好きになれない、嫌いになれない
お前は言った。
「もう一度、やり直したい」と。
壊したのは、
私だったのに、
お前はあの日、
自らを悪者にした。
まるで、それが当然であるかのように。
好きになれない。
だが、
嫌いになれない。
相反する想いの狭間で、
心は振り子のように、
大きく揺れ続ける。
振れる度に、胸の奥で、
鋭い痛みが軋む。
だが、この痛みさえ、
あの日、言葉の刃でお前を傷付けた、
私への罰なのだろう。
赦される資格など、ないと知りつつ、
私はその罰を、抱き締めている。
罰であれ、贖いであれ、
最早、私を救わない。
赦される価値も、
愛される資格も、
私には、無いのだから。
だが、愚かにも、私は、
お前が再び伸ばしてくれた手を、
掴む事も、拒む事も、
出来ずにいる。
好きになれない。
だが、
嫌いになれない。
私の呟きに、
お前は穏やかに微笑んだ。
そして言った。
「『好き』の反対は、
『嫌い』じゃない。
『無関心』だよ。」と。
その瞬間、気付いた。
私は、今も尚、
お前に心を奪われている、と。
好きになれない。
だが、
嫌いになれない。
…そう。
これが、今の私が示せる、
不器用だが精一杯の、
愛の形、だ。
夜が明けた。
漸く、夜が明けました。
それなのに、どうして、
貴方はまだ眠っているのですか。
この手の中にある、
貴方の呼吸の音が、
ひとつ、またひとつと消えてゆく。
それが、こんなに愛おしいなんて。
貴方の優しさと愛は、
友愛でありながら、
私に救いの手を伸ばしたのが、
いけないのです。
私を抱きしめたことが、
いけないのです。
あのとき、貴方が
たった一度だけ、
愛おしそうに、
名前を呼んでくれたこと。
今も、鮮やかに、
胸にこびりついて離れません。
だから、
全てを壊したのです。
貴方の命までも。
貴方の首に、あの白い花を添えて。
私の指が、震えなかったことを、
きっと気付いていたでしょう。
どうか、
もう一度、私を呼んでください。
貴方のあたえてくれる愛は、
私の求める愛とは違うけれど。
それでも、構いません。
開くことのない檻の中で、
永遠に私の隣にいてくれるなら、
私は、それだけで、
満たされるのですから。
夜が明けた。
誰も見ていない。
貴方はもう、
私から離れてゆけない。
私の呼吸も、
もうすぐ、止まる。
…貴方の傍で。
ふとした瞬間
ふとした瞬間、
お前を見た。
なんてことはない仕草だったのに、
俺の胸は、酷く軋んだ。
どれほど近くにいても、
どれほど笑い合っても、
お前は永遠に、
俺の手の届かない場所にいる。
そんな現実に、
気付いてしまったんだ。
俺たちは、友として。
ずっと並んで、
同じ道を歩いていた筈だったのに。
何時からだろう。
俺だけが、足を止めたままだ。
希望なんて、
最初からなかった。
お前の瞳が、
俺だけを映すことなんか、
ある筈もない。
そんな事は、分かっていた。
──だが。
そうだとしても。
お前と笑い合える日々が、
俺の全てだった。
夜の底で、独りきり。
交わせる筈もない甘い言葉を、
心の中のお前に投げた。
だが俺には、
お前との夢を描くことさえも、
赦されない気がして、
浮かぶ幻を、慌てて掻き消した。
お前は、何も知らないままでいい。
だから、
俺は、何も伝えないままでいよう。
俺の想いは、
粉々に壊してしまおう。
床に叩きつけられたガラス細工のように、
痛いほど鋭く砕け散り、
元の形も分からないほどに。
そして──祈ろう。
俺の存在しない未来で、
お前が、幸せであるように、と。
どうか。
この苦い祈りすら、
お前には、気付かれないように。
どんなに離れていても
世の中は、
余りにも残酷で。
時間は、
容赦なく過ぎていく。
貴方と過ごした日々は、
静かに、でも、確かに、
過去のものとなって、
貴方の微笑みも、
少しずつ遠ざかっていく。
周りの人々の心から、
部屋に残った温もりから、
貴方の気配は、
静かに消えていく。
だけど、俺は。
ずっと追ってきた、
貴方の背中が見えなくなって。
教えて貰ったことを、
握り締めたまま、
前に進めずにいるんだ。
貴方に逢いたくて、
俺は空を見上げる。
けれど。
貴方がいる、空は、
悲しいほど、高かった。
爽やかな風が、
そっと吹き抜ける。
まるで、俺の涙を攫っていくように。
分かってた。
どんなに不安でも、怖くても、
独りで生きていくしかないことを。
貴方を忘れることなんか、
出来はしない。
なら、貴方を失った孤独を抱えて、
真っ暗な道を独り進むしかない。
貴方が安らかに待つ、
穢れのない空と、
俺が縛られている、
汚れきった大地は、
きっと、どこかで繋がっている。
……どんなに離れていても。
必ず、貴方に逢いに行きます。
だから。
俺が、貴方の元へと、
辿り着いたときには、
たくさん、褒めてくださいね。
「こっちに恋」「愛に来て」
静かな夜。
お前は、不意に現れる。
剥がれ落ちた心を、
微笑みの仮面で覆い隠して。
嘗て、お前を拒んだのは、
この私だったというのに。
それでも私は、
今も尚、お前を渇望している。
想いを押し殺し、
ただ、お前を受け止める。
何も告げず、
何も問わず、
お前が私を求める限り。
夜が明ける前に、お前は、
何の温もりも残さず、
静かに私の部屋から消えていく。
まるで、未練など微塵もないかのように。
それでも私は、
ただ、見送ることしかできない。
そんなお前に、
伝えられないままの言葉を、
心の軋みごと、
無表情に呑み込む。
ずっと、言いたかった。
だが、その苦さに、
言葉は形を失ってしまう。
静かに、無情に、
扉は閉じられる。
訪れた静寂が、
胸を裂くほど冷たく、私を抉る。
扉の向こうに消えたお前へ、
乾ききった唇で、
掻き消される声を紡ぐ。
『こっちに来い』
孤独に啼く夜、
私は静かに君の部屋を訪れる。
君が私を拒むことなど、
決してないと知っているから。
君が私を愛していたのは、
もう遠い過去だと分かってる。
それでも私は、
君を忘れることなど、
出来ずにいるんだ。
想いを殺し、
ただ、君の温もりを求める。
何も問わず、
何も告げず、
君は黙って私を受け入れる。
夜が明ける迄に、私は、
君の部屋から消えなきゃならない。
肌に残る名残惜しさを振り払い、
背を向けて、
君の温もりを捨て去る。
けれど、君は、
追うことも、呼び止めることも
してはくれない。
そんな君に、
伝えられずにいる言葉は、
胸の底で錆びつき、
静かに沈んでいく。
ずっと、言いたかった。
けれど、その重さが喉を締めつけ、
声にならなかった。
未練を噛み殺し、
君の部屋の扉を閉じる。
それでも、足は震え、
その場を離れられずにいた。
扉の向こうの君へ、
掠れた唇で、
掻き消される声を紡ぐ。
『逢いに来て』