夢見る少女のように
貴方はいつも、
苦しんでいました。
目立たぬように、
身体を丸め、影を歩き、
嘆きや呻きを漏らさぬように、
奥歯を噛み締めて。
きっと貴方は、
人と人が、騙し合い奪い合い、
憎悪と腐臭で満ち溢れた、
こんな穢れきった世の中で、
生きていくには、
余りに優しすぎたのです。
そう。
塵屑の様に捨てられ、
壊れかけていた私に、
手を差し伸べるほどに、
貴方の心は、温かく美しく、
脆かったのです。
いつか誰かに、
貴方を壊されてしまう。
いつか何処かで、
貴方は壊れてしまう。
いつの間にか、私の中に、
何かが生まれました。
だから、私は…。
夢見る少女のように、
荒唐無稽な夢を語り、
貴方の温もりに、
身を沈め、溺れます。
私は少女ではありません。
だから、夢見るだけでは、
身体を満たせないのです。
身も、心も、
私で埋め尽くし、
貴方と一つになりたいのです。
貴方は、どこまでも優しく、
激しい愛情と情欲の波に囚われ、
貴方の全てを求める私を、
受け止めてくれました。
なのに、私は…。
夢見る少女のように、
不確かな瞳で微笑み、
貴方の首元に、
そっと手を伸ばします。
私は少女ではありません。
だから、夢見るだけでは、
心を満たせないのです。
生命も、魂も、
私で埋め尽くし、
貴方と一つとなりたいのです。
貴方は、どこまでも温かく、
狂気にも似た感情に囚われ、
貴方の全てを奪おうとする私を、
受け止めてくれました。
旅立ちを前に、
物言わぬ貴方の隣で、
夢見る少女のような、
天衣無縫な誓いを立てます。
永遠に、貴方の側に…。
さあ行こう
君はずっと苦しんでいた。
親の愛を知らず、
社会から弾き出され、
傷だらけの心と身体で、
独り、明けぬ闇の中で、
膝を抱えていた。
私は君に手を差し伸べた。
偏見という冷たい刃と、
無関心という冷たい棘が、
身を斬り付けるこの世の中で、
せめて私だけは、
君の味方でありたかった。
君は、私の手を取り、
絡み付く闇の中から、
這い上がろうとした。
私は君に寄り添い続けた。
月が綺麗な夜だった。
君は小さく微笑んだ。
その微笑みは、
酷く虚ろだった。
君は私の手を握り、言った。
…全てを終わりにしたい、と。
私は、初めて知った。
私の手の温もりが、
君を苦しめていたのだと。
私は頷いた。
…君を一人にはしないよ、と。
私の言葉に、
君は嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みは、
とても透明だった。
…さあ行こう。
そして、君と二人、
夜の海辺へと歩き出す。
波の下には、
美しい都があるという。
…さあ行こう。
君が心から笑えるように。
永遠に、君を護るから。
水たまりに映る空
ずっと憧れだった君は、
まるで初夏の空の様に、
眩しくて。
君は爽やかに笑う。
でも、その笑顔は、
友達である俺に向けた、
信頼の微笑み。
友達で居られるだけで、
俺には十分過ぎるんだから。
そう、自分に言い聞かせ、
胸の痛みを隠して、
微笑み返す、そんな毎日。
雨上がりの街を、
何かから、逃げる様に、
俯き、足早に歩く。
こんな俺には、
空は余りに眩し過ぎて、
顔を上げる事さえ、
烏滸がましいから。
俺の視線の先には、
濡れた道と水たまり。
初夏の日差しに、射抜かれ、
七色に輝く、夏の欠片。
水たまりに映る空は、
あんなに澄み渡り、
青く輝いてるのに。
俺の心の空は、
今にも泣き出しそうな、
鈍色の曇天。
空からポツリと、
落ちた雨粒が、
俺の頬を濡らした。
恋か、愛か、それとも
私は孤独でした。
親を知らず、社会からは疎まれ、
街の片隅にさえ、居場所はなく、
泥水を啜り、草の根を喰らい、
木々を屋根として眠る。
人にも獣にもなれずに生きる日々。
そんな私に、
手を差し伸べてくれた、
貴方の温もりは、
初めて触れた、
人の優しさでした。
貴方の優しさに触れる度、
私の心に、
小さな灯火が灯り、
穏やかで優しい気持ちに、
包まれます。
貴方への想いは、
恋か、愛か、それとも、
…尊敬か。
解らないまま、
貴方に手を伸ばします。
ですが。
貴方は優しかったのです。
私にも。他の人にも。
貴方にとって私は、
唯一ではなかったのです。
貴方の視線が他の人を捉える度、
私の心に、
激しい炎が燃え盛り、
焦燥感と渇望に、
駆られます。
貴方への想いは、
恋か、愛か、それとも、
…執着か。
解らないまま、
貴方に手に掛けます。
貴方は、私の生きる希望。
貴方の心の全てを、
私で埋め尽くしたくて。
私の指が、触手の様に、
貴方の喉に喰らい付き、
貴方の生命を、奪い取ります。
少し怯えた顔で私を見詰める、
貴方の硝子玉の様な瞳には、
笑顔の私だけが、写っています。
でも、それで良いのです。
大丈夫です。
貴方を一人には、しません。
直ぐに会いに行きます、と、
力無く横たわる貴方に、
そっと口付け、誓います。
貴方への想いは、
恋か、愛か、それとも、
………か。
解らないまま、
貴方の元に向かいます。