水たまりに映る空
ずっと憧れだった君は、
まるで初夏の空の様に、
眩しくて。
君は爽やかに笑う。
でも、その笑顔は、
友達である俺に向けた、
信頼の微笑み。
友達で居られるだけで、
俺には十分過ぎるんだから。
そう、自分に言い聞かせ、
胸の痛みを隠して、
微笑み返す、そんな毎日。
雨上がりの街を、
何かから、逃げる様に、
俯き、足早に歩く。
こんな俺には、
空は余りに眩し過ぎて、
顔を上げる事さえ、
烏滸がましいから。
俺の視線の先には、
濡れた道と水たまり。
初夏の日差しに、射抜かれ、
七色に輝く、夏の欠片。
水たまりに映る空は、
あんなに澄み渡り、
青く輝いてるのに。
俺の心の空は、
今にも泣き出しそうな、
鈍色の曇天。
空からポツリと、
落ちた雨粒が、
俺の頬を濡らした。
恋か、愛か、それとも
私は孤独でした。
親を知らず、社会からは疎まれ、
街の片隅にさえ、居場所はなく、
泥水を啜り、草の根を喰らい、
木々を屋根として眠る。
人にも獣にもなれずに生きる日々。
そんな私に、
手を差し伸べてくれた、
貴方の温もりは、
初めて触れた、
人の優しさでした。
貴方の優しさに触れる度、
私の心に、
小さな灯火が灯り、
穏やかで優しい気持ちに、
包まれます。
貴方への想いは、
恋か、愛か、それとも、
…尊敬か。
解らないまま、
貴方に手を伸ばします。
ですが。
貴方は優しかったのです。
私にも。他の人にも。
貴方にとって私は、
唯一ではなかったのです。
貴方の視線が他の人を捉える度、
私の心に、
激しい炎が燃え盛り、
焦燥感と渇望に、
駆られます。
貴方への想いは、
恋か、愛か、それとも、
…執着か。
解らないまま、
貴方に手に掛けます。
貴方は、私の生きる希望。
貴方の心の全てを、
私で埋め尽くしたくて。
私の指が、触手の様に、
貴方の喉に喰らい付き、
貴方の生命を、奪い取ります。
少し怯えた顔で私を見詰める、
貴方の硝子玉の様な瞳には、
笑顔の私だけが、写っています。
でも、それで良いのです。
大丈夫です。
貴方を一人には、しません。
直ぐに会いに行きます、と、
力無く横たわる貴方に、
そっと口付け、誓います。
貴方への想いは、
恋か、愛か、それとも、
………か。
解らないまま、
貴方の元に向かいます。
約束だよ
小さな灯りが灯る部屋で、
君は私を見つめていた。
硝子玉のように、
透明で繊細な君の瞳は、
何処か虚ろだった。
余りに無垢な君が、
生きていくには、
人の心は、醜く、冷酷で、
世の中は、冷たく、醜悪だ。
社会は、傷を持つ者を、
容赦なく切り捨て排除する。
どんなに藻掻いても、
私達に安らげる場所など、
ありはしなかった。
永遠の闇の中から、
君を救いたかった。
差別や侮蔑の刃から、
君を護りたかった。
だが。
君は自分を責め続け、
毎夜、悪夢に魘される。
罅だらけの君の心は、
光さえ拒むようになった。
だから。
君の魂が壊れてしまう前に、
君の望みを叶えよう。
君が永遠を望むなら、
私は君に永遠を誓おう。
君が握る銀の刃が、
私を貫き、君をも貫く。
二人から溢れる赤色は、
ゆっくりと混ざり合い、
お互いを染め上げる。
君が笑顔になれるなら、
君がこれ以上傷付かないなら、
それで、いい。
だから。
これからは、笑っていて欲しい。
…約束だよ。
傘の中の秘密
貴方に手を振り払われてから、
私は一人ぼっち。
貴方の隣に戻りたくて、
何度も手を伸ばしたけど、
私の手は空っぽのまま。
貴方は、硝子の瞳に、
哀しみだけを宿して、
傷だらけの心を、抱えて、
闇の中に蹲るだけ。
雨粒の格子に囲まれた、
閉ざされた貴方の心に、
私の声は、届かない。
雨の降る、静かな街の中。
貴方は、当て所なく彷徨う。
貴方を見守る、私の影は、
只の雑踏の風景にしか、
なれないのだろう。
貴方は、きっと。
濡れた頬を、雨粒の所為にして、
傘で顔を隠して、泣くんだね。
傘の中の秘密。
心の傷を、知らない振りをする、
貴方さえ気付いていない、
昔からの、貴方の癖。
でも、いつか、
きっと、雨は止むから。
雨上がりの優しい空の下、
その、傘を閉じて、
ゆっくり、歩き出して欲しい。
…例え、その時。
貴方が、私じゃない人と、
手を取り合っていたとしても。
雨上がり
雨の街を、独り歩く。
傘を叩く雨音が、
私の溜息を消してくれた。
今はもう、
隣にいない彼奴の面影を、
雨の向こうに見た気がして、
慌てて、首を振る。
彼奴が再び差し出した手を、
掴まなかったのは、
私の方なのに。
彼奴の哀しげな瞳が、
あの日から、心に焼き付いて、
離れずにいる。
雨上がり。
雲の隙間から差し込む、
遠慮がちな日差しに、
水溜りに光が滲む。
そんな僅かな煌めきさえ、
こんな、私の心には、
眩し過ぎて、目を逸らす。
ずっと、雨なら良かった。
そんな自分勝手な願いを呟く。
雨粒で涙を隠し、
傘で顔を隠し、
上着で心を隠せるから。
太陽から逃げるように、
家路を急ぐ。
人の目を避け、足早に、
塒に逃げ込む野良猫の様に。
そして、
暗く、光の届かない窖で、
独り、自分の傷を舐め、
痛みに耐える。
私には、二度と、
雨上がりは、訪れない。
いずれ、彼奴は、
雨上がりの街を、誰かと、
歩いて行くとしても、
私は降り止まぬ雨を、独り、
窓越しに眺めることしか、
出来はしない。