと分かったの。

「切手と同じで新聞も場所によって字体の大きさやインクの種類が違ったりするのはご存じですか。封筒の宛名の新聞の切り抜きですが、この地方の物です。」

「だ、だからと言って私が切り抜いた証拠にはなりません。」

「確かに。でもねぇ…。新聞なんてまだまだ高級なんですよ。ここのようなお金持ちしか読まない。ましてや、この切り抜きは何で切ったでしょうか。こんなに綺麗に切れる刃物ってねぇ…。ハサミなんて高価ものは普通は出回らないですよ。お嬢さん」

この方を甘く見ていたのかしら。
でも楽しい。もっともっと楽しくいたい。

1/13/2025, 12:42:19 PM