霜月 朔(創作)

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これで最後



君の事を、
恋人と呼べたのは、昔のこと。
今は、名前を呼ぶことも躊躇う、
顔見知りの、二人。

だけど、私は、
『これで最後』の言葉を、
免罪符にして、
今夜も君に会いに行く。

これで最後だから、と、
君に口付け、
これで最後だから、と、
君を抱く。

これで最後にしてくれ。
冬の湖面の様に寂しげな瞳で、
私を見詰める、君の呟きは、
重ねた口唇で、
無理矢理抑え込んで、
お互いの温もりに溺れていく。

これで最後、だなんて。
想ってもいない癖に、
何かに赦しを乞う様に、
これで最後、と繰り返す。

本当は、
『また明日』って、
約束したいのに。
『ずっと一緒だよ』って、
誓いたいのに。
『もう一度やり直そう』って、
頼みたいのに。
君はそれを、
赦してはくれないだろうから。

これで最後だからと、
自分に言い訳をして、
重なり合う時の中で、
言葉にならない想いが、
溶けては、消えていく。

何度も繰り返す、
これで最後の時の中。
君の心の片隅に、
私の影を残したくて、
君の身体に、私を刻み込むんだ。

君の元から立ち去る私に、
君は俯き、背を向ける。
何も言わず、何も問わず。
だから、私は、
最後の言葉を飲み込んで、
夜の闇に消えていく。

『――ねぇ。
これで最後、だから。
君の気持ちを…教えて?』


5/28/2025, 8:20:28 AM