勝ち負けなんて
君はいつでも、眩しくて、
そんな君の影で、
俺は、心の闇を隠すように、
笑顔の仮面を被る。
君が俺に言ってくれる、
『友達』という呼び名。
この言葉は、嬉しくも残酷に、
俺の心に突き刺さり、
鋭い痛みを与えるんだ。
君は、眩しい笑顔で笑い、
俺に勝負を挑む振りをする。
まるで、ゲームで競い合う、
少年のように。
でも。俺と君に、
勝ち負けなんて、
ないんだよ。
だって。
ずっと気持ちは一方通行。
勝ちも負けもない、
俺だけの葛藤。
俺は君の背中を見詰めて、
追い掛けて来たけれど。
君は、未来を見詰めて、
前に進んでいるんだから。
―――
お前はいつも、優しくて、
そんなお前の隣で、
俺は、お前に甘えないように、
弱さを隠して、背を伸ばす。
お前が俺に告げる、
『友達』だという呼び名。
この言葉は、嬉しくも牴牾しく、
俺の心に暗い影を落とし、
靄を広げていくんだ。
お前は、照れた様な微笑みを浮かべ、
俺を常に勝者だと告げる。
まるで、ゲームの勝者を讃える、
子供のように。
だが。俺とお前に、
勝ち負けなんて、
ない筈なんだ。
何故か、
ずっと、気持ちは一方通行。
勝ち負けにならない
俺だけの葛藤。
俺はお前と、肩を並べて、
共に歩きたいのに、
お前は、俺の後ろに下がり、
俺に前を譲るのだから。
―――
――勝ち負けなんて、
どうでもいい。
ただ…
君だけを…。
お前だけを…。
〜〜〜〜
まだ続く物語
少しだけ、古びた日記帳。
最後の日付は、
もう、何年も前。
突然止まった、
貴方との日々を綴った日記。
突然、真っ白なページが続く、
突然終わった、二人の物語。
分かってる。
ぽっかりと空いた、
空虚な場所から先に、
文字が踊ることは、
もう、ないってことは。
それでも。
二人の物語の終わりを、
信じられなくて。
信じたくなくて。
一人きりの部屋の中で、
貴方の名前を何度も呟く。
ひび割れた心に、
流し尽くした筈の涙が滲みる。
想い出の中の貴方は、
こんなにも、優しくて。
こんなにも、温かくて。
孤独な夜に震えてる今の私は、
過去の私に、嫉妬してしまう。
止まってしまった、
二人の恋物語。
それでも。
まだ続く物語、なのだと、
信じたくて。
想い出が記された、
最後のページに、
そっと栞を挟む。
…続きが書ける日が来るのを、
信じて。
さらさら
さらさらと、
月の光に輝く銀糸のような、
貴方の髪が、
私の手の中から、
滑り落ちていきます。
壊れてしまいそうなほど、
細い細い有明の月だけが、
そっと見守るこの部屋で、
私と貴方は、二人きり。
先程までの、
怯えたような表情は、
すっかり影を潜め、
人形の様な微笑みさえ浮かべ、
私の元にいるのです。
人の群れから追い出された私に、
優しい手を差し伸べ、
温かな心を教えてくれた貴方。
そんな貴方は、私の全てなのです。
ですから。
私は貴方の全てになりたいのです。
貴方は私の全て。
私は貴方の全て。
それで、良いと思いませんか?
世間に蔓延る、
あんなに醜いものなど、
もう見なくて良いのです。
これからは、貴方の、
冬の湖面の様なその瞳には、
私だけを写してくれれば、
良いのですから。
さらさらと、
砂の落ちる音がします。
それは二度と元には戻らない、
砂時計の中の時の欠片が、
時を刻み、落ちていく音?
それとも、私と貴方を、
世間の冷たい視線から隠す、
砂上の楼閣が崩れていく音?
でも。
もう、良いのです。
私と貴方の魂は、
この醜い世の中から、
遠く離れた場所で、
永遠となるのですから。
これは、二人だけの愛の儀式。
一点の曇りもない銀の刃で、
お互いの胸を貫き、
溢れ出す朱で、
お互いを染め上げ、
永遠を誓うのです。
さらさらと、
全てが崩れていく音が聴こえます。
さぁ、儀式を始めましょう。
――愛しています。
貴方だけを、永遠に…
これで最後
君の事を、
恋人と呼べたのは、昔のこと。
今は、名前を呼ぶことも躊躇う、
顔見知りの、二人。
だけど、私は、
『これで最後』の言葉を、
免罪符にして、
今夜も君に会いに行く。
これで最後だから、と、
君に口付け、
これで最後だから、と、
君を抱く。
これで最後にしてくれ。
冬の湖面の様に寂しげな瞳で、
私を見詰める、君の呟きは、
重ねた口唇で、
無理矢理抑え込んで、
お互いの温もりに溺れていく。
これで最後、だなんて。
想ってもいない癖に、
何かに赦しを乞う様に、
これで最後、と繰り返す。
本当は、
『また明日』って、
約束したいのに。
『ずっと一緒だよ』って、
誓いたいのに。
『もう一度やり直そう』って、
頼みたいのに。
君はそれを、
赦してはくれないだろうから。
これで最後だからと、
自分に言い訳をして、
重なり合う時の中で、
言葉にならない想いが、
溶けては、消えていく。
何度も繰り返す、
これで最後の時の中。
君の心の片隅に、
私の影を残したくて、
君の身体に、私を刻み込むんだ。
君の元から立ち去る私に、
君は俯き、背を向ける。
何も言わず、何も問わず。
だから、私は、
最後の言葉を飲み込んで、
夜の闇に消えていく。
『――ねぇ。
これで最後、だから。
君の気持ちを…教えて?』
君の名前を呼んだ日
君は独りで生きていた。
誰にも気付かれず、
街の片隅の暗がりで、
人に怯える野良猫の様に、
息を潜めて暮らしていた。
君の名前を呼んだ日。
私は、この生命を掛けても、
君を護ろうと決めた。
君は充分過ぎる程に、
心も身体も傷付き、
冷たい世間の視線と、
醜い社会の汚泥の中で、
藻掻き苦しんだのだから。
君には、
幸せになる権利がある。
もう、他人に振り回されて、
辛い思いをしなくて、いいんだ。
君は今、
泣き笑いの様な顔をして、
私を見詰めている。
私の腹部からは、
鮮血が止め処なく流れ出し、
君の手には、
私の血で真っ赤に染まった、
ナイフが握られている。
君は、声にならない声で、
私の名を呼ぶ。
その澄んだ瞳からは、
涙が幾筋も溢れている。
けれど、私にはもう、
その涙を拭ってあげることは、
出来そうも、ないんだ。
か細い三日月が、空に浮かぶ夜。
不安で震える君に、
私が誓った事を覚えているかな?
君を護る為なら、
生命を捨てても構わない、と。
その、私の言葉に、
君は頷いてくれたよね。
だから、
泣かなくて、いいんだよ。
これで私の人生が終わろうとも。
君との約束を守った、
…それだけの事。
私の生命と引き換えに、
君が、悪夢から解き放たれるなら、
こんな私でも、少しは、
君の支えになれたのだと、
自分に誇れるのだから。
どうか、
後ろを振り向かず、
真っ直ぐ、夢に向かい、
歩いて行って欲しい。
最期に。
君の笑顔を見せて欲しい。
さぁ。
…笑って。
〜〜〜〜〜
やさしい雨音
貴方はここに居ます。
春の柔らかな日差しに、
微睡むように、穏やかに。
触れれば温かくて。
胸に耳を当てれば、
鼓動が聴こえます。
誰にでも優しかった貴方。
弱い私を護ってくれた貴方。
ずっと一緒に、生きていけると、
信じていたのに。
優し過ぎた貴方の心は、
世の中の悪意に、
無惨に傷付けられて、
壊れてしまったのです。
そんな貴方は、
まるで人形の様で。
目は開いていても、
何も写してはいなくて。
声をかけても、
返事は返ってこなくて。
それでも、貴方は、
ずっと変わらず、
私の大切な人。
とくんとくん…。
貴方の鼓動が、
やさしい雨音の様に、
音を立てて。
ぽつりぽつり…。
私の心の中に、
雨垂れの様に、
波紋を作ります。
想い出の中で、
永遠に色褪せる事のない、
愛おしい貴方の微笑みと。
今、ここにある、
器だけの貴方の面影に、
そっと縋るのです。
そして、私は、
やさしい雨音に包まれて、
貴方の戻る日を、
永遠に、待ち続けます。