霜月 朔(創作)

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5/19/2025, 8:19:54 AM

まって



君はいつだって、
真っ直ぐで、
前だけを向いて、歩いて行く。

そんな君は眩しくて。
必死に追いかけるけど、
君は余りに早いから、
その背中は、
遠くなっていく。

待って。

その一言が言えずに、
黙ってしまう。
伸ばし掛けた手を、
静かに下ろして、
そっと拳を握る。

だって。
日陰に息を潜め、
人の視線から隠れて生きる、
俺とは違って、
君は太陽の下を、
前を見据えて進むのに、
相応しい人だから。

君の柔らかな笑い声は、
風と共に俺の頬を掠め、
君の笑顔は、痛い程に、
俺の心に焼き付く。

君に憧れ、
想いを抱くことさえ、
烏滸がましいって、
分かってるのに。
心が君を求めて騒めくのを、
抑えられなくて。

待って。

遠くなっていく君の背中に、
声にならない声で、
そっと呟く。
君には届かない、
言葉にすらなれなかった願いと、
誰にも知られず、影と共に消えていく、
俺の想いと共に。

5/18/2025, 7:37:24 AM

まだ知らない世界


子供の頃、
ボクの生活は、
『普通』なんだと思ってた。
何処も誰も、世界は、
同じなんだと思ってた。

親の愛を知らず、
友達も居ない。
孤独な日々だった。

それでも、
命を繋ぐだけの、粗末な食べ物と、
冷たい雨から逃れる、僅かな屋根が、
与えられていたから。

大人になって。
世の中は、
不公平なんだと知った。

華やかな街には、
笑い声が聞こえる。
親しい人と、
共に笑い合う声。

ボクが住む、
陽の届かぬ灰色の路地と、
笑い声が流れる光の街は、
たった、一本の道で、
分断されていただけなのに。

友情。親の愛情。
そんなものは、
物語の中だけの、
幻だと思ってたのに。
まだ知らない世界は、
『愛』で溢れてるんだ。

まだ知らない世界。
そして、
永遠に辿りつけない世界。

この手の中にあるのは、
ボクは誰の目にも止まらない、
残酷な現実、だけ。

5/16/2025, 8:41:28 PM

手放す勇気



私はずっと、
後悔に雁字搦めになっていた。

彼奴の気持ちも考えず、
酷い言葉を投げ付け、
私から彼奴との、
絆を断ち切った。

なのに、私は、
戻る事の出来ない、
過去ばかり振り返り、
未来に向けて、
歩き出す事が出来ずにいた。

人の悪意に傷付けられ、
身も心もボロボロだった君に、
手を差し伸べたのも、
他人を信じられずに、
独りきりで生きる君が、
何処か私に似ていたから。
だったのかも知れない。

そんな、自分勝手な私を、
君は信じ、慕ってくれた。
純粋で美しい瞳で、
私に微笑んでくれた。

君が居たから、
私は生きようと思えた。
君が居たから、
ここまで、頑張れた。

だが。
私の心の奥底には、
あの日、道を違えた、
彼奴の面影が、
ずっと焼き付いたままだ。

眠れぬ夜に、独り。
声にならない声で、
彼奴の名を呼ぶ。
そんなことは、
私には赦される筈がないのに。
私には、彼奴と過去を、
手放す勇気が無かったんだ。

月のない夜だった。
君は銀色の刃を手に、
彼奴への未練に苦しむ、
私の前に立った。
そして、綺麗に微笑んだ。

私の胸に、
君の手にした刃が、
吸い込まれた。

「もう、苦しまなくていいのです。
これで、後悔から解き放たれ、
貴方は、永遠に、
私のものになるのですから。」

そう語る、君の口調は、
余りにも穏やかで、
君の笑顔は、
余りに無邪気で。
私は、この時初めて、
君の想いを悟った。

暗転する視界。
消えていく痛覚。
弱くなる拍動。
だが、不思議と安らかだった。

過去を手放す勇気のない、
私の代わりに、
私の未練を断ち切ってくれて、
ありがとう。

これで…。
漸く、君と一緒に、
未来に歩き出せるね。

5/16/2025, 9:13:06 AM

光輝け、暗闇で



冷たい闇が街を覆う深夜、
お前は、夜陰に紛れ、
私の部屋を訪れる。

ただ。お前の口付けと温もりを、
受け止めるだけ。
嘗てお前を傷付けた私には、
お前を求める資格など、
有りはしないのだから。

お前の温もりに抱かれて、
心の奥の想いが疼き出す。
それを必死に押し隠し、
お前が告げる愛の言葉に、
気付かない振りをする。

まるで、
過去に紡いだ絆など、
忘れたかのように。
溢れそうになる想いを、
懸命に、飲み込む。

そして、
熱を帯びたお前の瞳を、
避けるように顔を背け、
お前に告げる。
『光輝け、暗闇で』
…と。

夢を描けないと言うのなら、
せめて、この暗闇の中で、
私の事など、忘れて、
輝いて欲しい。

このままでは、
お前は、未来に向かって、
歩き出せないだろう。
過去に囚われ、
後悔に藻掻き苦しむのは、
私だけで、充分だ。

なのに、お前は、
何度も私を抱くんだ。
私の言葉には答えず、
熱く湿り気を帯びた口唇で、
私に何度も口付ける。
そんなお前の温もりの中で、
私は未練との狭間で藻掻く。

私には、拒めない。
だが、求められない。
お前と愛し合った過去も。
お前と戯れるだけの今も。
お前と共にいる未来も。

私には…。
お前と共に居る未来なんて、
赦される筈がないのだから。

5/15/2025, 8:18:58 AM

酸素


私はずっと闇の中にいました。
残酷な人間に、
傷付けられ、捨てられ。
そして、忘れられ。
一人きりで生きてきました。

そんな私を見つけてくれた、
私に手を差し伸べてくれた、
貴方は、私の光。
私の全てとなったのです。

きっと。
貴方は酸素。
いずれ貴方は、
自身を燃やし尽くし、
消えてしまうでしょう。

そして。
私にとって、貴方は酸素。
貴方が居なければ、
苦しんで、苦しんで、
死んでしまうのです。

だから。
貴方を私のものにします。
誰にも奪われないように。
私だけのものにする為に。
そして…。
貴方が、貴方自身を、
燃やし尽くしてしまわないように。

ほら。
貴方から流れ出る命は、
こんなにも鮮やかな赤。
酸素を運搬する赤血球の朱色。
酸素を燃やす燃える炎の紅色。
…貴方の生命の赤色。

それは…。
全て私のもの。
私だけの貴方。

そして。
私は貴方のもの。
だから、
私も貴方の元へ……。

だって。
貴方が傍に居なければ、
私は苦しくて、
死んでしまうのですから。

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