あなたのもとへ
あなたのもとへお届けします。
形の大小に関わらす、どんな物でも大切に扱い確実にお届けするのが我が社のモットーてす。いつでも気軽に声をおかけ下さい。
「こんにちは。あの。これを届けて欲しいのですが。お願いできますか。」
我が社を訪ねて来るお客さまはいろいろな人がいる。郵便や宅配では送り届けることができないものを持ち込む人が多い。いわゆる訳ありだ。だからと言って犯罪に手を染める気はないので注意が必要だ。
「あの…。お届け先はこの住所で間違いはありませんか。」
「はい。お手数をおかけします。よろしくお願いします。」
今回のお客さまが我が社を訪れたのは晩秋の頃の閉店間際の18時すぎだった。彼女が持ってきたのは小さなオルゴール。これなら自分で持って行けそうな気もするが、依頼先の住所にお届けするのが我が社の仕事。依頼があれば何でも必ずお届けする。
「お届けは1週間後の10時でよろしいでしようか?」
「はい。それは父の形見です。部屋を掃除していたら出てきたのですが、父が大切にしていた物なのでどうしてもその日に届けて欲しいです。私はその日は用事があるので行けません。申し訳ありませんが、私の変わりにお願いします。」
「分かりました。では、お届けします。」
1週間後、オルゴールを持って指定された住所に向かう。途中で花屋に寄り、仏花を2つ購入する。これは私の気持ちなので自腹だ。予定時間の10時少し前にお寺に到着。桶と柄杓を持って依頼主さんのお父さまのお墓に向かう。
お墓を軽く掃除して花を生け、お線香を焚いてオルゴールをそっと墓前に置いた。オルゴールを届けるだけが仕事だか、なんだかお墓を掃除してみたくなった。余計なことかもしれないが、私の気持ちがそうしたかった。
「娘さんからのお届けものです。私ごときが言うことではありませんが、娘さんをもう少ししだけ待ってあげて下さい。必ず来て下さいますよ。」
あのあと依頼主さんである娘さんは、少しだけお父さまのお話しをして下さった。
お父さまは2年前に亡くなられたこと。生前からお父さまとは折り合いが悪く、実家にほとんど寄り付かなかったこと。
お父さまが亡くなったあとに実家の整理をしていると自分の小さな頃からの写真がたくさん載ったアルバムが何冊も出てきたこと。そのアルバムを見ていると小さいころの父親との思い出が溢れだし涙が止まらなかったこと。それでも、まだ素直に父親会いに行けないこと。もう少し時間が欲しいこと。それが依頼主の希望だった。
何か大きな理由があって仲違いした訳ではないが、歩みよる機会に恵まれなかったのかもしれない。
きっといつか、依頼主である娘さんがお父さまの墓前に笑顔で出向くことを願っている。
1/15/2025, 11:34:48 AM