霜月 朔(創作)

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風と




あいつの背中を、
ただ、見つめるだけの、
俺の時間は、
風と歩いているようだった。

何かを言えば、
壊れそうで。
何も言わねば、
遠ざかってゆく。
…そんな気がした。

昔みたいに、
笑えばいいのにと、
想いながらも、
今のあいつの、
作り物の眩しさが、
少しだけ、痛かった。

人目を避けて俯くのが、
すっかり、上手くなったな。
だが、それを言葉にするには、
俺たちは、もう、
余りに遠く来すぎたんだ。

選んだ道が険しいことも、
知っていた。
過去を捨て、自分を変え、
二度と戻れない覚悟が、
重い鎖になっていることも。

夜の闇が、あいつを、
抱いているように見える夜。
俺はただ、黙って、
風と語らうしかない。

何もしてやれないのは、
弱さじゃないと、
言い聞かせながら、
それが、強さでもないことに、
気付いてしまう。

吹き抜ける風が、
あいつへの想いを、
何処かに攫っていく。

そう。
俺の心が、
あいつを想っていることは、
風だけが…知っている。

5/2/2025, 7:47:33 AM