踊るように
山間の小さなレストランは毎日大盛況だ。
素朴なメニューがほとんどで、カレーやナポリタン、オムライスなどを目当てに常連客がやってくる。料理の味が良く常連となる人も多いが、もう一つの理由は、料理を運んで来るスタッフにあった。
彼は無口だが真面目で一生懸命に仕事をする。けして愛想が良いわけではないが、踊るように料理を次々に運び華麗なダンスを見ているようだと人気となっていた。
「シュウ君。今日も華麗ね」
「あんなにクルクルしてもこぼれたりしないなんて。不思議〜。」
常連客は彼の高く上がる足やリズミカルなステップ、クルクル回るピルエットを楽しそうに見ながら料理の到着を待つ。
どの席からも温かく優しい笑顔や笑い声が溢れている。
でも。
みんなが知っている。
シュウ君がアンドロイドであることを。
本当は国立の大きなダンスホールで踊ることが、彼の本当の役目であることを。
なぜ彼がここにいるのかを。
アンドロイドとして欠陥品。
決められたダンスがプログラム通りに踊れず、別のダンスになってしまう欠陥品。
それでも、ここでは花形スターだ。みんなから拍手され、「すごい」「カッコイイ」と囃し立てられる。
山間のレストランに来れば、常連客から愛されている欠陥品のアンドロイドに会うことができる。今日も大行列だ。
僕は大きな劇場でダンスがしたい。
それだけなのに…。
時を告げる
時は誰にても平等に訪れる。赤ちゃんでも老人であっても変わらずに時を刻む。
時をを告げる鐘の音は、この世界とあの世界を隔てる境界線。境界線を越えてしまえばそこは魑魅魍魎の住むあの世界。平等な時を刻めない世界。
魑魅魍魎。得体の知れない化け物。
それ見てみたい。
この世界は退屈でつまらない物で溢れている。でもあの世界は魑魅魍魎が闊歩する世界。どんなところだろう。
時を告げる鐘の音は丘の上の時計台から聞こえる。まずは時計台を目指してみよう。
丘を登ると青い三角屋根の時計台が見えて来る。螺旋階段が外側に付いていて、外から階段で時計台の振り子のところまで上がって行ける。鐘の音は毎日は鳴らないし、決まった時間にも鳴らない。満月の夜、月がちょうど時計台の屋根に差し掛かる時に鳴る。この時計台は針が無ので時間では鳴らない。
今日は満月。
月が昇り、時計台のところまで来るとあたりは暗闇に包まれていた。不意に時計台の振り子が動きだす。
カラーン。カラーン。
時を告げる鐘の音が響き始める。
いいよだ。
懐中電灯を手に時計台のテラスから街を見下ろすと月の光が時計台の三角屋根の頂点にあたり、街に向かって月光が延び境界線となっていた。月光の右側がこの世界で左側があの世界。今、私は2つの世界の境目にいる。
あの世界。どんなとろこだろう。好奇心が抑えられずに魑魅魍魎がいる左側の世界へ自然と体が動き、時計台のテラスから身を乗り出していた。その時、左側から何が私にが向かって飛んてきた。
グフゥ。
私の胸にボーガンの矢が刺さっている。
「やれやれ。国家の秘密をあなたのような小娘に知られる訳にはいかないのでね。」
国防軍の制服を着た男がボーガンを右手に持ち時計台の螺旋階段を上がってきた。
「魑魅魍魎がいると分かっていてどうして覗き見なんて真似するするのか。理解に苦しむわね」
男と一緒に歩いてくる若い女も制服組だ。
国家は国防のための化学兵器を時計台の西側の地で作っていた。国民には魑魅魍魎が住むところだと噂を流し、そこに近づけないように操作していたのだ。
「時々困った人がいるものです。知りすぎることは危険を伴うなんて古臭い言葉ですが、迷信は侮れませんよ。全く。後始末する身にもなってもらわないと本当に困ったものです。」
男が続ける。
「満月の夜は霧が晴れて街の全貌が見えてしまう。化学兵器工場の煙も何もかも。」
時計台から見える街の姿がいつも同じとは限らない。そして、魑魅魍魎もあの世界だけにいるものではなく、私たちの住むこの世界にも存在している。
この世界も魑魅魍魎が跳梁跋扈している。
貝殻
魔法使いだったおばあちゃんが亡くなった。110歳だったけど、魔法使いとしては短い人生だったらしい。
ミャオーん。
家の縁側で猫のチイちゃんが寂しそうに鳴いていた。おばあちゃんを探ししているのだろう。
「ごめんください」
誰か来た。
おばあちゃんが亡くなってから、おばあちゃんの昔の友達も何人か訪ねてくる。
玄関に行くとビーフシチューの美味しいレストランに向かうバスの中で会った着物姿の小柄なお婆さんが立っていた。
おばあちゃんの仏壇の前でお茶を出すとお婆さんはそれを啜りながら話し始めた。
「あんたのばあさんが、もし自分が死んだら孫にこれを渡して欲しいと頼まれてな」
お婆さんの手には、貝殻で出来た螺鈿のネックレスがあった。
「これ?」
「あんたのばあさんが魔法使いだったのは知っているだろ。それは妖怪の世界に行くための鍵だ。」
「妖怪?おばあちゃんは魔法使いで妖怪とは関係ない」
おばあちゃんの友達は、フッと笑ってもう一口お茶を飲んだ。
「魔法使いは西洋の妖怪みたいなものさ。妖怪の世界であんたのばあさんが若い頃、暮らしていた世界を見てみるといい。ばあさんもそれを望んでおった。」
みたいなものって。割と適当だな。
でも、魔法使いだった頃のおばあちゃんのことを知ってみたい。
「そうそう。妖怪の世界に行くならあの猫を連れて行きな。あれでも300年近く生きた猫又だ。妖怪の世界のことは詳しいはずだよ。ついでに用心棒をつけてもいい。
ネズミはダメだろうから、目玉の親子とかなら大丈夫かね~。シシシ。その気になったらあのバスに乗るといい。行き方を教えてあげようじゃあないか」
螺鈿のネックレスは、キラキラと七色に光りを放っていた。
私はいつかあの螺鈿のネックレスを使うだろう。。私にもおばあちゃんの血が流れている。私も妖怪や魔法使いの仲間なのだから、自分のルーツを見に行ってみたい。
おばあちゃんありがとう。
おばあちゃんがくれたチャンスだから、いつか猫又のチィちゃんに案内して貰って妖怪の世界に行ってみよう。
きらめき
きらめき、トキメキ、夢気分。
つまりは何が何だか分からないってことだ。
今、私はパリコレのオーディションを受けている。これで3社目。本当になんで。私だって分からない。
確かに私は小さなモデル事務所に所属している。でも、何年も泣かず飛ばす状態だった。東京のオーディションだって受けたことがないのにパリコレって頭のおかしい奴だと思われてもしかたがない。
友達の代わりにオーディションを受けたとか、テレビの企画だったとかなら良かったかもしれない。でも違う。今回は自分でオーディションに申し込んだ。パリ1人旅の思い出になればと思っただけ。オーディションを受けさせてくれるなんて思ってもいなかった。
凱旋門の近くにあるカフェの壁に張ってあった広告がパリコレの募集広告だった。さすがはパリ。こんなところにモデル募集、それもパリコレモデルのオーディション広告があるなんて。
広告のQRコードから申し込んで会場に行きオーディションを受けたが見事に落ちた。あたり前だ。隣を歩くフランス人は身長は高く、手も足も首も長い。エイリアンかと思うほどの8頭身以上のスタイル。落ちるに決まっている。
それなのに、会場のスタッフに声をかけられ、2社目のオーディションを受けることになった。英語はかたこと、フランス語は全く分からないから詐欺かと思ったが、指定された場所はオーディション会場だった。まあこれも落ちた。聞いたこともないブランドというかメーカー?のオーディションだったが、英語を要約すれば「あなたはコンセプトに合わない」たった。コンセプト?そんなものがあったのか。
そして懲りずに3社目。また同じスタッフに声をかけられオーディション会場に向かった。さすがに「合格」なんてことはなく落ちた。なんか清々しさを感じる。
でもあのスタッフの人は、何で私に2回もオーディションを勧めたのだろうか?
私を見ても「東洋の神秘」なんて微塵も感じないし、フランス人のような華もない。
ただの思い出作りとしてはとっても楽しかったが、真剣にパリコレを目指す人とは気持ちの在り方が違ったのかもしれない。私も始めは軽い気持ちだったが、3社目は売れないモデルとしてのプライドと意地を見せたつもりだ。合格はできなくも2次審査くらいは通過したかったが、現実は甘くないか。まあ、楽しい思い出になったから好しとする。
オーディションからの帰り道、あのスタッフがまた声をかけてきた。
「あなたなら受かると思ったけど見る目ないはね。あの人たち。あなたもそれで隠しているつもり。ふ〜ん。あなた純粋な人類ではないでしょ。」
私の顔はみるみる青ざめていく。何この人。頭がおかしい人?
「怖い顔してるわよ。大丈夫。私しか気がついてないわ。どうしてって、顔ねぇ。
簡単よ。私も同じだから。同じ仲間に会うのは久しぶりだから楽しくって。また会いましょう。パリコレのステージで」
そう。あのフランス人モデルがエイリアンではない。
エイリアンは私だ。
些細なことでも
毎朝、学校に行くためにバスに乗る。家からバス停までせいぜい歩いて10分たらすだが、バスが着く少し前にバス停に着きたいので、いつも早足になる。髪の毛が乱れるのは気になるが、バス停に着いてから直せばいいので問題はない。なぜ早足か。バス停である人に会いたからだ。
バス停でバスを待ちながらあの人を待つ。
毎朝ドキドキだ。学校は同じて同じ2年だが、クラスが違うから話しなんてしたことはない。でもカッコイイのは間違いない。
朝は部活があるから早めのバスに乗る。
私も同じバスだ。
バスの中では音楽を聞いているからいつも1人だし、疲れているのかウトウトしてることもある。このバスで同じ学校なのは私だけだからあの人の寝顔を見れるのも私だけかもしれない。ただし、私はストーキングをするつもりは全くない。あくまでもバスの中だけで、そっと、チラッとみるたけだ。
「声かけてみれはいいしゃん」
友達はそう言うけれど、それもなんか違う感じがする。だって何て声をかけたらいいのか分からないし、そんな勇気はない。
相手は学年一、イヤ学校一有名なモテる人だ。話しかけるなんて無理に決まっている。私もそこまで馬鹿ではない。
ただバスの中でその人を見かけるとその日1日良いことがありそうな気になる。そんな些細なことでも、私にとってはとてつもなく幸せを感じる時間だ。
早く来ないかな。