白井墓守

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《心の羅針盤》

昔から要領が良かった。何事もそつなくこなした。特に秀でて優秀だった訳ではないが、大抵のことは基本より上をとれた。
自分が優秀だと自覚していた。
やる気のない冷めた眼差しで、何事にも熱中出来ず、ふらふらと普通に生きて行くのだろうと。
そう思っていた。あの子から、あの言葉を聞くまでは……。

夏の昼下がり、青い空と強い太陽の日差しがある。
あの子が苦悶の声をあげる。
あの子は幼馴染だ。いつも一生懸命で、努力家で、ちょっと空回りしたりする、お馬鹿だけど、可愛い子。仲間外れや一人の子を見つけたら、必ず声をかけて一緒にやろうよ!って声をかける子だ。
そんな彼女が言った。

くそー! 羅針盤ってなんだよ!? 方位磁針と何が違うんだよ!?
って。自分は笑った。いつも通りで微笑ましかった。

自分が、方位磁針は基本的な方位を知る事しか出来ないけど、羅針盤は方位磁針を組み込んだ航海や測量に使う道具で船なんかで使うんだよ。

するとあの子は言った。
それって持ち歩ける?
自分は首を傾げつつ、こう答えた。
うーん、船に取り付けるものだし、たぶん難しいんじゃないかな。

じゃあ、方位磁針の方がいいな。持ち歩けないの不便だし。
そう、あの子は言ったのだ。

そして、羅針盤の利点と書かれたプリントに、『方位磁針の方が持ち歩けて良いと思います』とどうどうと書いていた。

自分はなんだか、それを見て笑ってしまった。どこか肩がすく思いだった。
もしも、あの子と自分を方位磁針と羅針盤に分けるなら、間違いなくあの子は方位磁針で、自分は羅針盤だろう。
方位磁針であるあの子は、目的地が無くとも二本の足で東西南北を歩いて色々と探索したり発見したりして、自分だけの目的を見つける事が出来る。
自分は逆だ。あの子より色々な事が出来るのに、目的地がわからないと、どこに行けばいいのか分からず動けない。重いしでかいし気軽に動けない。能力の無駄遣い。押し入れに入ったいつ使うか分からない骨董品の壺や気分で買ったが使っていない釣具のようなものだろう。

いや、だった、だろう。

なんだか気分が良い。窓を見る。
澄んだ青空がどこまでも続いているように見えるし、なんだか風がからっとしていて、どこまでも飛んでいけるような気がした。

帰り、どこか寄ってアイスでも食べない?
そう聞いた自分に、あの子は満面の笑みで嬉しそうに大きく頷いた。

自分の『心の羅針盤』は、よくやく目的地を手に入れた。
それは『君を笑顔にする』こと。

こんな簡単な事も分からなかったなんて、自分って思ったより馬鹿だったんだなと、くすりとひそかに笑った。

8/7/2025, 2:26:01 PM