霜月 朔(創作)

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5/5/2025, 9:01:55 AM

すれ違う瞳



君の瞳には、
私の影は映っていない。
ただ、遠い昔の誰かの残響が、
まだ、そこに揺れてる。
そして、
私の瞳には、きっと、
遠い昔の誰かの後ろ姿が、
写ったままなんだろう。

君に触れる度に、
私は私ではなくなる。
君が欲しいのは、私ではなく。
私が欲しいのは、君ではなく。
手にしたくても戻れない、
幻影の名残だから。

夜ごと、掠れた声で、
囁き合う言葉も、
指先を這う、寂しさも、
どれも、本物には届かない。
けれど、
君が差し出す手の温もりに、
私は救われたふりをしてしまう。

本当の名前は呼べないまま、
本当の言葉は飲み込んだまま、
私は、君の恋人のふりをする。
君もまた、そうなんだよね?

私たちは、
すれ違う瞳で、愛を語り、
すれ違う視線で、夜を越える。
お互い、他の人に心を囚われたまま、
お互いの肌の温もりに、溺れる。

それでもいいと、
思ってしまった。
君が触れる度、
私はほんの少しだけ、
生きている気がしたから。

偽りと知りながら、
君の口唇に嘘を重ねる私を、
誰も、赦さなくていい。
『愛してる』
たとえ、その言葉が、
誰にも届かなくても。

だから今夜も、私は笑う。
そして、
すれ違う瞳のままで、君を抱く。

私はもう。
君がいない夜には戻れない。
それでも。君はきっと。
私のいない朝へと向かうんだろう。



5/4/2025, 8:19:02 AM

青い青い



俺はずっと気付いていた。
お前の歩幅に合わせて歩くのが、
いつの日からか、
日常の一部になっていた、と。

風が吹くと、
お前は目を細める。
まるで風に微笑みかけるように。

その仕草を、何度も何度も、
この目に刻み込み、
青い空を見上げて、
疼く胸の痛みをやり過ごす。

手を伸ばせば、届く距離だった。
なのに、
何故か、いつも言葉は、
喉の奥で鈍く光っているだけで、
出てこなかった。

お前の声は、
春の陽のように、優しくて。
俺の声は、
影のように、淡かった。
そんな俺達には、
沈黙が、既に会話で、
言葉は、息を潜めていた。

触れたら、壊れそうなものほど、
美しいなんて、
誰が決めたんだろう。

目が合うたびに、
胸の奥が軋む。
それを笑って誤魔化すのは、
きっと、俺だけじゃないと、
信じたかった。

壊すのが怖かった。
笑い合えた日々も。
肩を並べて歩いた道も。
名前を呼ぶたびに感じた温度も。

青い青い、空の下で。
俺たちは、
余りに、青かったから。
その一歩が、
踏み出せなかった。

5/3/2025, 7:20:28 AM

sweet memories



静かな、夕暮れ時、
沈む陽に照らされた貴方の横顔を、
今も思い出します。

指先ひとつ動かさずとも、
私は貴方の全てを愛していました。
その、淋しげな眼差しも、
私に背を向ける姿さえも。

あの時、貴方は言いましたね。
「何時か、報われる日が来る」と。
ですが、私は、
そんなものを待つほど、
お人好しにはなれませんでした。

貴方が望む幸福など、
この醜く濁った世界には、
存在しないのです。

だから――
私が、貴方を連れていきます。
甘い想い出を胸に。

何も持たず。何も要らず。
私は…ただ。
貴方の息遣いだけを頼りに、
生きていたのです。

ああ、どうか赦してください。
貴方が生きる限り、
私はずっと、
貴方を欲してしまうのです。

貴方を奪いたいのです。
心の奥まで、魂の端まで、
誰の目にも触れさせず、
ただ…私だけのものに。

これは、救済なのです。
だって、これからは、
私と貴方だけの、
甘くて、永遠に続く夢のような、
深い、静かな闇の中で、
二人、生きていけるのですから。

ねぇ、笑ってください。
最期くらい、あの日のように。
貴方の、その笑顔が、
私の全てを、
肯定してくれるのですから。

静かで、美しく、
誰にも邪魔されない場所で。
貴方が息を引き取るその瞬間に、
私もそっと、
同じ闇に落ちていけたなら。
それで、良いのです。
例え、貴方が私を憐れんでいたとしても。

甘い想い出は、
決して過去にはなりません。
私の中で腐らず、朽ちず、
永遠に、生き続けるのです。

………。
貴方が私を見ていてくれた。
それが、私の命でした。

5/2/2025, 7:47:33 AM


風と




あいつの背中を、
ただ、見つめるだけの、
俺の時間は、
風と歩いているようだった。

何かを言えば、
壊れそうで。
何も言わねば、
遠ざかってゆく。
…そんな気がした。

昔みたいに、
笑えばいいのにと、
想いながらも、
今のあいつの、
作り物の眩しさが、
少しだけ、痛かった。

人目を避けて俯くのが、
すっかり、上手くなったな。
だが、それを言葉にするには、
俺たちは、もう、
余りに遠く来すぎたんだ。

選んだ道が険しいことも、
知っていた。
過去を捨て、自分を変え、
二度と戻れない覚悟が、
重い鎖になっていることも。

夜の闇が、あいつを、
抱いているように見える夜。
俺はただ、黙って、
風と語らうしかない。

何もしてやれないのは、
弱さじゃないと、
言い聞かせながら、
それが、強さでもないことに、
気付いてしまう。

吹き抜ける風が、
あいつへの想いを、
何処かに攫っていく。

そう。
俺の心が、
あいつを想っていることは、
風だけが…知っている。

5/1/2025, 7:59:09 AM

軌跡



夜の帳が降りてくる度、
君の横顔を思い出し、
そっと、溜息を吐く。

笑い合った時間も、
黙って歩いた帰り道も、
粉々に砕け散った、
想い出の欠片となって、
胸の奥で疼くんだ。

俺はずっと君の隣で、
君の一番近くで、
何も言わず、何も求めず、
ただ、君を見詰めてた。

秘めてきたこの想いを、
言葉にしてしまえば、
全てが壊れてしまう気がして。
ずっと、黙っていたんだ。

だから、俺は、
君の隣にいられることを、
『幸せ』と呼ぶことにした。
それが、嘘だと知っていても。

例え、君が、
他の誰かと微笑み合い、
手を取り合う日が来ても、
俺は、心の痛みを隠して、
笑って見せるから。

俺たちが並んで歩いてきた、
この道の上に、
確かに残るのは、
親友としての――軌跡。

それだけが、
俺に許されたもの。
そんな事、ずっと前から、
分かってた筈なのに。
どうしても、
胸の痛みが消えてくれないんだ。

だから、今日も俺は。
胸の痛みの理由を、
知らないんだ、と、
自分に嘘を吐く。

いつか君を。
心から友達だと思えるように。




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