『僕と一緒に』
「僕と一緒に死んでくれないか」
「え、やだよ……だってアタシまだ冷蔵庫のプリン食べてないもん」
「いや、それは食べてからでいい」
「えっ本当? じゃあ……あ、でもアタシ今度の絵画コンクールの作品に命かけてるからなぁ」
「いや、その後でも全然大丈夫だから」
「ほんとー? じゃあ、飼ってる猫のミケ太郎がお嫁さん見つけて、その子猫を腕に抱きたいんだけど」
「それからでも大丈夫」
「……大人になってお互いがおじいちゃんとおばあちゃんになって、縁側で茶を啜りながら庭で孫が走り回るのを眺めるのは?」
「おばあちゃんが君で、おじいちゃんが僕なら問題ない」
「――それってプロポーズじゃない?」
「うん? 僕は最初からそう言ってるつもりだが?」
「紛らわしいんだよっ!!!」
―僕と一緒に墓に入ってくれ。そう言ったつもりだったんだが……?―
『既読がつかないメッセージ』
毎日、毎日。
私は既読がつかないメッセージを送り続けている。
朝におはようから始まるそれは、今日は空気が乾燥しているだとか、道端にこんな花が咲いていたとか、そんな些細な事ばかりを綴って、夜にはおやすみと返信を待っているというメッセージで私の一日は締めくくられる。
「もう、やめなよ。返って来ないの分かってるでしょ?」
「……もうちょっとだけ、お願い」
「…………馬鹿、もう見てられない」
ああ、また友達を一人なくした。
心の灯火が消えたような、冬に一人突っ立っているような寒さが私を襲う。
……それでも、私は既読がつかないメッセージを送り続けることをやめなかった。
ずっと、ずっと、ずっと……何年も、何年も。
真っ白い部屋、そこにあなたが眠っている。
ずっとずっと何年も、眠っている。
あなたが、約束してくれたから。
口下手なあなたが、メッセージを送るのが苦手だと電話ばかりしていたあなたが、次は頑張って返してみると、そう言って約束したのだから。
――これは一種の願掛けだ。
どんなに周りから人が居なくなったとしても、私は既読がつかないメッセージを送り続ける。
……そうしないと、あなたがこの世から消えてしまう気がして怖い。
「はやく、おきて……ばか」
胸からせぐりあげてきた感情と共に、大粒の涙が目から溢れ落ちた。
窓から入った風が私の頬を優しく撫でたその時だ。
ふと、眠るあなたのまぶたが、ぴくりと動いた。
「――」
《やさしさなんて》
やさしさなんて、全ては偽善だと思う。
木の葉がかさりと風に揺れ、木々の隙間から温かな木漏れ日が差し込む中。
一人の少女は手持無沙汰に寝転んでいた。
体に刺さらないように柔らかく整えられた下草さえも、どうにも居心地が悪い。
まるで、世界が自分を赤子のように優しく包んでいるように思えた。
自分の母親は、この国の女王だ。
それもかなり独裁者で、気に入らなれば直ぐに首を刎ねる。
だから、だろうか。
この国の人間は、みんな。私にとても優しい。いつもニコニコとして、私が困っていたら、いや困る前に全ての困難を片付けてしまう。
……手持無沙汰だ。
私って、いったいなんのために生きてるんだろう。
だから、私はやさしさが嫌いだ。
やさしさなんて、なくなってしまえばいいと思う。
寝転んだ身体をうつ伏せにし、隠れて泣いた。
誰かの前で泣くことは許されてない。だって犯人探しがはじまって、誰かが勝手に死ぬのだ。やさしさによって。
私は一人で泣くことも叶わない。
……やさしさなんて、嫌いだ。
もう、こんな世界なんて、滅んじゃえばいい。
いっそ、死んで終わらせてしまおうか、いやそれだと私の死後に誰が悪かったかで誰かが死ぬことになる、それはダメだな……。
ふいに、ふわりと身体が浮いた。
「悪いな、嬢ちゃん。誘拐させて貰うぜ」
そんな声がして、視界がまっ白に覆われる。恐らく全身を布の袋か何かに包まれたのだ。
「俺に優しさを期待しないでくれ、俺はアンタの母親に両親の首を刎ねられたヤツでね……アンタに優しくしようなんて気持ちはこれっぽっちも持ってないから」
その言葉に胸がときめいた。
胸の鼓動が激しくなり、頬が熱く感じる。見えない状態で良かった。そう思う。
これが、これから二人で世界を巡って、笑ったり泣いたりする。
おっさんと小さな私の物語の始まりだった。
《夢じゃない》
予知夢、というものがある。
夢の中でみたものが現実になることだ。
私はいつの頃からだったかは記憶にないが、それを見続けていた。
まるで、現実と見間違うような夢、というのがあるだろう。
たとえば、学校に行って一日を終え、そして目が覚めてはじめて夢だと気がつくのだ。
毎日、毎日。私は明日の夢を見る。
それの事に私は疲れきっていた。
だが、ふと、視点を変えてみたのだ。
夢の中ならば、何をしても良いのでは?
現実で失敗すると取り返しのつかない事も、夢の中なら覚めれば元通りだ。
だから、私は夢の中で色々やった。
テストの内容を覚えたり、話したことのないクラスメートに話しかけてみたり、……好きな人に告白してみたり。
夢と現実の区別はシンプルだ。
2回目で無ければ、それは全て夢なのだ。
だから、だからこそ。
……相手に対して殺意が芽生えるような事を言われたとき、私は思ってしまったのだ。
これは1回目だ。こんなことは無かった。じゃあ、夢だ。
――じゃあ、殺してしまっても良いのでは??
そう、私は殺した。
だが、聞いてほしい。私は殺したいと思って殺した訳ではない。殺しても此処は夢の中だと思って、殺したのだ。
ねぇ、刑事さん。私の言っている意味が分かりますよね? ここは夢の中なんですよ。だってこんな事は一回目なんだから。
そういう私に対して、目の前の刑事は呆れたように肩をすくめた。
――ここは、現実ですよ。
――嘘だ。
夢じゃないなら、夢じゃないというなら、私はいったい……。
……だって、一回目じゃないか。
《心の羅針盤》
昔から要領が良かった。何事もそつなくこなした。特に秀でて優秀だった訳ではないが、大抵のことは基本より上をとれた。
自分が優秀だと自覚していた。
やる気のない冷めた眼差しで、何事にも熱中出来ず、ふらふらと普通に生きて行くのだろうと。
そう思っていた。あの子から、あの言葉を聞くまでは……。
夏の昼下がり、青い空と強い太陽の日差しがある。
あの子が苦悶の声をあげる。
あの子は幼馴染だ。いつも一生懸命で、努力家で、ちょっと空回りしたりする、お馬鹿だけど、可愛い子。仲間外れや一人の子を見つけたら、必ず声をかけて一緒にやろうよ!って声をかける子だ。
そんな彼女が言った。
くそー! 羅針盤ってなんだよ!? 方位磁針と何が違うんだよ!?
って。自分は笑った。いつも通りで微笑ましかった。
自分が、方位磁針は基本的な方位を知る事しか出来ないけど、羅針盤は方位磁針を組み込んだ航海や測量に使う道具で船なんかで使うんだよ。
するとあの子は言った。
それって持ち歩ける?
自分は首を傾げつつ、こう答えた。
うーん、船に取り付けるものだし、たぶん難しいんじゃないかな。
じゃあ、方位磁針の方がいいな。持ち歩けないの不便だし。
そう、あの子は言ったのだ。
そして、羅針盤の利点と書かれたプリントに、『方位磁針の方が持ち歩けて良いと思います』とどうどうと書いていた。
自分はなんだか、それを見て笑ってしまった。どこか肩がすく思いだった。
もしも、あの子と自分を方位磁針と羅針盤に分けるなら、間違いなくあの子は方位磁針で、自分は羅針盤だろう。
方位磁針であるあの子は、目的地が無くとも二本の足で東西南北を歩いて色々と探索したり発見したりして、自分だけの目的を見つける事が出来る。
自分は逆だ。あの子より色々な事が出来るのに、目的地がわからないと、どこに行けばいいのか分からず動けない。重いしでかいし気軽に動けない。能力の無駄遣い。押し入れに入ったいつ使うか分からない骨董品の壺や気分で買ったが使っていない釣具のようなものだろう。
いや、だった、だろう。
なんだか気分が良い。窓を見る。
澄んだ青空がどこまでも続いているように見えるし、なんだか風がからっとしていて、どこまでも飛んでいけるような気がした。
帰り、どこか寄ってアイスでも食べない?
そう聞いた自分に、あの子は満面の笑みで嬉しそうに大きく頷いた。
自分の『心の羅針盤』は、よくやく目的地を手に入れた。
それは『君を笑顔にする』こと。
こんな簡単な事も分からなかったなんて、自分って思ったより馬鹿だったんだなと、くすりとひそかに笑った。